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【第四十八話】 再会

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 王宮を後にした俺はそのままフィーナさん宅へと向かった。
 徐々に慣れ始めているとはいえ一回行っただけの道を見知らぬ地で覚えていられるかというと少々怪しく、二度三度と曲がる場所を間違えたのは内緒だ。
 まさかこの歳で迷子になるとは思いもよらず、若干焦りながら右往左往しようやく見覚えのある建物を発見して到着に至る。

『結界は解除したままにしておくから直接入り口まで来て扉を叩いてくれるかしら』

 と出発前に言われているため、その通りに中庭を通過し屋敷へと歩いていくその最中。
 広い庭の先、玄関に繋がるやけに豪華な扉の前に人の姿があるのが目に入った。
 後ろ姿から男だと分かる誰かは、足音に気付いたのかすぐに振り返る。
 二十歳そこそこだと思われる年齢の茶色いロン毛で、胸部に鉄の胸当てを、両手首には金属製の籠手みたいな物を装着していて、鞘に収まった細身の剣を携えているいかにも戦士風な恰好をした男。
 それは確かに見覚えがあり、忘れるはずのない顔だった。
 名前は確かリック・バンダー。
 つい先日あの何とかいう花を摘みに行った時に出会い、何の因果か同じ目的を持っていたのを理由に行動を共にし、そして一悶着あった相手である。
「お……お前はこの間の!」
 バンダーも瞬時に俺のことを思い出したらしく、大袈裟なリアクションを取りつつも腰の剣に手を掛けた。
 正直、最後が最後だっただけに俺にしてみれば相当気まずい相手だ。
 村の人達には迷惑を掛けたし、こいつに関してはブチギレてたしな。
「あんた……確かバンダーさん、だったよな」
 とはいえ悪いのは俺であってマリアは何も悪くない。
 もっと言えば仮にそうだとしてもマリアを化け物呼ばわりするこの男のことはどうしても受け入れがたいものがある。
「なぜお前がここにいる……俺を殺しに来たのか」
 そんな心中など知る由もなく、バンダーは鋭い目で俺を睨んでいる。
 殺しに来たって、どういうキャラなんだこいつの中の俺は。
 そう言いたいのは山々だが、明確に命が危機に晒されている気しかしないので俺は素直に両手を上げた。
「んなわけねーだろ。大体俺があんたに勝てると思ってんのか、ただの庶民だぞ俺は」
「それ以上近付くんじゃねえぜ! 違うと言うなら理由を聞かせてもら……」
 依然として手は柄を握ったまま警戒心を維持しているバンダーの声は不意に聞こえた物音に遮られる。
 音の正体は扉が開いた音で、思わず視線を向けた先には家主であるフィーナさんがいた。
「ちょっと、何を家の前で騒いでいるのかしら」
 やや呆れた表情で俺達を見回すフィーナさんはさっきまでかぶっていなかった赤いとんがり帽子を頭に乗せている。
 リリもいつも黒いやつを使っているし、魔法使いの必需品なのだろうか。
「大声を出してしまったことに関しては素直に詫びよう。だがミス・エンティー、一つ聞かせてくれ、この少年はあんたが呼んだのか? なんでこいつかここにいる」
 バンダーはビシッと俺を指差してくる。
 いくら気に入らないからといっても失礼な奴だ。
「ついさっき説明したでしょう。私とあなた、それにもう一人を加えた三人で組む、と。というよりも、あなた達顔見知りなの?」
「数日前に少々難しい依頼を受けて、その時に行き掛かりで手を組んだってだけだが……そこでとんでもない目に遭ってな」
「詳しく聞かせてと言う気もなければ掘り下げようとも思わないけれど、仲違いはやめてちょうだいね。過去に因縁があるのだとしてもパーティーを組む以上は仲間ということになるのだから。いがみ合いは終わってからにして」
「ぬ……」
「あなたは戦闘と荷物や私の護衛を担当する、この子は最初に言っていた通行許可証を調達する役割を担ってくれる、そして私は戦闘その他パーティーの指揮を担当、いいバランスでしょう?」
「それはそうかもしれないが……」
「悠希君、許可証は無事に入手出来たかしら?」
「え? あ、ああ……それはもらえたよ。アメリアさんって隊長がサインもしてくれた」
「それは重畳ね。それで、バンダー君は? まだ不満かしら?」
「不満とは言うが、こいつは灰……」
「肺?」
「いや、なんでもねえ」
「そう? お互いプロとして仕事をするのだから私情を挟まれては困るものね。どうしても無理だというなら降りてもらうしかないけれど……ちなみに悠希君は?」
「まあ……俺は別に、気にしてないとまでは言わないけどフィーナさんに誘われた以上は俺にとっての雇い主はフィーナさんだから。自分から突っ掛かったり喧嘩吹っ掛けるつもりは元々無いし」
「そう、良い子ね。あなたは、どうするの?」
 別段問い詰める様なニュアンスでもなく、ただ確認する風のフィーナさんの問い掛けに対しバンダーはやや黙考し、
「オーライ、分かったよ。今ばかりは過去の話は置いておこう、だからといって何もなかったことにするというわけではないがな」
 そりゃそうだ。
 こっちだってあの時のことは一生忘れない。
「ならこの話はここまでね。時間も惜しいし、すぐに出発しましょうか」
 パチンと手を叩いたフィーナさんの合図をきっかけに、俺達は屋敷を離れる。
 そのまま後に続いて門を出て建物の裏手に回ると、そこには馬車が用意されていた。
 御者席で手綱を握っているのは中で見たゴスロリ風の恰好をしたメイドさんだ。
 名前は聞いていないので分からないが、二人いた侍女のうちの三つ編みで真面目そうな方の人だと理解すると同時に、この世界のメイドさんは馬車まで操縦出来るのか……と若干引いた。
 しかも町でよく見掛ける木製の質素な馬車ではなく何か高級感溢れる黒い箱形の鉄の馬車だし。だから引っ張る馬が二頭並んでるわけね。
 しかしまあ、王室や貴族と同等の生活水準って何者なんだよフィーナさん。
 魔法使いってそんなに儲かるのか? リリもいつかこうなってくれマジで。
「さあ二人も乗って、今から向かえば日が暮れる頃には途中にある村に着くはずだから」
 側面にある扉を開くフィーナさんに促されるまま馬車へと乗り込む俺とバンダー。
 中は中で思っていたよりも広く、窓付きだしシートはなんかふかふかだし何かもう俺の知ってるのと全然違うんだけど。
 戸惑いや物珍しさに言葉を失う俺に気付いているのかいないのか、フィーナさんは『出してちょうだい』とメイドさんに一言告げ、それと同時に馬車は走り出してしまう。
 そんなわけで御者席側に俺とバンダーが並んで座り、反対にフィーナさんが座るという配置で俺達は王都を離れることとなった。
 カラカラという車輪の音と馬の足音が微かに聞こえてくる車内。
 半分ぐらい小旅行気分の俺とは違ってビジネスモードの二人はさっそく地図を広げてあれやこれやと打ち合わせをしている。
 俺は見たってさっぱり分からないので一人窓から外の景色を眺めているという何とも悲しいぼっち具合だった。
 取り敢えず分かったのは、どこぞの町まで行って一泊して、明日の昼前に関所を通って何とか監獄に到着という段取りだということぐらいだ。
「なあ、実際問題俺達は何を届けるんだ?」
 二人の話が一段落したのを見計らってようやく切り出すことが出来た。
 フィーナさんの横には電子レンジぐらいのサイズの木箱が置いてある。
 それは手紙をフェイクにし、本来届けるべき何か。
 中身がどうなっているのかは一切聞かされていない。
「さあ、聞いてないから私も知らないわ」
 しかし、フィーナさんは特に興味もなさそうにそんな風に言った。
 ……まじで依頼を受けた本人すら知らないのか。
「知らずに運んでいいのか?」
「中身は知らなかった、という言い訳が出来た方がいいことは確かでしょうね。裏ルートからの依頼だし」
「……それ犯罪の匂いがプンプンすんだけど」
「乗り掛かった船というか、もう乗っちゃった馬車なんだから観念しなさいな。今更やめたは通らないし、こっちが罪に問われないように何重にも対策をしてあるから心配はいらないわ」
「具体的には?」
「この木箱は全部で五箱あって、それを私達を含めた五組が別々の日に届ける段取りになっているの。中身はカモフラージュしているから本当に届けたい物が何かは検閲でばれるような状態ではない、といった具合ね。五つのうちどれかが本物なのか、五つに分けてそれぞれに振り分けているのかは私も知らない。言うなれば仮に何かが起きたとして、それが何によってもたらされたのかを発覚させないためというわけ。高いお金を払って頼んでくるぐらいだからただの差し入れではないでしょうし、知らない方が後腐れがなくていいんだから気にしないことね」
「はぁ……そういうもんッスか」 
 罪に問われないために。という話は分かるけど、それはそれで事情を聞いてしまったら余計に後ろめたさが増していくんですけど。
 こんなことなら聞かなきゃよかった。
 なんて少しの後悔を胸に、ガタガタと小さく振動する会話の止んだ馬車に揺られ見知らぬ土地を走り抜けていくのだった。
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