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【第四十三話】 ブリーダー体験記?

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 Zzz
 ……Zzz
 …………Zzz
「……………………ん」
 ノックの音らしき乾いた音がふと意識を呼び戻す。
 昨夜、結局誘われるままに酒を飲んでしまったせいか普段より数段爆睡の度合いが強かったらしく寝起きであるにもかかわらず頭はどこかすっきりしていた。
 普通に考えて酒なんて飲んでいい歳ではないのだが、まあ郷に入っては郷に従えというし、異世界だなんて特殊な環境で細かいことは気にするまい。
「ふわ~……」
 体を起こし、大きなあくびを一つ。
 で、延々ノックが続いてんだけど、朝っぱらから誰が訪ねて来たんだ?
「起きたから入ってきていいぞ~」
 姿勢を正しつつ外に向かって言うと、すぐに扉が開く。
 入ってきたのはソフィーだった。
 どこかに出掛けるのか、仕事着であるらしい胸元が強調された白黒のビスチェと同じく白黒の短いスカートやベルトで縛られた腰布、真っ白なアームカバーといった戦士のコスプレバージョンな格好をしている。
 あとついでに後ろにはジュラがいた。
「おはようございます悠ちゃん~」
「ああ、おはよう。どっか行くのか? 最近えらい忙しいな」
「そうなんですよ~。ちょっとした催しのお誘いを受けまして、そのお返事をしに行くついでに祖母のお墓参りに寄って来ようと思いまして」
「ふ~ん、それでジュラと二人でお出掛けってわけか」
「はい~。それで一つ悠ちゃんにお願いがありまして」
 胸の前で手を合わせるソフィーのにこやかな表情には見覚えがある。
 過去に何度か見た、無茶な頼み事をされる時のやつだ。
「お前それまた俺についてこいとか言うんじゃないだろうな」
「いえいえ~、今日はお仕事というわけではないのでご心配なく。というかですね~、そこまで嫌そうな顔をされるとわたしはいささかショックを隠せないんですけど~……とほほ」
「嫌そうっつーかちょっと警戒しただけだっって。で、お願いってのは?」
「そうでしたそうでした。悠ちゃんは今日お出掛けの予定は?」
「んー、別にない……と思うけど」
「ほんとですか? でしたらわたしが留守の間うちの子達をお願い出来ないかと思いまして~」
「餌やったり散歩いったりするだけだろ? それぐらい別に構わんけど」
「さすが悠ちゃんです~、ではではお言葉に甘えてお願いしますね。あ、ちなみにレナちゃんは二日酔いでダウンしてますんで起こさないでくれとのことです」
「なんだ、あいつも休みなのか。つーかあんだけ飲めばそうなるだろ」
 俺が合流した時には既に泥酔してたのにあの後まだ追加で飲みまくってたからな。
 帰る頃にはいびき立てて寝てたし。おかげでレオナを負ぶって帰るという役得があったりなかったりしたわけだけど。
「ま、何とかなるだろ。心配せずに行ってきな」
「ありがとうございます、さっすが悠ちゃん」
「なに、お礼はルセリアちゃんとの添い……」
「ではでは行ってきますね~」
「聞けよ」
 せめてツッコむとかしてくれないと虚しいわ。
 という逆ツッコみもソフィーには届いておらず、ただただ廊下を遠ざかっていく足音だけが聞こえていた。
 いいさ、いつか直接ルセリアちゃんに交渉しても許される日がくるさ。
「しゃーねえ、俺も起きるか」
 もう一度大あくびをしてベッドから立ち上がると、着替えもせずにスウェットのまま部屋を出る。
 顔を洗い、そういえばと思い出したリリの顔を見に行くことにした。
「リリ~、起きてっか~?」
 ノックをしつつ、呼び掛けてみる。
 すぐに反応があった。
「あ、起きてますー」
「入るぞ~」
 と言いつつも返事を待たずに中に入ると、既に起き上がって着替えまで済ませているリリが昨日使った手拭いを手に扉の前に立っていた。
「もう大丈夫なのか?」
「はい、体は何ともなくなりましたし大丈夫そうです。昨日は何から何までお世話になりました」
 ペコリと頭を下げるリリは顔色も元通りになっているし、無理をしているというわけでもなさそうだ。
「えへへ」
「ん? なに笑ってんだよ」
「いえ、きっと悠希さんは朝も心配して来てくれるんだろうなーと思っていたもので。やっぱりそういう人なんだなぁと」
「……なんか分からんけどイラっとした。よし、揉む」
「何を揉むんです!?」
 リリは仰け反りながら左腕で自分の胸をガードする。
 こういう反応だよ、俺が求めているのは。
 ソフィーなんて全然照れも恥じらいもしなければ警戒心の欠片も見せずに軽くあしらってくるからな。
 それじゃあ駄目だよ、フェチシズムが満たされないよ。
 多分俺に実行する度胸なんてないと思われてんだろうな。
 事実リリも防御体勢は取っていても逃げたりする様子もないし、何なら拗ねたような顔で頬を膨らませてるからね。
 怒っているとか警戒しているとかではなく、普通に『朝から馬鹿なこと言わないでください』的ないつものやつなんだろう。
 ロリだから拗ねてる顔も可愛いんだけどね。そんなこと言ってたらマジで軽蔑されちゃいそうだからそろそろやめておくとしようか。
「さて、俺達なりの朝の挨拶はさておきだな」
「……そんな挨拶してましたっけ?」
「お前、昨日飯食ってないだろ? 腹減ってないのか?」
「減ってますです!」
 だいぶ食い付き気味の返事だった。
 何なら目を輝かせ、期待に満ちた表情ですらある。
「そんなに空腹だったんなら言ってくれればよかったのに」
「いやぁ、そんな理由で悠希さんを起こすのもご迷惑かと……」
「そりゃそうか。腹減った、起きろ! とか言われて叩き起こされたらさすがの俺も投げっぱなしジャーマンの刑を敢行せざるを得ないしな」
「投げっぱなし?」
「いやこっちの話だ、気にすんな。何にせよ飯にすっか、つっても朝はパンしか買ってないんだけど」
「悠希さんの作るチーズ焼きはとっても美味しいですよ?」
「ピザ風トーストな」
 そこまで好評なら振る舞う甲斐もあるというものだ。パンを焼くにもあれぐらいしかやったことないだけだけど。
 普通にジャムとか塗って食えば早いんだろうけど、なぜかこの世界のジャムってクソ高いんだよ。
 日本で見るような小瓶じゃなくて業務用みたいなサイズでしか売ってないから仕方ないのかもしれないけどさ。
「すぐに作るから先に行っててくれ。着替えてレオナの様子だけみてから行くから」
「ほえ? レオナさんどうかしたんですか?」
「二日酔いでダウン中。あいつ馬鹿みたいに飲みすぎなんだよ」
「へ~、何かあったんですかね?」
「何かって?」
「レオナさんって普段はあまり家お酒は飲まないんですよ」
「ん、まあ……確かにここではあんま見たことないな」
 何せ奴等がこの世界の基準では飲酒を許されていること自体昨日知ったぐらいだし。
「外に食事に行った時なんかは飲まないこともないんですけど、精々が最初の一杯二杯ぐらいなんですよね」
「ほう」
「ふらふらになるまで飲む時って何か嫌なことがあった場合がほとんどというか、レオナさん的にはストレス解消みたいな感じなんだって聞いたことがありまして」
「ふーん、まあ唯一まともに就職しているわけだしたまには発散したかったんじゃねえの? 休みの前の日ってことも含めさ」
「そうだといいんですけど」
 さすがは姉妹みたいな関係の二人だけあってか、リリはまだどこか心配そうな顔をしている。
「気になるなら後でそれとなく聞いてみりゃいいさ。俺が聞いても教えてくれないだろうし」
「そうですね、それとなく聞いてみることにします」
 そんな感じで話も纏まり、俺達は揃ってリリの部屋を出ることに。
 リリはキッチンに入っていき、俺はそのまま階段を登って二階にあるレオナの部屋へと向かう。
 ぼろっちい木の板が張られた廊下に並ぶ三つの部屋。
 手前からソフィー、レオナ、マリア部屋になる。
 軽くノックをしてみるも、反応はない。まだ寝ているのか、体調不良も相俟って起き上がれない状態なのか。
 後者であれば少々心配にもなるので、今度は拳で強めに扉を叩いてみる。
 少しして『うぅ~』という呻き声みたいなのが聞こえてきた。
「レオナ? 大丈夫なのか? 入るぞ~」
 と、一応は一言断って勝手に扉を開いて中に入る。
 そこにはベッドの上で俯せのまま半開きの目でこちらを見ているレオナがいた。
「ん~……な、何か用?」
 低く、どうにか絞り出した様な声は確かに辛そうではある。
 そして露出の多い部屋着は胸元が露わになっていて何なら金払ってでも見ていたいレベル。
「二日酔いでダウンしてるってソフィーから聞いて様子を見に来たんだよ。大丈夫なのか?」
 顔を見ていると見せかけて胸元を見たまま聞く残念な奴、その名も俺である。
 普段なら迷わず鉄拳制裁のレオナも弱っているせいで気付いていないらしく、普通に受け答えをするだけだ。
「無理……頭痛い、死ぬ。今日は寝てることにする」
「そうか、まあ何かあったら呼んでくれ。後で水持ってきてやっから」
「うん……お願い」
 ほう、しおらしいレオナも普段にも増して可愛いもんだ。
 いつまでも居座るのも睡眠の邪魔だろうし、お暇するかね。
「あ、悠希さん。どうでしたレオナさん」
 一階に下り、ダイニングに入るなりリリが寄ってくる。
 たまには気が利くらしく、テーブルにはカップや瓶入りのミルクが用意されていた。
「駄目だなありゃ。今日はずっと寝てるだろ」
「そうですか……じゃあそっとしておいた方がよさそうですね」
「夕方ぐらいになりゃ起きてくるだろうし、心配はその時にしてやりな」
「はい、そうします」
「よし、じゃあパン焼くか。あ、ミルクとか出しておいてくれてさんきゅーな」
「いえいえ。今日はお礼に悠希さんのお手伝いをするって決めたんです」
 これまたキューティクルな笑顔が俺を見上げる。
 なんとまあ可愛らしいことを言うじゃないか。
「こんなに良い子に育ってくれるなんて父さん嬉しいぞ」
 頭を撫で撫でしてやると、リリは『えへへ』と照れたような反応を見せたものの引っ掛かりを覚えたのか最後に首を傾げた。
「……ん? お父さん?」
「ぬ?」
「むー……お父さんじゃなんか違う気がします」
 なぜかリリは不満げである。
 何が言いたいのかはよく分からん。
「何が不満なんだよ。お兄ちゃんがよかったのか? それとも旦那さんでいいのか?」
「だ、旦那さんって……もう、知りません」
 やや赤面しながらぷいっとそっぽを向いてしまうリリは何にご立腹なのか。
 多分聞いても教えてくれなさそうなので腑に落ちないながらも俺はパンを焼くことにした。
 まあ、こんなもんケチャップみたいなの塗りたくってチーズ乗せて小さなかまどみたいなオーブンに突っ込むだけなので三分も掛からない。
 俺とリリが一枚ずつ、そのうち起きてくるであろうマリアに三枚の計五枚を焼いてリリと二人の朝食を取る。
「悠希さん、この後は管理人さんのお仕事ですか?」
 そろそろ食い終わろうかという頃、リリはカップを手にそんなことを言った。
「そうだな~、洗濯して風呂掃除して……ああ、あとソフィーんとこの珍獣達の世話も頼まれてたんだった」
「あ、じゃあわたしお洗濯とかやっておきますよ?」
「いいのか? さすがにおかゆ一杯でそこまでしてもらうのも気が引けるんだけど……」
「お気になさらないでください。たまにはお役に立たないと、やっぱり悠希さんに丸投げしているばかりでは駄目ですよねってソフィアさんとも話していたんです」
「そうなのか……んなこと言われたらちょっと感動しちまうじゃねえか」
 年を取ると涙腺が緩くなっていやだわ。
 なんて馬鹿なこと言ってる場合ではなく、
「じゃあちょいと頼んじゃおうかな。風呂掃除だけやっといてくれよ、犬やら鳥の散歩から帰ったら洗濯はやるからさ」
「はい、分かりました」
 お任せください。
 そう言って胸の前で拳を作るリリは病み上がりとは思えぬ元気さを感じさせる。
 何はともあれ体調が良くなったのならそれはいいことだ。
 とまあそんなわけでリリに洗い物と風呂掃除を託し、ソフィーの部屋に行くべく再び俺は二階に上がった。
 階段を上がり、ちょうど一番手前のソフィーの部屋の前に到着したまさにその時。
 伸ばした手がノブに触れるよりも先に扉が開く。
 中から出てきたのは白き俺の天使、スノーエルフのルセリアちゃんだ。
 背中まで伸びた白い髪、同じく白いワンピース型の可愛らしい服を着た一見すると歳の変わらない普通の女の子でありながら耳や爪といった細かな部分に明確な人間との違いがある魔族たる存在である。
 急に扉が開いて少し驚いたものの、向こうの方も外に人が居るとは思っていなかったらしく俺を認識するなり全力でビクつき飛び退いちゃっていた。
 身を守ろうとするように腕を畳み、怯えた目でこちらを見ている。が、すぐに俺だと気付いたらしくホッとした表情へと変わった。
「そんなに警戒しなくても……俺ちょっとショックだわ」
 がっくりと項垂れ、最近は多少なりとも心を開いてくれていると思ってたのに……と言わんばかりのリアクションをわざと作ってみる。
 案の定ルセリアちゃんは慌てて手を振り否定しようと必死になっていた。
「はは、冗談だよ。急に押し掛けてきてごめんな」
 言うと、今度は小刻みに首を振る。
 あまり会話が得意ではないルセリアちゃんはこんな風にジェスチャーで意志や気持ちを伝えてくることがほとんどだ。
 そんな姿も可愛いなぁと思わずまじまじと見つめていると、恥ずかしそうに俯く。
 おっと、これではただのセクハラだ。そろそろ自重しよう。
 朝からそんな発言ばかりしてきた気がしないでもないが……きっと勘違いさ。
「ソフィーに餌やりと散歩頼まれたんだけど聞いてる?」
 ルセリアちゃんは首の動きを横から縦に変えて肯定を示す。
 よく考えたら俺に頼まなくてもルセリアちゃんに任せていけばよかったんじゃね? と今になって気付いたりもしたが、この子は一人では外出しないらしいので少なくとも散歩は無理なわけだ。
 引き籠もりとニート率高すぎだろこの家。
「んじゃ、お邪魔してもいい?」
 コクリと了承の返事を受け俺は久々にソフィーの部屋へと突入することに。
 出入り口の前で話していたせいか、鳥や狼も既に俺の存在を認識していたらしく二匹の三つの顔が揃ってこちらを見ていた。
 ことリンリンに関しては二つの顔が共に舌を出しはぁはぁ言いながら俺の足下に寄ってきたが、すねの辺りに鼻を付けクンクンと匂いを嗅いだかと思うと、何か期待に満ちた目で見上げている。
 察するに『何くれんの? 食い物もってんでしょ?』みたいな感じなのだろう。
 どこまでも【何かくれる奴】以上の扱いにはならないらしい。どんだけ下に見られてんだよ。
 そんなことをやっている間に角の生えた茶色いフクロウ、すなわちポンは当たり前のように俺の頭に着陸してやがるし。
 何なのその行動の速さは? ここは俺専用だホー、とでも言いたいの? 縄張り意識的なことなの?
「おいポン」
『ホー?』
「何度も何度も言いたかないが、そろそろはっきりとした答えを寄越して貰うぞ。一体俺の頭の何が気に入ってんだ?」
『ホ~』
「……そうか」
 ホ~、らしい。それならしゃーないな。
「取り敢えず、飯の時間だお前等」
 パンパン、と手を叩くとリンリンの耳がぴくっと動き、伏せていた上体を起こして『何ぞ?』みたいな顔でこちらを見た。
 ポンの餌は散歩に行った時に自力で調達するらしいからよし。
 ソフィーは家で餌をやる場合には買ってきた蛙や小鳥の死骸をあげているらしのだが、そんなグロイ光景に耐えられそうにないので即決でパスだ。
 あのジュラですらネズミとか食うらしいからな。どんな世界だよ、今更過ぎるけども。
 リンリンは一口大に切り分けられた肉の塊をあげればいいらしいのでどれだけ楽なことか。
 というわけで冷蔵庫代わりの二段重ねバランスボールから持ってきたそれを足下に並べてやる。
 平たい皿に乗った肉の山にがっつくリンリンはもう我を忘れんばかりに『はぐはぐ』言っていた。
 ラップなんて存在しないだろうから無理はないが、剥き出しのまま冷蔵庫に入れたら匂いが移っちゃうんじゃね? という疑問を抱くのは現代っ子ゆえなのだろうか。
 まあ朝方用意したものだろうから余計な心配なのかもしれんけど、それより頭の上の某がゴロゴロ喉を鳴らしているのはなぜなんだぜ?
「お前も腹減ってんのか?」
『ホ~』
 ビシっと、三発ほど俺の頭を突くあたり図星だったらしい。
 ホ~の部分ではなく頭を小突く強さでこれが催促の意味を持つということを理解し始めた今日この頃である。
「落ち着けって、リンリンが食い終わったら散歩行くから。その時に好きなだけ食え」 
 そして好きなだけ狩れ。ただし俺の目の届かない所で。
「あ、そうだ。ルセリアちゃんも一緒に行く?」
 聞けばルセリアちゃんは基本的に日光に当たっているだけでも生命維持や活動に必要なエネルギーは吸収出来るらしい。
 あとは綺麗な水とか澄んだ空気とかが割と重要らしく、都会暮らしには向かない体質という性質というか、そういう種族なのだと聞いたことがある。
 かといってそれだけで生きているということはなく、食べようと思えばジュラと同様に人間が食べる物も普通に食べれるのだとか。まあ昨日も普通に一緒に飯食ってたしな。
 だからこそソフィーはこんな人里離れた森の中で暮らしているのだろう。理由の半分は経済的な面にあるんだろうけど。
 あまり人と接するのが得意じゃないというか好きじゃないというか、普段からルセリアちゃんはほとんど外出することもないのだが、毎日毎日部屋に引き籠もっているのも退屈だろうと誘ってみたわけだけど……当のルセリアちゃんはオドオドと困惑した様子で視線を右に左にと彷徨わせている。まるで誰かに判断を仰ごうとするかのように。
 いつもはきっとソフィーやジュラに答えを委ねているのだろう。であればその二人が居らず断り辛い雰囲気の中で返答させるのも酷ってもんか。
「ああ、いいよいいよ。ソフィー達が居ないのに無茶言われたって困るよな、気分転換になるかなって思っただけだから気にしないで。よし、んじゃ行くか」
 とルセリアちゃんが気に病まないように無駄にテンションを上げて皿を空にしたリンリンと頭上のポンに言って部屋を出ようと背を向ける。
 扉に手を掛けようと足を踏み出そうとした時、不意に後ろから裾を引っ張られた感覚が伸ばした腕を止めた。
 振り返ると、そこにはルセリアちゃんがいる。恥ずかしそうに俯き加減で、俺の服を掴んでいる。
「い、一緒に……行く」
 絞り出したようなか細い声……は大体いつもこんな感じな気もするが、それでも勇気を出してくれたことだけは十二分に伝わってきた。
 ちょっと感動。
「そっか……気を遣わせちゃってごめんな」
 やはり小さく首を振るルセリアちゃんは萌え要素しかない。
 守ってあげたくなるというか、もういっそ抱き締めたい。
 落ち着け、やったら確実に俺のあってないような信頼度が地の底に落ちるので我慢だ……耐えろ俺。
「ゆう……き?」
 意志に反して女体に触れようとする自身の腕を自分で掴み、必死に衝動を抑えながらプルプルしている姿があまりにも異様だったのかルセリアちゃんがやや心配そうに顔を覗き込んでくる。
 君に触れたいのを我慢していたんだよ? とは勿論言えない。当たり前過ぎる。
「いや、大丈夫……ルセリアちゃんはいつまでもそのままでいてくれたらいいんだ」
「……?」
 一転ものっすごい不思議そうな顔で首を傾げるルセリアちゃんだった。
 ごめんな、年中発情期の童貞で。
「何でもないからほんと、気にしないで」
 誤魔化せたかどうかは定かではないが、勝手に会話を打ち切りそのまま部屋を出て森の中に入ると緑一色の景色を奥へ奥へと歩いていく。
 全く関係無い話になるが、ちょうど風蓮荘を出る時に外に居たリリは頼んだ中には含まれていないというのに洗濯までしてくれていた。
 ちょっとの看病だけでそこまでされるとさすがに申し訳なくなってくるってのに、あれも律儀な奴だ。ご褒美に帰ったら遊んであげよう。
「…………」
 そんなことを考えながら、ちらりとすぐ隣を歩くルセリアちゃんに目を向ける。
 あまり気にしたことはなかったが、珍獣達も随分とセリアちゃんに懐いているようで、リンリンはずっとルセリアちゃんの足下を歩いているし、森に入った辺りで俺の頭から離れたポンも今やルセリアちゃんの肩の上に止まっていた。
「やいこらポン」
『ホ?』
「何でお前俺の時は頭に乗るくせにルセリアちゃんの場合は肩なんだよ」
『ホッホー』
「……たまには俺に伝わるようにしようという努力をしろ努力を」
 何十回やんだよこの流れ。
 分かっててやってる俺も俺だけど、一言物申したくなるってもんだろ。
 なんてツッコミも虚しく、こいつもこいつで分かっててやってるのかただただ『ホー』と満足げに鳴くだけだった。
 馬鹿やってる一人と一匹が微笑ましく映ったのかルセリアちゃんは優しい微笑を浮かべている。
 そうこうしている内にいつものポンの縄張り? なのかどうかは知らんけど、散歩における定位置辺りまでやってきた。
 木々と緑に埋め尽くされるだけの森の中にあって俺などに正確な位置情報を把握する頭なんてありゃしないのでほとんど歩いた時間と距離で把握しているだけだが、その証明であるかの如くポンは勝手にルセリアちゃんの肩から離れバサバサと羽音を立てながら空高くへ飛んでいく。
 当たり前のように思えて何とも虚しい話なわけだけど、残された俺達に特にやることなんてない。
 基本的にはいつもポンが満足して戻ってくるのを待っているだけだ。
 今日はリンリンやルセリアちゃんがいる分だけぼっち感はないんだけど……それはそうと、
「リンリン、お前はいいのか? 走り回ってきてもいいんだぞ?」
 言うと、なんか地面をクンクンしながらうろうろしていたリンリンは頭を上げ『ん? 呼んだ?』みたいな顔で一瞬こちらを見るも、すぐに興味なさげに徘徊を再開したかと思うと一分足らずで膝を折り伏せの体勢で動かなくなってしまう。
 それどころか片方の顔が大きなあくびをし、そのまま目を閉じる始末である。
 どうやら食後の昼寝モードのようだ。
「ふわぁ……」
 そんな姿を見ていたら釣られて眠たくなってきた。
 俺もポンが戻ってくるまで昼寝にしようか、いやでもルセリアちゃんが暇になっちゃうか?
 積極的に話し掛けても逆に迷惑されそうな気しかしないけど……。
 色々と葛藤や親密になるチャンスを逃していいのかという誘惑もあるが、お喋りぐらいは横になりながらでも出来るだろう。
 サイズ的に丁度良いリンリンを枕にすると気持ち良いんじゃね?
 という発想を得た俺はひとまずリンリンの傍に腰を下ろし、体を撫でてみることに。
 いきなり枕にしてお怒りを買おうものなら素で怖いからね。
「…………」
 横腹の辺りをさすってみるが、耳を一瞬ピクつかせたぐらいで特に警戒されている様子も起きて嫌がる気配もない。
 つーかすげぇふかふかだ。
 ソフィーが頻繁に体洗ったり毛並みを整えたりしているからか匂いも全然ないし。
 うむ、これなら心地よい睡眠が取れそうだな。
「よっこいしょっと」
 わざとらしく言って横になり、リンリンの胴体に頭を乗せてみる。
 やはり邪魔に思われている感じはなく、リンリンは顎を地面につけて目を閉じているままだ。
 黙っていると普通に寝てしまいそうなのですぐ傍に腰を下ろしたルセリアちゃんに頑張って話し掛けてみちゃおう。
「ルセリアちゃんはさ」
「…………?」
「何でソフィーと一緒にいることになったの?」
 ポンやリンリンみたいなあからさまな珍獣なら魔物使いという自称からして分からなくもないが、ルセリアちゃんやジュラみたいな半分ぐらいは人で対話も出来るような存在でありながらどうして人であるソフィーの仲間になったのか。実は結構前から気になってはいたのだ。
 そりゃ言わずもがな何かしらのきっかけや絆や友情が芽生えたエピソードがあるのだろう。
 気まぐれで聞いていいものかどうかは分からないけど、知ることが出来たならより魔物だの魔族だのという俺にとっての未知なる何かを理解することに近付く気がするから。
 それでも言いたくないとか、お前には関係ないとかってな具合で口を閉ざされたらへこみそうなので何気なく聞いてみたわけだけど、思いの外ルセリアちゃんは何ら躊躇う様子もなく答えてくれた。
「む、むかし……助けて、貰った」
「へ~、ソフィーもやる時はやるんだな~。ちなみに元からこの国にいたの?」
 ルセリアちゃんは小さく首を振り、
「ほ、他の……国。雪、が多い……山」
「へ~、やっぱスノーエルフっていうぐらいだから雪が降る所に住んでたんだな」
 というか魔族にもパスポートとかあるんだろうか。
 いや……そもそもこの世界にはそんなシステムなさそうだな。
「ちなみにだけど、家族は?」
 ルセリアちゃんはもう一度首を振る。
 それは果たして分からないという意味なのか、もういないという意味なのか。さすがにそこまでは突っ込んでいけない、か。
「実を言うと、俺も同じなんだ」
「ゆう、き……おなじ?」
「うん、元々は別の国……って言っていいのかは難しいところだけど、こことは全然違う場所に住んでたんだ。けど、急にこの国に来ることになっちゃってさ。家族や友達とも離れ離れになって、簡単に帰ることも出来なくて……右も左も分からないし、文化とか常識とか、もう何もかもが俺の知ってるのとは違ってた。もしあの風蓮荘に行き着いてなかったらもっと孤独と不安で辛い思いをしてたんだろうな」
 そう考えると、例え引き籠もりやニートばかりであったとしても受け入れられたことがどれだけありがたいことか。
 最悪な中でも運が良かったと思っているし、人には恵まれていることも確かだ。そんなことに柄にもなくネガティブが加速しそうになる。
 が、その瞬間頭に何かが触れ、余計なことを考えようとする思考を掻き消した。
 目を上に向けると、それが隣に腰を下ろすルセリアちゃんの手だとすぐに理解する。
 ソッとふれるか細く綺麗な手は俺の頭を優しく撫でていて、とても心地のよい心身が癒されるかのような感覚を生んでいた。
 頭頂部から伝わる優しい感触、目の前にある優しい表情、そして心に届く優しい気持ち。
 それらの温もりに包まれたままそれきり会話はなくなり、癒し効果のせいか知らないうちに目を閉じ眠りに落ちていく。
 それに気付いたのは目を覚ましたと同時で、どのぐらい寝ていたのか前に来た時と同じくいつの間にか戻ってきていたポンが目をパチパチしながらジーッと俺を見ていた。
 唯一の違いと言えば今日は膝枕をしてくれていなかったことぐらいか。こんなことならリンリンを枕にするんじゃなかったぜ。
「んあ~……また寝ちゃってたのか。気を遣わなくても起こしてくれてよかったのに」
 毎度毎度散歩に来ては眠りこけるって何かすげー馬鹿な奴だと思われてんじゃないのか俺。
 この子はそんな邪悪なことは考えないと思うけど、だからといって遠慮して嫌々待機させてしまっていたのだとしたら申し訳なくて泣きそうになってくるわ。
 幸い……と言っていいのかどうかは怪しいが、ルセリアちゃんは特に嫌な顔などせず寝る前と同じ優しい表情で小さく首を振るだけだ。
 気にしなくていいよ、という意味だと信じたい。
 ちょっとだけ安心出来た所で体を起こすと、重量から解放されたリンリンもすぐに立ち上がる。
 こいつもこいつで俺が起きるまで動かずに待っていてくれたらしい。
「お前も良い奴だな」
 言って頭を撫でてやると、全然伝わっておらず『何? 食い物くれんの?』みたいな顔で伸ばした手の匂いを嗅ごうとしているあたりあっちもこっちも意思疎通を果たせる日は遠そうな気しかしないが、何はともあれ散歩の時間の終わりである。
「よーっし、じゃあ帰るとするか~」
 最後に大きく伸びをし、ポンが定位置である俺の脳天に飛び乗ったところで二人と一匹と一羽のへんてこパーティーは風蓮荘へと歩き出す。
 帰ってからはマリアとリリを外に連れ出し三人でかくれんぼとかして夕方までの時間を過ごしたりもした。
 俺の暇潰しとリリの鍛錬、ついでに引き籠もりマリアを太陽の下に連れ出すという三つの意味を兼ね備えた有意義かつ天才的な発想だと自負している。
 結果? マリアの全勝だったけど?
 だってあいつ匂いや気配で分かるとか言うんだもん、勝てるわけねえよ。隠れる時は屋根の上とか行くし。
 とまあ何か色々とあったけど、統括するならば久しぶりにのんびり過ごした長閑な一日だったと言えるだろう。
 森の中でルセリアちゃんと交した言葉の意味を自分自身で理解し、それを満喫している場合じゃないことに気が付いたのは次の日の朝だった。
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