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【第十八話】 働けニート

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 マリアを部屋に帰してからしばらく、日課である(らしい)洗濯を終わらせた俺はようやく風蓮荘へと戻った。
 あの半ゴミ屋敷状態のマリアルームにあった大量の脱ぎ散らかした衣服も含まれていたため昨日より時間を食ってしまったが、昨日と違ってリリの付き添いがないことで密かに発生しちゃったレオナやソフィーの下着達による癒し効果のおかげでさほど肉体的な疲労を感じることもなく、むしろ気付いたら全部終わっていたレベルである。
 というかもう何で俺がとか、面倒くせぇよとか、そういう不満はマリアの柔肌の感触が全てを許す気持ちにさせてさえいた。
 あまりにもそればかり考えていることを自覚した時、さすがに人としてどうなのだろうかと真剣に自分で自分が気持ち悪くなってきたので気を取り直してダイニングに戻ることに決めて今に至る。
 昼飯にはまだ早いし、暇を潰そうにもレオナはサッサと仕事に行ってるし、ソフィーはついさっき双頭狼のリンリンと角付きフクロウのポンを連れて散歩にいってしまったし、残るマリアとリリは普通に寝てるしで相手をしてくれる奴がいない。
 いっそ二人とも起こしてやろうか。
 いやいや、マリアは駄目だって。
 串刺しにされるか全裸と遭遇するかのデッドオアアライブはしばらく遠慮したい。どっちに転んでもマジ心臓に悪い。
「起こすならリリだな」
 痛々しくも一人でニヤリとしちゃいながらダイニングを出ようとした時、ガチャンバタンと扉を開閉する音が廊下から聞こえる。
 どうやら起こす前にリリが起きてきてしまったようだ。せっかく寝起きドッキリ的な悪戯を考えていたというのに……。
 と、心で舌打ちを一つ。
 そんなことをしている間にリリがダイニングに入ってくる。
 フルネームはリリアーヌ・シェスティリー。
 低い身長に小柄な体躯とロリキャラと言って相違ない童顔は短めのボブヘアーも相俟ってとても可愛らしい俺がこの意味不明な世界に居る元凶とも言える自称魔法使いの十六歳の少女だ。
 そんなリリは昨日と同じ可愛らしいネグリジェ姿で、思わず妹にしたくなるその人懐っこい雰囲気に一瞬ほんわかしそうになったが、まさに今述べた脳内人物紹介が思考の中から全てを薙ぎ払った。
 先程感じていた全てを許せる気持ちなんて一瞬にして消えて無くなる。
 イラっとした俺は『おはようございます~』と俺を見上げたリリの頬を両手で掴むと久しぶりに全力でこねくりまわしてやった。
「にゃ、にゃにしゅるんでふか~」
「おいリリ、いくつか質問をするぞ」
「し、しちゅもん?」
「俺はなぜここにいるんだ?」
「なじぇって……しょれは」
 若干何を言ってるのか分からんので手を放してやると、リリは頬を押さえながらも質問の意味が分かっていないのか答えを探すように目をパチクリとした。
「言い方を変えよう。俺は誰のせいでここにいるんだ?」
「それは……わたしの魔法のせい、です」
 俺の形相が普段の冗談めいたものとは違うことに気付いたのか、申し訳なさそうにしゅんとする。
「それを今更責めやしない。しかしだ、俺を元の世界に帰すのは最低限のお前の責任だ。それは分かるな?」
「は、はい……勿論です」
「だったらお前毎日毎日昼前に起きてきては家と森を往復してるだけじゃ駄目だろがぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
 そう。俺は一番大事なことを忘れていた。
 ここで暮らしているのは日本に帰るまでの一時凌ぎに過ぎないのだ。
 住人達と打ち解けるまではいいとしても代わりに家事やったり飯作ったりして自分の居場所と役割を確立している場合じゃないんだよ!
 こいつがニートってる限り帰るために必要な金なんて貯まるわけがない。
「お前が働いて金を貯めないと俺は一生帰れねえんだよ。うっかり管理人生活に馴染み始めてる場合じゃねえんだよ。大体お前そんな生活でどうやって日々を生きてきたんだ」
「多少なり親からの仕送りがあるのでそれでどうにか……」
「そんなんだから危機感がねぇんじゃねえのか、ああん?」
「ああん、と言われましても……」
「お前立派な魔法使いになるんだろ? だったらそんな生活してたら駄目だろ」
「でもわたしじゃ仕事も中々ありつけませんし……それをどうにかするために日々修行に励んでいるわけでして」
「現状を打破する方法。それは行動あるのみ、だ。王都? だっけか、あそこには俺がやったみたいに仕事を紹介してくれるところがあるじゃねえか。というわけで委員長のところに行くぞ」
 言ってリリの腕を掴み、問答無用で玄関へと引っ張っていく。
 しかし、二歩目ぐらいで全力でブレーキをかけられた。
「ちょ、ちょっと待ってください悠希さん。さすがにこの格好じゃ恥ずかしいのでせめて着替えさせてください~」
「ん……まあ、そりゃそうか。じゃあ外で待ってるから」
 手を放すとリリはホッと胸を撫で下ろす。
 それでいてどこか諦めたような、覚悟を決めたような見るからに考えを切り替えた風な溜息を吐いた。
「確かに悠希さんの言う通りですね。お金のこともそうですけど、自分から何かしなきゃ前進するはずがないですよねっ」
「そうだ、その意気だ。お前はやれば出来る子なんだから自信を持て」
 正直同意を求められても困るけど、とことんまでに前向きな奴である。
 どんな困難も自分を成長させるための試練だとか思ってそうだ。
 だがまあ、本人がやる気になってくれているなら断然そっちの方がいい。
 俺の根拠の無い激励に満面の笑みで『はいっ』とか言われるとやや心苦しいが、何事も気合いと根性だ。

          ☆

 二人並んで森を歩くこと十分少々。
 予定通り俺とリリは王都シュヴェールへとやてきていた。
 王都。
 俺の認識で言うところの首都のようなものなのだろう。
 この二日間はカルネッタにしか行っていなかったこともあってか、やはりその規模の違いに驚きを隠すことが出来ない。
 同じタイやカンボジアの市場街っぽい光景でも人の数も店や家の数も段違いだ。
 コンクリートではなく土の地面。
 馬車は走っていても車は走っていないし、コンビニやビルの一つもない町並みにあって最も目を引かれるのはどうしたって一番奥にある馬鹿でかい宮殿である。
 社会の教科書で見たマドリード王宮みたいな綺麗で豪華なその建物は見た目の通りリリが王宮と呼んでいることからもこの国の王様が住んでいる場所であることが分かる。
 いつかあんな所で暮らしてみたいものだ。主にお姫様の婿として。
「ちょ、ちょっとどこに行くんですか。着きましたよ悠希さん」
 淫らな妄想をしながら歩いているうちに目的地に到着していたらしく、全然気付かずに通り過ぎようとしていた俺の腕をリリが掴んだ。
 ちなみにではあるが、リリは初めて会ったと同じ魔法使い衣装に着替えている。
 白と黒のフリル付きの服とスカートにボーダーのニーハイ、真っ黒なとんがり帽子という例の魔法使いっぽくもあり、ゴスロリメイドさんっぽくもある可愛らしくも方向性がいまいち分からないファッションだ。
 目の前にあるのは『職業斡旋所』と書かれた木の看板が扉の上に付けられているだけの質素な石造りの四角い建物である。
 俺が風蓮荘の管理人になったのもここで紹介してもらったからというありがたいやら怪しいやらという何とも言えない施設だ。
 以前と同じ顔ぶれで扉を潜り内部に入ると、やはり前回と同じく受付で名前だけ書かされて個室に通される。
 二人並んで木製の椅子に座って待っていると、少しして扉の向こうから現れたのは委員長だった。
 勝手に委員長とか呼んでいるので名前は覚えていないが、いかにも真面目そうなキリッとした見た目に、まるで他人に笑顔を見せたことなどありませんと言わんばかりの鋭い目付きが特徴的な三十前後と思しき女性だ。
 そんな委員長は俺達を見るとあからさまに落胆したような溜息を吐く。
「はぁ……また貴方達ですか」
「いやいや、そんな毎度一週間と持たずに仕事を辞めてくる引き籠もり駄目息子を蔑む母親みたいな目で見ないでくれ。今日は俺じゃないから、こっちの用件だから」
「そのような目をした覚えはありませんが、いずれにしても向かい合って喜ばしい顔ではないことは否定しないでおきましょう」
「え、何それ……お前も委員長に嫌われてんの?」
「特に嫌われるようなことをした覚えはありませんけど……」
 俺の指摘に対し、リリは恐る恐るといった様子で委員長を見る。
 委員長はもう一度溜息を吐いた。
「誰も嫌ってなどいません。それから、イインチョウなどというよく分からない呼び方はおやめなさい」
 呆れた様に言うと委員長は手に持っている資料と思われる紙の束をテーブルに置き、俺達の正面に腰を下ろす。
「少し前までほとんど毎日のようにここを訪れていましたからね。少し見なくなったと思えばパートナーを変えてまたやってくるのですから呆れもします」
「……パートナーを変えて?」
 どういう意味だろう。
 疑問を胸にリリをちらりと見てみると、なんとも残念な事実が発覚した。
「あ、それはソフィアさんのことですね。この方の仰る通り、少し前までは二人で仕事を求めて毎日のように来ていましたから。といっても、それでいてロクに仕事も決まらず、稀にわたし達でもやらせていただけるような仕事が入ってきても報酬を貰えるまでには至らずに失敗してしまってばかりだったんですけど……」
「なるほど……」
 そりゃ委員長も呆れるわ。
「だか過去のことはいい、今日こそは仕事を見つけるぞ。お前もレベルアップ出来て金も貯まる。こんなに素晴らしいことはない! 自分を信じろリリ!」
「はいっ!」
「というわけで委員長、出来るだけ割の良い単発の仕事を紹介してくれ」
「イインチョウではなくミルカド・フィーオです。要約するにクエストをご所望ということでよろしいですね?」
「クエスト? っていうのか。ていうかクエストってどういう意味?」
 ゲームの中とかでは耳にする単語だけど、実際のところ意味はよく知らない。
 委員長は委員長らしく平然とした顔で頭の良さそうな説明を始める。
「クエストというのは元々『宝探しの旅』という意味の言葉です。古くは商人や貴族が宝探しの護衛としてフリーの戦士を雇ったことをきっかけにその手の仕事をクエストと呼ぶようになり、次第に広義に用いられるようになった結果現在では危険が伴う内容を主とした個人からの依頼や任務全般を指すようになったというわけです」
「「へ~」」
 言葉の歴史その物よりも委員長の秀才具合に関心する俺だった。
 それはさておきリリまで同じリアクションしてるってどうなの?
 どこまでも暢気な奴だと呆れる俺を他所に委員長はゴホンと一つ咳払いをすると、テーブルを滑らせて一枚の紙を差し出してきた。
「高額の報酬をお望みであればこちらなどは如何でしょう。依頼はとある村の傍にある谷底に最近住み着いた巨人の捕獲、報酬は一千万ディールです」
「「いやぁ……それはさすがに」」
 またしてもリリとハモる。
 なんだかんだでチームワーク的なものが身に付いてきたのかも知れない。
 って、んなこと言ってる場合か!
 何だよ巨人って!
 そして何で捕獲するんだよ! モンスター○ールとか使えってか!?
 勿論のこと巨人がどういう存在なのかを知らない俺でもそれが無謀であることは分かる。
 ギャラの高さからしても確実に命が危ないやつだろこれ。リリには絶対向かないという確信がある。
「ではこちらはどうですか? 盗賊団討伐のためのパーティー募集、成功報酬の15%が条件となっています」
 委員長は別の用紙を差し出す。
 これはこれで物騒な話に聞こえてしかたがないが、仲間の募集なら一人で行くよりは心強いんじゃなかろうか。
 単純な感想ながらそう思う俺だったが、なぜか隣に座るリリはがっくりと肩を落としている。
「過去に何度かその手の仕事をやろうとしたこともあったんですけど……わたし一度もパーティーに入れて貰えたことがないので無理かなーと」
「何そのぼっち属性……お前なかなか残念な奴だな」
「なんの実績もありませんし、わたしの実力ではテストにも受からないですからね……」
「しょんぼりするなって、こっちが泣きそうになるわ。委員長、次頼む次」
「イインチョウではなくミルカド・フィーオです。ご紹介したことのない依頼で残っているのはこちらで最後になります。ヒュービー村からの依頼で、幽霊騒動の調査又は解決とありますね。報酬は五十万ディールとなっております」
「ふむ……若干ギャラは見劣りするけど、これぐらいならいけるんじゃないか?」
「で、でも幽霊って……怖くないですか?」
「アホ言え、巨人や盗賊よりはよっぽどマシだろ。調査って言うぐらいだからいること確定ってわけじゃなさそうだし、これが嫌なら巨人だぞ?」
 ぶっちゃけ巨人の方が絶対怖いよね。
 幽霊なら魔法とか魔物とかない俺達の世界でも聞く存在だけに。
「巨人は絶対にどうにもならないですよ~」
「そうだろ? ってことでその仕事を受ける方向でお願いしゃす」
「かしこまりました。ではすぐに依頼主にその旨を報告致しますので、こちらの地図の場所に向かってください。引き受け手が現れ次第話を聞いてもらいたいということですので、先方の都合は配慮しなくてもいいということのようです」
 そう言って差し出されたのは地図らしき紙切れだ。
 ×印がしてある場所が目的地ということらしく、現在地と書いてある地点からそう遠くはないことが分かる。
 では詳細は現地で。
 とだけ言われて建物を出された俺達は斡旋所の前で二人して地図を眺める。
 俺に地名や経路など分かるはずもないので見ても意味ないけど。
「この場所知ってるか?」
「ヒュービー村といえばシュヴェールの隣の町の向こう側にある村ですね。行ったことはありませんけど、そう遠くでもないはずです」
「そっか、だったら心配はなさそうだな。幽霊なんて眉唾物かもしれないけど、しっかり頑張ってくるんだぞ?」
 あわよくば幽霊なんて出ませんでした、で報酬を貰えれば楽なのになぁ。
 なんてことを考えつつもリリを激励してやるが……。
「え? 悠希さん一緒に来てくれないんですか?」
 いつもの『はいっ、頑張ります!』的な力強い返事が返ってくるのかと思いきや、なぜかリリは絶望的な顔をしていた。
「いや、俺が行ってもどうにもならんだろ。魔法も武器も使えないのに」
「大丈夫ですよ、それはわたしも同じですから」
「……それは大丈夫と言えるのか?」
「一緒に来てくださいよ~、幽霊だなんて一人じゃ怖くて調査なんて出来ないです~」
 リリは半泣きで両手を合わせ、縋る様な目で懇願してくる。
 そんな顔をされては邪険にするのも憚られるというか、断ると俺が悪いことをしているような気にさせられそうな勢いである。
 もうね、なんかすっごくよしよししてあげたくなる感じ。それどころかいっそ抱き締めたいまである。それほどまでに庇護欲が湧く可愛いお顔だ。
「ま、今日は俺が無理矢理連れてきたってのもあるし、最終的には俺が使うための金だ。今日だけは付いていってやるか」
 化け物退治とかなら絶対行かないけど、肝試し程度の仕事ならそう危険なことにもならんだろう。
 最悪報酬を諦めて逃げればいい。
 若干安易な考えな気がしないでもないが、そんなわけで歓喜と安堵の笑顔を浮かべて俺の手を握るリリと二人で依頼主の居る村とやらに向かうことになった。
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