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【第三話】 学生なのにニート扱いとか異世界ってまじシビア

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「で、どうすんの?」
 酒場を後にした俺とリリは今後の話し合いをするために場所を移していた。
 場所は大通りにあった定食屋みたいな雰囲気の小さな店だ。
 時差的なものは一切分からないが、今やスマホの画面から時刻の表示は消えてしまっている。
 町の様子や日の差し具合からして昼頃だということは何となく分かるし、そうであろうとなかろうとお互い空腹だったということもあって飯を食いながら話をすることにした次第である。
 市場みたいになっている大通りの裏側には飯屋やら服屋やら、それどころか宝石屋だの武器屋だのと色々とカルチャーショックを受けること山の如しな店の数々が並んでいて、こちらは一転ちゃんと石造りだったり木造だったりと違いはあるもののどこもかしこも店舗としての建物が並んでいる通りになっていた。
 たかろうというつもりではなかったのだが、この国の金なんて持ってないるわけがない俺の事情を知ったリリがそのぐらいならとごちそうしてくれるのだそうだ。
 この国どころか日本円すら所持してないからね。リリさんマジ天使。
「もう今になって怒ったり脅すような事を言うつもりはないけどさ、さすがに十年も二十年も待てないってのは事実だぞ? 元居た国……というべきなのか元居た世界というべきなのかはまだはっきりしないけど、そっちじゃ俺が行方不明になってるってことだろ? 大騒ぎになるって普通に」
 椅子も机も木製のテーブル席に向かい合って座っていると、ハゲ散らかしたおっさんが二人分の料理を運んでくる。
 どう頑張ってみても名前を見ただけではどういう料理なのかが想像出来なかったので『肉が食いてえ』とだけリリに伝えた結果、俺の前にはライスの上にピリ辛のソースがかかった『一角牛の辛焼き乗せ』とかいう見た目はすげえ美味しそうだが得体の知れない物が運ばれてきた。
 ちなみにリリは『白身魚と川キャベツの山椒炒め乗せ』とかいう物を注文している。
 女の子らしいといえばその通りなのだろうが、お前この店なんでも乗せてるだけじゃねえか。
「はぅ……それは重々理解しているんですけど、さすがに三千万というのはそう簡単には……」
 互いに一口目を口にしたタイミングで切り出した俺に対し、リリはしゅんとして俯いた。
 あまりそういう風にされるとそろそろ心苦しいが、どうしたって具体案がなければお互い不都合だらけであることは疑いようもない。
「だよなぁ……なんか他の方法ってのはないの?」
「方法というよりも、単純に他の人に依頼するという手段はあるかもしれませんけど……もっと安くしてくれる人であったり、分割のある時払いでいいと仰ってくれる方を探すという具合の」
「ちなみに、その他の人ってのに心当たりは?」
「すいません……あまり他の魔法使いとの交流がないものでどうにも。というか誰もわたし程度の魔法使いなんて相手にしてくれないもので」
「いやそんな切ない補足はしてくれなくていいから、こっちが悲しくなってくるわ」
「ほえ?」
「自覚が無いなら気にしなくていい。というかだな、いずれにしても今日のうちにどうにもならないならそこも考えないといけないんだよ。俺はこの国で何泊かすることになったところで住む場所もなければ飲み食いする金も無い。解決するまでお前が養ってくれんのか?」
 俺は通ってる学園の学生寮で生活している身だ。
 今は夏休みでほとんどの寮生が実家に戻っているためすぐに騒ぎになることはないだろうが、それでも部屋を空けたまま行方不明でいられる時間なんて数日から一週間ぐらいが限度だろう。
「そんなお金があったらこんな貧乏生活してないですよぉ~」
「普通に考えて俺より年下の女の子に簡単に出来ることじゃないわなぁ。手品師の収入がどんなもんかは知らないけど」
「マジシャンじゃないっていつになったら信じてくれるんですか……転送魔法を依頼しようとしたばかりなのに。別にそれは諦めたのでいいですけど、それなら仕事を探しますか? ってロクに仕事も無いわたしが言うのもなんですが」
「そんな簡単に見つかるもんなのか?」
「この王都には職業斡旋所というのがあるんです。物は試しに行ってみますか?」
「帰る方法を探すにしても無一文じゃそれどころじゃなくなりそうだし、日雇いのバイトぐらいしないと厳しいか。あ、先に言っとくけどお前逃げんなよ? 俺に自力で三千万貯めさせようったってそうはいかねえからな」
「そんなことしませんよ……というか、わたしカルネッタ寄りとはいえこの近くに住んでいるので逃げようもないですし」
 カルネッタというのは確か最初に居た森からこの王都とは逆側に出たところにある小さな村という話だったか。
 それが逃げることが出来ない理由になっているとも思えないが、今それについてあーだこーだ言っても仕方ないことも事実。ここはひとまず信じておく他あるまい。
 兎にも角にも、だ。
「当面の生活を確保しないといけないし、何にせよ一回行ってみるか」
 仕事が無い仕事が無いと言うぐらいならむしろリリがバイトの一つでもすりゃいいんじゃね?
 と、一瞬思ったもののひとまず料理と一緒に飲み込んで、俺達はその職業斡旋所とかいう場所へと向かうことにした。

          ☆

 飯屋を出て五分も歩かずに目的地に到着する。
 受付で名前を書くと(なぜか漢字で書くと怒られた上にカタカナに書き直させられた)すぐに個室らしき小さな部屋へと通された。
 そもそも身分証明とか出来ないんだけど、という今更の不安はなぜか杞憂に終わり、そんなものを求められることもなく話が進んていくのは何故なんだろう。
 ここがただの外国だったら不法入国とか言われるんじゃないかとヒヤヒヤしてたってのにどうなってるんだぜ?
「お待たせいたしました。此度の面談を担当させていただきますミルカド・フィーオと申します。本日はどうぞよろしく」
 リリと二人で木の椅子に座って待っていると、遅れて現れたのは一人の女性だった。
 いかにも真面目で、厳格そうな、キリっとした目付きの三十前後と思しき女性はそのままテーブルを挟んだ正面に座った。手には何らかの資料であろう紙の束を持っている。
 ここであれこれ聞いたり聞かれたりしながら、雇う側、雇われたい側の双方の条件に見合う仕事を仲介してくれる。というシステムだという話だ。
 なんだか、パソコンとかが無いだけで日本でいうハローワークにでも来た気分になってくるな……やることは同じなわけだし当然なのかもしれないけども。
 とはいえ、この少しの緊張感の原因は恐らく別にある。たった今目の前に座った女性だ。
 ただでさえ冗談が通じなさそうな人だけに、余計にかしこまってしまうとでもいうのだろうか。なんかクラス委員とか図書委員みたいな印象を抱かざるを得ない見た目の生真面目さ具合である。
「それではいくつか質疑応答をしながら条件にあった職種を選定していこうと思います。まず最優先となる希望や条件などはありますでしょうか?」
 挨拶もそこそこに、さっそく話が始まっていた。
 世間話とかするつもりはないらしい。今日も良い天気ですね、的な。
「駄目元で聞くんですけど、手っ取り早く三千万の報酬が得られる仕事ってありませんかね」
「全く無い、ということはないですが……簡単な仕事ではありませんよ?」
「例えばどういうのッスか?」
「短時間でという話であればアサシン、つまりは殺し屋のことですが、中にはその額を上回る報酬の依頼もあります。現在こちらに届いている依頼の中にある最も報酬の高いものが八千五百万ディールとなっていますね」
「「八千五百万!?」」
 なぜかリリとハモった。
「勿論依頼主はこちらにも明かされていません。それだけ危険で困難な『人を殺める』仕事であるとご理解くださいませ」
「うん、それは何となく分かるけど……それ以前に人を殺すとか無理だから。ていうか職業斡旋所で殺し屋向けの仕事とか紹介していいもんなの?」
 真顔で何言ってんのこの人。
 ジョークなのか? 委員長ジョークなのか?
「ここは必要な者が持ち込んだ職業、または仕事をそれらを欲している者に仲介する。ただそれだけの場所です。その内容であったりそれを実行することが法的にどうであるかには一切の関知を致しません」
「まじですか……」
 なにその裏社会みたいなノリ。
 俺本当にここで仕事紹介してもらっていいのだろうか。そのままどっかに売り飛ばされたりしないだろうな。
「ちなみに、他には?」
「そうですね、高額報酬をお望みなのであれば……現在この国で募集している宮廷魔術師であれば年間報酬が最低でも五千万、地位や肩書きによっては二億程度までとあります。その他騎兵隊員、年間一千万ディールは保証。魔獣の調教師八百万からなどが主にクエストではなく職業として高所得の部類に入りますが、問題は貴方がそれらの職業に適しているかどうかということになります」 
「即決で無理です」
 何だよキューテー魔術師って!
 何だよ騎兵隊って!
 何だよ魔獣の調教師って!!!!
 一つも意味が分からねえし、説明されたところで出来る気の欠片もしねえんだけど!!
「もっとこう、普通の仕事でお願いします。あと、出来れば住み込みがいいんだ。行く当ても金も無い状態なものでして……」
 敢えて意味を追求するのはやめた。
 頭も心も理解が追い付かないし、なんかもうそろそろ心が折れそうだ。
「普通の仕事、ですか。では貴方の得意とすることは?」
「得意なこと、か」
 急にバイトの面接みたくなってきた。
 とはいえ自分で長所を語るのって結構難しい。
「特技であったり、持っている技術、経験、能力いずれでも構いません。どんな武器を扱えますか?」
「いや、武器なんて扱えませんけど……」
「では魔法は?」
「そんなものはない」
「農業、或いは漁業をしていた経験はおありですか?」
「いや、全く」
「期間を問わず工夫こうふや造船といった専門職に就いていたことは?」
「この歳であると思うか?」
「……貴方、これまで一体何をして生きてきたのですか?」
「…………」
 凄まじい軽蔑の眼差しを向けられていた。
 この穀潰しが! とでも聞こえてきそうな非難の感情がひしひしと伝わってくる勢いだ。
「いや、俺は学生だから……勉強とか」
「勉強? と言いますと、魔獣の生態でも研究しているのですか? 薬剤の開発に携わってきたとか? それとも政に役立てるための知識教養を?」
「そういうんじゃなくて……数学とか、英語とか」
「…………」
 今度は胡散臭いものを見る目で見られた。
 そして委員長は手に持っていた資料の束をテーブルに置くと、それはもう大きな溜息を吐く。
「何も出来ない、何もしてこなかった人間に紹介出来る仕事などありません。貴方、もしかして冷やかしにきたのですか?」
「酷い……何もそこまで言わなくても」
 なんで数学とか英語勉強してるって主張してるのにニート扱いなんだよ。
 おかしいだろ何も出来ないとか何もしてこなかったとかさ、いくら俺でも傷付くよ?
「リリ、俺もう心が折れそうなんだけど泣いてもいいかな」
「お、落ち込まないでください悠希さんっ。わたしも大体ここに来た時は似たようなこと言われてへこんで帰ることが大半ですから」
「……慰めになってねえんだよ」
 ニート二人集まったって何も解決しねえんだよ。
 ニートに三千万を集める能力なんてありゃしねえんだよ。
 これ以上傷付きたくないし、相変わらず委員長の言ってることのほとんどは理解不能だしでもう帰ろうぜとリリに提案しようと立ち上がり掛けた時、大きな溜息が聞こえた。
 出所は勿論のこと委員長だ。
 項垂れる俺を見て少しは情が湧いたのか、渋々感丸出しながらも一枚の紙をこちらに差し出してくる。
「一つだけ、そんな貴方でも受け入れてもらえる可能性がある仕事があります」
「…………へ?」
「貴方の希望通り住み込みで、かつ何一つ培ったものがなくとも務まる仕事が一件だけある、と言ったのです」
「お姉さんさぁ……俺のこと嫌い?」
「職務中に個人的な感情を理由に態度や対応を変えることなどありません」
 ほんとかよ……さっきからビンビンと嫌悪感が伝わってくるんだけど。
「それで、どういう仕事なんスかね」
「この町の近くにある風蓮荘という名の下宿荘の管理人です。どうやら現管理人がお年を召しており隠居するので代わりを探しているのだとか。そこに住み、他の住人から支払われる家賃がそのまま収入となる、ということのようですね。その職に就き、管理人を引き継ぐ場合の条件は特別な事情なく住人を追い出したりしないこと、そして施設を潰さないこと。となっていますが」
「それマジ? 家賃収入とかちょっとセレブ感漂うじゃん、稼ぎも悪くなさそうっていうかさ。な、リリ」
 急激にテンションが上がってきた。
 しかし、隣に座るリリに同意を求めるとなぜかバツが悪そうに目を逸らされる。
「いやぁ~……やめておいた方がいいかと」
「なんでだよ」
「なんと言いますか、理想と現実の違いに絶望する悠希さんを放っておけないといいマスか、がっかりすることになるだけだと思うので別の仕事がいいと思います、はい」
「がっかりって、どういう意味?」
「それはその……」
「おい、何か知ってることがあるならハッキリ言ってくれよ。ブラック企業送りなんてヤだぞ俺は」
 随分とモゴモゴしてるリリの態度は明らかに何かを誤魔化そうとしている。
 それが何かは分からないが、さすがに隠しきれないと踏んだのか俯いたまま観念した様に口を開いた。観念した理由は俺が頬を揉んでるからですね、分かります。
「わ、分ひゃりました……言いましゅから揉まにゃいれくだふぁい~」
「よし、話せ」
「その下宿は風呂トイレ共同ですし、部屋もそんなに広くないですし、廊下なんて歩くだけでぎしぎしなりますし……まあ、その分家賃も安いんですけど。そういう環境だからやめておいた方がいいかなーなんて」
「なんだその一昔前のボロアパートみたいな施設は。つーかお前随分詳しいな」
「いや、それは……」
「でもよ、どっちにしても俺に紹介してもらえる仕事がそれ一つしかないんだろ? そこに住めるなら野宿よりは百倍マシだし、俺達が置かれてる状況を考えたら贅沢言ってられないって。てことでお姉さん、その仕事を紹介してください」
 相変わらず浮かない表情のリリからお姉さんへと向き直る。
 黙って聞いていた委員長はすぐに立ち上がり、事務的な口調でそれっぽいことを言い出した。
「分かりました。すぐに現管理人と連絡を取って直接契約をしていただけるよう手配します。ここからですと徒歩でもそう時間は掛からない距離ですので担当の者に案内させましょう」
 トントン、と。
 紙の束を揃えて持ち上げると背を向け、言外についてきてくださいと告げるお姉さんだったが、礼を言おうと同じく立ち上がったところで不意にそれを妨げたのはリリだ。
「いえ、案内していただかなくても大丈夫です」
「ちょ、なんでお前が勝手にお断りしてんだよ。場所知ってんのか?」
 わけが分からずもう一発頬をこねくり回してやろうとする俺に気付いていないリリは凄まじく大きな溜息を一つ。
 そして、続けて出てきた言葉はなんかもう色々と合点がいくものだった。
「知ってるも何も、わたしもそこの住人ですから」
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