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【第十三話】 黒狼のカラ
しおりを挟むやがて空は夕焼けに赤く染まり始めた。
相変わらずロイスは机に広げた書物や資料に目を通す時間に没頭しており、話し掛けられでもしない限り黙々と知識の吸収に費やすばかりであった。
しばらくして目を覚ましたクルムも変わらず暇だ暇だと喚いており、何を手伝うでもなく差し入れられた紅茶と菓子を口に運ぶだけで特に無聊を脱する方法を見つけることも出来ずにだらだらと過ごしている。
かれこれ二人が部屋に残されて半日が過ぎた。
そろそろ小腹も減ったことだしと、ロイスが書物を閉じた直後のことだ。
部屋の隅に設置された魔法陣が予告無く光を帯び始める。
転移魔法陣に対する馴染みが薄いロイスが反射的に身構える中、姿を現したのは魔王城に戻っていたネリスだった。
両手に大きな布袋を提げており、脇には大型犬ほどのサイズがある黒い毛並みの狼が控えている。
「ただいま戻りました。クルム様、マロ」
「おかえりネリス! カラも来てくれたんだ!」
すぐにクルムが黒狼に寄っていき頭を撫でる。
尻尾をブンブンと振り回してはいるが、その場から動くこともなく特にリアクションはない。
「ユーリ、何か問題は?」
「この程度の任務で下手を打つことはありませんのでご安心を。これといって報告するようなことはなければ城の様子も普段と変わりなく、という具合でしたね」
「了解だ。私物は無事持ち出せたんだな」
「ええ、ひとまずクルム様の着替え等と例の魔石を詰め込めるだけ」
「オーケー、ご苦労さん。で、そっちの狼が話にあったカラとやらか」
「仰る通り、私と同じく王妃様直属の部下であった黒狼族のカラです。カラ、こちらはロイス。城を出る前に説明した通り、私のマロでありクルム様と共に魔王様……失礼、魔王の元を離れた私達を導く総司令官として元帥を務める人間です」
そこでカラと呼ばれた狼はロイスに目を向けた。
尻尾の暴れ具合が見るからに増してはいるが、やはり荒めの息を漏らしているだけで特に動くはない。
「ものっすごいテンションが上がっているらしいことは伝わってくるけど……大丈夫なのか? 人間相手に警戒としてない? 食い殺す算段と付けてない?」
「むしろ喜びを抑えきれていない様子なので全く問題はないでしょう。ここ最近はなかなか意思表示をしないのが困ったところなのですが……」
「それは大丈夫と言えるのか? 仲間になるのはいいが意思疎通が出来ないというのは若干不安なんだが」
「ママが居た頃は昔は一緒に寝たりしてたのに、近頃ずっとこんな感じなのよねぇ。カラ~、どうしちゃったのさ~」
「…………」
抱き付きながらわしゃわしゃと体を撫でるクルムと尻尾を振っているだけのカラ。
戦力として扱っていいものかどうかと、どうにもロイスの不安は拭えない。
「ま、お前らの慕うママさんの部下なら悪いようにはならないと信じるしかないか。戦闘力は期待していいんだろ? プライム・ナイツ? だっけ?」
「既にご存知でしたか」
「ちょっとばかりクルムに話を聞いた程度だけどな。正直詳しくはあんまり分かってない」
「プライム・ナイツというのは保有兵力を取り上げられた王妃様の元に残った側近に授けられた称号のようなものです。私を含め総勢で五名のみでしたが、それぞれに色を冠した二つ名を与えられておりその中の黒を担うのがこのカラでした。黒き牙カラ、赤き暴嵐ヴァイス、青き要塞ヘーズ、白き双刃グラディス……カラも十分に戦力になるレベルではありますが、とりわけ戦闘力特化のヴァイスやグラディスは幹部クラスと比較しても劣ることはないかと」
「ほう、そんだけ強けりゃ心強いこったろうに。そこのカラ以外は行方知れずなんだって?」
「ええ……クルム様を託された私やカラは城に残ることを選びましたが王妃様亡き後、一部隊を預かるはずだったヴァイスはそれを拒否し閑職に回された結果どこで何をしているのかも把握出来ておらず、グラディスは怒りのあまり城を出て行き、ヘーズに関しては何の情報も無くといった具合でして」
「それじゃお手上げ、か。クルムもそう言ってはいたが、俺達のやろうとしていることを知れば協力してくれるんじゃねえかと期待しても無意味ってことだな」
「可能性は無くもないでしょうが……」
「ま、性格も何も分からん状態で強いだけの奴を招き入れるつもりもないからそれならそれでいいんだけどな。最低限の頭数を揃えるところから始めなきゃならんから一応聞いてみただけだ」
「忠誠心の高かったヘーズやグラディスが居てくれたなら私としても心強いところではありますが、どちらかというと欲求のままに戦いを求めるタイプのヴァイスはクルム様とて御しきれるかどうか」
「どのみち無い物ねだりってやつだから気にしなくていいさ。無理に探そうとしなくてもいいからな」
「マロがそれでよいと判断したのであれば、それに従うまでです」
「そう言ってくれるのは頼もしい限りなんだけどな、何でも俺の言う通りにする必要はないからな? 不満や疑問があれば遠慮なく言ってくれればいい。クルムにも言ったことだがこっちの説明が足りてない場合もあるだろうし、意味や理由は分からないけど言われたからその通りに行動するってだけじゃあどこで綻びが生まれるか分からんってなもんだ」
「承知しました」
「そんなわけだ。やろうとしていることの無謀さも果ての無さも理解しているけどやるしかねえって俺やクルムの都合に巻き込んで悪いが、よろしく頼む」
ロイスはクルムを真似てカラの頭を二度三度と撫でた。
いきなり噛み付かれたりしないかという心配は若干残っていたものの、その不安に反してカラはただキラキラした目で見上げるだけだ。
「いや、尻尾は元気だけどさぁ……」
「まあまあ、昼間も言ったけど元々は人懐っこい子だから慣れたらきっとロイスも仲良くなれるって」
「そうだといいがな。ちなみにというか、単なる興味本位だけどママさんの側近にはそれぞれ違った色の二つ名が宛がわれてたのならユーリは何色なんだ?」
「ご期待に沿えず申し訳ありませんが、私は特定の色を授かりはしませんでした」
「あれ? そうなの? 一番の側近だったんだろ?」
「それは事実ですが、私は身の回りのお世話から諜報や戦闘など多岐に渡るお役目をいただいておりましたので、どんな色にも変わることが出来るという意味合いから色無き影という名を与えられた次第で」
「また随分と格好良い名前だこと、たかだか盗賊の俺からすりゃ羨ましい限りだよ。二人も戻ったことだし、そろそろ晩飯でも催促しに行くとするか」
「そうしよそうしよっ。あたしお腹ペコペコだし」
「……お前は散々菓子食ってただろが」
呆れるロイスの声など届いておらず。
何度か部屋を訪ねてきた辺境伯と言葉を交わすうちにすっかり警戒心の薄れたクルムは我先にと部屋を飛び出していった。
その後三人と一匹で夕食を済ませると入浴の時間を経て就寝の時間を迎える。
出された食事こそ口にしたものの用を足しに一度庭に出た以外に何をするでもなく、クルムがしつこく誘うもベッドに入ることもなく部屋の隅でジッとしているだけのカラが何を考えているのか。
とくに深刻さもなくぼんやりとそんな疑問を頭に浮かべているうちに蝋燭が消され、この屋敷に来て二度目の夜は静かに過ぎていく。
はずだった。
早い者勝ちとばかりに真ん中を陣取ったクルムの横、ベッドの端でロイスはふと目を閉じようとする最中に月明かりの差し込む窓の向こうに目をやった。
「おおお!?」
思わずロイスは体を起こし、腕の力で後退る。
どういうわけか二階であるはずの窓の外から部屋を覗き込んでいる異形の何かとしっかり目が合っていた。
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