怪異相談所の店主は今日も語る

くろぬか

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2章

31 聞いたら出ると言う夢のお話

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 「えっと……すみません。なんか店主が急に飛び出して行っちゃったので、代わりに私がお話を伺います……」

 若干気まずい雰囲気になりつつ、申し訳ないとばかりに頭を下げながら対面の座布団に腰を下ろした。
 今回の依頼主は若いカップル。
 若いとはいっても、私よりも年上だが。
 多分大学生くらいだろうか?

 「おいおい客が来てるのに、ソレを放り出してどっか行くのかよこの店の店主は」

 明らかにイライラする様子を見せる彼氏さんが、思いっきりチッと舌打ちを溢している。
 感じ悪いなぁ……なんて思ったりもするが、まぁ彼等よりも他者を優先したって事だもんね。
 お客さん側からみればどっちもどっちか。

 「今すぐ対処する必要があるかどうかも、お話しを聞いてみてからでないと分からないので。まずお話を――」

  「今すぐに対処して欲しいからこんな変な店に足を運んだんだろうが! 早く店主を呼び戻せよ!」

 「いえ、ですから……」

 「お前じゃ話にならない! 早くさっきのおっさんを――」

 彼が怒りに任せて立ち上がったその瞬間、ズンッと空気が重くなった気がした。
 “気配”を感じるとか、“殺気”を感じるなんて芸当は出来なかった筈なのに。
 そんな私でさえ、肌がピリピリとする程感じられる。
 コレは“敵意”と“害意”だ。
 そんなモノが、室内を包み込んでいる。

 『囀るなよ、小僧。貴様らの事情も話さずに、何を得意げに怒鳴り散らしている? 貴様は“お客”ではあるが、我らにも客を“選ぶ”事が出来るのだぞ? 今すぐに放り出されたいか? そうなれば、この件は自力で解決する他あるまい。それが出来るのか? あぁ? “憑いている”のは小僧ではなく、そっちの娘だろうに』

 小さいままの姿の幸が、尻尾を二本に分けて威嚇している。
 声からして相当イラついている様だ、多分人間だったら額に青筋が浮かんでいる程に。

 「ね、猫が喋った……」

 腰を抜かしたままフルフルと震えている彼氏さんは、あり得ない物を見る顔でパクパクと口を動かしている。
 なんか、うん、スマン。

 「幸、私もこの空気辛いから。威嚇しないで」

 『だがこの愚か者はお前を蔑ろにしたどころか、馬鹿にしたのだぞ?』

 「ありがとね、幸。大丈夫だから」

 『納得がいかん……』

 「今日の夕飯は豪華にしてあげる」

 『納得いった』

 という訳で、幸は膝の上に乗っかって大人しくなってくれた。
 そんでもって次の問題は。

 「雪奈さ~ん。あの、地味に怒るの止めてもらって良いですかぁ? お茶が凍ってますよぉー?」

 「あら、コレは失礼。淹れ直してきますね?」

 うふふとか笑っている先輩従業員も、明らかにイラついていた。
 幸のズドンと来る“気配”にばかり意識が向いていたが、気付いてみれば室内が滅茶苦茶寒い。
 あぁもう、この二人? 一人と一匹?
 何だかんだ激情家が過ぎませんかね?
 よくこの二人を抑えているな、ウチの店主は。

 「はぁ……という訳で、お話しを聞かせて頂けますか? あと、とりあえず換気しますね」

 変な演出がしたい訳では無いのだ、足元に冷気が漂っている中で話なんぞ聞けるか。
 そんな場所にいつまでも正座していたら、トイレに行きたくなってしまうわ。
 という事でスパンッ! と襖を開け放てば、ゆったりと温かい空気が室内に流れ込んでくる。
 あぁ、幸太郎の作る“箱庭”は良い。
 今はクソ暑い時期だというのに、こんなにもポカポカ陽気で過ごしやすいのだから……。
 なんて、どこか現実逃避をしていれば。

 「眠るのが……怖いんです」

 ポツリと、今まで喋らなかった彼女さんが口を開いた。
 ずっと俯いていたので、今更ながらお顔を拝見出来た訳だが。
 随分と酷いクマだ。
 真っ黒と言って良い程に目元は黒く染まり、その顔は疲れ切っている。

 「眠るのが? それは、何故?」

 答えながら席に戻れば、ポツリポツリと……それこそ半分眠っている様な状態で言葉を紡ぎ始める。

 「夢です、殺されそうになる夢。毎晩見るんです。私は電車の中に居て、乗客は皆席に座っている……私も座っている。でも動けないんです、席を立つ事が出来ない」

 電車に乗っていて動けず、“殺されそう”になる夢?
 はて、と首を傾げてみれば。

 「先頭車両の方から、だんだん近づいてくるんです。“何か”が。ソレは乗客を一人ずつ殺して行って、殺される人たちも人形みたいに、凄く静かに“殺される”。そんな存在が段々近づいてきて、目が覚める。そして、ソレは眠る度に近づいてくる。夜でも、昼でも。眠れば必ず近づいてくるんです」

 あぁ、なるほど。
 どこかで聞いた事のある様な話だ。
 都市伝説の一種だが……“アレ”って実在したのか?

 「それで、目が覚めた後。耳元で囁くんですよ、“あと何日だよ”って……お願いです、助けて下さい。私にはもう、時間がないんです……今でもずっと眠くて。怖いのに、本当に眠いんです。ココに来るまでにも、一度眠ってしまったくらいに」

 随分と必死な様子で、彼女はテーブルから身を乗り出して来る。
 しかし体力の限界なのか、それとも“眠気”のせいなのか。
 その体は随分とフラフラと揺れていた。

 「あの、いくつか質問してもよろしいですか?」

 コクンッと首を縦に振る彼女。
 しかし、その眼は今にも閉じてしまいそうな程。

 「毎日眠っていますか? それとも“夢”を見ない為に出来る限り睡眠を取らない様にしている、とか。そういう事はありますか?」

 「眠っています……正直、眠りたくは無いのですが。それでも夜になると必ず電池が切れるみたいに眠ってしまって。それに、昼間もずっと眠たいんです。病院にも行きましたけど、体に異常はないって。もしかしたら“心”の異常かもしれないって、そう言われました」

 まぁ確かに、そういう場合もあるだろう。
 だがしかし、彼女は“このお店に”……言い方を変えれば幸太郎の“箱庭”にたどり着いてしまっているのだ。
 この“場所”は特殊だ。
 本当に“ココ”を求めている者しか発見すらできない。
 怪異に悩まされ、本当に救いの手を必要としている人しか、この店の門を潜る事は出来ないのだ。
 だからこそ間違いなく、彼女には“ナニか”がある。

 「では、迫って来る“何か”。こちらは何か覚えていませんか? どんなものが迫って来ているのか、どんな風に周りの人間は殺されたのか? そう言った記憶はありますか?」

 「すみません、それが……覚えていないんです。とても怖い何かが迫って来る、という認識は残っているのですが。目が覚めるとソレが何だったのか、どう怖かったのかが全然思い出せないんです」

 なるほど、噂通り……という訳では無いが、そういうパターンもあると聞いた事がある。
 まさに夢。
 怖くて怖くて仕方がないのに、目が覚めればどんどんと記憶から消え去っていく。
 まるで掌から零れ落ちる砂の様に、いくら思い出そうとしても、思い出そうとしたその時には僅かしか砂粒が残っていない。
 だからこそ、“正確に恐れる”事すら出来ない。
 怖い夢というのは、総じて達が悪い。

 「……あと、“何回”と言われましたか?」

 「何回? えっと、私が言われたのは何日って……あれ? でも、もしかしたら何回だったかも……え? 嘘。あと、三回……確かに、そう言われました」

 不味い、本当に今すぐ対処しないと間に合わないかも。
 私の知識と、幸太郎から教わった怪異現象を照らし合わせれば、かなり不味い状況な気がする。
 その状況を理解したからこそ、最後の質問を投げかける。

 「お猿さん、と言ったら……何が思い浮かびますか?」

 「…………夢」

 決まりだ。
 彼女が見ている夢は通称“猿夢”。
 都市伝説の一つで、“聞いたら出る”類の話。
 とはいえソレは聞いた相手を怖がらせるシチュエーションに過ぎない。
 こんな話を聞いた所で、誰しもが死ぬ訳じゃない。
 では実際にその夢を見る人はどういった人物なのか、という話になる訳だが。
 大きく分けて二つの種類に別れるらしい。
 思い込みが激しく、自身が考える“猿夢”を見てしまう者。
 正直コレが殆どだ。
 その場合は何の問題も無い、ただの“夢”でしかないのだから。
 ただし、稀に“本物”を引き当ててしまう人たちが居る。
 そう言った人物は大体、他者からの恨みを買っていたり、元々“呪い”を掛けられている人物だという。
 悪い感情、怖いと思うその気持ちが“心”に隙を作る。
 その隙間に、元々あった呪いが流れ込むのだ。
 そして、怖がっている“ソレ”を具現化する。
 私の時の“噂”と一緒だ。
 本来無かったモノが人の恐怖と好奇心を喰らい、新たなる“怪異”として生まれる。
 ソレが、宿主に住み着くのだ。

 「猿夢、それは所謂“聞いたら実際に体験してしまう”というお話になります。恐らく貴方が体験しているのは、コレだと思われます。オリジナルのお話と繋がりが有るのか、それともまた別の何かなのかは私には判断しかねますが……聞きますか? それとも、もう聞いた事がありますか?」

 「……多分、聞いた事があると思います。でも、もう一度聞かせてもらえませんか? 私の今の状況を確かめる為に」

 「承知いたしました」

 そんな訳で、私は幸太郎の真似事をし始める。
 依頼主が自身の状態を今一度向きあう為の話を、彼女に憑いているかもしれない“怪異”に私達を認識させるように。
 私達が“囮”となるべく、語るのだ。

 「このお話は“猿夢”。文字通り猿が登場する、怖い夢の話です」

 ――――

 最初に言っておこう、聞いたら出る類の話は真面目に考えない方が良い。
 本当に“出る”のであれば、人類の数割……とまでは言わないが、かなりの人数が犠牲になっている筈なのだから。
 ネットに情報が乗っている時点で、完全にほら話。
 それくらいの気持ちで聞いて欲しい。

 猿夢とは、文字通り猿が登場する夢。
 そしてその夢は、数日間に渡り同じ夢を見続ける事になる。
 その内容は徐々に徐々に進み、やがて自身に危機が迫るという内容。
 簡単に説明すれば、猿が前の乗客を残虐非道な方法で順に殺していくというお話しなのだが……。
 話が長く続きすぎた為話題性が欲しかったのか。
 環境がコロコロ変わっていたり、登場する猿の種類が変わっている事も多々。
 今回の依頼人の言う様な電車はベター。
 次にジェットコースターだったり、バスだったりもする。
 そんな中登場するのが、“凶器を手に持った猿”。
 ソレが前から順に人を殺していくという内容。
 コレだけなら単純なよくある怖い話なのだが、“猿夢”に関しては兎に角殺し方が酷いのだ。
 人が嫌悪しそうな内容を特盛にして、端から並べていく。
 そういう内容がつらつらと並び、やがて自分の番が迫る。
 お話しとすれば、結局殺される寸前で目が覚め一息ついた所で。

 「次は逃がしませんよ?」

 みたいな台詞が耳元から聞こえて来て、次眠るのが怖い~みたいな感じで終わる。
 コレが“猿夢”。
 こう簡単に語ってしまえばあまり怖く無さそうな内容だが、とにかく“エグい”のが印象に残る話なのだ。
 詳しくは語らないが。
 そんでもって、登場する“猿”にもいろいろなパターンが存在する。
 動物園に居る様なニホンザルが凶器を持って居たり、猿の着ぐるみを着ている大男だったり。
 更には猿といっているのにゴリラだったりと様々だ。
 多くの人によって手を加えられた都市伝説。
 未だにネットに残る、現代の怖い話。
 それが今回の依頼主に“憑いている”。
 いや、正確には。
 “憑いている何か”が、その夢と“似たナニか”を見させているという方が正しいのだろう。
 結果、彼女は衰退し今の様な状態になっている。
 確かに効果的だ。
 本人にも認識できる程、眼の前に恐怖が迫るのだから。
 だからこそ、“呪い”の進行も早い。
 幸太郎が言っていた。
 “呪い”とは“思い”であり、“想い”。
 誰かを好きだと言う感情でさえ、時には“呪い”に変わる。
 そしてその受け手が“呪い”に向きあった瞬間、ソレは牙を向く。
 今までは毒の様に徐々に蝕んでいたソレが、急に牙を向き始める。
 それが、“呪い”。
 怪異も呪いも、相手に見られ、こちらも見る事で初めて“事例”として“発生”するものなんだとか。
 気付かなければ、少しだけ体調を崩す、少しだけ運が悪くなる。
 現代の呪いなんていうモノはその程度。
 しかし、たまに枠を超えてくる“呪い”も存在する。
 そんな凶悪なモノを拾ってしまった人の為、“気づいてしまった”人の為。
 語り部 結という店は、存在するのだという。
 誰かの逃げ込める先になる為に、この店はあるのだ。
 だからこそ。

 「大丈夫ですよ、きっとウチの店主が何とかしてくれます。胡散臭い笑みと話をする人ですけど、きっと助けてくれますから。だから、ご安心くださいませ」

 そういって、私はお客様に微笑みを浮かべるのであった。

 
  
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