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2章

21 外の仕事

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 人の生き死に。
 ソレを正しい、または不遇だったと判断する基準はどこにあるのだろうか?
 その人物が善人だったから? 悪人だったから?
 更には先程の大前提の元、死に至った原因が“納得できる状況”だったのかどうか。
 それは誰が決める?
 本人が選ぼうにも、当人は既に死んでいるのだ。
 “死人に口なし”とはよく言ったものだ。
 結局は残された人間が死んだ人間の価値観を決め、更には死んだ状況を鑑みて『正当な死』だったのかを判断する。
 もっと言うなら、“死者は美化される”事が多い。
 死んだ後ならば、何を言おうと本人には伝わらない。
 だからこそ人々は様々な経験、作り話を口にする。
 アイツはこうだった、あぁいう事をして立派な人間だった。
 死んだ人間に対して、悪態をつく事自体が憚られる現代において、死した者が残した罪を言及するものは少ない。
 相手は死んだのだから、そこを問い詰めても仕方ない。
 相手は死んだのだから、もう償いようがない。
 相手は死んだのだから、もう……残った人々が忘れるべきなのだと。
 クソ食らえだ。

 「ちょっとちょっと店主! 結さーん! 幸太郎さーん! ヤバいって! ヤバすぎるって!」

 騒がしい従業員が、他人様の家だというのに転げまわっている。
 店の外に出ている為今は高校の制服姿、その姿でバタバタ動くのはどうなのだろう。
 私どころか、依頼人にさえ……パンツ見えますよ?

 「美鈴……いい加減に慣れてください。いいから下がって、パンツ見えてますよ」

 「見るな馬鹿! っていうか助けて! ヤバいってコイツ!」

 彼女を追い回すのは随分と高そうなスーツを着た男性。
 だった、というべきだろう。
 彼は今霊体となり、ウチの従業員を追い回している。
 とまあ先程何故あんな事を脳内で愚痴っていたのかと言えば。
 眼の前の亡霊、性犯罪者と勘違いされ自殺したという経緯があるらしい。
 依頼人は彼の母親、家の中で未だに苦しみ続けている息子を楽にしてやってほしいとの事。
 とはいえ……目の前の女子高生をガチで追いかけまわしている姿を見ると、怨念というより煩悩でこの世に残っている様にも見えるのだが。

 「はぁ……とりあえず、私の後ろへ」

 「わ、わかった!」

 ギャーギャーと騒ぐ補佐役を背後に隠し、一枚の札を目の前に向けて投げ放った。
 そして。

 「あの、さ。格好良く投げつけた札が“ポッ”ってちんけな音を立てて燃え尽きたんだけど。あれって効果あったの?」

 「まぁ、見ての通り無い様ですね」

 「ばかぁぁぁ! 早くなんとかしてよぉぉ!」

 全く、どうしてここまで騒げるのか。
 はぁ……と息を吐いてから、足元へと目を向けた。

 「幸、お願いできますか?」

 『あぁ、この程度問題にもならぬ』

 足元についていた猫は瞬時に巨大化し、目の前の怨霊を“喰らった”。
 パクンッと音がしそうな程に、見事に頭から被りついて。
 その結果。

 『この程度とはな……最近の悪霊は質が悪い』

 それは味の問題なのだろうか? それとも霊の在り方?
 ちょっと想像がつかない感想を洩らしながら、幸は元の姿へと戻って行く。
 はい、これで依頼達成と。

 「終わりましたよ」

 依頼人に声を掛ければ、当人は呆けた様子でこちらを見ていた。
 珍しい事ではないが、このままでは話が進まない。
 さて、どうしたものか。

 「ではココで、一つお話しを聴かせましょう。コレは女子高生が大好きなサラリーマンの話です。なんでも彼は、霊体になってまで女子高生の制服というモノを愛し――」

 「止めろ止めろ、ソレ絶対さっきの奴の人生経験だろ。ご遺族に語って良い黒歴史じゃないって」

 語り部なのだから話でもしようかと思った矢先、従業員に止められてしまった。
 解せぬ。

 「あ、あの。それで息子は……」

 やっと我に返ってくれたのか、お高そうな洋服に身を包んだご婦人が声を上げた。
 その手に抱えるはふくよかなキャット、実に不服そうな顔をしておられる。
 あの猫を常に抱えているって、結構疲れる気がするんだが。

 「ちゃんと“逝きました”よ。もう現れる事はないでしょう」

 「そうですか……そう、ですか。やっと、眠れたのね……」

 随分とご家族に愛されていた息子さんだったみたいだ。
 羨ましいね、家族愛が豊かなのは。
 幸に喰われたけど。
 ま、祓い方はそれぞれだし。
 ちゃんと逝けたなら良いでしょ、ウチの従業員を追い回してたけど。
 女子高生大好きもあそこまで行くと病気だね。

 「おい、余計な事考えてるだろ。ご遺族の前だぞ、集中」

 何故か腕を抓られてしまった、非常に痛い。

 「分かってるって。では、これにて息子さんの弔いの儀は終了とさせていただきます。それからお会計ですが――」

 本日の依頼は豪邸に住まう霊の供養。
 とは言っても出現するのは実の息子の霊であり、別段人に被害を出している訳では無い。
 ただただ息子に安らかに眠って欲しいと、母親である依頼人がウチの店に訪れたのが始まりだった。
 その後幸と美鈴を連れ、豪邸にお邪魔したは良いモノの。
 怨霊の趣味とジャストフィットしてしまった美鈴が、ひたすら追い回されてしまう結果になったのであった。
 ギャル、JK、気が強い、検索っと。
 余計な事を考えた瞬間、蹴りを貰った。
 この子“嘘”が読めるんじゃなくて、思考が読めるんじゃないか?

 「――と言う形になります。よろしいですか?」

 「えぇ、もちろんです。こちらがお代でございます……本当に、本当にありがとうございました」

 そう言って婦人は随分と厚い茶封筒を差し出して、深く頭を下げた。
 表情は見えないが、涙が零れているのが見える。
 ホント、大切に思われていたみたいだ。

 「少しばかり多いようですが?」

 「貰ってください。私には、コレくらいしか感謝を表す術がありませんので……」

 「……ありがたく、頂戴致します。今後とも何かお困り事が御座いましたら、“語り部 結”をお尋ねくださいませ」

 それだけ言い残し、俺達は豪邸を後にした。
 これにて仕事完了。
 あのお母さんも、これからは家に現れる息子の亡霊に悩まされることは無いだろう。
 これにて一件落着。
 今後彼女が平穏に暮らせれば良いとは思うが、そちらは我々の仕事じゃない。
 だから、彼女が再び店を訪れる日が来ない事だけを祈っておこう。

 「さて、なんかいっぱい貰っちゃったし。何か食べて帰る? 美鈴食べたいモノとかあるかい?」

 「あのさぁ、もうちょっとご遺族の雰囲気とか読んで……あぁもう良い、ウチの店主に期待する方が間違ってる」

 『そうだぞ娘、太郎にその辺りを期待するな。是非補佐してやってくれ』

 「幸までそんな事言ってるし……今までどうやって仕事してきたのホント」

 はぁぁぁと大きなため息を溢され、更にはジトッとした眼で睨みつけられてしまった。
 相も変わらずウチの従業員は目つきが悪い。
 働き始めてから半年くらい経つというのに、もう少し可愛らしい表情を見せても良いんじゃなかろうか。

 「また馬鹿な事考えてる顔してる……まぁいいや。何かジャンクフードでも買って、店に戻ろ。そうすれば雪奈さんも喜ぶし」

 「えぇ……ハンバーガーとかチキンとか? せっかくいっぱい貰ったのに……」

 「それは仕事の代金であってお小遣いじゃねぇの! はい没収、無駄遣いするとまた雪奈さんに怒られんぞ?」

 「ちょっと! ソレ俺が稼いだお金!」

 『ほほぉ、我を使っておいて“自分が稼いだ”と抜かすか』

 「幸の言っている通り“語り部 結”として稼いだお金であって、幸太郎個人のお金じゃないんですよーだ。ホレ、さっさと帰るよ。ジャンクが嫌なら夕飯つくったげるから」

 そんな会話をしながら、俺達は帰路に着く。
 何か最近、ずっとこんな感じだ。
 帳簿を付ける雪ちゃんの他に、出張でも俺の監視役が付いた。
 更には幸まで美鈴の味方するし……絶対餌付けされてる。

 『娘、今日はとんかつが食いたい。ジャンクフードはあの小娘が喜ぶが、手作り料理は我が喜ぶ。お前の飯は旨い、今日の功労者の意見を尊重すべきだとは思わんか?』

 「幸……君ホントに猫だよね? まぁ良いけど。んじゃカツね。そこで落ち込んでる店主さまー? とんかつで良いー?」

 少しだけ先を歩く二人が振り返り、俺に声を掛けてくる。
 何とも、今まででは考えられなかった不思議な光景だ。
 俺の店に“人間”の従業員が居る。
 その違和感が、未だに拭えない気がする。

 「……何となくカレーが食べたくなった」

 「はぁ……んじゃカツカレーね。決定」

 でも、随分と慣れた。
 なんたって半年だ、彼女がウチに来てからもう随分と経った。
 彼女も馴染み、俺達も馴染み。
 そして、今の様な光景が出来上がっている。
 不思議と悪い気はしない、なんて言ったらまた怒られてしまうかもしれないが。
 彼女が居る毎日が、当たり前になって来ていた。

 ――――

 「しばらく休みが欲しいんだけど」

 「俺に何か不満があったのかい!?  改善するからどうか!」

 「不満というなら胸に手を当てて良く考えてみると良いよバカ店主」

 『待て娘! よく考えろ! お前が居ない間の飯はどうするつもりだ!?』

 「逆に今までどうしてたの……」

 長期休暇を申請しただけなのに、何か偉い事になってしまった。
 どうしたのコイツら、何で私にこんな懐いてんの。
 いや幸は分かるけどさ。

 「休みたい期間と理由を聞いてもいいかしら? はいお茶、茶菓子が切れそうだからそろそろ買って来てもらっても良い?」

 「ありがとうございます雪奈さん。あと買い出しも了解です」

 とりあえず頂いたお茶で一服しながら、ぷはぁっと一息。
 その間もオス二匹が随分と落ち着かない様子でこちらを見つめて来るが。

 「休みたい期間はそんなに長くないよ。理由はテスト期間に入るので、以上」

 私は高校生、この店の扱いもバイトなのだ。
 これだけで十分な理由にはなるだろう。
 非常に当たり前な主張をしたつもりだったのだが……。

 「店が、嫌になった訳じゃないと?」

 「まぁ時給は安いけど、仕事が発生した後のボーナスは良いからねぇ」

 正直、労働基準法スレスレというか。
 そんな時給で働いている訳ですが、ボーナスが有るのだこの店は。
 しかも、仕事ごとに。
 ソイツを含めれば、正直高校生では貰い過ぎなくらいに貰っている。
 幸太郎のバイト代からこっちに回しているんじゃないかと、若干ヒヤヒヤする事があるくらいに。

 『待て、金の事よりも飯の事だ』

 「私は飯の事より金の事、そして今はテストの点数の方が大事なので。キャットフードで我慢して」

 『……嫌だ』

 「さいですか、でも無い物は無いのです」

 救いは無いとばかりに断ってみれば、しばらくその場でしょぼくれた幸。
 だったのだが、何かを思いついたように私の膝の上に乗って来た。

 『どうしても駄目か? テストとやらは頭の良さを図るモノなのだろう? お前なら問題ないのではないか?』

 黒猫が上目遣いに媚びてくるんだが。
 確かに可愛い、ソレは認めよう。
 だが、声がおっさんなのが非常に残念だ。

 「駄目です、むしろ私だから問題だっての。私頭良くないんだから」

 『そうなのか? 娘は多少利口そうに見えて馬鹿……ではなかった、勉学には疎いのか?』

 この黒猫、庭に放り出してやろうか。
 なんて事を考えていると、スッと幸太郎が手を上げた。

 「俺が教えようか? 一応大学まで出てるし。帰るまでの時間が問題なら、美鈴の部屋と直接“ココ”を繋げるよ?」

 「……は?」

 え、何それ。
 職場まで徒歩0分? めっちゃ楽なんだけど。
 ついでに言えば、私は未だ一人暮らしをしている。
 零の問題は片付いたのだが、念の為だと言って両親が聞かないのだ。
 という訳で、非常にありがたい提案な訳だが。

 「本当に大学出てるの? 幸太郎」

 「うん、結構有名なとこ。高校生くらいのテストならちゃんと教えられると思うよ?」

 私が辞める辞めないの話じゃないと分かった瞬間、ニコニコニコニコとにやけやがって。
 その表情で“高校生くらい”とか言われるとちょっと腹立つのだが。
 ていうか何、コイツ頭良かったの?
 全然そんな風に見えないんだけど。
 とはいえ、家庭教師が付いてバイト代が貰えるとか意味の分からない程好待遇なのは間違いない。
 今回のテスト、落としちゃうと下手すりゃ留年だってあり得るくらいなのだ。
 だからこそ、本気で勉強しようとしていた矢先の出来事。
 だったら……。

 「勝手に私の部屋に入ってこないと約束するなら、許可します。“扉”の件も含めて。でも、ちゃんと勉強見てよ?」

 そう言い放てば店主はガッツポーズを掲げ、猫は膝の上で踊り狂っていた。
 なんだこの職場、普通なの雪奈さんしかいねぇ。
 そんなこんなありながら、私の家に“扉”が設置するくだりとなった。
 徒歩0分、何かあってもすぐ自宅に戻れる。
 何この環境。
 サボったりしない限り、滅茶苦茶働きやすくないか?

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