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 溜まった仕事をなんとか片付け、午後5時10分に会社を飛び出すと五駅向こうの自宅アパート最寄駅に急ぐ。

 駅から自転車で10分ほど走り、平屋建ての『あおぞらこども園』に着いたのは、6時近く。
 ほとんどの子が帰ったなか、先生と積木で遊ぶツインテールが見えた。

「香苗先生、遅くなってすみません。理奈、ただいまっ。」

「ママっ。おかえりなさい!」

 私に抱きついてくるかわいい娘の理奈は、年中さん4月10日には5歳になる。
 今日1日一緒にいた理にやはり似ていると思う整った顔立ちだ。

 この子の事を理に知られたくない。自分から去っておきながら未練タラタラで、未だに理以上に好きになる人がいないなんて…

「ママ、どうしたの?」

「えっとね。今日のご飯、何がいいかなぁって。」

 自転車の子供用シートに座らせて、スーパーの特売タイムを目指す。

 庶民の私たちには、これが合っている。

 オーダーメイドのスーツを纏い、髪を撫でつけ銀縁メガネをして、目が笑っていない営業スマイルで高級時計を眺める。
そんな課長サマとは世界が違うのだ。

 大学の時は、サラサラの髪に洗い晒しのシャツにデニムパンツで、外を駆けずり回っていて、ニカっと笑う悪戯っ子みたいな笑顔をよくしていた。
 理奈みたいな顔して…

 首を振り、理の事を頭から追い出す。

「理奈の誕生日は、お仕事休みだから遊園地行こうか?」

「うん。ママと行く。お馬さん乗るの。」

「お馬さん?メリーゴーランドかな?」

「メリンゴンランっ。」

 その夜は理奈が、興奮してなかなか寝付かず、私も少し考える過ぎて寝不足だった。

「おはようございます。課長、本日は何か御用はありますか。」

「小林さん、決裁のルートと書式聞いていいかな。」

「社長まで行くものは電子決裁になります。書式はパソコンに入っています。」

「課内分は?」

「基本は電子ですが、間に合わないと紙で回して、後で私たちが電子保存しますよ。紙の時は必ず印鑑が必要です。」

「ところで、食事は?」

「は?」

「いや、昼食はどうすればいいか?」

 誘われたかと一瞬焦ったが、自分の昼食の心配だったのね。

「営業だと外回り中になので、各自適宜に。ここにいる日は、お弁当やコンビニになりますね。仕出し弁当は、朝9時までにカウンターの隅にある注文表に書いて下さい。」

「営業事務のみんなは?」

「ほとんどお弁当を持って来ています。たまにランチも行きますよ。」

「営業事務は、全員パートなんだな。昨日、歓迎会をやってくれたがいなかったから…」

「そうですね。社員さんの宴会に行かないんです。」

「小林さん、今日の昼付き合ってもらっていいかな。」

「わ、私ですか?」

「私の補佐をお願いして、3人分に仕事増えているから、お詫びも兼ねて。」

「それじゃ、お願いします。」

 ランチは、近くの定食屋さんにした。安いし美味しいので、ご馳走してもらうのにも罪悪感がないから。

「小林さんにいいお店、教えてもらったな。」

 仕事中より幾分、雰囲気が柔らかくて、つい気を緩めてしまっていた。

「ソースとって、あず。」

「はい。」

 気軽に頼まれて、返事をしてしまった。

 途端に仕事中以上の仏頂面になった理に気付いて、固まる。

「やっぱり、あずだったんだ。小林って、どういうこと?あずの苗字は相良じゃなかった?」

「あれから何年も経つから、おかしくないよね…」

「あっ、そう。採用時に偽名名乗ったわけじゃないんだ。」

「私だと気付いていたの?」

「昨日は、似ているなと思っていた。それで今朝、人事データを見たんだ。ひらがなであずみって、そうある名前じゃないから、昼誘って、かまかけた。」

「宝田課長とうまくやれないパートは、クビですか?」

「俺がどれだけ、あずを探したか。それなのに、よその男と結婚したって言うのかよ。」

「ごめんなさい。私にはあなたより大切な人がいるんです。目障りなら、クビにしてくれていいです。ここの分は、割り勘で。先に戻ります。」

 母を頼った時に義父と養子縁組して小林に変えたおかげで、理が勘違いしてくれた事に乗っておこう。

 大切なのは、理との思い出と理と私の天使、理奈。

 近々、新しい仕事を探して引越しも考えないといけないなと思った。

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