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美人アラサーOLは女神になる
しおりを挟むラディと寝室を共にした後。
あたしは、あたしの中にあった光が、ごっそりラディへ持っていかれたのを身体で感じた。
ラディには逆に奔流しているような光を感じる。
身体に取り込まれた力が強過ぎて、ラディは苦しそうに顔を歪めている。
「人間に制御出来ない力を、あたしは本当に持っているのね。」
独り言ちると、ラディの口にキスをして力を吸い取っていく。
よくわからないけど、あれこれ考える前に、自然とそうしていた。
半日ほどして、ようやくラディは穏やかな表情を取り戻して、目覚めた。
苦しそうにしているラディが心配だったあたしは食事するのも忘れて、ずっとラディの側にいて、
「死んじゃうかと思った!」
勝手にそんな言葉が出て、目を開けたばかりのラディに抱きついて…泣いちゃった。
泣いたのなんて、何時振りだろう。
「美月。心配をかけたみたいだね」
ラディはオロオロしてからあたしをしっかりと抱き締めた。
その腕からは、寝室に向かう前に抱き抱えてくれた時に感じた優しさとは、ちょっと違う優しさを感じた。
何が違うのか、うまく言葉に出来ないけど。
もしかして、寝室を共にしたことで、ラディも少し成長しちゃったのかな。
ラディが目覚めてから玉座の間に行くと、キュザックが滅ぼされたって聞いた。
あたしがかけていた結界の効果はもう無くなってしまって、そこから攻め込まれたってことも。
滅ぼされたか…。
シャルルやヒカリはどうなったのかしら。
嫌いだからと言って死んでほしいとまでは思わない。
さすがに、誰かが死んで喜べるほど、あたしは性格が歪んでいない。
シャルルとヒカリだけじゃなくて、神殿の先生達、住民の人達…みんな、どうにか無事だといいんだけど。
ラディはみんなにあたしとの事を告げて、これから打って出ると宣言した。
軍は他国の軍も集まって合同で戦場に赴くらしく、凄い人数の軍勢が集まっている。
本当に戦うんだ。戦争しなくちゃいけないんだって、今さらになって感じる。
ただ、いくら多くの軍勢を集めても、闇の神には人間の攻撃は効かないから、闇の神にはラディ単身で乗り込む事になるらしい。
…当たり前だけど、かなり心配になる。
「あたしも行くわよ、当然。」
「ファルセアは危ない。必ず帰ると誓うから、待っていて欲しい。」
手を握り合う私達。
あたしの手を握ってくれているラディの手は、今まで感じたことがないくらい、強い力が込められている。
でも、相変わらず、その力は優しかった。
「待つよりも、共に戦って共に生きるほうが素敵でしょ?」
あたしは引かない。
力を出せる限り、ラディの手を強く握り返す。
こんな時だって…ううん。
こういう時こそ、あたしの頑固さ、見せちゃうんだから。
だって、あたしは貴方が居ないと駄目なんだから。
貴方と知り合って、少しの時間しか過ごしていないけれど…。
こんな短期間でも、運命って本当にあるんだなって感じたの。
運命っていう言葉。それこそ、ファンタジーかどこかの世界の話だけだと思ってたから、実際に口に出すなんて恥ずかしいけど。
本当に運命って言いたくなるくらい、素敵な貴方と出会えて、時間なんて関係無いんだなって。
これまであたしが過ごして来た時間は、貴方に出会うためにあったんだなって思った。
だから…。
「一緒に生きよう?」
大勢の人の前なのにあたし達はキスをしていた。
場所なんて関係無くて、ここでこうしないといけないって思った。
「……」
あたしは必死になっちゃって、この時のラディが何か言葉を言ってくれたのか、わからない。
こんなに素敵な人…。
あたしがいた元の世界にも…今まで見てきたどの世界にも、いなかったな。
闇の軍勢が居座っているのはキュザック国。
国を滅ぼして、あのまま居座ってるらしい。
帰らない筈の国に帰って来てしまった。
荒れ果てた国内の様子は、もうあたしが知っていた時の国では無かったけど。
事前の打合せ通り、軍は闇の神には近付かないよう、敵の兵だけを倒していく。
ドカンドカンと鳴りやまない爆発音に、あちこちで上がる煙。
道の途中では、点々と倒れている死体。
倒れている人達の中には、まだ生きている人もいて、全員に治療魔法をかけてあげたくなるけど、今はぐっとこらえる。
前に、神殿で治療魔法を教わった後、あたしの治療魔法を受けて、お礼の言葉を掛けてくれた人達のことを思い出して、辛い気持ちになる。
あの時は、今思えば拙い魔法のかけ方だったな。
それでも、誰もあたしのことを叱らなかったし、ありがとうって言われて…嬉しかったな。
目に広がる光景は、もう、国なんて言える状態じゃあ無かった。
あたしとラディは全く戦わず、闇の神だけを探す。
途中で苦戦している人を助けたくなったり、倒れている人達を助けたくなる気持ちを抑えながら。
しばらく走っていると、かつて王城があった所に立ち上る黒いオーラが立ち込めているのが見えた……あの雰囲気と気配。もしかして、あれが闇の神?
邪悪な黒いオーラを見たあたしは、この世界に来て、初めて寒気がしていた。
この世界に来て、魔法を学んできたあたしなりに、すぐわかってしまう。
あれは、あたしには倒せない!
…でも逃げるわけにはいかない。絶対に。
だって逃げたっていつかラディの国も滅ぼされちゃうもん。
それに、この国であたしに優しくしてくれた人達に顔向け出来ない。
なにより、あたしの愛する人…ラディは絶対に逃げない。
そんなこと、話し合わなくたってわかりきっている。
だからあたしも逃げない!
あたしは、今までこの世界で、色んな人達に教えて貰ったこと、学んで来たこと、実践して来たことをぶつけるように強く念じて、ラディにフルで補助魔法をかけた。
よし。自分の魔法にこんなに手応えを感じたことは無い。補助魔法は上手くいった!
「光の神よ、加護を!」
補助魔法を見に受けたラディは、更に光の神の加護を受けると、闇の神が発して来た波動を斬った。
ただでさえ強力な闇の神の波動を、ラディの斬撃で消滅させる。
凄い衝撃と、大きな音が鳴る。
今の動きで、闇の神にあたし達のことは気付かれた。
もう、本当に逃げる事は出来ない。
でも、望むところだ!
「光か……面白いものが居るじゃないか。」
「ガデル!これ以上の暴挙は赦されない!私が止める!」
ラディはここへ来ても、いつもの凛とした声で言い、集中を始め、光を集める。
その間あたしが結界でラディを護っている。
こんな危険な状況でも、結界を張る意識を集中させないといけない。
ラディとガデルとの両方の動きを見ながら、的確に結界を張り続けないといけない。
こんな状況で魔法を使ったことなんて、当然無い。
髪の毛に、冷や汗がじんわりと滲むのがわかる。
そんな状況で、ガデルは何故か沈黙していた。
攻撃する絶好のチャンスとは思うけどそんなはずがないって、戦いの素人にもわかる。
でも、やるしかないのよ。
「ガデル、覚悟!!」
ラディから眩しい光が放たれて、一気にガデルの心臓を貫いた!……のに。
「ぐはっ……!」
苦痛の声を上げていたのはラディの方だった。
「ラディ!!」
ラディの光の攻撃を受けた筈なのに、ガデルは平気な顔をして、黒い線でラディの胸を貫いた。
どさっとラディの身体が力なく崩れ落ちる。
それを見てあたしはとてもじゃないけど見るに堪えなくなって、今すぐにでも走って近寄ろうとしたけど、ガデルの結界に阻まれて近付けない。
「ラディ!!」
もう一度名前を叫んだ時、ある考えが浮かぶ。
もしかしたら、あたしがあの時ラディを助けようと力を吸ったから、ラデイの力が足りなくなった?
『核を……。』
あたしの頭の中に、自然とその言葉が浮かぶ。
そう、そうよ、神なら核があるはず!
人間と違って、心臓が弱点じゃないの!
他にも…。
ひとつの記憶を思い出すと、それがきっかけだったかのように、次々と他の記憶が紡がれる。
あたしは段々思い出していた。
あたしが、生まれ変わる前に『女神ファルセア』をやってた事に。
そう。あたしは聖女でも悪役令嬢でも無く……女神だった!
「久し振りね闇の神。あたしを忘れたの?」
絶望しかけて、地面に膝を突きかけたあたしに、力と希望が蘇ってくるのがわかり、自然と声が出る。
「ファルセアだと…?」
闇の神は意外そうな表情を見せて、あたしの方を見る。
そう、あたしはかつて闇の神に味方して、他の神によって人間に堕とされた身だった。
だから、立場的にはガデルとは争う必要はない…けど。
「蘇ったのか、ファルセア」
ガゼルの顔からは怪訝そうな表情が消えて、邪悪さを残しながらも、嬉しそうな笑顔を見せる。
「これは僥倖だな!久しい再会を祝いたいところだが、今は以前と同じように共に……。」
近付いたあたしに手を差し伸べるガデル。
それが、ガゼルの見せた最大の隙になる。
「あたしは共にってラディと誓ったの!」
それだけ叫ぶと、ガデルの核へ、全力で光を放った。
あたしでもこんなに大きな声が出せるんだ。
こんなに強い光を放てるんだ!
「ファルセア…っ…な、なぜ…っ!?」
ガデルは予想外な顔を見せる。
女神ファルセア…あたしから攻撃を受けたことは、本当に意外だったのだろう。
そして、受けた攻撃が自分にとって重大なものであったことも悟ったようだった。
…あたしの中に、ガデルと共に行動していた時の記憶が蘇って来ているのがわかる。
そこには、少なからずの、懐かしい思い出のような記憶があることもわかる。
「ラディを傷付けた事だけは赦せないの。ごめんね。」
それでも、今はこうさせてもらうからね。
この国を支配しかけていた禍々しい黒いオーラが、するすると嘘のように空の方向へ消えて行く。
オーラと共にガデルの姿も消えて、最後、ガデルは核……魔石を残して消えていった。
後はこの核を壊せば、闇の神は蘇らない…けど。
闇が絶対に悪なわけじゃないことを思い出してしまったから、あたしは迷ってしまった。
その時、背中に熱さを感じて倒れてしまう。
しまった。
忘れていた記憶が次々に復活してきたことで、完全に集中が欠けていた。
「敵」は他にもいたのか…。
あたしとしたことが…。
「あんたが…あんたが悪いのよ!悪役令嬢なら大人しくこの世界から退場してれば良かったのに!」
熱さを感じる背中の方を振り返ると、ヒカリが涙目で刃物を持ってあたしを睨んでいた。
どうやらあたしはヒカリに刺されたらしい。
自分の状況を理解した途端、手の力が抜けて、闇の神の魔石を落としてしまった。
「あんたが正式な光の聖女なんて言われたから、シャルル様はまたあんたとよりを戻そうなんて考えて!思わず殺しちゃったじゃない!」
あらら…シャルル。死んだのね。
ヒカリ…この子は狡くて嘘つきな上に、承認欲求の塊で、移り気な男を刺す程度に感情的でもあったのね。
さすがに、そこまで読めなかったな。
ああ、シャルル、あんた…やっぱり女を見る目が無かったのね。
女に刺されるような男は、まだまだなんだってば。
刺されるようになる前に、色々と前もって準備しておくんだよ…って、もう遅いか。
あたしも刺されちゃってるし、人のこと言えないし。
でも…シャルル。あたしとよりを戻そうとしてたんだ。
あたしが正式な光の聖女だって、自分で気付けたの?誰かが助言してくれたのかな。
まったくもう…色々と、気付くのが遅いんだから。
感情的になって、誰かを遠ざけてから、その誰かが大切だったことに気が付いても、遅いからね。
気が付いた時には、大事にしたい人は、もう側にはいないんだから。
まあ、これは、あたしのこれまでの人生の反省点でもあるんだけどさ。
シャルルが最初からあたしを選んでいれば、この国はこんなことにはならなかったのに。
でも、もしそうなってたら、あたしはラディと会えなかったか。
やっぱり、男と女って複雑ね。
…他にも、色々と言いたいことが…いや。
そんなことより、ラディを治療しないと……。
あたしがラディの方へ行こうとすると、
「治癒なんてさせないわよっ!」
あたしを刺したことで、もう後に引けなくなったせいか、更に感情的になったヒカリが刃物を私に振り上げる。
あぁ、いよいよ駄目かな…と思って眼を閉じたが、
「あ……!?かはっ!」
暗い視界の中でヒカリの苦しそうな声が聞こえた。
眼を開けると、ヒカリはラディが投げた剣に貫かれて倒れていた。
「意識…戻ったの、良かった……。」
あたしは声を出そうとするけど、思ってた以上に傷が深いみたいで、声がよく出ないし、出た声も肺かどこかで血が混じってしまっているせいか、酷い声をしていた。
「美月…君は『共に戦って共に生きるほうが素敵』と言ったね…」
「えぇ。そうね」
「…それでは、美月…共に死ぬ…という選択も……有りだろう?」
声が枯れそうなあたしのことも、ラディは何も言わずに応えてくれる。
出会った時と同じ、優しい声で。
「……そうね…。」
そう言ったけど、あたしはラディに死んでほしく無かった。
たとえ、どんな状況だったとしても、最愛の人の死を望むようなことはしたく無かった。
あたしは、さっきのガゼルとのやり取りの後で思い出した、最後の手段を取ることを決める。
「『光の女神ファルセア』の名において、『光の神リシェール』の封印を解く!代償は、あたしの命!」
その呪文は、初めて口にするかもしれない。
しかし、冒頭を口にした後、すらすらと唱えることが出来た。
唱え終えると、あたしの最後の灯が吸い取られていくことがわかる。
光の輝きが消えると、あたしの弟である『光の神リシェール』が顕現する。
かつて姉弟神として産まれて、光の力が大き過ぎるという理由で封印された、大事な弟。
「ねえ、リシェール。お願い。ラディを助けて?」
神の証である弟の金色の瞳を覗き込む。
弟はあたしの周りを見ると、色々と察してくれたようで、
「姉さんの考えは、わかるつもりです…ですが、先に姉さんを助けます。」
「あたしの事を助けると、あんたも罰を受けて人間になっちゃうよ?」
心配するあたしに、リシェールは微笑を浮かべると、あたしを光で包んだ。
「光の神よ。どうか、どうか頼む。ファルセアと共に行かせてほしい……。」
「……姉さんを頼みます……。」
「……」
「…」
遠ざかる意識の中で二人の会話が聞こえた。
その後にも、二人は何か言葉を交わしていたような気がするけれど、聞き取れなかった。
リシェール…全く馬鹿なんだから……。
暖かい光に包まれたあたしは「帰らなきゃ」と思った。
そのまま意識が途絶えて、眠っているような感覚を覚えた後、意識が覚めそうになる。
どれくらいの時間が経ったのか、わからない。
一瞬かもしれないし、何時間も何日も経っていたのかもしれない。
そんな、いつかどこかでも感じたような感覚を覚える。
そのいつかと違うのは、あたしが暖かい光に包まれて、目覚めようとしていること。
そして、うーんと目を開けると、見知らぬ真っ白な天井が視界に入った。
「姉さん!お、起きた…良かった…。」
あたしの目を見て、ボロボロ泣く弟の顔。
病院独特の薬品の匂いが、鼻に入る。
ああ、ここは病院みたい。
でも頭以外痛い所は無いのよね。
なんで病院なんかにいるのかしら。
「あたしって……?」
頭が鈍くて思い出せないわ…。
「姉さんは、会社から帰ってる途中でトラックに轢かれそうになって、後ろに居た人が引っ張って助けてくれたけど、バランス崩して頭打ったんだよ。人騒がせだよね。」
「そうだったのね。」
普段はしないドジだけに腹立つわー。
「じゃあもう帰っていい?」
「いいと思うけど、一日ぐらい安静にして、泊まって行けば?」
それ程時間経って無かったのね。
あんなに……。
あんなに……何だっけ。
何か、凄いことがあったような気がするんだけど。
ベッドで眠っている時に、夢でも見ていたのかな。
「あ、その前に、助けてくれた人にお礼言った方がいいと思うんだけど。」
あたしがぼうっとしていると、弟が思い出したように、病室の入り口の方に視線を向けた。
弟が視線を向けた先に居たのは、スーツ姿の金髪の男の人。
男の人は近付いて来ると、あたしを抱き締めた。
弟は顔を赤くさせて席を外す。
二人きりになった病室であたし達は抱き合って、
「……馬鹿な人ね、ラディ。」
「美月…!」
抱き合ってお互いの体温と感触を確かめる。
抱き合ったまま、ラディの肩越しに、病室を出ようと出入口の方へ歩く弟が見えた。
その背中は、あたしの目に、優しくて、頼もしく映る。
守ってくれた弟の後ろ姿にあたしは誓った。
「ありがとう。今度はあたしが助けるからね。」って。
END
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