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第〇章 出逢い、別れ、出逢い。

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 くすぐったい頬の感触に気付き、咄嗟に本を引き離した。
 直後に床へ吸い込まれていった雫を見届け、ほっと胸を撫で下ろす。私は頬に残された泣き痕を拭ったあと、再び手元の小説に視線を落とした。
 涙を自然に引き出された――とある『短編小説』に。
 大学図書館の司書として勤務して二年。仕事柄、毎日欠かさずこの書店に通っていたことも、気付けばここ数か月間はすっかり忘れていたように思う。
 今日は特に頭が痛かった。朦朧とする視界に眩しく映り込んできたのは、書店の新刊コーナーの一角。ふらふらと歩みを引き寄せられた私は、無意識の中、一冊の書籍を手に取った。
新人作家数名が集った、短編アンソロジーか。
 表紙をめくり、巻頭の短編を読み終える。そして私はページを素早く逆走させ、再び同じ短編を読み返した。自分の頬が涙に濡れていることに気付くまで、何度も、何度も。
 初めて目にした作家だった。
 表紙に記されたペンネームを労わるように指で撫でた後、書籍のあらゆる箇所をつぶさに観察する。書籍の裏に記されていたのは、新人賞受賞から始まるシンプルな略歴のみだった。
 繊細に結われていく文章に、作中の彼らの息遣いがありありと浮かび上がる。読み終えてもなお、心の半分を物語の世界に置いてきたような心地がした。
 書店で涙を見せるなんて、今までなかったのに。
「よし」
 決めた。明日から、元の私に戻ろう。
 結局私は、その本を購入することなく書架へ戻した。
 だって予感があるから。『この人』とはまたいつか、必ず巡り逢えるって。
「また……今度会うときは、笑顔で」
 瞳を閉じ、感情の高まりを吐息に漏らす。
 作家の名前を胸に刻み込み、私はくるりときびすを返した。そろそろ家に帰らなくては。
切れていた牛乳とシリアルを買い物して……そうだ、確かトリートメントも切れていた。
 帰宅までの効率のいい最短ルートを頭の中で計算する。長らく沈黙を守っていた自意識の奥深くが稼働し始めるのを感じ、口角が上がった。
 出勤時は手すりにもたれるようだったエスカレーターを、驚くほど軽快に下っていく。
 先ほどまで居座っていた頭痛は、いつの間にか姿を消していた。
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