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第二章 迷子の小豆洗いは小樽を彷徨う
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翌日。
小樽たちばな香堂は再び臨時休業とされ、三人衆は迷子の小豆洗い探しを再開する運びとなった。
ちなみに今日のハルは最初から人型だ。昨日無闇に外で変化をしたことが、紫苑の静かな怒りを買っていたらしい。
「さてと。今日で片をつけたいところだね。姿を消した小豆洗いの体力も心配だ」
「はい。私も、今日は最後まで気を入れて頑張ります!」
昨日は唐突に起こった団子シェア事件で、後半うっかり使い物にならなくなってしまった。今日こそ迷子のお豆を見つけ出し、香堂にも真に恩返しがしたい。
「ときに紬さん。昨夜は随分と調べ物をしていたみたいだけど、寝不足にはなっていない?」
「っ、バレていたんですね」
どうやら静かな怒りを買っていたのは、紬も同様だったらしい。
にっこり聞かれてはいるが、心配半分お叱り半分といったところか。端正な顔に隠された怒りの感情は、やはり迫力が違う。
「実は昨日、小豆爺さんに経過報告に行ったときに、色々とお話を伺ったんです」
「話。というのは、いなくなった小豆洗いの?」
「いいえ、小豆爺さんのお話をです」
向いた話題の方向が意外だったらしく、紫苑と人型のハルは揃って目を瞬かせた。
「小豆爺さんが長を務める小豆洗いというあやかしは、ものの伝承ではとある寺にいた、物の数を当てる能力に非常に秀でた小僧だったといわれているそうですね。その能力を妬んだ別の悪僧が、小僧を井戸に放り込み亡き者にした。その後、小僧の姿をした者が井戸に現れたり、近くの川で小豆の数を数える姿が目撃された。それが小豆洗いと呼ばれるようになったのだと」
「越後国(えちごのくに)の寺で起こったとされる、『妖怪百物語』の伝承だね」
紫苑はさすが、香の知識のみならずあやかしの知識まで豊富らしい。
「それで、考えてみたんです。小豆洗いというあやかしが拠り所に選びそうな要素が、水辺や小豆以外にもありはしないかと。小豆爺さんから教わった話から考えると、寺、小僧、物の数を数える、井戸……最も場所として考えられそうなのが寺ですが、考えられる寺はすでに小豆爺さんが確認したと仰っていました。そして、この近郊に井戸らしいものは存在しないと」
「なるほど。となると残るは、小僧、物の数を数えるとなるね」
次第に細められていく紫苑の瞳。それはつまり、紫苑の思考の意図が研ぎ澄まされている証しではないかと紬は思った。
「『小僧』といわれると、生きている人物かかつての人物かとなります。そうなると候補も読み方も膨大になりますが……『物の数を数える』のほうを考えてみると、この小樽の街に所縁のある建物があることに気づきました」
「物の数を数える? そんな建物が、この街にあるのか?」
「……ああ、あるね。今も昔も、大量のある物を数える場所が」
後押しするように、紫苑の表情がふっと和らぐ。どきどき逸る鼓動を聴きながら、紬はそっと両手にこぶしを作った。
「そこは……銀行! です……!」
ありったけの勇気を振り絞って出した声は、やはり情けなく裏返ってしまった。
***
小樽の街には、『北のウォール街』と呼ばれる場所がある。
かつての銀行が集まり繁栄を極めた小樽の経済を支えた、色内大通りと日銀通りが交差する通りのことだ。
その後、時代の流れとともに小樽支店の廃止が相次いだが、それらの歴史的建造物のいくつかは現在も美術館やレストラン、民間社屋等に転用されている。
「あやかしならば恐らくは、現在も起動している銀行よりも歴史の香りが残る旧銀行の建物を好むのではないかと考えました。そこで、ネットでかき集めた情報ですが、旧銀行の建物を地図に一度起こしてみたんです」
「え、ウソだろ。まさかお前この作業、昨日帰ったあとに一人でやってたのか!?」
そっと鞄から取りだした地図を差し出すと、尊大な態度で受け取ったハルが大きな目をさらに大きくした。
「駅で配布されていた小樽の観光マップをコンビニで拡大コピーしたんです。旧銀行跡地のメモがわかりにくくてすみません。一応、歴史的建造物として振られた番号を書き込んで、端にはその名前と簡単な説明を書き込んでおきました」
「……」
「あの、ハル先輩?」
「お前、すげかったんだな。ちょっと見直したわ」
呆気に取られた表情でも、紡がれた言葉ははっきりと紬の耳に届いた。同時に、紬の顔が耳まで真っ赤に燃え上がる。
「いえ。いえいえ。いえいえいえいえ! そんな、見直されるようなことなんて」
「いや、これは普通に考えて仕事できる奴が作った資料だろ。しかもお前だって、昨日は一日中歩き回ってヘトヘトだったじゃねーか。なのにあの晩で作ったなんて、普通に驚きだわ」
何やら真顔で言い募るハルに、紬はあうあうと言葉じゃない言葉を漏らす。
今の今まで、ハルは決して新参者の紬に甘い顔はしなかった。紫苑がアメならばハルはムチだ。
そのムチのお陰で紬は勤務内容の細部と、橘家の日常の細部を徹底的にたたき込まれてきたのだ。
「オレだって、やみくもにお前にきつく当たってたわけじゃねーぞ。お前があんまりヘロヘロ情けねー面してるから、鍛えてやらなけりゃと思っただけだ!」
小樽たちばな香堂は再び臨時休業とされ、三人衆は迷子の小豆洗い探しを再開する運びとなった。
ちなみに今日のハルは最初から人型だ。昨日無闇に外で変化をしたことが、紫苑の静かな怒りを買っていたらしい。
「さてと。今日で片をつけたいところだね。姿を消した小豆洗いの体力も心配だ」
「はい。私も、今日は最後まで気を入れて頑張ります!」
昨日は唐突に起こった団子シェア事件で、後半うっかり使い物にならなくなってしまった。今日こそ迷子のお豆を見つけ出し、香堂にも真に恩返しがしたい。
「ときに紬さん。昨夜は随分と調べ物をしていたみたいだけど、寝不足にはなっていない?」
「っ、バレていたんですね」
どうやら静かな怒りを買っていたのは、紬も同様だったらしい。
にっこり聞かれてはいるが、心配半分お叱り半分といったところか。端正な顔に隠された怒りの感情は、やはり迫力が違う。
「実は昨日、小豆爺さんに経過報告に行ったときに、色々とお話を伺ったんです」
「話。というのは、いなくなった小豆洗いの?」
「いいえ、小豆爺さんのお話をです」
向いた話題の方向が意外だったらしく、紫苑と人型のハルは揃って目を瞬かせた。
「小豆爺さんが長を務める小豆洗いというあやかしは、ものの伝承ではとある寺にいた、物の数を当てる能力に非常に秀でた小僧だったといわれているそうですね。その能力を妬んだ別の悪僧が、小僧を井戸に放り込み亡き者にした。その後、小僧の姿をした者が井戸に現れたり、近くの川で小豆の数を数える姿が目撃された。それが小豆洗いと呼ばれるようになったのだと」
「越後国(えちごのくに)の寺で起こったとされる、『妖怪百物語』の伝承だね」
紫苑はさすが、香の知識のみならずあやかしの知識まで豊富らしい。
「それで、考えてみたんです。小豆洗いというあやかしが拠り所に選びそうな要素が、水辺や小豆以外にもありはしないかと。小豆爺さんから教わった話から考えると、寺、小僧、物の数を数える、井戸……最も場所として考えられそうなのが寺ですが、考えられる寺はすでに小豆爺さんが確認したと仰っていました。そして、この近郊に井戸らしいものは存在しないと」
「なるほど。となると残るは、小僧、物の数を数えるとなるね」
次第に細められていく紫苑の瞳。それはつまり、紫苑の思考の意図が研ぎ澄まされている証しではないかと紬は思った。
「『小僧』といわれると、生きている人物かかつての人物かとなります。そうなると候補も読み方も膨大になりますが……『物の数を数える』のほうを考えてみると、この小樽の街に所縁のある建物があることに気づきました」
「物の数を数える? そんな建物が、この街にあるのか?」
「……ああ、あるね。今も昔も、大量のある物を数える場所が」
後押しするように、紫苑の表情がふっと和らぐ。どきどき逸る鼓動を聴きながら、紬はそっと両手にこぶしを作った。
「そこは……銀行! です……!」
ありったけの勇気を振り絞って出した声は、やはり情けなく裏返ってしまった。
***
小樽の街には、『北のウォール街』と呼ばれる場所がある。
かつての銀行が集まり繁栄を極めた小樽の経済を支えた、色内大通りと日銀通りが交差する通りのことだ。
その後、時代の流れとともに小樽支店の廃止が相次いだが、それらの歴史的建造物のいくつかは現在も美術館やレストラン、民間社屋等に転用されている。
「あやかしならば恐らくは、現在も起動している銀行よりも歴史の香りが残る旧銀行の建物を好むのではないかと考えました。そこで、ネットでかき集めた情報ですが、旧銀行の建物を地図に一度起こしてみたんです」
「え、ウソだろ。まさかお前この作業、昨日帰ったあとに一人でやってたのか!?」
そっと鞄から取りだした地図を差し出すと、尊大な態度で受け取ったハルが大きな目をさらに大きくした。
「駅で配布されていた小樽の観光マップをコンビニで拡大コピーしたんです。旧銀行跡地のメモがわかりにくくてすみません。一応、歴史的建造物として振られた番号を書き込んで、端にはその名前と簡単な説明を書き込んでおきました」
「……」
「あの、ハル先輩?」
「お前、すげかったんだな。ちょっと見直したわ」
呆気に取られた表情でも、紡がれた言葉ははっきりと紬の耳に届いた。同時に、紬の顔が耳まで真っ赤に燃え上がる。
「いえ。いえいえ。いえいえいえいえ! そんな、見直されるようなことなんて」
「いや、これは普通に考えて仕事できる奴が作った資料だろ。しかもお前だって、昨日は一日中歩き回ってヘトヘトだったじゃねーか。なのにあの晩で作ったなんて、普通に驚きだわ」
何やら真顔で言い募るハルに、紬はあうあうと言葉じゃない言葉を漏らす。
今の今まで、ハルは決して新参者の紬に甘い顔はしなかった。紫苑がアメならばハルはムチだ。
そのムチのお陰で紬は勤務内容の細部と、橘家の日常の細部を徹底的にたたき込まれてきたのだ。
「オレだって、やみくもにお前にきつく当たってたわけじゃねーぞ。お前があんまりヘロヘロ情けねー面してるから、鍛えてやらなけりゃと思っただけだ!」
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