小樽あやかし香堂

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行

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第二章 迷子の小豆洗いは小樽を彷徨う

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 現れた浪子は相変わらずの美貌を携え、若草色のワンピースを軽やかにまとっていた。
 緩く波打つ長髪はやはり頭上で結われ、紬の立つ右側へとしとやかに流されている。

「あらあら。紫苑くんがご挨拶無しで立ち寄るなんて珍しいじゃない?」
「すみません浪子さん。今日の香炉には、すでに別の香を用意しているので」

 浪子がいう「挨拶」というのは、以前も漂わせていたお香のことらしい。
 あやかしに会うとき、紫苑はいつも相手に見合ったお香を焚いている。しかしながら、今日はすでに尋ね人の小豆洗いに向けた香を焚いているのだ。
 深く頭を下げた紫苑に倣い、紬も慌てて頭を下げた。

「別の香を焚いてここに現れるということは、今日はあやかし絡みの巡行といったところかしら?」
「話が早くて助かります。この小樽運河での出来事を聞くとすれば、浪子さんをおいてほかに思いつかなかったものですから」

 紫苑が自然に相手に贈る言葉は、下心のようなものが全く感じないから不思議だ。気をよくしたらしい浪子が、唇を嬉しそうに突き出す。
 早速紫苑が迷子の小豆洗いの事情を過不足なく伝える。しかし浪子から返ってきた答えは、特に手応えがなかった。

「なるほど。浪子さんのもとにも迷い妖怪の情報は特にないようですね」
「お役に立てずごめんなさい。他の子河童たちに呼びかけて、何か情報が掴めたらまた連絡するわ」
「ありがとうございます。そうして頂けると助かります」

「それから……ちょっと、そこのアンタ」
「……へっ?」
 話が済んだかと思いきや、指し示された話し相手はまさかの紬だった。
 長く細い指が向けられた迫力に押され、思わず肩をびくりと揺らす。
「浪子さん? その、どうかしましたか?」
「あのさ。昨日のランチでのことなんだけど」

 う。もしや、もう自分とは金輪際ランチなんて御免だ、と明言されてしまうのだろうか。

「ほらっ、これ!」
「え?」

 浪子の手から、虚空を切って何かが放られる。
 慌てて両手を差し出すと、吸い込まれるようにそれは手中に着地した。

「こ、これは……?」
「本当は昨日のランチで渡そうと思ってたんだけど、何となくタイミングを逃しちゃってさ」

 受け取ったそれは、小さなガラス玉がいくつか折り重なって作られた髪飾りだった。ほのかに朱色に色づいた五つのガラス玉が、丸みを帯びた花弁のように配置されている。

「でも、どうしてこれを私に?」
「アタシ、もらいっぱなしは性に合わないのよね。だから、それで貸し借りは無し! だからね!」

 それだけ言うと、浪子はくるりときびすを返す。
 運河に向かって優雅に飛び込んでいく彼女の髪の結び目には、見覚えのある梅の花が季節外れに咲き誇っていた。あれは初対面の時、解けた彼女の髪をまとめるために差し込んだ──。

「どうやらこれは、あのかんざしのお礼みたいだね」

 すっかり運河に身を潜めた浪子を見送り、紫苑が静かに告げる。
 もしかしたらまた、ランチをご一緒できるかもしれない。それこそ、ごく普通の女友達のように。そう思い、紬はお礼の髪飾りをそっと胸に抱いた。
 その飾りにあしらわれたガラス玉の配置はまるで、浪子と揃いの梅の花のようだった。

   ***

「浪子さんにお願いしたから、きっと水辺に関してはすぐに洗い出しがされると思う」

 運河沿いの遊歩道を進みながら、紫苑と紬は次の一手について話し合っていた。

「迷子の小豆洗いが仮に自分の意志でどこかへ消えたとして、何か因果の深い拠り所を選ぶはずだ。でないと、力を消耗したあやかしは生きていけないからね」
「そう、なんですか?」
「小豆爺さんも言っていたでしょう。お豆はもともと棲んでいた棲み処を移り、海を越え北海道まで来たんだって。そこまでの無理を通したのは、あやかしにとって棲まう場所がとても重要だからなんだ」

 もとよりあやかしは、人々の生活の中で生まれた風習や不可思議な現象に息吹を与えられた存在が多い。
 瞬く間に世界の構造が変容した現代において、あやかしが棲まう場所を見つけるのは至難の業だ。
 そしてそれを失ったら最後、あやかしは非科学的な作り話として葬り去られてしまう。

「……哀しいですね。人たちの暮らしとともに生を受けたはずなのに、人たちの暮らしによって葬られるなんて」
「ああ。その通りだ」

 少し低い口調で同意した紫苑に、紬の睫が小さく揺れる。

「あやかしは生きている。人間の勝手で排除されていいはずがない。それをよしとするとする人間は、自らも相手に排除されるという覚悟が必要だ」

 白い陽を浴びた紫苑の肌が、一層透明感を帯びて見える。
 何かを強く見据えるように細められた瞳は思いのほか鋭く、紬は微かに胸の奥が怯むのを感じた。

「紫苑、さん?」
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