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第二章 迷子の小豆洗いは小樽を彷徨う

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 そして翌日。
 休業中の札をかけた店先には、和装に身を包んだ紫苑と紬、そして子犬型のハルの姿があった。

「たっく。妖怪のガキがふらふら出歩いたせいで、とんだ面倒な依頼が回ってきたもんだぜ」
「当人がふらふら歩いたとは限らないよ。意志に寄らず姿を消した可能性もあるし、何者かに捕らえられて動けないでいる可能性もゼロじゃない。小豆爺さんもめぼしい場所は探し回ったけれど、どうしても見当たらないといっていたからね」

 悪態をつくハルを、紫苑が静かに窘める。一歩進み出た紫苑の着物からは、ふうわりとほのかな芳香が漂った。

 今日の紫苑は藤色の着物に縞の帯を締め、乳白色の羽織をまとっていた。明るい色合いでまとめられた装いは何とも爽やかで、辺りを行き交う人たちの視線を容易にさらっている。
 ふいに紫苑と視線が重なる。肩をびくりと揺らした紬に対し、紫苑の目もとは柔らかく細められた。

「紬さん、今日は藤の花飾りじゃなかったんだね」
「え、あ、はい。今日は着物の色合いに合わせて、別のものを選んだんです」

 藤の花飾りを選ばなくてよかった、と紬は秘かに胸をなで下ろした。隣を歩く麗人とお揃いの装いだなんて、目も当てられない大事故だ。

「格子模様の着物に桜の柄の帯か。ここだけ遅い桜が咲いているみたいだね。よく似合ってるよ」
「わ、あ、ありがとうございます……っ」
「……おい紫苑。無駄話はいいから早く行くぞ。急ぎの案件なんだろが」

 今日のハルは、あやかし本来の子犬の姿をしている。
 最近では人型で暮らすことが多くなったらしいが、嗅覚を特に必要とする案件や、街を香で満たしに練り歩く「香巡業」のときには、ハルは本来の子犬の姿に戻るのだそうだ。
 足元から届いた幼声の急かす声に、紫苑は「そうだね」と口元に笑みを浮かべる。

「いずれにせよ、早く見つけて保護しなければ迷子の小豆洗いの命も危うい。二人とも、頼りにしてるよ」
「はい、頑張ります!」
「へーへー。頼られてやんよ」

 紬とハルの返答に、紫苑は柔らかく目を細める。
 かくして小樽たちばな香堂三人衆の、迷子の小豆洗い探しが始まった。

   ***

 迷子の小豆洗いは、通り名を「お豆」という。

 元は本州の関東圏に身を置いていたが、時代の流れとともに棲まいを移っていった。
 山を越え、海を渡り、最終的にこの北海道の地にたどり着いたのだという。中でも小樽の地を選んだ理由はやはり、小豆爺さんの噂を耳にしてのことだったらしい。

「とはいえ、いったい小樽の街のどこをどう探せばいいんでしょうか」

 小樽駅から運河にかけて真っ直ぐのびる中央通りを下りながら、紬はうーんと眉間にしわを寄せる。

「小豆洗いは一般的には水辺に生息するといわれているんだ。だから小樽の中心部に絞って水辺を当たっていけば見つかる──そう小豆爺さんは踏んでいたらしいけれど」
「結局、めぼしい水辺は全て空振りに終わった、というお話でしたよね」

 そもそも小樽は海辺の街。水辺と言える箇所は数え切れないほど存在する。

 主だった水辺といえば、まず思い浮かぶのは小樽運河。その運河に流れ入る於古発川おこばちがわ
 市街地を離れれば、小樽駅より北上すると祝津しゅくつという地区があり、祝津パノラマ展望台からの素晴らしい絶景もまさに海岸沿いの水辺である。
 逆に内陸部に歩を進めれば、天狗山と毛無山けなしやまの中間辺りに奥沢水源地という階段式の溢流路いつりゅうろがある。
 小樽名物のかまぼこのCMでお馴染みの美しい水流で、現在は一般開放もされているのだそうだ。

「でも、小豆爺さんの話だと、体力的にも恐らくこの市街地からは出ていないだろうということでしたよね?」
「うん。となると、やっぱり最初に尋ねるべくは、運河のことなら知らないものはない彼女のところかな」

   ***

「はい。浪子さまでございますね? 少々お待ちくださいませ、紫苑さま!」

 運河の水面で嬉しそうに答えると、その子はちゃぷんと気持ちよさそうに水中へ潜っていった。

「どうかしたの、紬さん」
「……この運河には、浪子さんの他にも河童さんがいたんですね」

 てっきりこの運河は、浪子が一人で悠々自適に過ごしているマイホームなのかと思っていた。
 しかし先ほど紫苑に応対してくれていたのは、二頭身ほどの幼い子河童だ。その外見は一般的に知られた河童の姿とほぼ同一で、緑色の体に黄色のくちばし、つるりと綺麗な頭上のお皿があった。先日少女に手渡した河童のマスコットのような、とても可愛らしい河童だ。

「浪子さんは、ここにたどり着いた頃にはすでに妖力がずば抜けていてね。ここに棲まう河童たちのお目付役を買って出てくれているんだ」
「そうだったんですね。確かに、浪子さんは凜とした姉御肌の女性ですからね」

 昨日の昼も、友人作りが下手な自分を見かね、わざわざランチに誘い出してくれたのだろう。もしかしたらあれっきりになるかもしれないが、紬にとってあの時間は大切な思い出の時間になった。

「あ……!」

 しばらくすると、運河のほとりからぱしゃんと高い飛沫が上がった。
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