上 下
21 / 64
第二章 迷子の小豆洗いは小樽を彷徨う

(2)

しおりを挟む
「あ、なるほど。脛をこするからスネコスリ、というわけですね?」

 とはいえ、紬はハルに脛をこすられたことなんて一度もない。
 想像すると確かに歩きづらそうではあるが、それを上回る愛らしさに思わず頬が緩んだ。
 そんな紬の想像を見抜いたらしい浪子は呆れたように目を細める。そんな表情すらも絵になる彼女は、やはりカフェにいる男性客からも熱い眼差しを向けられていた。シンプルなワンピースで身を包み、緩く波打つ茶髪は今日は頭上でお団子にまとめている。

 浪子は河童だ。
 この建物の隣を優雅に流れる小樽運河を根城に、時に水流に身を任せながら、時に気ままに小樽の街を遊歩しながら暮らしているという。
 ちなみに今の彼女の姿は、紬以外の人間にも見える状態になっているらしい。妖力の調整によるものらしいが、そのことひとつからも浪子のあやかしとしての力の高さがうかがわれる。

「まあ、伝承はあくまで伝承よ。あの子はむしろ、犬と同等かそれ以上の嗅覚を見込まれて紫苑くんに仕えているみたい。アタシが紫苑くんと見知ったときにはもう、あの子を連れ立っていたわ」
「そうなんですか。確かに二人は、本当に気心知れてる様子ですもんね」
「あっれー……それはもしかして自慢? 私は紫苑くんと一つ屋根の下で暮らしているから、そのくらいなんでも知ってるのよっていうアタシへのマウントかなあああ?」
「違います違います! マウントなんて滅相もありません……!」

 泡を食って否定する紬に、浪子はどこか満足そうに笑みを浮かべる。
 くるくると優雅にパスタを口に運ぶ浪子に倣い、紬も目の前の海鮮グラタンをやけどしないようにはふはふと息を吹きかけ食した。美味しい。嬉しい。家族以外の同性と食事を取るなんていつ振りのことだろう。

 初対面でどうも嫌悪を持たれていると思われた彼女から「女子会しない?」と誘われたのは、数日前のことだった。
 呆気に取られつつも了承した紬は、今日が来る日を秘かに待ち望んでいた。というものの、社会人になって以降、紬は新たな友人を作れたためしがないのだ。
 そもそも会社が潰れたり、女性不在の部署に配属されたり、部署内の人間の交流が皆無だったり、男社会の勤務先に決まったりと環境的原因も様々ある。最後の男社会の勤務先というのは直近で辞めることになった不動産業の会社だが、せっかく入社してきた女性社員が起因となり紬の退社が決まった。
 自分はもう二度と友人関係を築けないのかもと落胆しても無理はないと思う。

「環境も確かにそうだけどー、アンタのその無駄におどおどしたとこも、少なからず原因がある気がするけどねえ。せっかちな人間からすると、時にイライラさせられても不思議はないわよ」
「う。それは本当に仰るとおりですよね。自分でもどうにかしなければ、と思ってはいるんですが」
「……まあでも、その妙な間合いの取り方を気に入る物好きもいるわよ。きっと、たぶんね」

 優しい。視線を逸らしながらさらりと告げられた言葉に、紬はじんと胸を温める。

「というかさ。アンタを辞めさせたっていう女性社員も、なかなかあくどいわね。話を聞くに、嫌がらせをでっち上げてアンタを会社から追い出したんでしょ」
「それが不思議なんですよね。私の何がそんなに気に障ってしまったのか」
「いやいやいやいや。別に理由なんてないから。ただ同性のあんたの存在が気に入らなかっただけだから。男にただただチヤホヤされたいだけだからその女!」

 浪子さんが真顔で首を振る。そうはいっても、人にはそれぞれ感じ方が違うのは事実だ。自分の気づかない何かが原因で、彼女を傷つけた可能性もないとは言えない。
 自信なくへらついた紬に、浪子ははあと大きな息を吐いた。
「なんかアンタと話してると、暖簾に必死に腕を押してる気分になるわ」
「……あはは」

 浪子からのランチのお誘いはこれが最初で最後かもしれない。紬は落胆しつつ店をあとにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ココロの在りか

えりー
キャラ文芸
山奥に1人の鬼の少女が住んでいた。 決して人に見られないようにひっそりとー・・・。 少女はいつも孤独だった。しかし、孤独というものを理解していなかった。 そんなある日1人の少年が山奥に迷い込んできた。 少年は酷い傷を受けていた。 少女は苦しそうに横たわる少年の元へ駆け寄った。 ・・・まるで何かに引き寄せられるように・・・。 これが全ての始まりだった。

【完結】出戻り妃は紅を刷く

瀬里
キャラ文芸
 一年前、変わり種の妃として後宮に入った気の弱い宇春(ユーチェン)は、皇帝の関心を引くことができず、実家に帰された。  しかし、後宮のイベントである「詩吟の会」のため、再び女官として後宮に赴くことになる。妃としては落第点だった宇春だが、女官たちからは、頼りにされていたのだ。というのも、宇春は、紅を引くと、別人のような能力を発揮するからだ。  そして、気の弱い宇春が勇気を出して後宮に戻ったのには、実はもう一つ理由があった。それは、心を寄せていた、近衛武官の劉(リュウ)に告白し、きちんと振られることだった──。  これは、出戻り妃の宇春(ユーチェン)が、再び後宮に戻り、女官としての恋とお仕事に翻弄される物語。  全十一話の短編です。  表紙は「桜ゆゆの。」ちゃんです。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。

にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。 父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。 恋に浮かれて、剣を捨た。 コールと結婚をして初夜を迎えた。 リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。 ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。 結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。 混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。 もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと…… お読みいただき、ありがとうございます。 エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。 それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

選ばれたのは美人の親友

杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。

【完結】神様と縁結び~え、神様って女子高生?~

愛早さくら
キャラ文芸
「私はあなたの神様です」 突然訪ねてきた見覚えのない女子高生が、俺にそんなことを言い始めた。 それ以降、何を言っているのかさあっぱり意味が分からないまま、俺は自称神様に振り回されることになる。 普通のサラリーマン・咲真と自称神様な女子高生・幸凪のちょっと変わった日常と交流のお話。 「誰もがみんな誰かの神様なのです」 「それって意味違うくない?」

処理中です...