ことりの上手ななかせかた

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行

文字の大きさ
上 下
55 / 58
第14話 沙羅さんは私の想い人ー5

(1)

しおりを挟む
 手配していたワゴン車は二台。
 一台に中谷監督と逢坂さん親子、もう一台に朝比奈さん親子。そして別の社用車にはいつも通り、日下部先生を乗せる予定だった。当然、運転手は沙羅さんとして。
「おい。そこの信号を左だ。その方が数分だが早く家に着く」
「は、はい」
 それなのに、何がどうしてこのような組み合わせになっているのだろうか……?
 助手席で淡々と指示を出す日下部先生に、私は慌ててウィンカーをあげた。慎重にカーブを曲がり終え、車内に再び静けさが訪れる。
 逢坂親子はともかくとして、元の予定では男性陣と女性陣で適当に分かれ、ワゴンに乗り込む段取りだった。
 しかし、沙羅さんが朝比奈さんのただならぬ様子から、私との同乗を即刻見直すよう柊さんに申し出てくれたのだ。
 その時だった。さらりととんでもない代案が聞こえてきたのだ。
(それなら、そのちびっ子は俺の送迎をさせるといい)
(少しこのちびっ子に話があるからな)
 とはいえ、もしかしたらこれはこれで助かったのかも……ハンドルを握りながら、私は考えていた。日下部先生を送り届けた後、一人で自分の心を落ち着けることが出来るから。
 だって私──まだ舞い上がってる。
 朝比奈さんから守ってくれた、沙羅さんの毅然とした眼差しにも、その後の言葉にも。
「どうやら、大丈夫だったようだな」
「え?」
「あの可愛い子ちゃんに偉い目に遭わされたと踏んでたんだが」
 思わぬ指摘を受け、肩が跳ねた。
「お前が朝比奈の娘に連れていかれるのを目撃してな。事の顛末が気になった」
「あ、あれは別に大したことでは」
「あれは天性の女優だからな」
 日下部先生の口元に、皮肉めいた笑みが浮かぶ。
「今回の監禁沙汰も、実行犯はあれの母親だが……支配下に置いていたのはあの娘だ」
 その意味がわからず、幾度か目を瞬かせる。
「それは、いったいどういう?」
「あの母親は愛娘を溺愛する余り、その邪魔になるものを容赦なく排除する。それをあの娘も見越して、コントロールしていた。あくまで母親を宥めるていをとりつつ……な」
(使えませんね。どいつもこいつも)
 引っかかったままだった先ほどの言葉。まさか、あれはそういう意味だったのだろうか。
「そんな親子関係……酷すぎるんじゃ」
「人の家のことに口出しするのは野暮だろう」
「そ、それはそうですけど」
「それに、そんな割り切った性根が可愛い子ちゃんの女優の実力を育てている」
 諭す言葉が、すとんと胸に落ちてくる。
「あの世界で生き残るということは、そういうことだ」
 そう、なのかもしれない。
 もしかしたら沙羅さんも、このことに気づいていたのかもしれないと思った。最後の二人のやりとりが、不意に頭をよぎる。
「ここだ。停めろ」
「っ、はい!」
 慌ててブレーキを踏み込む。視線を向けた先には、荘厳なアンティーク調の門が圧をかけるようにこちらを見下ろしていた。
 予想はしてたけど、想像以上にご立派な邸宅だ。目を丸くする私をよそに、先生は颯爽と助手席から外へ出た。
「あ、先生。玄関までお見送りを……!」
「いらねーよ。お前が俺の家で一夜明かしたいってんなら別だがな」
 はい? 悪そうな笑みを浮かべる先生に、じわじわと言葉の意味がしみてくる。
「あ、あ、明かしません!」
「へえ。この俺の誘いを断るか」
「こ、今夜はこれから、社に戻って飲み会に参加する予定でして……!」
「ああ、確かに沙羅君もそう言ってたな」
 じりじりと近づいてくる危うい手は、結局触れないまま元に戻された。
 やっぱり沙羅さんパワーは偉大だ。ほっと息を吐くとともに、ふと疑問が浮かぶ。
「日下部先生」
「なんだ」
「私と話したかったことというのは、朝比奈さんのことだったんですか……?」
 それはもしかして、今後私がまた彼女と仕事をする時のことを危惧して?
 そう尋ねる前に、先生は助手席の扉を勢いよく閉めた。一瞬怯んだ私は、慌てて運転席側の窓を開ける。
「日下部先生!」
「礼ならいらねぇぞ」
「ありがとうございました!」
 不快そうに眉をひそめた先生に、もう恐怖は感じなかった。
「それだけのために、沙羅君との時間を放棄すると思うか」
「え?」
「沙羅君も苦労するな」
 不可思議な言葉に、目を瞬かせる。
「沙羅君に伝えておけ。俺は諦めが悪い人間だってな」
 月明かりに照らされ、美しい微笑みが浮かび上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

Fly high 〜勘違いから始まる恋〜

吉野 那生
恋愛
平凡なOLとやさぐれ御曹司のオフィスラブ。 ゲレンデで助けてくれた人は取引先の社長 神崎・R・聡一郎だった。 奇跡的に再会を果たした直後、職を失い…彼の秘書となる本城 美月。 なんの資格も取り柄もない美月にとって、そこは居心地の良い場所ではなかったけれど…。

恋とキスは背伸びして

葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員 成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長 年齢差 9歳 身長差 22㎝ 役職 雲泥の差 この違い、恋愛には大きな壁? そして同期の卓の存在 異性の親友は成立する? 数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの 二人の恋の物語

〜仕事も恋愛もハードモード!?〜 ON/OFF♡オフィスワーカー

i.q
恋愛
切り替えギャップ鬼上司に翻弄されちゃうオフィスラブ☆ 最悪な失恋をした主人公とONとOFFの切り替えが激しい鬼上司のオフィスラブストーリー♡ バリバリのキャリアウーマン街道一直線の爽やか属性女子【川瀬 陸】。そんな陸は突然彼氏から呼び出される。出向いた先には……彼氏と見知らぬ女が!? 酷い失恋をした陸。しかし、同じ職場の鬼課長の【榊】は失恋なんてお構いなし。傷が乾かぬうちに仕事はスーパーハードモード。その上、この鬼課長は————。 数年前に執筆して他サイトに投稿してあったお話(別タイトル。本文軽い修正あり)

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

ソツのない彼氏とスキのない彼女

吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。 どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。 だけど…何故か気になってしまう。 気がつくと、彼女の姿を目で追っている。 *** 社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。 爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。 そして、華やかな噂。 あまり得意なタイプではない。 どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました

しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。 自分のことも誰のことも覚えていない。 王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。 聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。 なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。

処理中です...