ことりの上手ななかせかた

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行

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第7話 沙羅さんは大切なお友達

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 どうしてこんなことに……。
 テーブルに突っ伏したままため息をこぼす私に、柚の宥める声が聞こえる。
「まあ、そんな深く考える必要はなくない? プロジェクトの一員とはいっても、小鳥はあくまでアシスタントって立ち位置でしょ?」
「私がそういう表だったことが苦手だって、柚もよく知ってるでしょ」
「平気平気! いざとなったら私がちゃんとフォローしてあげるって!」
 実は柚もまた、このプロジェクトのカメラマンとして選出されていた。
 とはいえ、カメラマンとして既に前線のプロジェクトに出ている親友と、事務一徹の自分。同い年といえど場数が違いすぎる。
「それにプロジェクト概要を見たけど、小鳥が好きそうな企画だったじゃない? 今年秋公開の新作映画の制作舞台裏!」
「う……そりゃ、そうなんだけど……」
 議事録に記載されていたプロジェクトの内容に、確かに私は心惹かれていた。
 人気小説の実写映画化。そのキャストやスタッフの製作裏話を中心に記事にまとめる今回のプロジェクト。実はその小説は私も購入していて、思い出したように読み返すほど入れ込んでいた作品だった。
 ただ、大きな問題がひとつ──。
《原作:日下部悟》
 原作者名に視線を落とし、再びため息をついた。
 それほどまでに、彼とのファーストコンタクトはインパクトの大きすぎるものだった。それこそ、彼の小説の行間に彼の罵り顔が浮かんでくるくらいには。
 あの鋭い敵意を思い出すだけで、苦手意識から身震いしてしまう。
「日下部先生っていったら超美形小説家で有名じゃないの! 確かに少し性格に難ありかもしれないけどさ~私は楽しみだなぁ~! ばっちりイケメンに撮ってやるもんね!」
「問題はそれだけじゃないんですよ、柚姉さん……」
 伝えられたプロジェクトスタッフの中には、今一番顔を合わせたくない「彼」の名前も連なっていたのだ。



 指定時間よりもかなり早めに会議室に入った私は、会議資料の準備をしていた。
 内容の不備の確認をしながら、ホチキス留め作業を機械的に進めていく。しかしながら対照的に心臓は、先ほどからドキドキとせわしなく鳴り響いていた。
 ついこの間までは、こんなに動揺することもなかったのに……!
 わかりやす過ぎる身体の反応の変化に、心がついていかない。どうしてこんなことになってしまったのだろう。何度目かわからない呟きを心にこぼし、小さく肩を落とす。
 沙羅さんが格好良くて美人で優しくて良い人だってことは分かっていたことなのに。今は記憶の中の沙羅さんに向けられる笑顔だけで、こんなに胸が苦しい。
「小鳥さん」
 背後からかかった声に、肩が大きく弾んだ。
「早かったですね。資料の準備ですか」
「あ、は、は、はいっ」
「手伝いますよ。これを綴じればいいんですよね」
 沙羅さんは返答に窮する私に不審な顔ひとつせずに、資料綴じを手伝ってくれる。
 いつもとまるで変わらない沙羅さんの姿に、胸に重い罪悪感が広がった。
 沙羅さんは、私の男友達なのに。傾き始めた夕日が窓を通して沙羅さんの姿を淡く灯す。薄くかかった睫の陰が酷く綺麗で、思わず見惚れてしまった。
「今回のプロジェクトのお話は、小鳥さんもきっと驚いたでしょう」
 ごく自然に紡がれた会話に、私は慌てて視線を資料に戻した。
「は、はい。それはもう」
「もう聞いているかもしれませんが、メンバーの戸塚さんが貴女を強く推薦されたそうですよ」
「……え?」
 目を瞬かせた私に、沙羅さんは目を細めた。
「以前の新婚旅行中の出来事は内々に処理されたはずですが、戸塚さんも何か思うところがあったんでしょうね。小鳥さんの能力は前々から買われていたようですから」
「そ、そんな。私は別に……」
「ほら。そういうところ」
 言いかけた私を押しとどめるように、沙羅さんの白く長い人差し指がつんと私の額をつついた。
「自分を認めてくれる人の言葉は、素直に受け取らないと。認めてくれた人のことも否定することになりますからね」
 にこりと微笑んで作業に戻った沙羅さんに、私はパクパクと口の開閉を繰り返していた。赤面しているに違いない顔を資料で覆い隠す。
 さ、沙羅さんって、こんなにアレでコレだったっけ──……!?
「小鳥さん?」
「っ、あ、ええっと……」
 自分が今までどうやって対応してきたのか全くもって思い出せない。恐るべし、美形天然タラシ様の無意識行動……!
「よーっす! 早かったなぁ~お前ら! さすが若者! 感心感心!」
 次の瞬間、扉を豪快に開ける音が響く。
 朝と同じく太陽みたいな笑顔を浮かべて柊さんが挨拶しながら入ってきた。
「柊チーフ……毎度のことですが、ノックくらいして下さい」
「ああ、悪い悪い。何、取り込み中だった?」
「そういうことじゃなく──、」
「そ、そんなことは全くありませんっ!」
 必要以上の声量だったと気付くも、後の祭りだった。この際、不自然と言った方が正しいかもしれない。
「……そっか、そりゃ良かった! 人数の関係でちょっと机をずらすぞー。そこから後ろは全部畳んじまってくれ」
「ああ、俺がやりますよ」
 慌てて動こうとした私を制し、沙羅さんが机を片付け始める。その背中に心臓がずきりと鈍く痛んだ。
 こんなんじゃ駄目だ。今までせっかく、友達としての信頼関係を築けてきたというのに。
 このままじゃいつかきっと、沙羅さんをいたずらに傷付けてしまう。
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