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第一幕 麗しの美少年は、あやかしとともに?

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 挑発的な視線に促され口を開いたが、続く言葉もなく閉ざすしかなかった。

 対処法。
 まったく、何も考えていなかった。

 今回の烏丸の騒動は避難訓練の一環だったということか。いつ来るかわからない本番のための。
 自身の危機感の薄さを痛感する。しかし、一般人の自分に何ができるだろう。

「アキちゃん」

 皿に盛り付ける手を止めていると、大きな手のひらが暁の左肩にそっと降りてくる。

 振り返ると、こちらを覗きこむ千晶の柔らかな微笑みがあった。
 思いのほかその距離は近く、鼻先が触れそうな状況にぎくりと胸が軋む。

「ちょっと千晶っ。今お皿に盛り付けてる途中で……」
「大丈夫だからね。いざというときは、俺がアキちゃんを守るから」

 その言葉一つで、胸の奥に生じた小さな動揺がじわじわと溶けていく。
 もしかして今の解されるような気持ちも、千晶の巫の力というやつだろうか。
 肩に置かれたままの千晶の手が、とても温かい。

「烏丸もさ、あまりアキちゃんを怖がらせないでくれる? 害のあるあやかしだって、ここ最近殆ど見てないし」
「基本には例外がつきものだ。少なくともお前が仮住まいしていた親戚とやらの家は、全てあやかしに飲まれたようなものであろう?」
「えっ、そうなの千晶!?」

 すでに縁を切った親戚一同がどうなろうと知ったことではないが、それは初耳だ。
 二人目の皿の盛り付けを終えた暁が、まさかの情報に声を上げた。

「違うよー。だってあれは俺が自分の意思で、あやかしたちを集めただけだもん。ちゃんと力を調整していれば、そんなことは一度もなかったでしょ?」

 うん?
 千晶の何の気なしの説明に、小さな疑問が残る。

 自分の意思で。自分の意思でって言ったか、この子。

「物理的な損害は出してないし。馬鹿みたいに頭の堅い連中には、情報処理が追いつかなかったみたいだけど。それは向こうの育ちの問題であって、別に俺のせいじゃないし?」
「抜かせ。連日深夜にあやかしをねちねちとけしかけておきながら。前々回の一家は全員、憑きものにやられた形相になっていただろうが」
「気位の高い人間ほど、プライドが邪魔するみたいだからねえ。『あやかしが怖くて眠れない』なんてなかなか周りに言えないよねー」
「前回の家にいた年増女は、三日三晩うなされていたな」
「あの人はいいんだよ。二十も年下の遠戚の子どもに本気の色目使って、もともと頭沸いてたから。いい荒療治になったんじゃない?」
「……やっぱり腹黒じゃねえか」
「え。俺、何かおかしなこと言ってる?」

 言ってるか言ってないかでいえば、言ってる。

「んーと。ちょっとごめんね確認いい?」

 おかしなことというよりは、聞き捨てならないことだが。

「つまり、どういうことだろう。千晶が力とやらを使って、惹き付けられたあやかしたちが家を襲撃した……ということ?」
「あは。そう言われると、まるで俺が悪いみたいだねー」
「まさにその通りだろう、クソ餓鬼が」

 愛想がよくていつも笑顔でふわふわと柔らかな空気をまとった、爽やか少年。
 暁自身が今の今まで抱いていた「七々扇千晶」という人物像は、どうやらほんの一部に過ぎなかったらしい。

「……うん。まあいいか」

 人間そんなに単純ならば苦労しないのだ。
 様々な事実をひとまず腹に落とした暁は、数センチ四方のバターとともに、とある容器も調味料ラックから取り出した。

「話はこのくらいにして、ひとまずお昼ご飯にしようか」

 そう言って食卓に並べた大皿三枚に、最も反応が大きかったのは千晶ではなかった。

 材料の混ざり具合もフライパンから上げるタイミングも完璧。
 ほかほかと湯気立つ茶色の生地には、バターの他に飴色の艶がたっぷり引かれている。

「信頼されていないなりに頑張って作ってみました。味を見てくれるかな、烏丸?」
「……ふん」

 つむじ風の音が鳴った瞬間、むっつり顔を固定したまま烏丸がきちんと食卓に着いた。

 どうやら推測は正しかったらしい。
 食卓に並べたハチミツたっぷりのパンケーキに、千晶も意外そうに目を瞬かせる。

「アキちゃん……夜食のこと、気づいてたの?」
「さあ、なんのことだか」

 以前、千晶が夜中にハチミツトーストを食べていたことがある。

 まだ食べかけだったトースト。
 しかし、それを食べていたはずの千晶の口元にはパンの一欠片もついていなかった。

「たっぷり食べてね。ハチミツのおかわりもあるからね」
「わーい。よかったねえ、烏丸」

 千晶が出したわざとらしい合いの手に、烏丸は黙ってハチミツたっぷりのパンケーキに食らいつく。

 無言で頬張る瞳はどう見てもキラキラ輝いていて、やはりとても可愛らしかった。

 私もハチミツは大好きだよ。
 心の中で呟いて、暁ももくっとパンケーキを頬張った。



「烏丸、本当に出てっちゃったの?」
「あいつは今までもずっと、夜は外で寝るのが普通だから。気にしなくていいよ」

 入浴を終えてリビングに戻ったときには、すでに烏丸の姿はなかった。
 嫌悪している暁が原因かと思ったが、どうやらそうではないらしい。

「それにしても、二人は相当気心知れてるね。烏丸の口調も、千晶にだけは違ったみたい」
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