16 / 56
第一幕 麗しの美少年は、あやかしとともに?
(15)
しおりを挟む
挑発的な視線に促され口を開いたが、続く言葉もなく閉ざすしかなかった。
対処法。
まったく、何も考えていなかった。
今回の烏丸の騒動は避難訓練の一環だったということか。いつ来るかわからない本番のための。
自身の危機感の薄さを痛感する。しかし、一般人の自分に何ができるだろう。
「アキちゃん」
皿に盛り付ける手を止めていると、大きな手のひらが暁の左肩にそっと降りてくる。
振り返ると、こちらを覗きこむ千晶の柔らかな微笑みがあった。
思いのほかその距離は近く、鼻先が触れそうな状況にぎくりと胸が軋む。
「ちょっと千晶っ。今お皿に盛り付けてる途中で……」
「大丈夫だからね。いざというときは、俺がアキちゃんを守るから」
その言葉一つで、胸の奥に生じた小さな動揺がじわじわと溶けていく。
もしかして今の解されるような気持ちも、千晶の巫の力というやつだろうか。
肩に置かれたままの千晶の手が、とても温かい。
「烏丸もさ、あまりアキちゃんを怖がらせないでくれる? 害のあるあやかしだって、ここ最近殆ど見てないし」
「基本には例外がつきものだ。少なくともお前が仮住まいしていた親戚とやらの家は、全てあやかしに飲まれたようなものであろう?」
「えっ、そうなの千晶!?」
すでに縁を切った親戚一同がどうなろうと知ったことではないが、それは初耳だ。
二人目の皿の盛り付けを終えた暁が、まさかの情報に声を上げた。
「違うよー。だってあれは俺が自分の意思で、あやかしたちを集めただけだもん。ちゃんと力を調整していれば、そんなことは一度もなかったでしょ?」
うん?
千晶の何の気なしの説明に、小さな疑問が残る。
自分の意思で。自分の意思でって言ったか、この子。
「物理的な損害は出してないし。馬鹿みたいに頭の堅い連中には、情報処理が追いつかなかったみたいだけど。それは向こうの育ちの問題であって、別に俺のせいじゃないし?」
「抜かせ。連日深夜にあやかしをねちねちとけしかけておきながら。前々回の一家は全員、憑きものにやられた形相になっていただろうが」
「気位の高い人間ほど、プライドが邪魔するみたいだからねえ。『あやかしが怖くて眠れない』なんてなかなか周りに言えないよねー」
「前回の家にいた年増女は、三日三晩うなされていたな」
「あの人はいいんだよ。二十も年下の遠戚の子どもに本気の色目使って、もともと頭沸いてたから。いい荒療治になったんじゃない?」
「……やっぱり腹黒じゃねえか」
「え。俺、何かおかしなこと言ってる?」
言ってるか言ってないかでいえば、言ってる。
「んーと。ちょっとごめんね確認いい?」
おかしなことというよりは、聞き捨てならないことだが。
「つまり、どういうことだろう。千晶が力とやらを使って、惹き付けられたあやかしたちが家を襲撃した……ということ?」
「あは。そう言われると、まるで俺が悪いみたいだねー」
「まさにその通りだろう、クソ餓鬼が」
愛想がよくていつも笑顔でふわふわと柔らかな空気をまとった、爽やか少年。
暁自身が今の今まで抱いていた「七々扇千晶」という人物像は、どうやらほんの一部に過ぎなかったらしい。
「……うん。まあいいか」
人間そんなに単純ならば苦労しないのだ。
様々な事実をひとまず腹に落とした暁は、数センチ四方のバターとともに、とある容器も調味料ラックから取り出した。
「話はこのくらいにして、ひとまずお昼ご飯にしようか」
そう言って食卓に並べた大皿三枚に、最も反応が大きかったのは千晶ではなかった。
材料の混ざり具合もフライパンから上げるタイミングも完璧。
ほかほかと湯気立つ茶色の生地には、バターの他に飴色の艶がたっぷり引かれている。
「信頼されていないなりに頑張って作ってみました。味を見てくれるかな、烏丸?」
「……ふん」
つむじ風の音が鳴った瞬間、むっつり顔を固定したまま烏丸がきちんと食卓に着いた。
どうやら推測は正しかったらしい。
食卓に並べたハチミツたっぷりのパンケーキに、千晶も意外そうに目を瞬かせる。
「アキちゃん……夜食のこと、気づいてたの?」
「さあ、なんのことだか」
以前、千晶が夜中にハチミツトーストを食べていたことがある。
まだ食べかけだったトースト。
しかし、それを食べていたはずの千晶の口元にはパンの一欠片もついていなかった。
「たっぷり食べてね。ハチミツのおかわりもあるからね」
「わーい。よかったねえ、烏丸」
千晶が出したわざとらしい合いの手に、烏丸は黙ってハチミツたっぷりのパンケーキに食らいつく。
無言で頬張る瞳はどう見てもキラキラ輝いていて、やはりとても可愛らしかった。
私もハチミツは大好きだよ。
心の中で呟いて、暁ももくっとパンケーキを頬張った。
「烏丸、本当に出てっちゃったの?」
「あいつは今までもずっと、夜は外で寝るのが普通だから。気にしなくていいよ」
入浴を終えてリビングに戻ったときには、すでに烏丸の姿はなかった。
嫌悪している暁が原因かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「それにしても、二人は相当気心知れてるね。烏丸の口調も、千晶にだけは違ったみたい」
対処法。
まったく、何も考えていなかった。
今回の烏丸の騒動は避難訓練の一環だったということか。いつ来るかわからない本番のための。
自身の危機感の薄さを痛感する。しかし、一般人の自分に何ができるだろう。
「アキちゃん」
皿に盛り付ける手を止めていると、大きな手のひらが暁の左肩にそっと降りてくる。
振り返ると、こちらを覗きこむ千晶の柔らかな微笑みがあった。
思いのほかその距離は近く、鼻先が触れそうな状況にぎくりと胸が軋む。
「ちょっと千晶っ。今お皿に盛り付けてる途中で……」
「大丈夫だからね。いざというときは、俺がアキちゃんを守るから」
その言葉一つで、胸の奥に生じた小さな動揺がじわじわと溶けていく。
もしかして今の解されるような気持ちも、千晶の巫の力というやつだろうか。
肩に置かれたままの千晶の手が、とても温かい。
「烏丸もさ、あまりアキちゃんを怖がらせないでくれる? 害のあるあやかしだって、ここ最近殆ど見てないし」
「基本には例外がつきものだ。少なくともお前が仮住まいしていた親戚とやらの家は、全てあやかしに飲まれたようなものであろう?」
「えっ、そうなの千晶!?」
すでに縁を切った親戚一同がどうなろうと知ったことではないが、それは初耳だ。
二人目の皿の盛り付けを終えた暁が、まさかの情報に声を上げた。
「違うよー。だってあれは俺が自分の意思で、あやかしたちを集めただけだもん。ちゃんと力を調整していれば、そんなことは一度もなかったでしょ?」
うん?
千晶の何の気なしの説明に、小さな疑問が残る。
自分の意思で。自分の意思でって言ったか、この子。
「物理的な損害は出してないし。馬鹿みたいに頭の堅い連中には、情報処理が追いつかなかったみたいだけど。それは向こうの育ちの問題であって、別に俺のせいじゃないし?」
「抜かせ。連日深夜にあやかしをねちねちとけしかけておきながら。前々回の一家は全員、憑きものにやられた形相になっていただろうが」
「気位の高い人間ほど、プライドが邪魔するみたいだからねえ。『あやかしが怖くて眠れない』なんてなかなか周りに言えないよねー」
「前回の家にいた年増女は、三日三晩うなされていたな」
「あの人はいいんだよ。二十も年下の遠戚の子どもに本気の色目使って、もともと頭沸いてたから。いい荒療治になったんじゃない?」
「……やっぱり腹黒じゃねえか」
「え。俺、何かおかしなこと言ってる?」
言ってるか言ってないかでいえば、言ってる。
「んーと。ちょっとごめんね確認いい?」
おかしなことというよりは、聞き捨てならないことだが。
「つまり、どういうことだろう。千晶が力とやらを使って、惹き付けられたあやかしたちが家を襲撃した……ということ?」
「あは。そう言われると、まるで俺が悪いみたいだねー」
「まさにその通りだろう、クソ餓鬼が」
愛想がよくていつも笑顔でふわふわと柔らかな空気をまとった、爽やか少年。
暁自身が今の今まで抱いていた「七々扇千晶」という人物像は、どうやらほんの一部に過ぎなかったらしい。
「……うん。まあいいか」
人間そんなに単純ならば苦労しないのだ。
様々な事実をひとまず腹に落とした暁は、数センチ四方のバターとともに、とある容器も調味料ラックから取り出した。
「話はこのくらいにして、ひとまずお昼ご飯にしようか」
そう言って食卓に並べた大皿三枚に、最も反応が大きかったのは千晶ではなかった。
材料の混ざり具合もフライパンから上げるタイミングも完璧。
ほかほかと湯気立つ茶色の生地には、バターの他に飴色の艶がたっぷり引かれている。
「信頼されていないなりに頑張って作ってみました。味を見てくれるかな、烏丸?」
「……ふん」
つむじ風の音が鳴った瞬間、むっつり顔を固定したまま烏丸がきちんと食卓に着いた。
どうやら推測は正しかったらしい。
食卓に並べたハチミツたっぷりのパンケーキに、千晶も意外そうに目を瞬かせる。
「アキちゃん……夜食のこと、気づいてたの?」
「さあ、なんのことだか」
以前、千晶が夜中にハチミツトーストを食べていたことがある。
まだ食べかけだったトースト。
しかし、それを食べていたはずの千晶の口元にはパンの一欠片もついていなかった。
「たっぷり食べてね。ハチミツのおかわりもあるからね」
「わーい。よかったねえ、烏丸」
千晶が出したわざとらしい合いの手に、烏丸は黙ってハチミツたっぷりのパンケーキに食らいつく。
無言で頬張る瞳はどう見てもキラキラ輝いていて、やはりとても可愛らしかった。
私もハチミツは大好きだよ。
心の中で呟いて、暁ももくっとパンケーキを頬張った。
「烏丸、本当に出てっちゃったの?」
「あいつは今までもずっと、夜は外で寝るのが普通だから。気にしなくていいよ」
入浴を終えてリビングに戻ったときには、すでに烏丸の姿はなかった。
嫌悪している暁が原因かと思ったが、どうやらそうではないらしい。
「それにしても、二人は相当気心知れてるね。烏丸の口調も、千晶にだけは違ったみたい」
10
お気に入りに追加
52
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
心に白い曼珠沙華
夜鳥すぱり
キャラ文芸
柔和な顔つきにひょろりとした体躯で、良くも悪くもあまり目立たない子供、藤原鷹雪(ふじわらのたかゆき)は十二になったばかり。
平安の都、長月半ばの早朝、都では大きな祭りが取り行われようとしていた。
鷹雪は遠くから聞こえる笛の音に誘われるように、六条の屋敷を抜けだし、お供も付けずに、徒歩で都の大通りへと向かった。あっちこっちと、もの珍しいものに足を止めては、キョロキョロ物色しながらゆっくりと大通りを歩いていると、路地裏でなにやら揉め事が。鷹雪と同い年くらいの、美しい可憐な少女が争いに巻き込まれている。助け逃げたは良いが、鷹雪は倒れてしまって……。
◆完結しました、思いの外BL色が濃くなってしまって、あれれという感じでしたが、ジャンル弾かれてない?ので、見過ごしていただいてるかな。かなり昔に他で書いてた話で手直ししつつ5万文字でした。自分でも何を書いたかすっかり忘れていた話で、読み返すのが楽しかったです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
孤独な少年の心を癒した神社のあやかし達
フェア
キャラ文芸
小学校でいじめに遭って不登校になったショウが、中学入学後に両親が交通事故に遭ったことをきっかけに山奥の神社に預けられる。心優しい神主のタカヒロと奇妙奇天烈な妖怪達との交流で少しずつ心の傷を癒やしていく、ハートフルな物語。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
お狐様とひと月ごはん 〜屋敷神のあやかしさんにお嫁入り?〜
織部ソマリ
キャラ文芸
『美詞(みこと)、あんた失業中だから暇でしょう? しばらく田舎のおばあちゃん家に行ってくれない?』
◆突然の母からの連絡は、亡き祖母のお願い事を果たす為だった。その願いとは『庭の祠のお狐様を、ひと月ご所望のごはんでもてなしてほしい』というもの。そして早速、山奥のお屋敷へ向かった美詞の前に現れたのは、真っ白い平安時代のような装束を着た――銀髪狐耳の男!?
◆彼の名は銀(しろがね)『家護りの妖狐』である彼は、十年に一度『世話人』から食事をいただき力を回復・補充させるのだという。今回の『世話人』は美詞。
しかし世話人は、百年に一度だけ『お狐様の嫁』となる習わしで、美詞はその百年目の世話人だった。嫁は望まないと言う銀だったが、どれだけ美味しい食事を作っても力が回復しない。逆に衰えるばかり。
そして美詞は決意する。ひと月の間だけの、期間限定の嫁入りを――。
◆三百年生きたお狐様と、妖狐見習いの子狐たち。それに竈神や台所用品の付喪神たちと、美味しいごはんを作って過ごす、賑やかで優しいひと月のお話。
◆『第3回キャラ文芸大賞』奨励賞をいただきました!ありがとうございました!
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
九尾の狐に嫁入りします~妖狐様は取り換えられた花嫁を溺愛する~
束原ミヤコ
キャラ文芸
八十神薫子(やそがみかおるこ)は、帝都守護職についている鎮守の神と呼ばれる、神の血を引く家に巫女を捧げる八十神家にうまれた。
八十神家にうまれる女は、神癒(しんゆ)――鎮守の神の法力を回復させたり、増大させたりする力を持つ。
けれど薫子はうまれつきそれを持たず、八十神家では役立たずとして、使用人として家に置いて貰っていた。
ある日、鎮守の神の一人である玉藻家の当主、玉藻由良(たまもゆら)から、神癒の巫女を嫁に欲しいという手紙が八十神家に届く。
神癒の力を持つ薫子の妹、咲子は、玉藻由良はいつも仮面を被っており、その顔は仕事中に焼け爛れて無残な化け物のようになっていると、泣いて嫌がる。
薫子は父上に言いつけられて、玉藻の元へと嫁ぐことになる。
何の力も持たないのに、嘘をつくように言われて。
鎮守の神を騙すなど、神を謀るのと同じ。
とてもそんなことはできないと怯えながら玉藻の元へ嫁いだ薫子を、玉藻は「よくきた、俺の花嫁」といって、とても優しく扱ってくれて――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる