芽吹と息吹~生き別れ三十路兄と私のつぎはぎな数か月間~

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行

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最終話 おかえりなさい、お兄ちゃん

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 ありがとうございました。先輩が助けてくれなかったら……なんて、考えたくもありません。
 礼なんていい。中から変な音が聞こえたから気になっただけだし、俺が勝手に、助けたくて助けただけだからさ。
 そんなことないです。先輩、本当に格好良かったです。正義のヒーローみたいでした。
 正義、って言うか。だって俺はお前のことが。
 ところで、正義のヒーローに質問を1つ、いいですか。
「玄関のドア、どうやって開けたんですか」
「……」
「蹴破ったとか、ないですよね。鍵がガチャって開く音、確かに聞こえました」
「…………」
「それで、私は確かに家に入ったときに施錠しました。息吹に口が酸っぱくなるくらい言われたんです。施錠忘れだけは絶対にありません」
「っ、すみませんでした!!」
 文字通り、額を床に打ち付けた安達が、懐からあるものを差し出した。
 小さい頃から鍵っ子をしてきた芽吹は、すぐにそれがなんなのか察した。
 これ、うちの鍵だ。
「本当に、今まで黙ってて悪い。万が一のためってお前の家の鍵、渡されてたんだ」
「渡されたって、いったい誰に」
「わざわざこんな根回しまでする奴っていったら、1人しかいねーだろ?」
 ……息吹が?
 息を飲むと同時に、震えだしそうになる体をぎゅっと拳で抑える。
「外国に発つ直前に、急に呼び出されたんだよ」


 これは、テストだよ。
 そう言って差し出された1本の鍵を見て、安達はしばらく返答を忘れた。
「俺が側にいられない間、あんたが芽吹を守れ。その働き如何では、芽吹と仲良くすることを許可してもいい」
「……全部が全部訳わからねーんすけど。この鍵はどこの」
「うちの鍵だよ。万一何かあったときのため。絶対に盗られたりするなよ」
「おい!」
 さすがに口を挟まずにはいられなかった。非常識もここまで来るとただの馬鹿だ。
「あいつはそのこと了承してんのか? んなわけねえよな? あんたは家を離れるんだろ? そんなもん、あんたの独断で渡していいのかよ!?」
 投げた説教に、思わず私情が漏れた。
 芽吹を1人にするあんたが、今更何を心配してるんだよと。
 その私情を察したのかどうなのか、息吹はにっと笑った。
「あんたがこれを悪用したら、俺があんたを殺す」
 本気の殺意だと、本能が告げる。
 背筋が冷えるのを感じながら、次の瞬間には弧を描いて放られた鍵が手のひらに落ちてきた。
「ついでに、俺がいない間に芽吹に危害を加える奴がいたら、とりあえず半死半生の刑。これ、俺のよく当たる予言ね」
「……当たるじゃなくて、当たりにさせるの間違いだろ。でもまあ」
 その予言については、乗った。
 そう言って、安達は息吹にそっと拳を差し出した。
 交わされた拳は想像の何倍も重く、しばらく手の痺れが取れなかった。


 安達に告げられた説明は理解できた。
 それでも理解したはずのそれを拒むように、注がれた言葉が頭の中に巻き散らかされ、文字の破片が外に弾き出される。
 しばらく返事もなく床に視線を落とす芽吹を、安達は鉛を飲み込むような心地で見守った。
 それでも、沈黙に耐えきれなくなったのはすぐだった。
「本当に、申し訳ない。知らないところで鍵のやりとりがされてるなんて、気持ち悪いよな。やってることは、あの男と大差ない、よな」
「……そんなふうには、思ってません」
「芽吹?」
「鍵のこと云々で、先輩を責めるつもりはありません。でも」
 ぐっと流れ出そうになる言葉を耐える。ゆっくり言葉を咀嚼して、芽吹は慎重に口を開いた。
「どうしてそこまで、してくれるんですか。息吹の申し出だって、断れば済む話じゃ」
「そりゃ、お前が好きだからに決まってんだろ」
「やめてください。だって先輩、もうお付き合いしている人がいるじゃないですか」
 思わず責めるような口調になってしまう。
 しかし言葉とは裏腹に、安達の服の裾を掴む芽吹の手は、離れることはなかった。
「いやだから、さっきも言おうとしたけど、それって何だよ。誰かに変な入れ知恵でもされたのか?」
「入れ知恵じゃありません。私が自分で考えて気付いただけです」
「それじゃ、お前の勘違いだ」
「私を家に送った後、いったい誰に電話をかけているんですかっ」
 叫ぶような声を上げた後、芽吹は体が燃えるほど熱くなった。
 一体自分は何を言っているんだろう。何をこんな、子どもみたいなことを。
 どんどんと胸を叩くような鼓動に、乱れそうになる呼吸が堪らなく恥ずかしい。恥ずかしい。ちょっと消えてしまいたい。
「……」
「……?」
「っ……、ちょ、待て。やばいだろそれ」
 ようやく上げかけた視線とともに、安達の真っ赤な顔が飛び込んでくる。
 一瞬苦しそうな表情を浮かべ、芽吹の体がぐいっと引き寄せられた。熱く逞しい腕が、隙間を埋めるように芽吹を抱きしめる。
「妬いてくれたんだ。マジか。さっきの告白も、本当に本当か。すげー……めっちゃくちゃ嬉しい」
「は、話を逸らさないでください。電話の相手のことは、まだっ」
「……わざわざこんな連絡義務を強制する奴っていったら、1人しかいねーだろ?」
 同様の言い回しにもかかわらず、今回の答えにたどり着くには時間を要した。
「鍵を押しつけられたついでに、あの兄貴から命令されたんだよ。お前を毎日無事に送り届けること。送り届けた後にその都度連絡を寄越すこと。ちなみに今日の電話は、騒ぎが起きる前に留守電で済ませた」
「っ……」
「そんなに気になって仕方ねえなら、自分で毎日でも電話連絡しろよって言ったこともあるけど」
 それは無理。声を聞いたら帰りたくなるからさ。
「……馬鹿兄貴」
「本当それな」
 頬に流れる涙を、安達が掬う。
 どちらからともなく笑い合った芽吹たちは、再び身を寄せ合い優しい抱擁を交わした。
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