62 / 63
最終話 おかえりなさい、お兄ちゃん
(5)
しおりを挟む
ありがとうございました。先輩が助けてくれなかったら……なんて、考えたくもありません。
礼なんていい。中から変な音が聞こえたから気になっただけだし、俺が勝手に、助けたくて助けただけだからさ。
そんなことないです。先輩、本当に格好良かったです。正義のヒーローみたいでした。
正義、って言うか。だって俺はお前のことが。
ところで、正義のヒーローに質問を1つ、いいですか。
「玄関のドア、どうやって開けたんですか」
「……」
「蹴破ったとか、ないですよね。鍵がガチャって開く音、確かに聞こえました」
「…………」
「それで、私は確かに家に入ったときに施錠しました。息吹に口が酸っぱくなるくらい言われたんです。施錠忘れだけは絶対にありません」
「っ、すみませんでした!!」
文字通り、額を床に打ち付けた安達が、懐からあるものを差し出した。
小さい頃から鍵っ子をしてきた芽吹は、すぐにそれがなんなのか察した。
これ、うちの鍵だ。
「本当に、今まで黙ってて悪い。万が一のためってお前の家の鍵、渡されてたんだ」
「渡されたって、いったい誰に」
「わざわざこんな根回しまでする奴っていったら、1人しかいねーだろ?」
……息吹が?
息を飲むと同時に、震えだしそうになる体をぎゅっと拳で抑える。
「外国に発つ直前に、急に呼び出されたんだよ」
これは、テストだよ。
そう言って差し出された1本の鍵を見て、安達はしばらく返答を忘れた。
「俺が側にいられない間、あんたが芽吹を守れ。その働き如何では、芽吹と仲良くすることを許可してもいい」
「……全部が全部訳わからねーんすけど。この鍵はどこの」
「うちの鍵だよ。万一何かあったときのため。絶対に盗られたりするなよ」
「おい!」
さすがに口を挟まずにはいられなかった。非常識もここまで来るとただの馬鹿だ。
「あいつはそのこと了承してんのか? んなわけねえよな? あんたは家を離れるんだろ? そんなもん、あんたの独断で渡していいのかよ!?」
投げた説教に、思わず私情が漏れた。
芽吹を1人にするあんたが、今更何を心配してるんだよと。
その私情を察したのかどうなのか、息吹はにっと笑った。
「あんたがこれを悪用したら、俺があんたを殺す」
本気の殺意だと、本能が告げる。
背筋が冷えるのを感じながら、次の瞬間には弧を描いて放られた鍵が手のひらに落ちてきた。
「ついでに、俺がいない間に芽吹に危害を加える奴がいたら、とりあえず半死半生の刑。これ、俺のよく当たる予言ね」
「……当たるじゃなくて、当たりにさせるの間違いだろ。でもまあ」
その予言については、乗った。
そう言って、安達は息吹にそっと拳を差し出した。
交わされた拳は想像の何倍も重く、しばらく手の痺れが取れなかった。
安達に告げられた説明は理解できた。
それでも理解したはずのそれを拒むように、注がれた言葉が頭の中に巻き散らかされ、文字の破片が外に弾き出される。
しばらく返事もなく床に視線を落とす芽吹を、安達は鉛を飲み込むような心地で見守った。
それでも、沈黙に耐えきれなくなったのはすぐだった。
「本当に、申し訳ない。知らないところで鍵のやりとりがされてるなんて、気持ち悪いよな。やってることは、あの男と大差ない、よな」
「……そんなふうには、思ってません」
「芽吹?」
「鍵のこと云々で、先輩を責めるつもりはありません。でも」
ぐっと流れ出そうになる言葉を耐える。ゆっくり言葉を咀嚼して、芽吹は慎重に口を開いた。
「どうしてそこまで、してくれるんですか。息吹の申し出だって、断れば済む話じゃ」
「そりゃ、お前が好きだからに決まってんだろ」
「やめてください。だって先輩、もうお付き合いしている人がいるじゃないですか」
思わず責めるような口調になってしまう。
しかし言葉とは裏腹に、安達の服の裾を掴む芽吹の手は、離れることはなかった。
「いやだから、さっきも言おうとしたけど、それって何だよ。誰かに変な入れ知恵でもされたのか?」
「入れ知恵じゃありません。私が自分で考えて気付いただけです」
「それじゃ、お前の勘違いだ」
「私を家に送った後、いったい誰に電話をかけているんですかっ」
叫ぶような声を上げた後、芽吹は体が燃えるほど熱くなった。
一体自分は何を言っているんだろう。何をこんな、子どもみたいなことを。
どんどんと胸を叩くような鼓動に、乱れそうになる呼吸が堪らなく恥ずかしい。恥ずかしい。ちょっと消えてしまいたい。
「……」
「……?」
「っ……、ちょ、待て。やばいだろそれ」
ようやく上げかけた視線とともに、安達の真っ赤な顔が飛び込んでくる。
一瞬苦しそうな表情を浮かべ、芽吹の体がぐいっと引き寄せられた。熱く逞しい腕が、隙間を埋めるように芽吹を抱きしめる。
「妬いてくれたんだ。マジか。さっきの告白も、本当に本当か。すげー……めっちゃくちゃ嬉しい」
「は、話を逸らさないでください。電話の相手のことは、まだっ」
「……わざわざこんな連絡義務を強制する奴っていったら、1人しかいねーだろ?」
同様の言い回しにもかかわらず、今回の答えにたどり着くには時間を要した。
「鍵を押しつけられたついでに、あの兄貴から命令されたんだよ。お前を毎日無事に送り届けること。送り届けた後にその都度連絡を寄越すこと。ちなみに今日の電話は、騒ぎが起きる前に留守電で済ませた」
「っ……」
「そんなに気になって仕方ねえなら、自分で毎日でも電話連絡しろよって言ったこともあるけど」
それは無理。声を聞いたら帰りたくなるからさ。
「……馬鹿兄貴」
「本当それな」
頬に流れる涙を、安達が掬う。
どちらからともなく笑い合った芽吹たちは、再び身を寄せ合い優しい抱擁を交わした。
礼なんていい。中から変な音が聞こえたから気になっただけだし、俺が勝手に、助けたくて助けただけだからさ。
そんなことないです。先輩、本当に格好良かったです。正義のヒーローみたいでした。
正義、って言うか。だって俺はお前のことが。
ところで、正義のヒーローに質問を1つ、いいですか。
「玄関のドア、どうやって開けたんですか」
「……」
「蹴破ったとか、ないですよね。鍵がガチャって開く音、確かに聞こえました」
「…………」
「それで、私は確かに家に入ったときに施錠しました。息吹に口が酸っぱくなるくらい言われたんです。施錠忘れだけは絶対にありません」
「っ、すみませんでした!!」
文字通り、額を床に打ち付けた安達が、懐からあるものを差し出した。
小さい頃から鍵っ子をしてきた芽吹は、すぐにそれがなんなのか察した。
これ、うちの鍵だ。
「本当に、今まで黙ってて悪い。万が一のためってお前の家の鍵、渡されてたんだ」
「渡されたって、いったい誰に」
「わざわざこんな根回しまでする奴っていったら、1人しかいねーだろ?」
……息吹が?
息を飲むと同時に、震えだしそうになる体をぎゅっと拳で抑える。
「外国に発つ直前に、急に呼び出されたんだよ」
これは、テストだよ。
そう言って差し出された1本の鍵を見て、安達はしばらく返答を忘れた。
「俺が側にいられない間、あんたが芽吹を守れ。その働き如何では、芽吹と仲良くすることを許可してもいい」
「……全部が全部訳わからねーんすけど。この鍵はどこの」
「うちの鍵だよ。万一何かあったときのため。絶対に盗られたりするなよ」
「おい!」
さすがに口を挟まずにはいられなかった。非常識もここまで来るとただの馬鹿だ。
「あいつはそのこと了承してんのか? んなわけねえよな? あんたは家を離れるんだろ? そんなもん、あんたの独断で渡していいのかよ!?」
投げた説教に、思わず私情が漏れた。
芽吹を1人にするあんたが、今更何を心配してるんだよと。
その私情を察したのかどうなのか、息吹はにっと笑った。
「あんたがこれを悪用したら、俺があんたを殺す」
本気の殺意だと、本能が告げる。
背筋が冷えるのを感じながら、次の瞬間には弧を描いて放られた鍵が手のひらに落ちてきた。
「ついでに、俺がいない間に芽吹に危害を加える奴がいたら、とりあえず半死半生の刑。これ、俺のよく当たる予言ね」
「……当たるじゃなくて、当たりにさせるの間違いだろ。でもまあ」
その予言については、乗った。
そう言って、安達は息吹にそっと拳を差し出した。
交わされた拳は想像の何倍も重く、しばらく手の痺れが取れなかった。
安達に告げられた説明は理解できた。
それでも理解したはずのそれを拒むように、注がれた言葉が頭の中に巻き散らかされ、文字の破片が外に弾き出される。
しばらく返事もなく床に視線を落とす芽吹を、安達は鉛を飲み込むような心地で見守った。
それでも、沈黙に耐えきれなくなったのはすぐだった。
「本当に、申し訳ない。知らないところで鍵のやりとりがされてるなんて、気持ち悪いよな。やってることは、あの男と大差ない、よな」
「……そんなふうには、思ってません」
「芽吹?」
「鍵のこと云々で、先輩を責めるつもりはありません。でも」
ぐっと流れ出そうになる言葉を耐える。ゆっくり言葉を咀嚼して、芽吹は慎重に口を開いた。
「どうしてそこまで、してくれるんですか。息吹の申し出だって、断れば済む話じゃ」
「そりゃ、お前が好きだからに決まってんだろ」
「やめてください。だって先輩、もうお付き合いしている人がいるじゃないですか」
思わず責めるような口調になってしまう。
しかし言葉とは裏腹に、安達の服の裾を掴む芽吹の手は、離れることはなかった。
「いやだから、さっきも言おうとしたけど、それって何だよ。誰かに変な入れ知恵でもされたのか?」
「入れ知恵じゃありません。私が自分で考えて気付いただけです」
「それじゃ、お前の勘違いだ」
「私を家に送った後、いったい誰に電話をかけているんですかっ」
叫ぶような声を上げた後、芽吹は体が燃えるほど熱くなった。
一体自分は何を言っているんだろう。何をこんな、子どもみたいなことを。
どんどんと胸を叩くような鼓動に、乱れそうになる呼吸が堪らなく恥ずかしい。恥ずかしい。ちょっと消えてしまいたい。
「……」
「……?」
「っ……、ちょ、待て。やばいだろそれ」
ようやく上げかけた視線とともに、安達の真っ赤な顔が飛び込んでくる。
一瞬苦しそうな表情を浮かべ、芽吹の体がぐいっと引き寄せられた。熱く逞しい腕が、隙間を埋めるように芽吹を抱きしめる。
「妬いてくれたんだ。マジか。さっきの告白も、本当に本当か。すげー……めっちゃくちゃ嬉しい」
「は、話を逸らさないでください。電話の相手のことは、まだっ」
「……わざわざこんな連絡義務を強制する奴っていったら、1人しかいねーだろ?」
同様の言い回しにもかかわらず、今回の答えにたどり着くには時間を要した。
「鍵を押しつけられたついでに、あの兄貴から命令されたんだよ。お前を毎日無事に送り届けること。送り届けた後にその都度連絡を寄越すこと。ちなみに今日の電話は、騒ぎが起きる前に留守電で済ませた」
「っ……」
「そんなに気になって仕方ねえなら、自分で毎日でも電話連絡しろよって言ったこともあるけど」
それは無理。声を聞いたら帰りたくなるからさ。
「……馬鹿兄貴」
「本当それな」
頬に流れる涙を、安達が掬う。
どちらからともなく笑い合った芽吹たちは、再び身を寄せ合い優しい抱擁を交わした。
0
お気に入りに追加
15
あなたにおすすめの小説



セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~
友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。
全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる