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第10話 約束を写真に結んで
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安達の表情が、驚きのまま固まった。
ゆっくりと言葉の意味を咀嚼している様子の安達に、芽吹もそっと一息吐いて言葉を紡いでいく。
「それを知ったのは、安達先輩に息吹への恋愛感情を聞かれた、あの日の夜でした。それからずっとずっと、隙あらばそのことを考えて……悩んで。安達先輩にも心配をかけてしまいましたよね」
「……や。それはいい。いいん、だけど……」
「血の繋がりが、ない。ということは、ん?」まだ混乱が収まらない安達の両手を、芽吹はそっと繋いだ。
ようやく視線が絡み、心臓が緊張で震える。
「っ、め、ぶき?」
「先輩は、私に聞きましたよね。本当は、息吹に恋をしてるんじゃないかって」
「……聞いた、な」
「正直、先輩のその問いに、自分でもよくわからなくなりました」
繋いだ手に、知らずの内に力が籠もる。
「けれど」と芽吹は安達の瞳を見据えた。
「息吹と血の繋がりがないと知って──私、すごくショックだったんです」
吐露した思いに、目の前の瞳が微かに揺れた。
「私は息吹のことを大切に思っています。だけどそれは、唯一無二の、兄としてです」
「っ……」
「色々と悩ませて、不快な思いばかりさせてしまって……本当にすみません。でも、ようやく先輩の質問に答えられると思ったので、どうしても伝えたくて」
「え、と。それって、つまり……」
その瞬間だった。
耳をつんざくようなクラクションの音が、2人の取り巻く空気を一掃する。
ほとんど同時に振り返った先に停まったのは、真っ赤な外国車だった。安達は眉を寄せ、芽吹は既視感を覚える。
「よさそうな雰囲気の中ごめんね。でも、こっちも時間が迫ってる身だからさ」
似た車のチョイスは、この人が息吹の相棒たる所以なのだろうか。
「誰だよオッサン」
「……え、オッサン?」
「大丈夫です先輩。この人は一応、面識はありますから」
昨夜、家の前で一度だけ。と心の中で付け足す。
小さな声で「オッサン……」と繰り返している姿に、少しだけ毒気を抜かれそうになる。
それでも何とか流されそうになる空気を振り払った後、促されるままに助手席に乗り込んだ。
心配をありありと浮かべる安達に笑顔を見せ、また明日と手を振る。
結局先輩には、また新たな心配をかけてしまった。でもごめんなさい。背に腹は代えられない。
この人に時間が迫っているというのなら、私自身にも同じように、決断の時間が迫っているのだから。
「まさか、本当に車に乗ってくれるとは思わなかったな」
運転席で明るく話す谷は、昨日よりも幾分か見てくれが小綺麗な印象を受けた。
長い金髪は前髪も全て後ろにまとめられ、服装もさっぱりと整えられている。
きっと昨日はこちらに到着してすぐに、来宮家の住所へ向かったのだろう。ホテルに真っ先に預けるはずの大きすぎる荷物が傍らにあったことを思い出す。
「もしも不審者として通報されないで済むのなら、少し遠回りをしたいんだけど、いいかな?」
「はい。私もそのつもりです」
「……聞きわけがよくて非常に助かるけれど、男への警戒心は持っておいて損はないよ?」
「谷さんにはその必要がないって、私が判断しているだけです」
本音を言えば、ほぼ初対面の男性と密室空間に2人きりはどうしたって居心地が悪い。
それでも、この期を逃してはいけないと思った。
息吹の相棒だった人。自分の知らない息吹を知っている人。そしてきっと、息吹のカメラに対する葛藤を知っている人。
この人と話をしたかった。そして納得しなければいけない。
この人に、息吹を託してもいいのかどうかを。
「聡明な目。あいつとは、まるで真逆だ」
赤信号で止まった間を突いて、谷は芽吹の顔を覗き込んだ。
まるで一瞬の時を切り取りに来た眼差しに、心臓が大きく跳ねる。
「でも、頑固そうなところは似てるかな」
「あ。青信号だ」さらっと言われた単語を咀嚼する前に、再び車が動き出す。食えない人だ。でもどこか憎みきれない。
「昨日はごめんね。兄貴を急に殴りつけられて、驚かせちゃったよな」
「いえ、あの後事情を聞きましたから。仕事も何もかも放って帰国した相手に、1発じゃ足りなかっただろうと思ったくらいです」
「他には、何か聞いてる? あいつのこと」
声のトーンが変わったのを感じ、微かに肌が粟立つ。
「あいつのこと、というのは」
「ごめん。質問がふんわりしすぎたな。直球で言うと、あいつとカメラのこと。君は、何か聞いてる?」
「……いいえ。詳しいことは何も。ただ、」
一瞬言い淀んだ後、意を決して言葉を続ける。
「カメラはもう撮らないって。自分が写真を撮ったら……人が死ぬって」
「……ったく。あの馬鹿」
谷が、苛立ちを隠さずに髪を掻く。
運転が荒くなってきた。思わず注意しそうになった矢先、車は近所の中堅書店の駐車場に入った。長い息を吐いた後、谷が「あー、駄目だ駄目だ」と苦笑を見せる。
「怒りに任せた運転して万一事故でも起こしたら、あいつに半殺しにされかねないからな。ひとまず、ここで話そうか」
小さく頷いた芽吹を見て、谷はしばらくぱらぱらと行き交う車と人を眺めていた。
「あいつはね、アマチュアからプロになるまで、人(モデル)は頑なに撮らないので有名だった。その方針でクライアントとぶつかったことも、数え切れないほどある」
「それは……どうして、ですか」
「あいつの両親は、2人とも亡くなってるだろ?」
ゆっくりと言葉の意味を咀嚼している様子の安達に、芽吹もそっと一息吐いて言葉を紡いでいく。
「それを知ったのは、安達先輩に息吹への恋愛感情を聞かれた、あの日の夜でした。それからずっとずっと、隙あらばそのことを考えて……悩んで。安達先輩にも心配をかけてしまいましたよね」
「……や。それはいい。いいん、だけど……」
「血の繋がりが、ない。ということは、ん?」まだ混乱が収まらない安達の両手を、芽吹はそっと繋いだ。
ようやく視線が絡み、心臓が緊張で震える。
「っ、め、ぶき?」
「先輩は、私に聞きましたよね。本当は、息吹に恋をしてるんじゃないかって」
「……聞いた、な」
「正直、先輩のその問いに、自分でもよくわからなくなりました」
繋いだ手に、知らずの内に力が籠もる。
「けれど」と芽吹は安達の瞳を見据えた。
「息吹と血の繋がりがないと知って──私、すごくショックだったんです」
吐露した思いに、目の前の瞳が微かに揺れた。
「私は息吹のことを大切に思っています。だけどそれは、唯一無二の、兄としてです」
「っ……」
「色々と悩ませて、不快な思いばかりさせてしまって……本当にすみません。でも、ようやく先輩の質問に答えられると思ったので、どうしても伝えたくて」
「え、と。それって、つまり……」
その瞬間だった。
耳をつんざくようなクラクションの音が、2人の取り巻く空気を一掃する。
ほとんど同時に振り返った先に停まったのは、真っ赤な外国車だった。安達は眉を寄せ、芽吹は既視感を覚える。
「よさそうな雰囲気の中ごめんね。でも、こっちも時間が迫ってる身だからさ」
似た車のチョイスは、この人が息吹の相棒たる所以なのだろうか。
「誰だよオッサン」
「……え、オッサン?」
「大丈夫です先輩。この人は一応、面識はありますから」
昨夜、家の前で一度だけ。と心の中で付け足す。
小さな声で「オッサン……」と繰り返している姿に、少しだけ毒気を抜かれそうになる。
それでも何とか流されそうになる空気を振り払った後、促されるままに助手席に乗り込んだ。
心配をありありと浮かべる安達に笑顔を見せ、また明日と手を振る。
結局先輩には、また新たな心配をかけてしまった。でもごめんなさい。背に腹は代えられない。
この人に時間が迫っているというのなら、私自身にも同じように、決断の時間が迫っているのだから。
「まさか、本当に車に乗ってくれるとは思わなかったな」
運転席で明るく話す谷は、昨日よりも幾分か見てくれが小綺麗な印象を受けた。
長い金髪は前髪も全て後ろにまとめられ、服装もさっぱりと整えられている。
きっと昨日はこちらに到着してすぐに、来宮家の住所へ向かったのだろう。ホテルに真っ先に預けるはずの大きすぎる荷物が傍らにあったことを思い出す。
「もしも不審者として通報されないで済むのなら、少し遠回りをしたいんだけど、いいかな?」
「はい。私もそのつもりです」
「……聞きわけがよくて非常に助かるけれど、男への警戒心は持っておいて損はないよ?」
「谷さんにはその必要がないって、私が判断しているだけです」
本音を言えば、ほぼ初対面の男性と密室空間に2人きりはどうしたって居心地が悪い。
それでも、この期を逃してはいけないと思った。
息吹の相棒だった人。自分の知らない息吹を知っている人。そしてきっと、息吹のカメラに対する葛藤を知っている人。
この人と話をしたかった。そして納得しなければいけない。
この人に、息吹を託してもいいのかどうかを。
「聡明な目。あいつとは、まるで真逆だ」
赤信号で止まった間を突いて、谷は芽吹の顔を覗き込んだ。
まるで一瞬の時を切り取りに来た眼差しに、心臓が大きく跳ねる。
「でも、頑固そうなところは似てるかな」
「あ。青信号だ」さらっと言われた単語を咀嚼する前に、再び車が動き出す。食えない人だ。でもどこか憎みきれない。
「昨日はごめんね。兄貴を急に殴りつけられて、驚かせちゃったよな」
「いえ、あの後事情を聞きましたから。仕事も何もかも放って帰国した相手に、1発じゃ足りなかっただろうと思ったくらいです」
「他には、何か聞いてる? あいつのこと」
声のトーンが変わったのを感じ、微かに肌が粟立つ。
「あいつのこと、というのは」
「ごめん。質問がふんわりしすぎたな。直球で言うと、あいつとカメラのこと。君は、何か聞いてる?」
「……いいえ。詳しいことは何も。ただ、」
一瞬言い淀んだ後、意を決して言葉を続ける。
「カメラはもう撮らないって。自分が写真を撮ったら……人が死ぬって」
「……ったく。あの馬鹿」
谷が、苛立ちを隠さずに髪を掻く。
運転が荒くなってきた。思わず注意しそうになった矢先、車は近所の中堅書店の駐車場に入った。長い息を吐いた後、谷が「あー、駄目だ駄目だ」と苦笑を見せる。
「怒りに任せた運転して万一事故でも起こしたら、あいつに半殺しにされかねないからな。ひとまず、ここで話そうか」
小さく頷いた芽吹を見て、谷はしばらくぱらぱらと行き交う車と人を眺めていた。
「あいつはね、アマチュアからプロになるまで、人(モデル)は頑なに撮らないので有名だった。その方針でクライアントとぶつかったことも、数え切れないほどある」
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