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第7話 写真はもうない
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2つ目は、安達に対するこの態度だ。
まるで空気のように避け続けていたお互いへの態度が、あの事件以来、無事に着地点を見出したらしい。
安達もその変化に自然と乗っている。部内のぎこちない空気は解消されつつあった。
「『まだ』って言ってる時点で駄目なんだよ、お前は」
百合の対安達の辛辣な言動に、田沼は気分を良くしたらしい。
2人揃って彼をいじり倒している光景に、選手たちも自然と集まってきた。
「なになに、安達先輩いじり? 俺たちも混ざっていいっすか!」
「いきいき集うんじゃねーっつの。先輩いじめてそんな楽しいか!」
「だーって安達先輩が手を変え品を変え来宮にアタックしてんのみてると、なんかこの辺がス―ってするんすよねえ」
「なんで俺の悩みがお前らの爽快感に繋がってんだ、こら」
「あ、ははは……」
監督不在もあって、今日は少しだけ空気が軽い。
すっかり取り囲まれた部員たちに、芽吹は愛想笑いを引きつらせた。こういう話題をどう流すのが正解なのか、芽吹はいまだに政界を模索し続けている。
流す、という選択自体が、正しいのかもわからないまま。
「てゆーかぶっちゃけさ、来宮は安達先輩のことどう思ってるの?」
「えっ」
そして今日は、そもそも流す戦法では逃げ切れないらしい。
唐突に飛んできた流れ弾に、周囲の部員たちは嬉しそうに耳を澄ませるのを感じた。
「おいおいお前、それを聞いちゃ駄目だろ」
「いやでも確かに、結構気になるところだよな」
「モテ過ぎて困るくらいのエース安達を腑抜けにする女子、来宮の本心はいずこ? ……みたいな?」
「ふ、腑抜けって、そんなことは」
嬉しそうに言葉を重ねてくる部員たちに、たまらず首を大きく振る。
すると次には、広い背中が芽吹の日除けのようにすっぽり隠した。
「っ、安達先輩」
「だーかーら。お前らが来宮困らせてどうすんだよ。来宮を困らせるのは俺の専売特許なんですー」
「ははっ、すんません」
「そんなこと言って、安達先輩だって本当はドキドキしながら聞いてたんじゃないんすか?」
「んー、まあな。でも」
ちらりとこちらに視線を向けた安達が、柔らかく目を細める。
「押せ押せで頷いてもらっても意味なんてねーよ。だったら、こいつのペースに合わせて、気長に待つしかねーだろ?」
「……っ」
「ヒュウ! 安達先輩、男前―!」外野が花を咲かせるように盛り上がる。そんな中、1人取り残されたように口をつぐむ芽吹は、うるさく逸る心臓をぎゅっと抑えていた。
これ以上の追及をさらっと断じた後、安達の視線が再びこちらを向く。
「あ、安達先輩。その、庇ってくださって、ありがとうございました」
「んーん。あんな冷やかしで、お前の気持ちを聞きたくなかったし」
「はあ」
「ただ、本音を言えば――」
「……あれ。あそこにいるのって、誰かの父兄?」
部員の誰かがネット裏を指さし、他の部員もそれに倣う。言葉を途中で切った安達と芽吹も、その方向に目を向けた。
金網にネットが重ねられた向こう側には、確かに誰かの姿があった。制服ともスーツともユニフォームとも違う、あの、立ち姿は――。
「いんや。ありゃあの人じゃん。購買の――」
「っ、ちょ、すみません」
こちらに小さく手を振る兄に、芽吹は一目散に駆け寄った。部員からの痛いほどの視線を受けながら。
「やっほ。お疲れ様、マネージャーさん」
「お疲れ様、じゃないよ。なんでこんなところに」
嬉しそうに出迎える息吹に、芽吹は肩で溜め息を吐く。
「うーん。妹が日ごろ頑張っている部活動の様子を、ちょっと視察に?」
「暇人か。仕事終わったならさっさと帰れ」
「いや、実はこれから少しだけ用事。奈津美ちゃんとね」
「奈津美と?」
奈津美は確か、今日は委員会があるって言っていた。
「ん。その委員会の後、カメラのこと相談に乗ってほしいんだって。それが終わったら、先に帰るよ」
「ん。わかった」
「じゃね」
軽く手を振り去っていく背中を眺める。
息吹に、奈津美との噂のことを耳打ちしようか迷って、やめた。
自然に息吹自身の耳にも入るだろうし、あの2人がその噂でどうこうなるとも思えない。
1人結論付けた芽吹は、再びネットをくぐり元居た位置に戻る。
「すみません。……? どうか、しましたか」
「あー……いや。多分大したことじゃないんだけど」
瞬時に感じ取った違和感に、困ったように答えたのは田沼だ。
先ほどとほとんど変わらない人だかりが残る中、誰かがいないことに気づく。
「えっと、安達先輩は」
「すごい顔してたよ。ありゃあんたのせいだね」
「は。私の?」
「倉重」
ジト目で加わる百合を、田沼が制止する。
「違うんすよ。俺が言ったことが、ちょっと気に障ったらしくて」
一歩歩み出て、1年部員の1人が申し訳なさそうに話す。
芽吹が兄の方へ駆けて行ったあと、「ああ、あれは購買のイブさんじゃないか」と視線は途切れずにいたらしい。
「来宮と知り合いなのか」「どうしてグラウンドに」等の疑問が飛び交うも、芽吹の兄という発言は、安達の口からは出なかったらしい。
「あ、そういやイブさん、他の女子生徒と噂上がってよなあ。もしかして、来宮も狙われてる?」
「……ばーか。噂は噂だろ。踊らされんな」
「そんなこと言ってー。安達先輩も気になってんでしょー」
「っていうか、俺ずっと思ってたんすけど」
安達先輩と購買のイブさんって、どこか面影が似てません?
「……は?」
「あーそれ、俺も思ってた。ちょっと茶色がかった髪とか、背が高いところとか?」
「いんや、俺が言いたいのは雰囲気。何つーか、人怖じしない感じつーか、懐っこい癖にあっさりかわす、みたいなところがさ」
「飄々としてるとこな。確かに言われてみりゃ、安達先輩にも当てはまるかもなあ」
話が過熱する中、安達はまっすぐに芽吹と息吹の姿を見つめていたらしい。
「おい、安達?」
「……へえ」
そういうことかよ。
消え入りそうな言葉からは、安達の感情は容易に汲み取れなかった。
気づけば安達は話の輪から離れ、逆側の入り口から出て行った。恐らくいつものピッチャーランニングに出たのだろう。しかし、いつも使う通路とは逆からグラウンドを出て行った。
芽吹と息吹が、いない側の通路から。
まるで空気のように避け続けていたお互いへの態度が、あの事件以来、無事に着地点を見出したらしい。
安達もその変化に自然と乗っている。部内のぎこちない空気は解消されつつあった。
「『まだ』って言ってる時点で駄目なんだよ、お前は」
百合の対安達の辛辣な言動に、田沼は気分を良くしたらしい。
2人揃って彼をいじり倒している光景に、選手たちも自然と集まってきた。
「なになに、安達先輩いじり? 俺たちも混ざっていいっすか!」
「いきいき集うんじゃねーっつの。先輩いじめてそんな楽しいか!」
「だーって安達先輩が手を変え品を変え来宮にアタックしてんのみてると、なんかこの辺がス―ってするんすよねえ」
「なんで俺の悩みがお前らの爽快感に繋がってんだ、こら」
「あ、ははは……」
監督不在もあって、今日は少しだけ空気が軽い。
すっかり取り囲まれた部員たちに、芽吹は愛想笑いを引きつらせた。こういう話題をどう流すのが正解なのか、芽吹はいまだに政界を模索し続けている。
流す、という選択自体が、正しいのかもわからないまま。
「てゆーかぶっちゃけさ、来宮は安達先輩のことどう思ってるの?」
「えっ」
そして今日は、そもそも流す戦法では逃げ切れないらしい。
唐突に飛んできた流れ弾に、周囲の部員たちは嬉しそうに耳を澄ませるのを感じた。
「おいおいお前、それを聞いちゃ駄目だろ」
「いやでも確かに、結構気になるところだよな」
「モテ過ぎて困るくらいのエース安達を腑抜けにする女子、来宮の本心はいずこ? ……みたいな?」
「ふ、腑抜けって、そんなことは」
嬉しそうに言葉を重ねてくる部員たちに、たまらず首を大きく振る。
すると次には、広い背中が芽吹の日除けのようにすっぽり隠した。
「っ、安達先輩」
「だーかーら。お前らが来宮困らせてどうすんだよ。来宮を困らせるのは俺の専売特許なんですー」
「ははっ、すんません」
「そんなこと言って、安達先輩だって本当はドキドキしながら聞いてたんじゃないんすか?」
「んー、まあな。でも」
ちらりとこちらに視線を向けた安達が、柔らかく目を細める。
「押せ押せで頷いてもらっても意味なんてねーよ。だったら、こいつのペースに合わせて、気長に待つしかねーだろ?」
「……っ」
「ヒュウ! 安達先輩、男前―!」外野が花を咲かせるように盛り上がる。そんな中、1人取り残されたように口をつぐむ芽吹は、うるさく逸る心臓をぎゅっと抑えていた。
これ以上の追及をさらっと断じた後、安達の視線が再びこちらを向く。
「あ、安達先輩。その、庇ってくださって、ありがとうございました」
「んーん。あんな冷やかしで、お前の気持ちを聞きたくなかったし」
「はあ」
「ただ、本音を言えば――」
「……あれ。あそこにいるのって、誰かの父兄?」
部員の誰かがネット裏を指さし、他の部員もそれに倣う。言葉を途中で切った安達と芽吹も、その方向に目を向けた。
金網にネットが重ねられた向こう側には、確かに誰かの姿があった。制服ともスーツともユニフォームとも違う、あの、立ち姿は――。
「いんや。ありゃあの人じゃん。購買の――」
「っ、ちょ、すみません」
こちらに小さく手を振る兄に、芽吹は一目散に駆け寄った。部員からの痛いほどの視線を受けながら。
「やっほ。お疲れ様、マネージャーさん」
「お疲れ様、じゃないよ。なんでこんなところに」
嬉しそうに出迎える息吹に、芽吹は肩で溜め息を吐く。
「うーん。妹が日ごろ頑張っている部活動の様子を、ちょっと視察に?」
「暇人か。仕事終わったならさっさと帰れ」
「いや、実はこれから少しだけ用事。奈津美ちゃんとね」
「奈津美と?」
奈津美は確か、今日は委員会があるって言っていた。
「ん。その委員会の後、カメラのこと相談に乗ってほしいんだって。それが終わったら、先に帰るよ」
「ん。わかった」
「じゃね」
軽く手を振り去っていく背中を眺める。
息吹に、奈津美との噂のことを耳打ちしようか迷って、やめた。
自然に息吹自身の耳にも入るだろうし、あの2人がその噂でどうこうなるとも思えない。
1人結論付けた芽吹は、再びネットをくぐり元居た位置に戻る。
「すみません。……? どうか、しましたか」
「あー……いや。多分大したことじゃないんだけど」
瞬時に感じ取った違和感に、困ったように答えたのは田沼だ。
先ほどとほとんど変わらない人だかりが残る中、誰かがいないことに気づく。
「えっと、安達先輩は」
「すごい顔してたよ。ありゃあんたのせいだね」
「は。私の?」
「倉重」
ジト目で加わる百合を、田沼が制止する。
「違うんすよ。俺が言ったことが、ちょっと気に障ったらしくて」
一歩歩み出て、1年部員の1人が申し訳なさそうに話す。
芽吹が兄の方へ駆けて行ったあと、「ああ、あれは購買のイブさんじゃないか」と視線は途切れずにいたらしい。
「来宮と知り合いなのか」「どうしてグラウンドに」等の疑問が飛び交うも、芽吹の兄という発言は、安達の口からは出なかったらしい。
「あ、そういやイブさん、他の女子生徒と噂上がってよなあ。もしかして、来宮も狙われてる?」
「……ばーか。噂は噂だろ。踊らされんな」
「そんなこと言ってー。安達先輩も気になってんでしょー」
「っていうか、俺ずっと思ってたんすけど」
安達先輩と購買のイブさんって、どこか面影が似てません?
「……は?」
「あーそれ、俺も思ってた。ちょっと茶色がかった髪とか、背が高いところとか?」
「いんや、俺が言いたいのは雰囲気。何つーか、人怖じしない感じつーか、懐っこい癖にあっさりかわす、みたいなところがさ」
「飄々としてるとこな。確かに言われてみりゃ、安達先輩にも当てはまるかもなあ」
話が過熱する中、安達はまっすぐに芽吹と息吹の姿を見つめていたらしい。
「おい、安達?」
「……へえ」
そういうことかよ。
消え入りそうな言葉からは、安達の感情は容易に汲み取れなかった。
気づけば安達は話の輪から離れ、逆側の入り口から出て行った。恐らくいつものピッチャーランニングに出たのだろう。しかし、いつも使う通路とは逆からグラウンドを出て行った。
芽吹と息吹が、いない側の通路から。
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