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第6話 兄妹は復唱する
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「……っっ」
ぞくり、と背筋に痺れが走る。
反射的に距離を取った芽吹に、安達は至極嬉しそうに白い歯を剥いた。
「はは。なんで飛び退くんだよ。ご所望通りに感想を言ってやっただけだろ?」
「そ、そんな甘い口調で言う必要はありません……!」
「どんな口調で言おうと俺の勝手だろー。それに、好きな子に頼りにされてんだし。少しは浮かれても許されんじゃね?」
もはや恒例になりつつある安達の告白めいた言葉に、芽吹の心臓が大きく揺す振られた。
その言葉を耳にするたびに、どうしていいのかわからなくなる。
嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、困惑する気持ちと、耳を塞ぎたくなる気持ち。あまりに不慣れな感情が一気に押し寄せて、調子がどうしても崩れてしまう。
そして――それを予測できるというのに、こうして再び安達と接点を持ってしまう自分が、芽吹は1番不思議だった。
「あーだーちー。てめーは、部活外でもマネージャーを困らせてんじゃねーよ!」
「げ。2人の世界を邪魔する奴が来たー」
「田沼先輩」
野球部で現在の正捕手である田沼が、廊下の向こうから超スピードでやってくる。
「安達の保護者」として監督たちから頼りにされているだけあって、真っ先に口に出たのは芽吹への謝罪だった。
「すまん来宮、この馬鹿を野放しにして。怪我はないか。精神的な意味で」
「おいおい。マウンド上のパートナーに向かってそりゃないんじゃねーの、田沼」
「るっせーよ馬鹿しゃべんな。またマネージャー辞めてほしくなけりゃ少しは行動を慎め」
「酷!」
「あ、違うんです。安達先輩に話があったのは、私の方で」
「話? ……って、何だ、この写真」
安達を拘束する形で組みかかっていた田沼が、その手に見つけた写真に気づく。
「へえ。これ写ってるの、来宮だよな?」
「あ、その、はい」
「すげー……。いい写真だな。綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
田沼はもともとチームの要の役割ということもあってか、気遣いのプロだと芽吹は思っている。
さらりと投げかけられた褒め言葉に、芽吹は慌てて頭を下げた。するとほぼ同時に、安達が田沼の視線を塞ぐように写真を後ろ手に隠す。
「どうしてお前が褒めんだよ。見んな」
「……写真にも嫉妬かよ。見苦しいぞ」
「うっせ。いいからあっち行け」
しっし、と手を払う安達に、呆れ顔の田沼は退散した。安達が芽吹に、危害を与えていないと判断したんだろう。
「……」
「……あの、安達先輩?」
「お前、さ」
今度は田沼にも、同じ頼みごとをしに行くのかよ。
安達らしくない、冷たい口調だった。それに気づいたのは、安達自身も同じだったらしい。
互いに何か口にしようとした瞬間、階段を上がってきた教師に教室に戻るように告げられる。
なんてタイミングの悪い。結局その後の言葉を続けられないまま、芽吹と安達はともに自分の教室へ戻っていった。
「あーだーちー。今はあんたと面倒ごと起こしてる場合じゃねーんだよイケメントラブルメーカーがあ!」
「奈津美、暴言が過ぎる。抑えて」
まるで先ほどの正捕手が乗りうつったかのような友人の姿に、クラス中の視線が刺さる。その元凶になった芽吹は、当然恐縮しきりだった。
「だから違うんだって。完全に私が押し掛けたことだから。安達先輩が悪いわけじゃ」
「おかしなヤキモチ焼いて気まずい感じのまま芽吹の顔色をさらに悪くさせて解き放ったのは他でもない奴なわけでしょおお?」
「や、ヤキモチ……」
「奈津美、暴言が過ぎる。抑えて。ひとまずこれ食べて」
言葉で解決しないと悟ったらしい。弁当のお稲荷さんをすくうと、華は奈津美の口に蓋をした。
「でも、芽吹が悩んでるなら、早めに解決した方がいい。きっと、先輩もそう思ってる」
「そう、だよね」
でも、何をどうすれば解決するんだろう。
何かフォローする言葉をかけたらいいんだろうか。でも、わざわざ話を蒸し返すのも、かえって気を悪くさせてしまうかもしれない。彼女でもないのに出過ぎた真似ではないだろうか。
いや、そもそも先輩後輩の関係で、私が先輩に甘えすぎた?
自分が何をすべきかわからないまま、芽吹は昼休みの時間を使って再び2年生の教室を訪れた。
しかし、安達の姿はどこにもない。
「安達? ああ、あいつならさっき田沼と一緒に来たけどなあ」
「ああ。たぶん向こうのクラスに行ってるな」
「え、安達? さっきまでいたけど、今はたぶん購買じゃね?」
野球部員の先輩にことごとく安達の行方を聞きながら、芽吹は購買に向かう。
その背中を、部員たちは意味ありげに見つめる。
彼らから、「大変だなー」といういつもの視線とは違う、別の視線を送られていることに、芽吹は気づかない。
「安達先輩!」
購買にたどり着く直前の廊下で目当ての人物を見つけ、思わず声を上げた。
「あの、ちょっとお話が」
「……っ、待て!」
ぞくり、と背筋に痺れが走る。
反射的に距離を取った芽吹に、安達は至極嬉しそうに白い歯を剥いた。
「はは。なんで飛び退くんだよ。ご所望通りに感想を言ってやっただけだろ?」
「そ、そんな甘い口調で言う必要はありません……!」
「どんな口調で言おうと俺の勝手だろー。それに、好きな子に頼りにされてんだし。少しは浮かれても許されんじゃね?」
もはや恒例になりつつある安達の告白めいた言葉に、芽吹の心臓が大きく揺す振られた。
その言葉を耳にするたびに、どうしていいのかわからなくなる。
嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、困惑する気持ちと、耳を塞ぎたくなる気持ち。あまりに不慣れな感情が一気に押し寄せて、調子がどうしても崩れてしまう。
そして――それを予測できるというのに、こうして再び安達と接点を持ってしまう自分が、芽吹は1番不思議だった。
「あーだーちー。てめーは、部活外でもマネージャーを困らせてんじゃねーよ!」
「げ。2人の世界を邪魔する奴が来たー」
「田沼先輩」
野球部で現在の正捕手である田沼が、廊下の向こうから超スピードでやってくる。
「安達の保護者」として監督たちから頼りにされているだけあって、真っ先に口に出たのは芽吹への謝罪だった。
「すまん来宮、この馬鹿を野放しにして。怪我はないか。精神的な意味で」
「おいおい。マウンド上のパートナーに向かってそりゃないんじゃねーの、田沼」
「るっせーよ馬鹿しゃべんな。またマネージャー辞めてほしくなけりゃ少しは行動を慎め」
「酷!」
「あ、違うんです。安達先輩に話があったのは、私の方で」
「話? ……って、何だ、この写真」
安達を拘束する形で組みかかっていた田沼が、その手に見つけた写真に気づく。
「へえ。これ写ってるの、来宮だよな?」
「あ、その、はい」
「すげー……。いい写真だな。綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
田沼はもともとチームの要の役割ということもあってか、気遣いのプロだと芽吹は思っている。
さらりと投げかけられた褒め言葉に、芽吹は慌てて頭を下げた。するとほぼ同時に、安達が田沼の視線を塞ぐように写真を後ろ手に隠す。
「どうしてお前が褒めんだよ。見んな」
「……写真にも嫉妬かよ。見苦しいぞ」
「うっせ。いいからあっち行け」
しっし、と手を払う安達に、呆れ顔の田沼は退散した。安達が芽吹に、危害を与えていないと判断したんだろう。
「……」
「……あの、安達先輩?」
「お前、さ」
今度は田沼にも、同じ頼みごとをしに行くのかよ。
安達らしくない、冷たい口調だった。それに気づいたのは、安達自身も同じだったらしい。
互いに何か口にしようとした瞬間、階段を上がってきた教師に教室に戻るように告げられる。
なんてタイミングの悪い。結局その後の言葉を続けられないまま、芽吹と安達はともに自分の教室へ戻っていった。
「あーだーちー。今はあんたと面倒ごと起こしてる場合じゃねーんだよイケメントラブルメーカーがあ!」
「奈津美、暴言が過ぎる。抑えて」
まるで先ほどの正捕手が乗りうつったかのような友人の姿に、クラス中の視線が刺さる。その元凶になった芽吹は、当然恐縮しきりだった。
「だから違うんだって。完全に私が押し掛けたことだから。安達先輩が悪いわけじゃ」
「おかしなヤキモチ焼いて気まずい感じのまま芽吹の顔色をさらに悪くさせて解き放ったのは他でもない奴なわけでしょおお?」
「や、ヤキモチ……」
「奈津美、暴言が過ぎる。抑えて。ひとまずこれ食べて」
言葉で解決しないと悟ったらしい。弁当のお稲荷さんをすくうと、華は奈津美の口に蓋をした。
「でも、芽吹が悩んでるなら、早めに解決した方がいい。きっと、先輩もそう思ってる」
「そう、だよね」
でも、何をどうすれば解決するんだろう。
何かフォローする言葉をかけたらいいんだろうか。でも、わざわざ話を蒸し返すのも、かえって気を悪くさせてしまうかもしれない。彼女でもないのに出過ぎた真似ではないだろうか。
いや、そもそも先輩後輩の関係で、私が先輩に甘えすぎた?
自分が何をすべきかわからないまま、芽吹は昼休みの時間を使って再び2年生の教室を訪れた。
しかし、安達の姿はどこにもない。
「安達? ああ、あいつならさっき田沼と一緒に来たけどなあ」
「ああ。たぶん向こうのクラスに行ってるな」
「え、安達? さっきまでいたけど、今はたぶん購買じゃね?」
野球部員の先輩にことごとく安達の行方を聞きながら、芽吹は購買に向かう。
その背中を、部員たちは意味ありげに見つめる。
彼らから、「大変だなー」といういつもの視線とは違う、別の視線を送られていることに、芽吹は気づかない。
「安達先輩!」
購買にたどり着く直前の廊下で目当ての人物を見つけ、思わず声を上げた。
「あの、ちょっとお話が」
「……っ、待て!」
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