芽吹と息吹~生き別れ三十路兄と私のつぎはぎな数か月間~

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行

文字の大きさ
上 下
27 / 63
第5話 最後の写真

(5)

しおりを挟む
 6時間目のチャイムが鳴り響く中、芽吹たちは揃って屋上に足を踏み入れていた。
「あの、めっちゃサボりだけど、いいの?」
「うん。いいよ」
「そだね。どのみちあんたのそんな顔見た後じゃ、授業なんて頭に入らないし」
「っ……」
 2人の柔らかな笑みに、胸が情けなく湿り気を帯びる。大好きだ、本当に。
 屋上の塔屋に並んで背を預ける。遠くから迫る秋の香りがした。
「んで? いったい何がどうしたわけ? この際、全部白状しなさいよ」
「全部……」
 その単語に、思いがけずドキッとする。
 実は2人には、相談しておきながら報告していないことが2つあった。
 1つ目は、例の嫌がらせ騒動の主犯が百合だったこと。2つ目は、その後の起こった保健室での出来事。
 前者はもともと百合嫌いの奈津美が鬼と化して隣クラスに乗り込みかねない。後者はそれこそ、どんな反応が返ってくるのかまるでわからなかったからだ。
 2人に嫌われる勇気は、芽吹はどうしても持つことができなかった。
「……はいはい。わかった私が悪かった語弊があったからそんなしょぼくれないでよっ」
 いつの間にか俯いていた芽吹の頭を、奈津美の手のひらが乱暴に撫でる。
「言いたくないことまで、無理に聞くつもりはないって。ただ、あんたが今そんな頭を抱えてることくらい、分けてくれてもいいんじゃないかってこと!」
「……ね。もしかして、お兄さんのこと?」
 静かな華の指摘に、芽吹ははっと目を見開いた。
「そうなの? 華、よくわかったね」
「芽吹がこんな風に悩むのって、自分のことじゃなくて、人のことだと思ったから」
 こういう時、華の第六感の鋭さは他の追随を許さない。「なるほど」と奈津美も頷く。
「んで? 今度は何をしでかしたのよ、あんたのお兄様」
「しでかしたというか、私がただ、勝手に落ち込んでるだけなんだけどー―」
 そう前置きをした芽吹は、先ほど保健室で小笠原から聞いたことを説明した。
「……うっそ。芽吹のお兄さんが、プロのカメラマン?」
 一通り話し終えると、もともと大きな奈津美の目が、さらに丸く見開かれた。
「すごいね。外国で、ずっとカメラマンをしてたってこと?」
「え、もしかしてネットでも写真が出てきたりすんのかな?」
「そう思って私もさっき検索かけてたんだけど、全然ヒットしなくて」
「それで授業中も、検索の虫になってたってわけね」
 溜め息をつき、奈津美が自身のスマホを取り出す。
「芽吹、どうやって検索してた?」
「え。どうやってって? えっと、検索ワードに『カメラマン』って」
「あほーう」
 額に手を当て、奈津美が洩らす。
「検索ワードはね、3つくらい見繕って突っ込むのが1番効率良いんだって。例えば今回でいうと、『カメラマン』『息吹』『外国』とか……、!」
「え、出た?」
 奈津美のスマホ画面に、芽吹と華が集う。
 瞬間、芽吹の目には、画面に映された以上の光景が広がった。
 頭の中にバチバチと回路が繋がって、そのパワーに圧倒されて、しばらく呼吸を忘れる。写真の美しさだけではない。
 リビングで最も引き伸ばされた写真と、同じ写真だった。
「すごいね」
「うん、きれい」
「……ほんとに、息吹が?」
 ほとんど確信していても、どこか信じられない。いや、これは信じたくないのか。
 私の知らない息吹が、目の前に広がって、とても手を出せないほどだった。
「撮影者の写真は出てないね。でも、東海林息吹なんて、そうそういないでしょ」
 スマホ画面に広がる写真は、主に風景写真だった。
 青く澄んだ空、紅蓮の落ち日に照らされる大地、つぶらな瞳で休息をとる野生動物。
 ああ、どれもこれも、見覚えのある写真ばかりだ。
「いや、本当にすごいよ。芽吹のお兄さんにこんな才能があるなんて」
「ん、そうだね。でも」
 それならどうして、カメラは嫌いなんて言うんだろう。
 やっぱり、カメラマンをしている時に何かあったのか。それこそ、芽吹がおよそ立ち入れないような、大きな出来事が。
 息吹のことを知りたいという気持ちが強まる一方で、それに触れることに一層の恐怖心が湧き出る。
 もしかしたらこのまま、前職のことは知らないていを通したほうがいいのかもしれない。
「芽吹、私、気に入っちゃったな」
「え?」
「これも何かの縁だしさ。お兄さんに是非、私の写真撮影の指南役になってほしいって頼んでみてよ」
「……はあああ?」
 にんまり笑う奈津美に、芽吹は素っ頓狂な声を上げる。どうやら彼女は本気のようだ。
「いやでも、言ったよね。息吹はカメラが嫌いって言ってたし」
「未来ある若者の夢を応援すべく技術指南をするのは、大人の責務よ」
「いやいや、それっぽいこと言ってるけど、とてもそんなこと言いだせる空気じゃないからね」
「もしも触れてほしくない話なら、そもそも息吹さんだって、芽吹に話してないんじゃない?」
 急なトーンダウンに、一瞬怯む。
 すぐにまた笑顔に戻った奈津美に、華も同調するように頷いた。
「話だけでもしてみたら、どうかな。本当にだめなら、きっと息吹さん、断ってくる。それで終わり」
「で、でも」
「芽吹も、知りたいんでしょう? 息吹さんのこと」
 その言葉に、胸がきゅっと苦しくなる。
 散髪しても癖の残る、ふわふわ落ち着かない髪の毛。柔らかく細められる瞳。
 全身全霊の愛情をかけて「芽吹」と呼ぶ声。
 華の穏やかな指摘に、芽吹は無言で頷いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

CV:派遣社員 人工知能の中の人

楠樹暖
ライト文芸
試験運用が始まった人工知能ボイスチャットサービスTalk‐AI。 しかし開発が間に合わず、コールセンターで働く派遣社員5人が人工知能の代わりをすることに。 人工知能キャラを演じるキサは一聞き惚れした男性とお近づきになろうとあの手この手を繰り広げる。 キサの恋は実るのか!? 全5話+エピローグ

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...