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第5話 最後の写真
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6時間目のチャイムが鳴り響く中、芽吹たちは揃って屋上に足を踏み入れていた。
「あの、めっちゃサボりだけど、いいの?」
「うん。いいよ」
「そだね。どのみちあんたのそんな顔見た後じゃ、授業なんて頭に入らないし」
「っ……」
2人の柔らかな笑みに、胸が情けなく湿り気を帯びる。大好きだ、本当に。
屋上の塔屋に並んで背を預ける。遠くから迫る秋の香りがした。
「んで? いったい何がどうしたわけ? この際、全部白状しなさいよ」
「全部……」
その単語に、思いがけずドキッとする。
実は2人には、相談しておきながら報告していないことが2つあった。
1つ目は、例の嫌がらせ騒動の主犯が百合だったこと。2つ目は、その後の起こった保健室での出来事。
前者はもともと百合嫌いの奈津美が鬼と化して隣クラスに乗り込みかねない。後者はそれこそ、どんな反応が返ってくるのかまるでわからなかったからだ。
2人に嫌われる勇気は、芽吹はどうしても持つことができなかった。
「……はいはい。わかった私が悪かった語弊があったからそんなしょぼくれないでよっ」
いつの間にか俯いていた芽吹の頭を、奈津美の手のひらが乱暴に撫でる。
「言いたくないことまで、無理に聞くつもりはないって。ただ、あんたが今そんな頭を抱えてることくらい、分けてくれてもいいんじゃないかってこと!」
「……ね。もしかして、お兄さんのこと?」
静かな華の指摘に、芽吹ははっと目を見開いた。
「そうなの? 華、よくわかったね」
「芽吹がこんな風に悩むのって、自分のことじゃなくて、人のことだと思ったから」
こういう時、華の第六感の鋭さは他の追随を許さない。「なるほど」と奈津美も頷く。
「んで? 今度は何をしでかしたのよ、あんたのお兄様」
「しでかしたというか、私がただ、勝手に落ち込んでるだけなんだけどー―」
そう前置きをした芽吹は、先ほど保健室で小笠原から聞いたことを説明した。
「……うっそ。芽吹のお兄さんが、プロのカメラマン?」
一通り話し終えると、もともと大きな奈津美の目が、さらに丸く見開かれた。
「すごいね。外国で、ずっとカメラマンをしてたってこと?」
「え、もしかしてネットでも写真が出てきたりすんのかな?」
「そう思って私もさっき検索かけてたんだけど、全然ヒットしなくて」
「それで授業中も、検索の虫になってたってわけね」
溜め息をつき、奈津美が自身のスマホを取り出す。
「芽吹、どうやって検索してた?」
「え。どうやってって? えっと、検索ワードに『カメラマン』って」
「あほーう」
額に手を当て、奈津美が洩らす。
「検索ワードはね、3つくらい見繕って突っ込むのが1番効率良いんだって。例えば今回でいうと、『カメラマン』『息吹』『外国』とか……、!」
「え、出た?」
奈津美のスマホ画面に、芽吹と華が集う。
瞬間、芽吹の目には、画面に映された以上の光景が広がった。
頭の中にバチバチと回路が繋がって、そのパワーに圧倒されて、しばらく呼吸を忘れる。写真の美しさだけではない。
リビングで最も引き伸ばされた写真と、同じ写真だった。
「すごいね」
「うん、きれい」
「……ほんとに、息吹が?」
ほとんど確信していても、どこか信じられない。いや、これは信じたくないのか。
私の知らない息吹が、目の前に広がって、とても手を出せないほどだった。
「撮影者の写真は出てないね。でも、東海林息吹なんて、そうそういないでしょ」
スマホ画面に広がる写真は、主に風景写真だった。
青く澄んだ空、紅蓮の落ち日に照らされる大地、つぶらな瞳で休息をとる野生動物。
ああ、どれもこれも、見覚えのある写真ばかりだ。
「いや、本当にすごいよ。芽吹のお兄さんにこんな才能があるなんて」
「ん、そうだね。でも」
それならどうして、カメラは嫌いなんて言うんだろう。
やっぱり、カメラマンをしている時に何かあったのか。それこそ、芽吹がおよそ立ち入れないような、大きな出来事が。
息吹のことを知りたいという気持ちが強まる一方で、それに触れることに一層の恐怖心が湧き出る。
もしかしたらこのまま、前職のことは知らないていを通したほうがいいのかもしれない。
「芽吹、私、気に入っちゃったな」
「え?」
「これも何かの縁だしさ。お兄さんに是非、私の写真撮影の指南役になってほしいって頼んでみてよ」
「……はあああ?」
にんまり笑う奈津美に、芽吹は素っ頓狂な声を上げる。どうやら彼女は本気のようだ。
「いやでも、言ったよね。息吹はカメラが嫌いって言ってたし」
「未来ある若者の夢を応援すべく技術指南をするのは、大人の責務よ」
「いやいや、それっぽいこと言ってるけど、とてもそんなこと言いだせる空気じゃないからね」
「もしも触れてほしくない話なら、そもそも息吹さんだって、芽吹に話してないんじゃない?」
急なトーンダウンに、一瞬怯む。
すぐにまた笑顔に戻った奈津美に、華も同調するように頷いた。
「話だけでもしてみたら、どうかな。本当にだめなら、きっと息吹さん、断ってくる。それで終わり」
「で、でも」
「芽吹も、知りたいんでしょう? 息吹さんのこと」
その言葉に、胸がきゅっと苦しくなる。
散髪しても癖の残る、ふわふわ落ち着かない髪の毛。柔らかく細められる瞳。
全身全霊の愛情をかけて「芽吹」と呼ぶ声。
華の穏やかな指摘に、芽吹は無言で頷いた。
「あの、めっちゃサボりだけど、いいの?」
「うん。いいよ」
「そだね。どのみちあんたのそんな顔見た後じゃ、授業なんて頭に入らないし」
「っ……」
2人の柔らかな笑みに、胸が情けなく湿り気を帯びる。大好きだ、本当に。
屋上の塔屋に並んで背を預ける。遠くから迫る秋の香りがした。
「んで? いったい何がどうしたわけ? この際、全部白状しなさいよ」
「全部……」
その単語に、思いがけずドキッとする。
実は2人には、相談しておきながら報告していないことが2つあった。
1つ目は、例の嫌がらせ騒動の主犯が百合だったこと。2つ目は、その後の起こった保健室での出来事。
前者はもともと百合嫌いの奈津美が鬼と化して隣クラスに乗り込みかねない。後者はそれこそ、どんな反応が返ってくるのかまるでわからなかったからだ。
2人に嫌われる勇気は、芽吹はどうしても持つことができなかった。
「……はいはい。わかった私が悪かった語弊があったからそんなしょぼくれないでよっ」
いつの間にか俯いていた芽吹の頭を、奈津美の手のひらが乱暴に撫でる。
「言いたくないことまで、無理に聞くつもりはないって。ただ、あんたが今そんな頭を抱えてることくらい、分けてくれてもいいんじゃないかってこと!」
「……ね。もしかして、お兄さんのこと?」
静かな華の指摘に、芽吹ははっと目を見開いた。
「そうなの? 華、よくわかったね」
「芽吹がこんな風に悩むのって、自分のことじゃなくて、人のことだと思ったから」
こういう時、華の第六感の鋭さは他の追随を許さない。「なるほど」と奈津美も頷く。
「んで? 今度は何をしでかしたのよ、あんたのお兄様」
「しでかしたというか、私がただ、勝手に落ち込んでるだけなんだけどー―」
そう前置きをした芽吹は、先ほど保健室で小笠原から聞いたことを説明した。
「……うっそ。芽吹のお兄さんが、プロのカメラマン?」
一通り話し終えると、もともと大きな奈津美の目が、さらに丸く見開かれた。
「すごいね。外国で、ずっとカメラマンをしてたってこと?」
「え、もしかしてネットでも写真が出てきたりすんのかな?」
「そう思って私もさっき検索かけてたんだけど、全然ヒットしなくて」
「それで授業中も、検索の虫になってたってわけね」
溜め息をつき、奈津美が自身のスマホを取り出す。
「芽吹、どうやって検索してた?」
「え。どうやってって? えっと、検索ワードに『カメラマン』って」
「あほーう」
額に手を当て、奈津美が洩らす。
「検索ワードはね、3つくらい見繕って突っ込むのが1番効率良いんだって。例えば今回でいうと、『カメラマン』『息吹』『外国』とか……、!」
「え、出た?」
奈津美のスマホ画面に、芽吹と華が集う。
瞬間、芽吹の目には、画面に映された以上の光景が広がった。
頭の中にバチバチと回路が繋がって、そのパワーに圧倒されて、しばらく呼吸を忘れる。写真の美しさだけではない。
リビングで最も引き伸ばされた写真と、同じ写真だった。
「すごいね」
「うん、きれい」
「……ほんとに、息吹が?」
ほとんど確信していても、どこか信じられない。いや、これは信じたくないのか。
私の知らない息吹が、目の前に広がって、とても手を出せないほどだった。
「撮影者の写真は出てないね。でも、東海林息吹なんて、そうそういないでしょ」
スマホ画面に広がる写真は、主に風景写真だった。
青く澄んだ空、紅蓮の落ち日に照らされる大地、つぶらな瞳で休息をとる野生動物。
ああ、どれもこれも、見覚えのある写真ばかりだ。
「いや、本当にすごいよ。芽吹のお兄さんにこんな才能があるなんて」
「ん、そうだね。でも」
それならどうして、カメラは嫌いなんて言うんだろう。
やっぱり、カメラマンをしている時に何かあったのか。それこそ、芽吹がおよそ立ち入れないような、大きな出来事が。
息吹のことを知りたいという気持ちが強まる一方で、それに触れることに一層の恐怖心が湧き出る。
もしかしたらこのまま、前職のことは知らないていを通したほうがいいのかもしれない。
「芽吹、私、気に入っちゃったな」
「え?」
「これも何かの縁だしさ。お兄さんに是非、私の写真撮影の指南役になってほしいって頼んでみてよ」
「……はあああ?」
にんまり笑う奈津美に、芽吹は素っ頓狂な声を上げる。どうやら彼女は本気のようだ。
「いやでも、言ったよね。息吹はカメラが嫌いって言ってたし」
「未来ある若者の夢を応援すべく技術指南をするのは、大人の責務よ」
「いやいや、それっぽいこと言ってるけど、とてもそんなこと言いだせる空気じゃないからね」
「もしも触れてほしくない話なら、そもそも息吹さんだって、芽吹に話してないんじゃない?」
急なトーンダウンに、一瞬怯む。
すぐにまた笑顔に戻った奈津美に、華も同調するように頷いた。
「話だけでもしてみたら、どうかな。本当にだめなら、きっと息吹さん、断ってくる。それで終わり」
「で、でも」
「芽吹も、知りたいんでしょう? 息吹さんのこと」
その言葉に、胸がきゅっと苦しくなる。
散髪しても癖の残る、ふわふわ落ち着かない髪の毛。柔らかく細められる瞳。
全身全霊の愛情をかけて「芽吹」と呼ぶ声。
華の穏やかな指摘に、芽吹は無言で頷いた。
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