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第5話 最後の写真
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放たれたのは、意外な言葉だった。
「写真、コンテスト?」
「あいつの写真が、コンテストで入賞した。それがきっかけで、全道、全国の写真コンテストにも参加して、その度にあいつは賞を獲っていた。あんまり簡単に獲っていくから、当時の俺たちはすごさがよくわからなかった」
うそ。息吹の写真が?
思いがけない兄の経歴に、芽吹は呆気にとられる。
「中学に入っても、あいつが写真を撮るのは続いた。大きな写真大会にも何度か出てたみたいだ。それから中2の時、あいつの母親……つまり、来宮の母親が再婚した」
「なるほど」
時期的に、再婚相手は芽吹の父親だろう。
「中3のころに、あいつに妹ができた。お前のことだな。それからしばらくして、中学を卒業。あいつは、東京の全寮制の高校に進学した」
全寮制。私が息吹の記憶が曖昧なのは、それが原因だったのか。
「俺は地元の高校だったから、特に目立った連絡を取らないまま時間が過ぎた。それが大学のころだったか、急に奴から手紙が届いた」
窓から漏れる薄い日差しに、小笠原は目を向ける。その当時に記憶を馳せているようだった。
「その中には、なんて?」
「日本を離れることになった、元気で。写真の裏に、そんな文章が書いてあった」
「写真」
「あいつは大学を中退して、プロのカメラマンになったんだ」
今度こそ、芽吹は呼吸を忘れた。
プロの、カメラマンに?
衝撃で、頭に白いもやがかかる。その直後、なんとも言えない重たい感情が、胸の中をじわじわと占領していった。
「外国を拠点にして、あいつは写真を撮り続けていた。あいつの写真が、時々思い出したような時期に送られてきた」
「あ……」
自宅のリビングにいつの間にか飾られた、大きなフレーム。
あの中には、たくさんの風景写真が飾られて、その写真は知らない間に少しずつ増えていた。小さいころから母が手入れしていて、あまり気に留めたことがなかった。
もしかしてあの写真も、息吹が家に送ってきていた写真なの?
「それが、何の前触れもなく俺の前に姿を見せた。同じ職場の、購買の販売員としてな。あとはお前も知ってる通りだ」
「そう、ですか」
息吹が現れてからの記憶を急いで遡る。
その中には、写真もカメラもそれに関連するものも何もない。全てはなりを潜めたままだった。
ただひとつ、あの「嫌い」という発言を除いては。
もしかして、カメラマンを辞めたのだろうか。でも一体どうして。
大学を中退してまで選んだ職だ。きっと生半可な考えで進んだ道じゃないはずなのに。
「あいつももう三十路の大人だ。それこそ異国に揉まれてりゃ、色々な事情もあったろう」
「私、何も知りませんでした」
「昔から、自分のことを話さない奴だったからな」
「家族なのに」
小笠原の言葉に被さるように、子どものように感情的な言葉が出る。
そして次の瞬間、ガラリと大きな音が保健室に響いた。
「何してんの、2人とも」
窓から顔を乗り出したのは、渦中の人物だった。
「保健室を締め切ってるかと思えば……なに? 葵、なんで芽吹を泣かせてるわけ?」
「俺じゃねーよ。どっちかというとお前だ」
「窓も確認するべきだったな」とこぼし、小笠原は大きな溜め息をつく。
「は? どうして俺なのさ。芽吹に何を……」
胸が詰まって、苦しくて、止まらなくなる。
泣かせてる、なんて、冗談で言ったのだろう。それでも、芽吹が息吹を見上げた瞬間、涙に似た熱い吐息を零れ落ちた。
「芽吹?」
「何でもないから。失礼しましたっ」
扉の鍵を開けると、保健室を駆け出した。
自分が情けない。最初はあれだけ邪険にして、結局散々兄に迷惑をかけて、今はこんなにも頼りにしているのに。
そんな息吹のことを――私は何も知らないんだ。
「芽吹。さっきから何を調べてるの」
「っ、わ、びっくりした」
奈津美からの問いかけが、午後の授業がとうに終えたことを教えてくれた。
「びっくりするのはこっちだわ。あんたが授業中もスマホいじってるなんて、珍しい」
う、気づかれていたらしい。
昼休みに聞いた息吹の過去。そしてプロのカメラマンだったと聞いてから、芽吹はスマホで情報を探すのに躍起になっていた。
それでも、名前やカメラマンの単語を打ち込んでみても、めぼしい情報は全くヒットしない。
「もしかして、一昨日頼んだモデルのこと? あのさ、生真面目なあんたには難しいのかもだけど、芽吹が断ってきたとしても私の態度が悪くなるとかそんなアホなことはないから。断らせる気はないけど」
「……色々言いたいところもあるし、関係なくもないんだけど、違う。それが原因じゃないよ」
「それじゃあ、何があったの。あんたがそんな顔するなんて……」
見上げると、苦しげに眉を寄せる奈津美と目が合った。
昼休みも昼食をそこそこに席を立ったからか、奈津美も華も違和感を覚えていたようだ。
ああ、大切な友だちをこんなに心配させてる。咄嗟に笑顔を浮かべようとした芽吹の手首を、小さな手がぐいっと引き起こした。
「芽吹、来て。奈津美も行こう」
「え、ちょ、華?」
「よーし。そんなに煮詰まるくらいなら、話せ話せ、存分に!」
「写真、コンテスト?」
「あいつの写真が、コンテストで入賞した。それがきっかけで、全道、全国の写真コンテストにも参加して、その度にあいつは賞を獲っていた。あんまり簡単に獲っていくから、当時の俺たちはすごさがよくわからなかった」
うそ。息吹の写真が?
思いがけない兄の経歴に、芽吹は呆気にとられる。
「中学に入っても、あいつが写真を撮るのは続いた。大きな写真大会にも何度か出てたみたいだ。それから中2の時、あいつの母親……つまり、来宮の母親が再婚した」
「なるほど」
時期的に、再婚相手は芽吹の父親だろう。
「中3のころに、あいつに妹ができた。お前のことだな。それからしばらくして、中学を卒業。あいつは、東京の全寮制の高校に進学した」
全寮制。私が息吹の記憶が曖昧なのは、それが原因だったのか。
「俺は地元の高校だったから、特に目立った連絡を取らないまま時間が過ぎた。それが大学のころだったか、急に奴から手紙が届いた」
窓から漏れる薄い日差しに、小笠原は目を向ける。その当時に記憶を馳せているようだった。
「その中には、なんて?」
「日本を離れることになった、元気で。写真の裏に、そんな文章が書いてあった」
「写真」
「あいつは大学を中退して、プロのカメラマンになったんだ」
今度こそ、芽吹は呼吸を忘れた。
プロの、カメラマンに?
衝撃で、頭に白いもやがかかる。その直後、なんとも言えない重たい感情が、胸の中をじわじわと占領していった。
「外国を拠点にして、あいつは写真を撮り続けていた。あいつの写真が、時々思い出したような時期に送られてきた」
「あ……」
自宅のリビングにいつの間にか飾られた、大きなフレーム。
あの中には、たくさんの風景写真が飾られて、その写真は知らない間に少しずつ増えていた。小さいころから母が手入れしていて、あまり気に留めたことがなかった。
もしかしてあの写真も、息吹が家に送ってきていた写真なの?
「それが、何の前触れもなく俺の前に姿を見せた。同じ職場の、購買の販売員としてな。あとはお前も知ってる通りだ」
「そう、ですか」
息吹が現れてからの記憶を急いで遡る。
その中には、写真もカメラもそれに関連するものも何もない。全てはなりを潜めたままだった。
ただひとつ、あの「嫌い」という発言を除いては。
もしかして、カメラマンを辞めたのだろうか。でも一体どうして。
大学を中退してまで選んだ職だ。きっと生半可な考えで進んだ道じゃないはずなのに。
「あいつももう三十路の大人だ。それこそ異国に揉まれてりゃ、色々な事情もあったろう」
「私、何も知りませんでした」
「昔から、自分のことを話さない奴だったからな」
「家族なのに」
小笠原の言葉に被さるように、子どものように感情的な言葉が出る。
そして次の瞬間、ガラリと大きな音が保健室に響いた。
「何してんの、2人とも」
窓から顔を乗り出したのは、渦中の人物だった。
「保健室を締め切ってるかと思えば……なに? 葵、なんで芽吹を泣かせてるわけ?」
「俺じゃねーよ。どっちかというとお前だ」
「窓も確認するべきだったな」とこぼし、小笠原は大きな溜め息をつく。
「は? どうして俺なのさ。芽吹に何を……」
胸が詰まって、苦しくて、止まらなくなる。
泣かせてる、なんて、冗談で言ったのだろう。それでも、芽吹が息吹を見上げた瞬間、涙に似た熱い吐息を零れ落ちた。
「芽吹?」
「何でもないから。失礼しましたっ」
扉の鍵を開けると、保健室を駆け出した。
自分が情けない。最初はあれだけ邪険にして、結局散々兄に迷惑をかけて、今はこんなにも頼りにしているのに。
そんな息吹のことを――私は何も知らないんだ。
「芽吹。さっきから何を調べてるの」
「っ、わ、びっくりした」
奈津美からの問いかけが、午後の授業がとうに終えたことを教えてくれた。
「びっくりするのはこっちだわ。あんたが授業中もスマホいじってるなんて、珍しい」
う、気づかれていたらしい。
昼休みに聞いた息吹の過去。そしてプロのカメラマンだったと聞いてから、芽吹はスマホで情報を探すのに躍起になっていた。
それでも、名前やカメラマンの単語を打ち込んでみても、めぼしい情報は全くヒットしない。
「もしかして、一昨日頼んだモデルのこと? あのさ、生真面目なあんたには難しいのかもだけど、芽吹が断ってきたとしても私の態度が悪くなるとかそんなアホなことはないから。断らせる気はないけど」
「……色々言いたいところもあるし、関係なくもないんだけど、違う。それが原因じゃないよ」
「それじゃあ、何があったの。あんたがそんな顔するなんて……」
見上げると、苦しげに眉を寄せる奈津美と目が合った。
昼休みも昼食をそこそこに席を立ったからか、奈津美も華も違和感を覚えていたようだ。
ああ、大切な友だちをこんなに心配させてる。咄嗟に笑顔を浮かべようとした芽吹の手首を、小さな手がぐいっと引き起こした。
「芽吹、来て。奈津美も行こう」
「え、ちょ、華?」
「よーし。そんなに煮詰まるくらいなら、話せ話せ、存分に!」
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