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第4話 単純馬鹿なお兄ちゃん
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加減なく追及する息吹の意図が見え、芽吹の胸が大きくざわつく。
きっとそれは頭の片隅で何となく嗅ぎ取っていて、でもまだ見て見ぬ振りをしていられるほどの疑問だった。
耳にする覚悟も曖昧な芽吹を残し、安達が意を決したように息を吐く。
「俺、倉重とは、告白とかそういうのないまま、何となく付き合い始めたんすよ。周りから可愛いってもてはやされてて、そんな子が自分に好意を持ってるらしいって――そんな空気を感じ取って、そのまま」
安達の言葉は、腑に落ちるものだった。確かに2人は、どちらかというと周囲がお膳立てする環境が整い過ぎていた。
「でも、付き合い始めてもずっと、違和感があった。俺本当は、他に好きな子がいたんすよ。でも、悔しくて認めたくなかった。だってその子、俺のこと全然相手にしないんすよ。扱いも、他の部員と全く同じ。でも、いつの間にか部活を辞めて、その子を目にすることがなくなって……ようやく気持ちを自覚した」
「っ……」
床にひざをついた安達から、静かに視線を注がれる。
頬に熱が集まる。しかし、それも長持ちはしなかった。
「それから俺は、倉重を避けるようになった。告白もない関係だったし、同じように終われたらいいって。でも、あいつは当然納得しなかった」
「むしのいい話だね」
「本当っすよね」
息吹の冷たい呟きに、安達は乾いた笑いを浮かべた。
「そんな中、あいつの家に呼ばれた。今日は、親も誰もいないって」
背中に、冷たいものが落ちてくる
「それで俺、そのまま……」
「やめて」
はっと小さく息をのむ音がした。
意思とは関係なく溢れ出そうになるものを必死にせき止め、芽吹は視線を窓の向こうへ逸らす。なにを、被害者ぶってるんだろう。
事情はどうあれ、付き合っていた者同士の関係だ。何もおかしなことはない。
それなのに、どうしてこんなに胸が苦しくて、悲しくて、子どもみたいに責め立てたくなるんだろう。
そんな資格、私にはないのに。「出来なかったんだ」
「……は……?」
「だ、から。出来なかったんだよ。結局……!」
振り返ると、今まで見たことのないくらい、顔を赤く染め上げる安達がいた。
「出来な、かった? それって、どういう……」
親が帰ってきたとか、そういうことだろうか。疑問に眉を寄せる芽吹に、小笠原が口を開く。
「あー、だからつまり、あれだろ」
「安達くんのそれが、役に立たなかったってことでしょ」
「お前な……ちょっとはオブラートに包みやがれ、クソ兄貴」
「え。今のだって、十分包んだつもりだけど」
あっけらかんと言う息吹の言葉に、ようやくその意味を理解し、かっと赤面する。
反応に困る芽吹に、再び安達の強い眼差しが向けられた。
「もう誤魔化せねえって、はっきり自覚した。惚れた女じゃなけりゃ、もう、何も意味がないんだって」
「惚れた、女って」
「お前のことだよ。決まってんだろ」
胸の鼓動が、ひときわ大きく打ち鳴らす。
決まってなんかない。さんざん投げかけられてきた口説き文句に近い言葉も、心のどこかで一線を引いていた。
安達先輩が私を好きになるなんて、どうしても信じられなくて。
戸惑いと緊張と驚きと――手あたり次第の色をパレットにばらまいたように、芽吹の感情は落ち着きとは程遠い色になっていく。
「俺のせいでお前を巻き込んで、百合を傷つけた。本当に、ごめんな」
一瞬安達のもとに引かれた芽吹は、それでも一歩踏み出ることはできなかった。余計な考えがまた、頭をよぎったのだ。
安達と百合がともに百合の家に入る光景。二人が熱く見つめ合う光景。本当の意味では「出来なかった」にせよ、そこに至る道のりは辿ったのだろう。
過去の交友関係なんて、言い出したらきりがない。
それでも、まだ男性経験を積んでいない芽吹にとって、想像の光景だけでも胸に鈍く痛むものがあった。いや、痛む、とは少し違う。
「倉重さん、と」
「え?」
「キス――したんですか」
きかなくてもいい質問だと、わかっていた。でも、気づけば口についていた。
安達は一瞬答えに窮したが、その目を逸らしはしなかった。
「……ああ。した」
「……はは。そりゃ、そうですよね」
ああ、いやだ。自分で聞いたくせに、子どもっぽくて、本当に、嫌になる。
「何、聞いてるんだろ。馬鹿みたいですよね。すみません」
「っ、芽吹……」
質問への後悔と、理不尽に安達を責める気持ちと、自分への嫌悪に、気持ちが悪くなる。不要な涙が湧く。本来なら、この涙すら流すのはおかしいのだ。
だって、自分は何もしてないくせに。
「芽吹」
「……え」
自己嫌悪に溺れかけていた芽吹に、澄んだ声がかかる。
優しく引き寄せられた肩に、自然と視線が上がった。なだめるように顎に手がかけられ、そして――。「っ、な」「おい」
まるでそれが、本来あるべき形のようだった。
重ねられた唇はとても自然で、優しくて、少し熱い。
見開いたままだった芽吹の瞳に、息吹の意外に長いまつげが見える。次第に意識が覚醒していった。
え……、これは、なに。なに?
「い、ぶき……?」
「ん。やっぱ、可愛いね。芽吹」
「……っ!?」
今、私、息吹と。
――何を、した!?
咄嗟に距離を取ろうとする芽吹が、腰かけていた簡易椅子に足をとられる。バランスを崩した体を、息吹はいとも容易く支えた。
芽吹の顔が、これ以上ないほど紅潮する。
「っ、あんた、何考えてんだよ……!」
驚愕に目を見開いた安達が、誰よりも早く声を荒げた。
「どう? 芽吹が他の男とキスしたのを見て、感想は」
「感想って」
冷たい返答に、安達は言葉を切った。
「お前な。さすがに今のは、妹相手にやりすぎだ」
「そう? 俺は別に問題ないけど。だって俺、芽吹が世界で一番好きで、大切だから」
小笠原の苦言に、息吹の返答は実に簡潔なものだった。
おずおずと見上げると息吹と視線が合い、柔らかく微笑まれる。また、頬に熱が集まる。ああ駄目だ。どうした。どうした私。
早くいつものように、「何言ってんの、まったく」なんて突っ込まないといけないのに。それはわかっているのに。
「悪いけど、あんたに芽吹は渡さない。俺の、可愛い妹だからね」
きっとそれは頭の片隅で何となく嗅ぎ取っていて、でもまだ見て見ぬ振りをしていられるほどの疑問だった。
耳にする覚悟も曖昧な芽吹を残し、安達が意を決したように息を吐く。
「俺、倉重とは、告白とかそういうのないまま、何となく付き合い始めたんすよ。周りから可愛いってもてはやされてて、そんな子が自分に好意を持ってるらしいって――そんな空気を感じ取って、そのまま」
安達の言葉は、腑に落ちるものだった。確かに2人は、どちらかというと周囲がお膳立てする環境が整い過ぎていた。
「でも、付き合い始めてもずっと、違和感があった。俺本当は、他に好きな子がいたんすよ。でも、悔しくて認めたくなかった。だってその子、俺のこと全然相手にしないんすよ。扱いも、他の部員と全く同じ。でも、いつの間にか部活を辞めて、その子を目にすることがなくなって……ようやく気持ちを自覚した」
「っ……」
床にひざをついた安達から、静かに視線を注がれる。
頬に熱が集まる。しかし、それも長持ちはしなかった。
「それから俺は、倉重を避けるようになった。告白もない関係だったし、同じように終われたらいいって。でも、あいつは当然納得しなかった」
「むしのいい話だね」
「本当っすよね」
息吹の冷たい呟きに、安達は乾いた笑いを浮かべた。
「そんな中、あいつの家に呼ばれた。今日は、親も誰もいないって」
背中に、冷たいものが落ちてくる
「それで俺、そのまま……」
「やめて」
はっと小さく息をのむ音がした。
意思とは関係なく溢れ出そうになるものを必死にせき止め、芽吹は視線を窓の向こうへ逸らす。なにを、被害者ぶってるんだろう。
事情はどうあれ、付き合っていた者同士の関係だ。何もおかしなことはない。
それなのに、どうしてこんなに胸が苦しくて、悲しくて、子どもみたいに責め立てたくなるんだろう。
そんな資格、私にはないのに。「出来なかったんだ」
「……は……?」
「だ、から。出来なかったんだよ。結局……!」
振り返ると、今まで見たことのないくらい、顔を赤く染め上げる安達がいた。
「出来な、かった? それって、どういう……」
親が帰ってきたとか、そういうことだろうか。疑問に眉を寄せる芽吹に、小笠原が口を開く。
「あー、だからつまり、あれだろ」
「安達くんのそれが、役に立たなかったってことでしょ」
「お前な……ちょっとはオブラートに包みやがれ、クソ兄貴」
「え。今のだって、十分包んだつもりだけど」
あっけらかんと言う息吹の言葉に、ようやくその意味を理解し、かっと赤面する。
反応に困る芽吹に、再び安達の強い眼差しが向けられた。
「もう誤魔化せねえって、はっきり自覚した。惚れた女じゃなけりゃ、もう、何も意味がないんだって」
「惚れた、女って」
「お前のことだよ。決まってんだろ」
胸の鼓動が、ひときわ大きく打ち鳴らす。
決まってなんかない。さんざん投げかけられてきた口説き文句に近い言葉も、心のどこかで一線を引いていた。
安達先輩が私を好きになるなんて、どうしても信じられなくて。
戸惑いと緊張と驚きと――手あたり次第の色をパレットにばらまいたように、芽吹の感情は落ち着きとは程遠い色になっていく。
「俺のせいでお前を巻き込んで、百合を傷つけた。本当に、ごめんな」
一瞬安達のもとに引かれた芽吹は、それでも一歩踏み出ることはできなかった。余計な考えがまた、頭をよぎったのだ。
安達と百合がともに百合の家に入る光景。二人が熱く見つめ合う光景。本当の意味では「出来なかった」にせよ、そこに至る道のりは辿ったのだろう。
過去の交友関係なんて、言い出したらきりがない。
それでも、まだ男性経験を積んでいない芽吹にとって、想像の光景だけでも胸に鈍く痛むものがあった。いや、痛む、とは少し違う。
「倉重さん、と」
「え?」
「キス――したんですか」
きかなくてもいい質問だと、わかっていた。でも、気づけば口についていた。
安達は一瞬答えに窮したが、その目を逸らしはしなかった。
「……ああ。した」
「……はは。そりゃ、そうですよね」
ああ、いやだ。自分で聞いたくせに、子どもっぽくて、本当に、嫌になる。
「何、聞いてるんだろ。馬鹿みたいですよね。すみません」
「っ、芽吹……」
質問への後悔と、理不尽に安達を責める気持ちと、自分への嫌悪に、気持ちが悪くなる。不要な涙が湧く。本来なら、この涙すら流すのはおかしいのだ。
だって、自分は何もしてないくせに。
「芽吹」
「……え」
自己嫌悪に溺れかけていた芽吹に、澄んだ声がかかる。
優しく引き寄せられた肩に、自然と視線が上がった。なだめるように顎に手がかけられ、そして――。「っ、な」「おい」
まるでそれが、本来あるべき形のようだった。
重ねられた唇はとても自然で、優しくて、少し熱い。
見開いたままだった芽吹の瞳に、息吹の意外に長いまつげが見える。次第に意識が覚醒していった。
え……、これは、なに。なに?
「い、ぶき……?」
「ん。やっぱ、可愛いね。芽吹」
「……っ!?」
今、私、息吹と。
――何を、した!?
咄嗟に距離を取ろうとする芽吹が、腰かけていた簡易椅子に足をとられる。バランスを崩した体を、息吹はいとも容易く支えた。
芽吹の顔が、これ以上ないほど紅潮する。
「っ、あんた、何考えてんだよ……!」
驚愕に目を見開いた安達が、誰よりも早く声を荒げた。
「どう? 芽吹が他の男とキスしたのを見て、感想は」
「感想って」
冷たい返答に、安達は言葉を切った。
「お前な。さすがに今のは、妹相手にやりすぎだ」
「そう? 俺は別に問題ないけど。だって俺、芽吹が世界で一番好きで、大切だから」
小笠原の苦言に、息吹の返答は実に簡潔なものだった。
おずおずと見上げると息吹と視線が合い、柔らかく微笑まれる。また、頬に熱が集まる。ああ駄目だ。どうした。どうした私。
早くいつものように、「何言ってんの、まったく」なんて突っ込まないといけないのに。それはわかっているのに。
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