芽吹と息吹~生き別れ三十路兄と私のつぎはぎな数か月間~

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行

文字の大きさ
上 下
16 / 63
第4話 単純馬鹿なお兄ちゃん

(1)

しおりを挟む
 昨日の何気ない質問は、きっと自分の失言だったのだろう。
 あの一瞬を除いて、息吹はどこまでもいつも通りだった。その事実が、余計に芽吹の後悔を膨らませる。
 あんな石のような芽吹の瞳を見るなんて、思ってもみなかった。
「そんなん、家族間ならよくあることでしょうよ」
 あっけらかんと告げた奈津美は、ノートで芽吹の頭を軽く小突いた。角でやらないあたり、奈津美はさり気に優しい。
「家族なんて世界で1番身近な人間なんだから、そういう小さな傷のつけあいってお互い様じゃない? やばいやつは謝らなくちゃかもだけどさ」
 奈津美の言うことはわかる。でも、それはきっと長年培ってきた家族のなせる業なのだろう。
 芽吹と息吹の間にはまだ、そんな魔法を引き出すほどの時間は流れていない。
「それはそうと。まず解決すべきはあの性悪女よ。あの女、あんな見え透いた演技披露しておいて、いまだに野球部マネージャーに居座ってるって?」
「倉重さんね」
 結局あの後、1年選手の引きとめにあい、退部を撤回したらしい。
「信じられん。あの安い涙はなんだったの。面の皮の千枚張りってやつだわね」
 百合嫌いに拍車がかかっている。憤る奈津美に苦笑するも、隣に座る華もそれに同調するように深く頷いた。
「私も、あの人嫌い。芽吹を貶めようとしてる。芽吹、何もしてないのに」
「華、よく言った。共に杯を交わそうぞ」
「こらこら、2人とも落ち着いて」
 正直、こちらに八つ当たりしたくなる気持ちもわからなくはなかった。
 1人で必死に切り盛りしていたマネージャー業に、気まぐれで復帰されては気に食わない気持ちもあるだろう。加えて、あんなに熱を上げていた安達とも別れた。ストレスが溜まっていて当然だ。
「奈津ちゃん思うんですけど。安達先輩が受けてる嫌がらせ? それももしかして、あの性悪女がやってたりってこと、ない?」
 推測にすぎないとわかってか、奈津美の口調はひどく慎重だった。
 芽吹もそれは考えた。安達に悪意を向ける人物を考えたら、真っ先に上がるのが百合だろう。
「たぶん、それはないと思う」
 安達に聞いたところ、受けた嫌がらせの中には、明らかに百合には無理なシチュエーションで起こったものもあったらしい。2年の教室内や、百合が監督に呼ばれたタイミングにも。
「とにかく、嫌がらせなんてバカなことは早急にやめてほしいもんだわね」
 校長室に乗り込んで自ら被害を受けたランニングシューズをさらした、あの時の安達は毅然としていた。その表情が脳裏に浮かんでは、やるせなさに芽吹を苦しめる。
「本当に」
 早く先輩に、無心で野球に専念してほしい。


「どうしたのー来宮さん。なんか怖い顔して」
 先日の涙の演出は存在しなかった、という設定になったらしい。
 花のような笑顔で首をかしげる百合に、芽吹は乾いた笑みで応えた。花のようだと思うのに、裏にあるトゲの鋭い光が、ちらちらとこちらに向いている。
 珍しく2人は共に、野球部小屋の掃除を進めていた。
 中は簡易カーペットが敷いているが、選手や監督が入れ代わり立ち代わりするため、グラウンドの砂が否応でも入り込む。イタチごっこのような掃除機をかける芽吹に、窓ふきをする百合は思い出したように口を開いた。
「そういえば、来宮さんに聞きたいことがあったんだよね」
「聞きたいこと?」
「来宮さんってさ、克哉さんのこと、どう思ってるの?」
 今度は、「克哉さん」が誰のことか、すぐに思い出すことができた。
「どうしたの、急に」
「急じゃないよー。本当はずっと聞いてみたかったんだ。だって来宮さん、彼とすごく仲がいいみたいだし」
「太陽みたいな人」
 真意を探るのも、すぐに諦めた。
 お互い本気で深入りしたいと思わない間柄だ。芽吹は浮かんだ言葉をそのまま告げる。
「ふふ、ポエムみたいだね。可愛い」百合の瞳が、嬉しそうに細められた。
「そんな可愛い来宮さんだから、克哉さんもつい構っちゃうのかなあ。あ、もしかして来宮さん、甘え上手な末っ子?」
 甘え上手かはさておき、「うん。一応、兄がいるよ」と端的な返答をする。ドア付近の砂が、なかなか吸い取れない。壁をこすらないように、何度も掃除機を往復させる。
「実は私もなんだ。年が少し離れてる兄なんだけど。妹がいる兄ってさ、何か単純~って感じしない?」
「そうかな」
「そうだよ。妹好きな、単純馬鹿」
 最近日常を占領する兄の姿を思い起こす。
 息吹は、単純に見えて意外に手綱が引きにくい。
 こちら側には無遠慮に入り込むのに……なんだろう。向こう側に入ることは、慎重に監視されているような気がするのだ。
「来宮さん、ぼーっとしてるもんねえ。いいなあ、そういうことに鈍感だと楽だもん、羨ましい」
「そうかな」
「だから、克哉さんの口車に乗せられて、また野球部に戻っちゃったんだ?」
 そうかな、と言いかけて、はたと我に返る。そして気づかないでもいいことに気づいた。
 あれ、もしかして今、喧嘩売られてる?
「いつもみたいにぼーっとしていればよかったのにねえ。そうすれば変な期待もせずに済むことだってあるよ?」
 屈んでいた上体を起こすと、思いのほか近距離に百合は立っていた。
 笑顔にかかる薄い影に、芽吹の胸のどこかが冷えていく。
「克哉さんも罪作りだよねえ。来宮さんみたいな慣れない子をからかうんだもん」
「……」
「正直ね、あっちのことでも、克哉さんのお願いに付き合わされて、体が辛いこともあったし……『待て』ができない男なんだよね、あの人って」
「安達先輩のこと、まだ、好きなの?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

Husband's secret (夫の秘密)

設樂理沙
ライト文芸
果たして・・ 秘密などあったのだろうか! むちゃくちゃ、1回投稿文が短いです。(^^ゞ💦アセアセ  10秒~30秒?  何気ない隠し事が、とんでもないことに繋がっていくこともあるんですね。 ❦ イラストはAI生成画像 自作

お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜

ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。 「だって顔に大きな傷があるんだもん!」 体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。 実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。 寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。 スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。 ※フィクションです。 ※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...