芽吹と息吹~生き別れ三十路兄と私のつぎはぎな数か月間~

森原すみれ@薬膳おおかみ①②③刊行

文字の大きさ
上 下
14 / 63
第3話 秘められた写真

(4)

しおりを挟む
 ――はい?
 呆気にとられた周囲をしり目に、安達は淀みない口調で続けた。
「だから、こういうことされると、まじで迷惑なんです。地道に距離を縮めてる最中なのに、こいつ、また俺を避けるようになるじゃないですか」
「あの、安達先輩?」
 何を言ってるんだろう、この人は。
「それと、これ」
 テーブルの上に無遠慮に出されたのは、ランニングシューズだった。見覚えがある。恐らく安達が使ってるものだろう。
 ただおかしな点がひとつ。シューズのつま先部分の靴底が、ぱっくり横にはがれてしまっていた。
「安達、これは」
「黙っててすみません監督。実は最近、こんな具合で嫌がらせを受けてました。と言っても、この靴が1番大きな被害ですけどね」
 突然の告白に、監督も顧問も目を見合わせた。その中で芽吹は、もしかして、と記憶を巡らせる。
 ――なあ、誰か、この辺りにいたか。
 もしかして、この靴の状態を発見して、あの質問を?
「ですから、きっと今回の写真も俺狙いの嫌がらせの一環です。こいつは関係ありません。こいつが辞めるなら、俺も一緒に部活を辞めます」
「先輩!」
 何を言い出すのか。慌てて大声を上げた芽吹に、安達は力なく笑った。1人で何者かの悪意に耐え続けた、疲れの色が見てとれた。
 次の瞬間、芽吹は自らのネクタイを首から引き抜いた。
「芽吹?」
 驚愕する安達を無視してベストのボタンをはずし、腕を抜きとる。
 周囲から制止の声が飛ぶ中、芽吹はためらいなくシャツのボタンに手をかけた。
 素肌が空気に触れる、冷たい感触。
 それと同時に包まれたのは、熱く大きな手のひらだった。
「ストーップ。校長室で生徒に一体何やらせてるんですか。先生方」
「……っ、いぶ」
 芽吹のはだけたシャツを覆うように、息吹の腕の中に収められる。
 馬鹿みたいに安心させられ、涙腺がどうしようもなく緩んでいった。
「い、いいえ。その、今のは来宮さんが自分から……」
「それほど、追い詰められてたから――なんて、俺みたいな学のない馬鹿でもわかりますよ」
 現に肩を小さく震わせる芽吹の姿に、先生たちは押し黙るしかない。
「ああ、そういえば。例の写真の真偽がつきましたよ」
 そう言うと、息吹は大きな茶封筒を弾いて渡した。怪訝な顔の先生方が中身を確認し、揃って顔を見合わせる。
「こんな鑑定書、いったいどうやって」
「俺の知人に専門職がいるんです。写真データを送ったところ、100%合成だとの鑑定結果が出ました。詳細はそちらの書類にある通り。何かご不明点は封筒の連絡先に欲しいとのことです」
 いつもに息吹からは考えられない、理路整然とした物言いが、今はひどく心強い。
 胸に閉じ込められている芽吹には、息吹の表情を窺うことはできなかった。
「さてと。安達くん、芽吹。そろそろ部活の時間なんじゃない?」


 結局、部活に直行するまで気持ちが回復せず、芽吹と安達は揃って保健室に留まらせてもらうことにした。
 話は息吹からすでに通っていたらしく、小笠原は何も言わず部屋の一角を開けてくれた。
「お前、どうしてあそこまでしたんだ」
 長い沈黙を切り裂いた安達からの質問に、芽吹は視線を落としたまま答えた。
「あの写真の私、左肩が見えてたじゃないですか。私の左肩、生まれたときからちょっとした痣があるんですよ」
 説明する口調はみるみる小さくなり、恥ずかしさに頬に熱が帯びる。
 咄嗟の勢いが消えた今となっては、先ほどの自分の行動は確かに信じられなかった。
「だから、その痣を見せれば、写真が嘘だってことの証明になるかと」
「馬鹿……」
 溜め息交じりに零す安達に、思わずむっとする。
「誰のせいですか。もとはと言えば、先輩が自分も辞めるとか無茶苦茶言うからでしょ」
「無茶苦茶はお前だ。そんなのわざわざ、あの場の全員に見せる必要あるか。中年の親父もいたんだぞ。せめて女教頭だけに見せれば済む話だろ」
「そりゃ、そうですけど」
 正論を真正面からぶつけられ、言い返す言葉もない。でも、あの時は。
「だって、仕方ないじゃないですか。ああでもしなくちゃ、先輩から野球を奪うことになってたんですもん」
 スカートがしわになるのも忘れ、ぎゅっと両手で握りしめる。
「先輩、野球大好きじゃないですか。私、ほんの少ししか見てなかったけれど、わかりますよ。だから、嫌がらせだって、1人でじっと耐えてたんじゃないですか。だから、私、もう夢中で」
「あー、もう、いい。わかった!」
 がごん、と大きな音が響く。
 作業机に向かっていた小笠原も、さすがに何事かとこちらに視線を向けた。
 ベッド脇の机に額を思い切り打ち付けた安達が、そのままの体勢で動かなくなっていた。
「え、安達先輩、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃねーよ。お前のせいだ」
 いや、今額を打ち付けたのは、先輩自身だ。すぐさま浮かんだ反論は、垣間見えた安達の横顔に喉元で溶けていった。
「有りもしねー合成写真でっち上げられた直後だ。下手にお前に手出しするわけにはいかねーだろ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
ライト文芸
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

処理中です...