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第3話 秘められた写真
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――はい?
呆気にとられた周囲をしり目に、安達は淀みない口調で続けた。
「だから、こういうことされると、まじで迷惑なんです。地道に距離を縮めてる最中なのに、こいつ、また俺を避けるようになるじゃないですか」
「あの、安達先輩?」
何を言ってるんだろう、この人は。
「それと、これ」
テーブルの上に無遠慮に出されたのは、ランニングシューズだった。見覚えがある。恐らく安達が使ってるものだろう。
ただおかしな点がひとつ。シューズのつま先部分の靴底が、ぱっくり横にはがれてしまっていた。
「安達、これは」
「黙っててすみません監督。実は最近、こんな具合で嫌がらせを受けてました。と言っても、この靴が1番大きな被害ですけどね」
突然の告白に、監督も顧問も目を見合わせた。その中で芽吹は、もしかして、と記憶を巡らせる。
――なあ、誰か、この辺りにいたか。
もしかして、この靴の状態を発見して、あの質問を?
「ですから、きっと今回の写真も俺狙いの嫌がらせの一環です。こいつは関係ありません。こいつが辞めるなら、俺も一緒に部活を辞めます」
「先輩!」
何を言い出すのか。慌てて大声を上げた芽吹に、安達は力なく笑った。1人で何者かの悪意に耐え続けた、疲れの色が見てとれた。
次の瞬間、芽吹は自らのネクタイを首から引き抜いた。
「芽吹?」
驚愕する安達を無視してベストのボタンをはずし、腕を抜きとる。
周囲から制止の声が飛ぶ中、芽吹はためらいなくシャツのボタンに手をかけた。
素肌が空気に触れる、冷たい感触。
それと同時に包まれたのは、熱く大きな手のひらだった。
「ストーップ。校長室で生徒に一体何やらせてるんですか。先生方」
「……っ、いぶ」
芽吹のはだけたシャツを覆うように、息吹の腕の中に収められる。
馬鹿みたいに安心させられ、涙腺がどうしようもなく緩んでいった。
「い、いいえ。その、今のは来宮さんが自分から……」
「それほど、追い詰められてたから――なんて、俺みたいな学のない馬鹿でもわかりますよ」
現に肩を小さく震わせる芽吹の姿に、先生たちは押し黙るしかない。
「ああ、そういえば。例の写真の真偽がつきましたよ」
そう言うと、息吹は大きな茶封筒を弾いて渡した。怪訝な顔の先生方が中身を確認し、揃って顔を見合わせる。
「こんな鑑定書、いったいどうやって」
「俺の知人に専門職がいるんです。写真データを送ったところ、100%合成だとの鑑定結果が出ました。詳細はそちらの書類にある通り。何かご不明点は封筒の連絡先に欲しいとのことです」
いつもに息吹からは考えられない、理路整然とした物言いが、今はひどく心強い。
胸に閉じ込められている芽吹には、息吹の表情を窺うことはできなかった。
「さてと。安達くん、芽吹。そろそろ部活の時間なんじゃない?」
結局、部活に直行するまで気持ちが回復せず、芽吹と安達は揃って保健室に留まらせてもらうことにした。
話は息吹からすでに通っていたらしく、小笠原は何も言わず部屋の一角を開けてくれた。
「お前、どうしてあそこまでしたんだ」
長い沈黙を切り裂いた安達からの質問に、芽吹は視線を落としたまま答えた。
「あの写真の私、左肩が見えてたじゃないですか。私の左肩、生まれたときからちょっとした痣があるんですよ」
説明する口調はみるみる小さくなり、恥ずかしさに頬に熱が帯びる。
咄嗟の勢いが消えた今となっては、先ほどの自分の行動は確かに信じられなかった。
「だから、その痣を見せれば、写真が嘘だってことの証明になるかと」
「馬鹿……」
溜め息交じりに零す安達に、思わずむっとする。
「誰のせいですか。もとはと言えば、先輩が自分も辞めるとか無茶苦茶言うからでしょ」
「無茶苦茶はお前だ。そんなのわざわざ、あの場の全員に見せる必要あるか。中年の親父もいたんだぞ。せめて女教頭だけに見せれば済む話だろ」
「そりゃ、そうですけど」
正論を真正面からぶつけられ、言い返す言葉もない。でも、あの時は。
「だって、仕方ないじゃないですか。ああでもしなくちゃ、先輩から野球を奪うことになってたんですもん」
スカートがしわになるのも忘れ、ぎゅっと両手で握りしめる。
「先輩、野球大好きじゃないですか。私、ほんの少ししか見てなかったけれど、わかりますよ。だから、嫌がらせだって、1人でじっと耐えてたんじゃないですか。だから、私、もう夢中で」
「あー、もう、いい。わかった!」
がごん、と大きな音が響く。
作業机に向かっていた小笠原も、さすがに何事かとこちらに視線を向けた。
ベッド脇の机に額を思い切り打ち付けた安達が、そのままの体勢で動かなくなっていた。
「え、安達先輩、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃねーよ。お前のせいだ」
いや、今額を打ち付けたのは、先輩自身だ。すぐさま浮かんだ反論は、垣間見えた安達の横顔に喉元で溶けていった。
「有りもしねー合成写真でっち上げられた直後だ。下手にお前に手出しするわけにはいかねーだろ」
呆気にとられた周囲をしり目に、安達は淀みない口調で続けた。
「だから、こういうことされると、まじで迷惑なんです。地道に距離を縮めてる最中なのに、こいつ、また俺を避けるようになるじゃないですか」
「あの、安達先輩?」
何を言ってるんだろう、この人は。
「それと、これ」
テーブルの上に無遠慮に出されたのは、ランニングシューズだった。見覚えがある。恐らく安達が使ってるものだろう。
ただおかしな点がひとつ。シューズのつま先部分の靴底が、ぱっくり横にはがれてしまっていた。
「安達、これは」
「黙っててすみません監督。実は最近、こんな具合で嫌がらせを受けてました。と言っても、この靴が1番大きな被害ですけどね」
突然の告白に、監督も顧問も目を見合わせた。その中で芽吹は、もしかして、と記憶を巡らせる。
――なあ、誰か、この辺りにいたか。
もしかして、この靴の状態を発見して、あの質問を?
「ですから、きっと今回の写真も俺狙いの嫌がらせの一環です。こいつは関係ありません。こいつが辞めるなら、俺も一緒に部活を辞めます」
「先輩!」
何を言い出すのか。慌てて大声を上げた芽吹に、安達は力なく笑った。1人で何者かの悪意に耐え続けた、疲れの色が見てとれた。
次の瞬間、芽吹は自らのネクタイを首から引き抜いた。
「芽吹?」
驚愕する安達を無視してベストのボタンをはずし、腕を抜きとる。
周囲から制止の声が飛ぶ中、芽吹はためらいなくシャツのボタンに手をかけた。
素肌が空気に触れる、冷たい感触。
それと同時に包まれたのは、熱く大きな手のひらだった。
「ストーップ。校長室で生徒に一体何やらせてるんですか。先生方」
「……っ、いぶ」
芽吹のはだけたシャツを覆うように、息吹の腕の中に収められる。
馬鹿みたいに安心させられ、涙腺がどうしようもなく緩んでいった。
「い、いいえ。その、今のは来宮さんが自分から……」
「それほど、追い詰められてたから――なんて、俺みたいな学のない馬鹿でもわかりますよ」
現に肩を小さく震わせる芽吹の姿に、先生たちは押し黙るしかない。
「ああ、そういえば。例の写真の真偽がつきましたよ」
そう言うと、息吹は大きな茶封筒を弾いて渡した。怪訝な顔の先生方が中身を確認し、揃って顔を見合わせる。
「こんな鑑定書、いったいどうやって」
「俺の知人に専門職がいるんです。写真データを送ったところ、100%合成だとの鑑定結果が出ました。詳細はそちらの書類にある通り。何かご不明点は封筒の連絡先に欲しいとのことです」
いつもに息吹からは考えられない、理路整然とした物言いが、今はひどく心強い。
胸に閉じ込められている芽吹には、息吹の表情を窺うことはできなかった。
「さてと。安達くん、芽吹。そろそろ部活の時間なんじゃない?」
結局、部活に直行するまで気持ちが回復せず、芽吹と安達は揃って保健室に留まらせてもらうことにした。
話は息吹からすでに通っていたらしく、小笠原は何も言わず部屋の一角を開けてくれた。
「お前、どうしてあそこまでしたんだ」
長い沈黙を切り裂いた安達からの質問に、芽吹は視線を落としたまま答えた。
「あの写真の私、左肩が見えてたじゃないですか。私の左肩、生まれたときからちょっとした痣があるんですよ」
説明する口調はみるみる小さくなり、恥ずかしさに頬に熱が帯びる。
咄嗟の勢いが消えた今となっては、先ほどの自分の行動は確かに信じられなかった。
「だから、その痣を見せれば、写真が嘘だってことの証明になるかと」
「馬鹿……」
溜め息交じりに零す安達に、思わずむっとする。
「誰のせいですか。もとはと言えば、先輩が自分も辞めるとか無茶苦茶言うからでしょ」
「無茶苦茶はお前だ。そんなのわざわざ、あの場の全員に見せる必要あるか。中年の親父もいたんだぞ。せめて女教頭だけに見せれば済む話だろ」
「そりゃ、そうですけど」
正論を真正面からぶつけられ、言い返す言葉もない。でも、あの時は。
「だって、仕方ないじゃないですか。ああでもしなくちゃ、先輩から野球を奪うことになってたんですもん」
スカートがしわになるのも忘れ、ぎゅっと両手で握りしめる。
「先輩、野球大好きじゃないですか。私、ほんの少ししか見てなかったけれど、わかりますよ。だから、嫌がらせだって、1人でじっと耐えてたんじゃないですか。だから、私、もう夢中で」
「あー、もう、いい。わかった!」
がごん、と大きな音が響く。
作業机に向かっていた小笠原も、さすがに何事かとこちらに視線を向けた。
ベッド脇の机に額を思い切り打ち付けた安達が、そのままの体勢で動かなくなっていた。
「え、安達先輩、大丈夫ですか」
「大丈夫じゃねーよ。お前のせいだ」
いや、今額を打ち付けたのは、先輩自身だ。すぐさま浮かんだ反論は、垣間見えた安達の横顔に喉元で溶けていった。
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