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3巻
3-1
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プロローグ
「よし。これでピカピカ、綺麗になったかな」
手にした指輪を柔らかな布で隅々まで磨き終え、桜良日鞠は満足げに頷いた。
優しい乳白色のパールが嵌め込まれたアンティーク調のそれは、窓から降り注ぐ朝陽を浴びてきらきらと瞬いている。
シルバーの台座には細やかな蔦の模様が彫られており、指輪の内側には可愛らしい小花の模様が密かに刻まれていた。
去年のクリスマスイブに、恋人の大神孝太朗から贈られた大切な指輪だ。
孝太朗が生まれると同時に亡くなった母親の、形見の品なのだという。
「孝太朗さんのお母さん、一体どんな人だったんだろうな」
遺されたものの中には写真もなく、孝太朗自身面影を知る術はなかったらしい。
それでもきっと、心の温かな人だったに違いないと日鞠は思う。
大切な人の大切な存在に想いを馳せながら、日鞠は指輪をそっと右手中指に嵌める。
ふと顔を上げると、壁にかかった時計の短針が、十時を指そうとしているのが目に留まった。
「あっ、そういえば、今日はお昼前にご飯の買い出しに行こうって約束をしていたんだっけ」
日鞠は、机の上のものを手早く片付けて自室を出る。
ダイニングキッチンに人の姿がないことを確認すると、自室の隣にある和室の襖越しに声をかけた。
「孝太朗さん。入っても大丈夫ですか」
「ああ」
中から聞こえた落ち着いた声に、日鞠は襖をすっと開く。
珍しく部屋の中央に座卓を置いていた孝太朗は、何やら荷物の整理をしているようだった。
長めの艶やかな黒髪の隙間から、強い眼差しが日鞠に向けられる。
「孝太朗さん、お片付け中でしたか」
「ああ。少し物の整理をしていた」
畳に胡座をかいたまま、孝太朗は静かに答える。
座卓の上には金属製の長方形の箱と、その中に収められていたらしい品々があった。
孝太朗がこんなふうに物を広げるなんて珍しい。
そんな風に思っていた日鞠の足元に、ふわりと白い紙が舞い落ちた。
一通のハガキだ。
「悪い。落とした」
「大丈夫ですよ。はいどうぞ……」
笑顔でハガキを拾い上げた瞬間、日鞠の胸がどきっと跳ねる。
宛名面の左下に、女性の名が記されていたように見えたからだ。
一瞬しか見えなかったが、『夏帆』と書かれていた気がする。
『かほ』──と読むのだろうか。
「俺の母が遺したハガキだ。宛先は書かれないまま保管されていた」
「あっ、なるほど。孝太朗さんのお母さんでしたか……!」
日鞠の心に湧き出た疑問に対し、間髪をいれずに与えられた解答に、思わず素っ頓狂な声が出る。
怪訝な顔でこちらを見る孝太朗に、日鞠は小さく苦笑した。
「すみません、その、送り主の欄に女性のお名前が見えたものですから。孝太朗さんが過去に受け取ったラブレターなのかな、なんて思ってしまって」
あんな一瞬でヤキモチを焼いてしまうなんて、自分が少し情けない。
そんな日鞠の様子を目にした孝太朗は、小さく息を吐いた。
「ここにあるのは母の形見の品だ。書き残した手紙や筆記用具に小物類くらいだが、この箱に仕舞っている」
「そうだったんですね」
「俺にラブレターなんざ寄越してくる物好きはいない。余計な心配は必要ねえよ」
「……いますよ? 孝太朗さんを想っている人なら、ここに一人います」
日鞠が恥じらいながらも小さく反論すると、孝太朗は動きを止めた。
おずおずと様子を窺う日鞠から、孝太朗はすっと視線を外す。
呆れられてしまっただろうか。
「孝太朗、さん?」
返事がない。
逸らされた顔にかかる少し長めの黒髪から、僅かに覗く耳元。
あ、と気づき、日鞠は目を見張った。
もしかして孝太朗さん……照れている?
「昼の買い出しの件だろう。俺も声をかけようと思っていた。そろそろ行くか」
「は、はい。今日は午後から雪が降り出す予報でしたもんね」
形見の箱を仕舞い終えた孝太朗は、すでにいつもの落ち着いた表情に戻っていた。
それでも、徐々に感じ取れるようになってきた想い人の感情の微細な変化に、日鞠は胸が温かくなる。
恋人の孝太朗とは、去年の春から一つ屋根の下で共同生活をしていた。
正確には、孝太朗が一人暮らしをしていた自宅兼店舗の建物に、路頭に迷った日鞠が転がり込んだのだ。
そして日鞠は辿り着いたこの街に根をおろし、一階店舗での職を手にし、不器用ながらも同居人と想いを通わせた。
「雪はまだだが、今日は一段と冷えるぞ。ちゃんと着込んでこいよ」
「はい。さすがに二月ともなれば、北海道の冬の厳しさは身をもってわかっていますから」
二月に入ったばかりの北海道は、街中が白い雪に包まれている。
日鞠は防寒機能抜群のダウンコートをまとい、一番上のボタンまでしっかり留めた。耳当てと手袋を装着し、最後に財布を入れたポシェットを斜めがけにして、準備完了だ。
「わっ、寒い!」
「だから言っただろう」
外への扉を開くと、確かに驚くほどの寒さだった。
二階玄関から伸びる外付けの階段を、滑らないように慎重に降りていく。
自宅兼店舗の向かいにある公園は白銀に覆われ、小高い雪山がいくつもできあがっていた。
はあっと白い息を吐いたあと、ふと日鞠は一階の大窓の向こうを覗き込む。
「窓を覗いても、中は見えねえぞ」
「ですね。でも、今日はお休みだとわかっていても、こうして中を覗いてしまうんです。このカフェは、大好きな人たちとの時間がたくさん詰まった大切な場所ですから」
日鞠は小さく微笑みながら、一階扉に提げられたCLOSEの札をつんと指先で突いた。
薬膳カフェ「おおかみ」。
日鞠たちが住まう建物の、一階に広がるカフェ店舗。
この街の人々の憩いの場であり、行く当てなく彷徨っていた日鞠を迎え入れてくれた、帰るべき場所だ。
「厳密には、『人』だけじゃあねえけどな」
「ふふ、確かにそうですね」
「行くぞ。足元に気をつけろ」
「はい」
降り積もる雪で細くなった歩道を、孝太朗が先導して歩いてくれる。
日鞠も雪に足を取られないように、一歩一歩気をつけながら進んでいった。
人だけじゃない。
先ほどの孝太朗の言葉を振り返り、日鞠は再び笑みをこぼす。
その言葉のとおり、薬膳カフェ「おおかみ」に集うのは人間だけではない。
人ならざるもの。
この街に密かに棲まうあやかしたちもまた、美味しい薬膳茶と癒やしの一時を求めて訪れる。
この街のあやかしを統べる狼のあやかし──山神である孝太朗が営む、この薬膳カフェへと。
第一話 二月、五徳猫とチョコレート
「孝太朗さん、今日は何を買う予定ですか」
「色々あるが、まずは大根だな。今日は昆布出汁をしっかりとった大根鍋に使う」
「わあ、想像するだけでも美味しそうですね。とても楽しみです!」
駅前のスーパーへ向かった二人は、賑わう人混みの中、食材コーナーを渡り歩いていた。
カフェの厨房を一手に担うだけあり、孝太朗は驚くほど料理がうまい。
日鞠とて数年間は都内で一人暮らしをしてきた。そのため料理は人並み程度にできると自負しているが、二人の間にはやはり越えられない壁がある。
会計を済ませ、エコバックに手際よく商品を詰めていく。
食品エリアから出入り口まで歩いていると、孝太朗がふと足を止めた。
「日鞠。書店に寄っていいか。買いたい本がある」
「わかりました。私はここで待っていますね」
このスーパー内には出入り口近くに書店があり、日鞠もよく利用している。
短く「すぐ戻る」と告げた孝太朗は、書店へと入っていった。
孝太朗はよく本を読む。今回はどんな本を買うのだろうと思いつつ、日鞠は通路に面する書架を眺めた。
そこに並ぶ書籍たちを前にして、日鞠ははっと大きく目を開く。
「『バレンタインデー特集』……」
そうだ。今は二月上旬。
節分の次に待ち構えるイベントは何かと問われれば、やはりバレンタインデーが思いつく。
目の前の棚には『バレンタインデー特集』と称され、お菓子関連のレシピ本や小説、チョコレートがモチーフの雑貨や文具が華やかに並べられていた。
バレンタインデー。
実家を離れて以降、まるで関わりのなかった行事だ。
「待たせた」
「ひゃっ!?」
いつの間にか背後に立っていた孝太朗の声に、日鞠は素早く振り返った。
すでに会計を済ませてきたらしい。
「は、早かったですね孝太朗さん! さあさあ、早く家に帰りましょう! あまりよそ見をしないようにして……!」
「あ? 何か急ぎの用でもあったのか」
「あ、あったようななかったような? でもほら、大根鍋の準備をしないといけませんし、なるべく早く帰ったほうがいいんじゃないかなと思いまして……!」
解せない様子の孝太朗の背を半ば押すようにして、日鞠はその場を離脱することに成功した。
あの可愛らしいバレンタインデーの文字は、孝太朗の目にも入ってしまっただろうか。
入ってしまったとしたら、孝太朗は一体何を思っただろう。
孝太朗と恋人になって初めて迎えるバレンタインデー。
甘い甘いイベントに、日鞠はさっそく頭を抱えることになった。
翌日。
通常営業中の薬膳カフェには、今日も穏やかな時が流れていた。
このカフェには、冬の寒さに震える人々をふわりと包み込むような温もりがある。
明るい木目調のインテリアに、観葉植物が与える緑や赤の色彩。
座り心地のいいソファー席とカウンター席の傍らには、自由に使える膝掛けが置かれていた。
辺りに漂う薬膳茶の柔らかな香りが、訪れた人々の心をそっと解きほぐしていく。
「日鞠ちゃんには、バレンタインデーにチョコレートをあげるお相手はいるのかしら?」
「……へっ?」
客足が減り、一段落した頃。
テーブルを布巾で拭いていた日鞠は、唐突に投げかけられた質問に驚いて声を上げた。
振り返ると、窓際カウンター席の七嶋のおばあちゃんが、にこにことこちらを見つめている。
ゆるりとパーマがかかったロマンスグレーの髪と、少し下がった優しい目尻。七嶋のおばあちゃんは薬膳カフェ開店当初からの客人で、街に越してきた日鞠を温かく迎えてくれた友人の一人だ。
「最近お出掛けすると、あちこちでバレンタインデーの文字が目に留まるのよねえ。私はもうそんなお相手もいないけれど、日鞠ちゃんならきっと、素敵なお相手がいるのよね?」
「え、そ、それは」
日鞠は咄嗟に辺りを見渡す。
店内に他の客人がいないことを確認し、日鞠はすすす、と身体を寄せた。
「渡せたらいいなと思う相手はいるんです。ですがその、実は私、家族以外にチョコレートを渡す経験なんて今までなくて」
「経験なんて関係ないわ。その真っ直ぐな気持ちさえあれば、大抵のことはうまくいくものよ」
七嶋のおばあちゃんがくれる言葉は、いつも自然と心に沁み込んでいく。
七嶋のおばあちゃんは少しいたずらっぽい笑みを向けると、日鞠の耳元でそっと囁いた。
「ちなみにね。この薬膳カフェのバレンタインデーは、営業時間内のチョコレートの受け取りは全面禁止なの。だから、チョコレートを渡すなら営業時間外がおすすめね」
「……! そうだったんですね」
客人からのチョコレートの取り扱いは気になっていたところだったので、とても有益な情報だ。一応あとで、孝太朗にも確認を取ることにしよう。
「以前のバレンタインに類くんのファンの子たちがカフェに大殺到したのをきっかけに、店長さんがルールを定めたらしいのね。あの時の人の波は、本当にすごかったわあ」
「大殺到ですか。さすが類さんですね」
「なになにー? 俺の何がさすがなの?」
「わ、類さん!」
厨房で洗いものを終えたらしい類が、爽やかな笑みを携えて二人のもとに現れる。
穂村類。薬膳カフェ「おおかみ」に開店当初から勤務する、ホールスタッフの先輩だ。
店長である孝太朗の幼馴染みにして、あやかしの狐の血を引く、由緒正しい家系の嫡男でもある。
明るい茶髪に白い肌。すらりと高い身長とモデルのような体形は、カフェを訪れた客人の目を真っ先に惹いてしまう。愛想のいい人柄も相まって、日々大半の客から目の保養とあがめられているほどだ。
「バレンタインデーのお話よ。以前は類くんにチョコレートを渡したいお客さんで、とても盛り上がっていたわよねえ」
「ははっ。その節は本当にお騒がせいたしました」
「いいのよ。それだけ類くんも店長さんも、魅力ある素敵な人だということだもの」
「あ、あの。やっぱり孝太朗さんも、お客さまからチョコレートを渡されていたんでしょうか……?」
声のボリュームを極限まで下げつつ、日鞠は思いきって質問をぶつけた。
バレンタインデーは、想い人にチョコレートとともに好意を伝える絶好の機会だ。
孝太朗は、類と同様に見目麗しい。わかりやすい愛嬌こそないものの、心優しい彼のことだ。その魅力に惹かれた女性がいても何らおかしくはない。
「そうねえ。渡されている場面は、何度か見かけたことがあるわね」
「やっぱり、そうですよね」
「でも孝太朗は、本命チョコは受け取らない主義だったから。義理チョコなら受け取っていた時期もあったけれど、区別するのも難しいでしょ。だからここ最近は、一律受け取らないことにしているらしいよ」
「そ、そうだったんですか」
安堵の色が声に滲み出てしまって気恥ずかしい。
思わず顔を赤くする日鞠に、類と七嶋のおばあちゃんは揃って柔らかな笑みを浮かべた。
その後、会計を済ませた七嶋のおばあちゃんを見送る日鞠に、類が近寄ってくる。
「日鞠ちゃん日鞠ちゃん。七嶋のおばあちゃんさ、日鞠ちゃんと孝太朗が恋仲だってこと、やっぱり気づいているんじゃない?」
「どうなんでしょう……でも少なくとも、私のほうからはっきりお伝えしたことも、七嶋のおばあちゃんから指摘されたこともないですよ。わざわざ自分から皆さんにお伝えするのは、やっぱり少し照れくさくて」
日鞠と孝太朗が恋人になって以降、聡い客人からは「ついに付き合いはじめたの!?」と確認されることがあった。
しかし、聞かれていない相手にまで二人の関係を明言する必要はない。これは日鞠と孝太朗の共通認識でもあった。
「でも不思議なもので、七嶋のおばあちゃんには何でもお見通しなんじゃないかと思えるんですよね」
「はは、それ少しわかるかも。何にせよ、七嶋のおばあちゃんならきっと日鞠ちゃんたちのことを応援してくれると思うよ」
「おい。客がいなくなったからって駄弁ってるなよ。食器を早く下げろ」
「あっ、はい。すみません!」
厨房から飛んできた孝太朗の低い声に、日鞠は慌ててカウンターの片付けに入った。
食器を類に託しカウンターテーブルの拭き掃除をする日鞠だったが、ふと大窓に映る人影に気づく。
客人だろうか。そう思い扉を開け外に出てみると、すでにその人は道の向こうへ走り去っていた。
緩いウェーブがかけられたロングヘアの女性だ。
ここ最近薬膳カフェに通ってくれている女性だったと記憶しているが、今日は時間の都合が付かなかったのだろうか。
首を傾げて扉を閉めようとした矢先、反対側の通りから近づいてくる人物に気づいた。
「こんにちは、日鞠さん。お邪魔します」
「有栖さん! いらっしゃいませ」
現れた人物に、日鞠はぱっと笑みを浮かべる。
来店した女性は、楠木有栖。日鞠がこの薬膳カフェに勤めはじめて以降の常連さんだ。
まるで人形のような端整な顔立ちに、首に触れる長さで揃えられた髪。美しく澄んだ瞳は、何度見てもどきりと胸が震えてしまう。
今日は私服のロリータ服ではなく通勤時のパンツスーツスタイルで、凜とした雰囲気が一層際立っていた。
日鞠が中へ案内すると、厨房から顔を出した類が笑顔で話しかける。
「有栖ちゃん。もう仕事終わったんだね。今日もお疲れさま」
「はい。類さんもお疲れさまです」
「うん。ありがとう」
他に客人がないこともあってか、類と有栖の間には打ち解け合った気安い空気が流れる。
実は何を隠そうこの二人、つい先日に恋人同士になったばかりなのだ。
類の三十歳の誕生日に起きたお家騒動に端を発する、あれやこれやのいざこざ。一時はどうなるかと思われた二人だったが、無事に想いを通わせることができた。
それはずっと二人の仲を案じていた日鞠にはもちろん、きっと孝太朗にとっても喜ばしいことだった。
「好きな席に座ってね。今日も、いつもの薬膳茶でいいかな?」
「ありがとうございます。でもすみません。今日は類さん、極力こちらに近づかないでもらえますか。可能であれば、配膳も日鞠さんにお願いします」
「……えっ」
先ほどまでの和やかな空気が一変する。
有栖の口からさらりと出た「近づかないで」の言葉に、類はもちろん日鞠も目を丸くした。
まさかと思うが、付き合いはじめて一ヶ月も経たずして、類が有栖に不誠実なことでもしたのだろうか。
そんなわけないと思いつつも、明確に類を拒絶する有栖を前に、日鞠は思わず類へ非難の視線を向けた。厨房から出てきた孝太朗も同様だった。
「類さん……?」
「類、ちょっと話がある」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! えっ、二人とも何その俺への疑念しかない視線! ひどくない!?」
いつもの調子で声を上げる類。
どうやら本当に身に覚えがないらしい。
「ええっと、有栖ちゃん。近づかないでほしいっていうのは一体どうして……あ、俺、何か君の気に障るようなことをした?」
「? いいえ。そんなことはまったくありません」
どうしてそんなことを聞くのかわからない。そんな表情で有栖はこてんと首を傾げる。
どうやら先ほどの発言は、類への嫌悪から出たわけではないらしい。
「ただ今日は、少し日鞠さんにご相談したいことがあるんです。類さんには、特に内密に」
「私に相談、ですか?」
いまだ有栖の意図を汲めずにいる日鞠だったが、類は何かを察したらしい。
素直に引き下がった類に戸惑いつつ、日鞠は言われるままに有栖の席にお冷やを届けた。
「日鞠さん」
口元に手を添え、有栖が日鞠のほうへそっと身体を乗り出す。
「先ほどもお伝えしたとおり、日鞠さんに折り入ってご相談したいことがあるんです」
「はい。私でよければいくらでも」
「実は……バレンタインデーの、チョコレートについてなんですが」
ふわりと桜色に色づいた有栖の頬に、日鞠はようやくすべての事情を悟った。
「よし。これでピカピカ、綺麗になったかな」
手にした指輪を柔らかな布で隅々まで磨き終え、桜良日鞠は満足げに頷いた。
優しい乳白色のパールが嵌め込まれたアンティーク調のそれは、窓から降り注ぐ朝陽を浴びてきらきらと瞬いている。
シルバーの台座には細やかな蔦の模様が彫られており、指輪の内側には可愛らしい小花の模様が密かに刻まれていた。
去年のクリスマスイブに、恋人の大神孝太朗から贈られた大切な指輪だ。
孝太朗が生まれると同時に亡くなった母親の、形見の品なのだという。
「孝太朗さんのお母さん、一体どんな人だったんだろうな」
遺されたものの中には写真もなく、孝太朗自身面影を知る術はなかったらしい。
それでもきっと、心の温かな人だったに違いないと日鞠は思う。
大切な人の大切な存在に想いを馳せながら、日鞠は指輪をそっと右手中指に嵌める。
ふと顔を上げると、壁にかかった時計の短針が、十時を指そうとしているのが目に留まった。
「あっ、そういえば、今日はお昼前にご飯の買い出しに行こうって約束をしていたんだっけ」
日鞠は、机の上のものを手早く片付けて自室を出る。
ダイニングキッチンに人の姿がないことを確認すると、自室の隣にある和室の襖越しに声をかけた。
「孝太朗さん。入っても大丈夫ですか」
「ああ」
中から聞こえた落ち着いた声に、日鞠は襖をすっと開く。
珍しく部屋の中央に座卓を置いていた孝太朗は、何やら荷物の整理をしているようだった。
長めの艶やかな黒髪の隙間から、強い眼差しが日鞠に向けられる。
「孝太朗さん、お片付け中でしたか」
「ああ。少し物の整理をしていた」
畳に胡座をかいたまま、孝太朗は静かに答える。
座卓の上には金属製の長方形の箱と、その中に収められていたらしい品々があった。
孝太朗がこんなふうに物を広げるなんて珍しい。
そんな風に思っていた日鞠の足元に、ふわりと白い紙が舞い落ちた。
一通のハガキだ。
「悪い。落とした」
「大丈夫ですよ。はいどうぞ……」
笑顔でハガキを拾い上げた瞬間、日鞠の胸がどきっと跳ねる。
宛名面の左下に、女性の名が記されていたように見えたからだ。
一瞬しか見えなかったが、『夏帆』と書かれていた気がする。
『かほ』──と読むのだろうか。
「俺の母が遺したハガキだ。宛先は書かれないまま保管されていた」
「あっ、なるほど。孝太朗さんのお母さんでしたか……!」
日鞠の心に湧き出た疑問に対し、間髪をいれずに与えられた解答に、思わず素っ頓狂な声が出る。
怪訝な顔でこちらを見る孝太朗に、日鞠は小さく苦笑した。
「すみません、その、送り主の欄に女性のお名前が見えたものですから。孝太朗さんが過去に受け取ったラブレターなのかな、なんて思ってしまって」
あんな一瞬でヤキモチを焼いてしまうなんて、自分が少し情けない。
そんな日鞠の様子を目にした孝太朗は、小さく息を吐いた。
「ここにあるのは母の形見の品だ。書き残した手紙や筆記用具に小物類くらいだが、この箱に仕舞っている」
「そうだったんですね」
「俺にラブレターなんざ寄越してくる物好きはいない。余計な心配は必要ねえよ」
「……いますよ? 孝太朗さんを想っている人なら、ここに一人います」
日鞠が恥じらいながらも小さく反論すると、孝太朗は動きを止めた。
おずおずと様子を窺う日鞠から、孝太朗はすっと視線を外す。
呆れられてしまっただろうか。
「孝太朗、さん?」
返事がない。
逸らされた顔にかかる少し長めの黒髪から、僅かに覗く耳元。
あ、と気づき、日鞠は目を見張った。
もしかして孝太朗さん……照れている?
「昼の買い出しの件だろう。俺も声をかけようと思っていた。そろそろ行くか」
「は、はい。今日は午後から雪が降り出す予報でしたもんね」
形見の箱を仕舞い終えた孝太朗は、すでにいつもの落ち着いた表情に戻っていた。
それでも、徐々に感じ取れるようになってきた想い人の感情の微細な変化に、日鞠は胸が温かくなる。
恋人の孝太朗とは、去年の春から一つ屋根の下で共同生活をしていた。
正確には、孝太朗が一人暮らしをしていた自宅兼店舗の建物に、路頭に迷った日鞠が転がり込んだのだ。
そして日鞠は辿り着いたこの街に根をおろし、一階店舗での職を手にし、不器用ながらも同居人と想いを通わせた。
「雪はまだだが、今日は一段と冷えるぞ。ちゃんと着込んでこいよ」
「はい。さすがに二月ともなれば、北海道の冬の厳しさは身をもってわかっていますから」
二月に入ったばかりの北海道は、街中が白い雪に包まれている。
日鞠は防寒機能抜群のダウンコートをまとい、一番上のボタンまでしっかり留めた。耳当てと手袋を装着し、最後に財布を入れたポシェットを斜めがけにして、準備完了だ。
「わっ、寒い!」
「だから言っただろう」
外への扉を開くと、確かに驚くほどの寒さだった。
二階玄関から伸びる外付けの階段を、滑らないように慎重に降りていく。
自宅兼店舗の向かいにある公園は白銀に覆われ、小高い雪山がいくつもできあがっていた。
はあっと白い息を吐いたあと、ふと日鞠は一階の大窓の向こうを覗き込む。
「窓を覗いても、中は見えねえぞ」
「ですね。でも、今日はお休みだとわかっていても、こうして中を覗いてしまうんです。このカフェは、大好きな人たちとの時間がたくさん詰まった大切な場所ですから」
日鞠は小さく微笑みながら、一階扉に提げられたCLOSEの札をつんと指先で突いた。
薬膳カフェ「おおかみ」。
日鞠たちが住まう建物の、一階に広がるカフェ店舗。
この街の人々の憩いの場であり、行く当てなく彷徨っていた日鞠を迎え入れてくれた、帰るべき場所だ。
「厳密には、『人』だけじゃあねえけどな」
「ふふ、確かにそうですね」
「行くぞ。足元に気をつけろ」
「はい」
降り積もる雪で細くなった歩道を、孝太朗が先導して歩いてくれる。
日鞠も雪に足を取られないように、一歩一歩気をつけながら進んでいった。
人だけじゃない。
先ほどの孝太朗の言葉を振り返り、日鞠は再び笑みをこぼす。
その言葉のとおり、薬膳カフェ「おおかみ」に集うのは人間だけではない。
人ならざるもの。
この街に密かに棲まうあやかしたちもまた、美味しい薬膳茶と癒やしの一時を求めて訪れる。
この街のあやかしを統べる狼のあやかし──山神である孝太朗が営む、この薬膳カフェへと。
第一話 二月、五徳猫とチョコレート
「孝太朗さん、今日は何を買う予定ですか」
「色々あるが、まずは大根だな。今日は昆布出汁をしっかりとった大根鍋に使う」
「わあ、想像するだけでも美味しそうですね。とても楽しみです!」
駅前のスーパーへ向かった二人は、賑わう人混みの中、食材コーナーを渡り歩いていた。
カフェの厨房を一手に担うだけあり、孝太朗は驚くほど料理がうまい。
日鞠とて数年間は都内で一人暮らしをしてきた。そのため料理は人並み程度にできると自負しているが、二人の間にはやはり越えられない壁がある。
会計を済ませ、エコバックに手際よく商品を詰めていく。
食品エリアから出入り口まで歩いていると、孝太朗がふと足を止めた。
「日鞠。書店に寄っていいか。買いたい本がある」
「わかりました。私はここで待っていますね」
このスーパー内には出入り口近くに書店があり、日鞠もよく利用している。
短く「すぐ戻る」と告げた孝太朗は、書店へと入っていった。
孝太朗はよく本を読む。今回はどんな本を買うのだろうと思いつつ、日鞠は通路に面する書架を眺めた。
そこに並ぶ書籍たちを前にして、日鞠ははっと大きく目を開く。
「『バレンタインデー特集』……」
そうだ。今は二月上旬。
節分の次に待ち構えるイベントは何かと問われれば、やはりバレンタインデーが思いつく。
目の前の棚には『バレンタインデー特集』と称され、お菓子関連のレシピ本や小説、チョコレートがモチーフの雑貨や文具が華やかに並べられていた。
バレンタインデー。
実家を離れて以降、まるで関わりのなかった行事だ。
「待たせた」
「ひゃっ!?」
いつの間にか背後に立っていた孝太朗の声に、日鞠は素早く振り返った。
すでに会計を済ませてきたらしい。
「は、早かったですね孝太朗さん! さあさあ、早く家に帰りましょう! あまりよそ見をしないようにして……!」
「あ? 何か急ぎの用でもあったのか」
「あ、あったようななかったような? でもほら、大根鍋の準備をしないといけませんし、なるべく早く帰ったほうがいいんじゃないかなと思いまして……!」
解せない様子の孝太朗の背を半ば押すようにして、日鞠はその場を離脱することに成功した。
あの可愛らしいバレンタインデーの文字は、孝太朗の目にも入ってしまっただろうか。
入ってしまったとしたら、孝太朗は一体何を思っただろう。
孝太朗と恋人になって初めて迎えるバレンタインデー。
甘い甘いイベントに、日鞠はさっそく頭を抱えることになった。
翌日。
通常営業中の薬膳カフェには、今日も穏やかな時が流れていた。
このカフェには、冬の寒さに震える人々をふわりと包み込むような温もりがある。
明るい木目調のインテリアに、観葉植物が与える緑や赤の色彩。
座り心地のいいソファー席とカウンター席の傍らには、自由に使える膝掛けが置かれていた。
辺りに漂う薬膳茶の柔らかな香りが、訪れた人々の心をそっと解きほぐしていく。
「日鞠ちゃんには、バレンタインデーにチョコレートをあげるお相手はいるのかしら?」
「……へっ?」
客足が減り、一段落した頃。
テーブルを布巾で拭いていた日鞠は、唐突に投げかけられた質問に驚いて声を上げた。
振り返ると、窓際カウンター席の七嶋のおばあちゃんが、にこにことこちらを見つめている。
ゆるりとパーマがかかったロマンスグレーの髪と、少し下がった優しい目尻。七嶋のおばあちゃんは薬膳カフェ開店当初からの客人で、街に越してきた日鞠を温かく迎えてくれた友人の一人だ。
「最近お出掛けすると、あちこちでバレンタインデーの文字が目に留まるのよねえ。私はもうそんなお相手もいないけれど、日鞠ちゃんならきっと、素敵なお相手がいるのよね?」
「え、そ、それは」
日鞠は咄嗟に辺りを見渡す。
店内に他の客人がいないことを確認し、日鞠はすすす、と身体を寄せた。
「渡せたらいいなと思う相手はいるんです。ですがその、実は私、家族以外にチョコレートを渡す経験なんて今までなくて」
「経験なんて関係ないわ。その真っ直ぐな気持ちさえあれば、大抵のことはうまくいくものよ」
七嶋のおばあちゃんがくれる言葉は、いつも自然と心に沁み込んでいく。
七嶋のおばあちゃんは少しいたずらっぽい笑みを向けると、日鞠の耳元でそっと囁いた。
「ちなみにね。この薬膳カフェのバレンタインデーは、営業時間内のチョコレートの受け取りは全面禁止なの。だから、チョコレートを渡すなら営業時間外がおすすめね」
「……! そうだったんですね」
客人からのチョコレートの取り扱いは気になっていたところだったので、とても有益な情報だ。一応あとで、孝太朗にも確認を取ることにしよう。
「以前のバレンタインに類くんのファンの子たちがカフェに大殺到したのをきっかけに、店長さんがルールを定めたらしいのね。あの時の人の波は、本当にすごかったわあ」
「大殺到ですか。さすが類さんですね」
「なになにー? 俺の何がさすがなの?」
「わ、類さん!」
厨房で洗いものを終えたらしい類が、爽やかな笑みを携えて二人のもとに現れる。
穂村類。薬膳カフェ「おおかみ」に開店当初から勤務する、ホールスタッフの先輩だ。
店長である孝太朗の幼馴染みにして、あやかしの狐の血を引く、由緒正しい家系の嫡男でもある。
明るい茶髪に白い肌。すらりと高い身長とモデルのような体形は、カフェを訪れた客人の目を真っ先に惹いてしまう。愛想のいい人柄も相まって、日々大半の客から目の保養とあがめられているほどだ。
「バレンタインデーのお話よ。以前は類くんにチョコレートを渡したいお客さんで、とても盛り上がっていたわよねえ」
「ははっ。その節は本当にお騒がせいたしました」
「いいのよ。それだけ類くんも店長さんも、魅力ある素敵な人だということだもの」
「あ、あの。やっぱり孝太朗さんも、お客さまからチョコレートを渡されていたんでしょうか……?」
声のボリュームを極限まで下げつつ、日鞠は思いきって質問をぶつけた。
バレンタインデーは、想い人にチョコレートとともに好意を伝える絶好の機会だ。
孝太朗は、類と同様に見目麗しい。わかりやすい愛嬌こそないものの、心優しい彼のことだ。その魅力に惹かれた女性がいても何らおかしくはない。
「そうねえ。渡されている場面は、何度か見かけたことがあるわね」
「やっぱり、そうですよね」
「でも孝太朗は、本命チョコは受け取らない主義だったから。義理チョコなら受け取っていた時期もあったけれど、区別するのも難しいでしょ。だからここ最近は、一律受け取らないことにしているらしいよ」
「そ、そうだったんですか」
安堵の色が声に滲み出てしまって気恥ずかしい。
思わず顔を赤くする日鞠に、類と七嶋のおばあちゃんは揃って柔らかな笑みを浮かべた。
その後、会計を済ませた七嶋のおばあちゃんを見送る日鞠に、類が近寄ってくる。
「日鞠ちゃん日鞠ちゃん。七嶋のおばあちゃんさ、日鞠ちゃんと孝太朗が恋仲だってこと、やっぱり気づいているんじゃない?」
「どうなんでしょう……でも少なくとも、私のほうからはっきりお伝えしたことも、七嶋のおばあちゃんから指摘されたこともないですよ。わざわざ自分から皆さんにお伝えするのは、やっぱり少し照れくさくて」
日鞠と孝太朗が恋人になって以降、聡い客人からは「ついに付き合いはじめたの!?」と確認されることがあった。
しかし、聞かれていない相手にまで二人の関係を明言する必要はない。これは日鞠と孝太朗の共通認識でもあった。
「でも不思議なもので、七嶋のおばあちゃんには何でもお見通しなんじゃないかと思えるんですよね」
「はは、それ少しわかるかも。何にせよ、七嶋のおばあちゃんならきっと日鞠ちゃんたちのことを応援してくれると思うよ」
「おい。客がいなくなったからって駄弁ってるなよ。食器を早く下げろ」
「あっ、はい。すみません!」
厨房から飛んできた孝太朗の低い声に、日鞠は慌ててカウンターの片付けに入った。
食器を類に託しカウンターテーブルの拭き掃除をする日鞠だったが、ふと大窓に映る人影に気づく。
客人だろうか。そう思い扉を開け外に出てみると、すでにその人は道の向こうへ走り去っていた。
緩いウェーブがかけられたロングヘアの女性だ。
ここ最近薬膳カフェに通ってくれている女性だったと記憶しているが、今日は時間の都合が付かなかったのだろうか。
首を傾げて扉を閉めようとした矢先、反対側の通りから近づいてくる人物に気づいた。
「こんにちは、日鞠さん。お邪魔します」
「有栖さん! いらっしゃいませ」
現れた人物に、日鞠はぱっと笑みを浮かべる。
来店した女性は、楠木有栖。日鞠がこの薬膳カフェに勤めはじめて以降の常連さんだ。
まるで人形のような端整な顔立ちに、首に触れる長さで揃えられた髪。美しく澄んだ瞳は、何度見てもどきりと胸が震えてしまう。
今日は私服のロリータ服ではなく通勤時のパンツスーツスタイルで、凜とした雰囲気が一層際立っていた。
日鞠が中へ案内すると、厨房から顔を出した類が笑顔で話しかける。
「有栖ちゃん。もう仕事終わったんだね。今日もお疲れさま」
「はい。類さんもお疲れさまです」
「うん。ありがとう」
他に客人がないこともあってか、類と有栖の間には打ち解け合った気安い空気が流れる。
実は何を隠そうこの二人、つい先日に恋人同士になったばかりなのだ。
類の三十歳の誕生日に起きたお家騒動に端を発する、あれやこれやのいざこざ。一時はどうなるかと思われた二人だったが、無事に想いを通わせることができた。
それはずっと二人の仲を案じていた日鞠にはもちろん、きっと孝太朗にとっても喜ばしいことだった。
「好きな席に座ってね。今日も、いつもの薬膳茶でいいかな?」
「ありがとうございます。でもすみません。今日は類さん、極力こちらに近づかないでもらえますか。可能であれば、配膳も日鞠さんにお願いします」
「……えっ」
先ほどまでの和やかな空気が一変する。
有栖の口からさらりと出た「近づかないで」の言葉に、類はもちろん日鞠も目を丸くした。
まさかと思うが、付き合いはじめて一ヶ月も経たずして、類が有栖に不誠実なことでもしたのだろうか。
そんなわけないと思いつつも、明確に類を拒絶する有栖を前に、日鞠は思わず類へ非難の視線を向けた。厨房から出てきた孝太朗も同様だった。
「類さん……?」
「類、ちょっと話がある」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って! えっ、二人とも何その俺への疑念しかない視線! ひどくない!?」
いつもの調子で声を上げる類。
どうやら本当に身に覚えがないらしい。
「ええっと、有栖ちゃん。近づかないでほしいっていうのは一体どうして……あ、俺、何か君の気に障るようなことをした?」
「? いいえ。そんなことはまったくありません」
どうしてそんなことを聞くのかわからない。そんな表情で有栖はこてんと首を傾げる。
どうやら先ほどの発言は、類への嫌悪から出たわけではないらしい。
「ただ今日は、少し日鞠さんにご相談したいことがあるんです。類さんには、特に内密に」
「私に相談、ですか?」
いまだ有栖の意図を汲めずにいる日鞠だったが、類は何かを察したらしい。
素直に引き下がった類に戸惑いつつ、日鞠は言われるままに有栖の席にお冷やを届けた。
「日鞠さん」
口元に手を添え、有栖が日鞠のほうへそっと身体を乗り出す。
「先ほどもお伝えしたとおり、日鞠さんに折り入ってご相談したいことがあるんです」
「はい。私でよければいくらでも」
「実は……バレンタインデーの、チョコレートについてなんですが」
ふわりと桜色に色づいた有栖の頬に、日鞠はようやくすべての事情を悟った。
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