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2巻番外編「彼等の縁の糸」

第三話番外編 化け狸の反省会

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 人生初のクリスマスイブデートから早数日。

 イルミネーションツリーの前で見事意中の彼女を強奪された釜中かまなか太喜たいきは、幼馴染み兼山神さまの自宅にて盛大に落ち込んでいた。

「はあああああ……どうして俺ってばいつもこうなるんだろうなあ……」
「でかい独り言なら余所でしろ。茶飲んでとっとと帰れ」
「もー! いいじゃんいいじゃん、少しくらい愚痴に付き合ってくれてもいいじゃんかー!」

 ダイニングテーブルに突っ伏していた太喜が、がばりと顔を上げる。

 向かい席に座るこの家の住人、大神孝太朗はといえば、ひどく面倒くさそうに顔をしかめていた。

 ちなみに一階の薬膳カフェは本日休業日。同居人の恋人は外出中だ。

 もちろん太喜とて、そのことは事前に織り込み済みでやってきた。
 だってこんな情けない姿、女性の目に触れさせるわけにはいかないだろう?

「くっそー……あのイケメン狐めー……許すまじ……」
「褒めてるのか呪ってんのかどっちかにしろ」
「呪ってるに決まってるじゃん! 隠れイケメンは黙っててくれる!?」
「そうか。帰れ」
「うそうそうそ! ごめんなさい口が過ぎました許してくださいいいい……!」

 涙ながらに孝太朗に許しを請いながら、脳裏によぎるのは忌々しいほどきらきら輝いたあの笑顔だ。

 穂村類。
 孝太朗と同様にあやかしの血を引く、もう一人のイケメン幼馴染みである。

 狐と狸。
 幼いころから何かと比べられてきた環境もあり、気づけば太喜は類をライバルと見なしていた。

 小学生のころ好きになった女の子が軒並み類に惚れていったこともライバル意識に拍車を掛けることとなり、今に至る。

「あれは女子が勝手にあいつに惚れただけだ。類の奴が何か悪知恵を働かせたわけじゃあねえだろ」
「わかってるよ! わかってるけどさ! でもやっぱり悔しいじゃん! なんで俺が好きになった女の子は、いつもいつもいつも類にばっかり惚れていくんだー!」
「顔がいいからな」

 しれっと答える孝太朗の横顔を、太喜は密かにジト目で見遣る。

 先ほどの暴言にも織り交ぜたが、孝太朗も類に負けず劣らずの美貌を兼ね備えている。

 陶器のような美しい肌。艶が光る黒い髪。相手の心まで射貫くような強い瞳。

 人を寄せ付けない空気のせいでわかりやすいモテ方はしていなかったが、遠くから羨望の眼差しを向ける女子の姿を太喜は幾度となく目にしてきた。

 くそう。イケメンずるい。許すまじ。

「……まあでも、今回はこれでよかったんだよな。だって俺が惚れた有栖ありすさんのなかには、すでにあの幼馴染みがいたんだから」

 ふーっと長い息を吐いた太喜は、椅子の背もたれにぐっと寄りかかった。

 孝太朗の視線が向くのがわかる。ははっと情けない笑みが太喜の喉を擦った。

「有栖さんの気持ちを知ったときから決めてたんだ。今回は俺のためじゃなく、彼女のために頑張ろうって。ちゃんと俺の願いが叶ったわけだし、別に悔しがることでも何でもないよな」
「そうだな」
「まあ実際、今まで見たことのない類の顔を見てやることもできたしね! 女性相手にあんな必死に走り回るあいつなんて、今まで想像もできなかったもんね!」
「そうだな」
「それに……有栖さんも……あんなに嬉しそうな顔、見せてくれたしさ……?」
「……そうだな」
「うわああああん! そこで微妙に優しいトーンにならないでよお! いつもの辛辣で面倒くさげで無関心な孝太朗のままでいてよおおお!」

 おいおい泣き伏す太喜に、孝太朗は何度目かわからないため息をつく。

 迷惑を掛けていることは重々承知だ。
 化け狸の血を引く太喜とて、常識はその辺の人間以上にわきまえている。

 しかし今回はこの無愛想な幼馴染みを頼るほかなかった。だって他に話せる相手がいないんだもん!

「はあああああ……もう俺恋しない。絶対しない」
「その言葉が守られることなく早二十年か」
「だって仕方ないでしょー!? 恋する気持ちはどうしようもないでしょー!?」
「まあ、それは否定しないがな」

 意外な返答に、噴水のように吹き出ていた太喜の涙がぴたりと止まる。

 対面席に座る孝太朗をまじまじと見つめていると、孝太朗は怪訝そうに眉をひそめた。

「なんだその目は」
「いや……やっぱり、恋の力は偉大なあと思って」
「あ?」
「茶化してるわけじゃないって。だって前の孝太朗なら、恋愛沙汰なんて関心すら持たなかっただろう?」

 太喜の指摘に、孝太朗はしばらく考え込む。

 そんな様子をどこか感慨深げに眺めながら、太喜は出された薬膳茶にようやく口を付けた。
 うん。美味しい。
 さすが孝太朗の出すお茶だ。

「恋の力云々は知らねえが」
「ん?」
「イブのあの日。俺はお前がすごい奴だと思ったよ」
「……へ?」

 唐突な褒め言葉に、太喜はカップを持つ手をぴたりと止めた。

 零れるぞ、という孝太朗の冷静な言葉で、慌ててカップをテーブルに着地させる。

「俺がすごい? どこが? あ、この歳になっても失恋記録を順調に更新中なところとか? ははは……」
「お前は有栖さんの幸せを思って身を引いた。自分の恋情に蓋をして、わざわざ二人の背を押すための計画まで練ってな」
「……!」
「俺には……無理かもしれない」

 思いがけない言葉だった。

 自分の下手な失恋話を、この幼馴染みはそんな風に捉えてくれていたのか。

 胸の奥から徐々に熱いものがこみ上げてくる。
 何故だか急に喉奥が震え、太喜はぐぐっと口元を強く結んだ。

「……孝太朗は、日鞠さんが大切?」
「ああ」
「もしも日鞠さんに、他の男を好きになったって言われたら……どうする?」
「考えたくもねえな」
「はは。そっか」

 短く笑いながら、太喜は再び薬膳茶に口を付けた。

 ここは一階のカフェではない。
 それでも自分がこうして泣き言を言いに来たときは、決まって何某なにがしかの薬膳茶を振る舞ってくれる。

 優しい幼馴染みだ。
 顔が時々怖いけど。

「はーあ! 山神さまからの温かいエールを受けたことだし、まだ見ぬ新しい恋に懸けてみるとするかなー!」
「エールを送った覚えはねえぞ」
「あ。でもさでもさ。万が一類の奴が有栖さんに不誠実なことをしたときは、真っ先に俺に伝えてくれよな。約束な、約束!」
「構わねえが、お前が鉄槌を下す前に、恐らく俺と日鞠がとどめを刺してるぞ」
「……え? 孝太朗はともかく日鞠さんもなの? え?」
「あいつは自分のためよりも、人のために怒るような奴だからな」

 あらま。さらりと惚気のろけてきた。
 それでも、この幼馴染みの惚気には不思議と苛立ちを感じない。

 幼いころに突如として背負うことになった山神としての地位と重責。
 それと真摯に向き合ってきた姿を、この目で見てきたからだろうか。

 重すぎる使命を抱えながら歩く幼馴染みにようやく現れた、隣を歩く温かな存在。
 優しく差し伸べられる、支えの手。

 いい人に巡り会えて良かったなあ。孝太朗。

 羨ましさと少しの悔しさが相まって、言葉に出さずに心の中で告げてみる。
 失恋の傷跡がほんの僅かに癒えた心地がするなかで、太喜はカップに残った薬膳茶をゆっくりと飲み干していった。

 おわり
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