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第五章 欲望渦巻くレユアン島

84話 偽善の仮面と欲望の素顔

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 ミオはぴちゃぴちゃと水溜りを駆け抜ける。
 前方の明るい中央エリアを目指して走っていると、前から傘を差した男がこちらへ歩いてくるのを発見した。

 男はミオの頭上へ傘を差し出すと、心配そうな表情で彼女を覗き込んできた。

「あなたはルフスレーヴェのミオさんですね。レディがこんなところで一人で雨に打たれて……風邪を引いてしまいますよ」
 そう言う彼の顔を見ると、ミオはあっと声を上げた。

「アルノーさん!!」
 彼女はジョズ島でブランシャール商会の城へと招待された時のことを思い出した。

「はい、お久しぶりです」

「大変なんです! ここは“幻想”の本拠地があって、エルヴィスが“幻想”を何人も相手にしてて、それで、それで……」

「それはそれは……ミオさん、少し失礼しますね」

 アルノーがミオの口へハンカチを押し当てると、彼女はふっと意識を失いその場に倒れていった。

 その倒れた拍子にリュックからポールがコロコロと転がり落ちる。


 アルノーは声を抑えるように喉で笑うと、興奮で震えた声でこう呟いた。

「遂に、遂に手に入れた……! ユリウス様の望む女。これで私も大国のお墨付きに。後はチビデブを始末すれば私が商人のトップ……そしていずれは国をのっとり私が王に……」

 彼はくっくと笑いながらミオを抱き上げると、ふと、クマのぬいぐるみが転がっていることに気付く。

「あのお方もこんなガキのどこがいいんだか」
 そう吐き捨てるとぬいぐるみを軽く蹴って水溜りに入れ、思いっきりぐりぐりと踏み潰して、暗闇の中へと去っていった。


 アルノーの気配が遠ざかったところで、ポールがむくっと覚醒する。

『ヤバいヤバいヤバいヤバい……』

 彼は水を吸って重くなった身体を引きずりながら、中央エリアの人混みに紛れた。

 人々が騒ぎになるのも覚悟で彼らの足元を駆け抜けていたが、皆足元など見ておらずポールを気に止める者は誰一人としていなかった。
 その代償として彼はあっちこっちに蹴り飛ばされ、すぐ目の前のカジノの建物がとても遠く感じた。


⸺⸺カジノエリア⸺⸺

 ポールが中央エリアへ入る少し前、カジノエリアでは未だフランツのマシンガントークが繰り広げられていたが、ようやくここでクロノが異変に気付く。

「ちょっとフランツ待て、ミオとクライヴが居ねぇ」

 その一言でケヴィンとチャドも辺りをキョロキョロと見回す。
「あれ、本当だ……」
「この人混みだと、気配も探り辛いね……」

「ホンマか! すんません、ワシ嬉しくなってつい話しすぎてしもうたわ。どっかのゲームで2人で遊んではるんやろか」
 フランツもショボンと項垂うなだれた。


 その時、クライヴが血相を変えて階段を爆上がりして来る。
「あ、クライヴは発見」
 と、チャド。

「あ、いたいた、良かったすぐ見つかって」
 クライヴははぁはぁと息を切らしている。

「クライヴお前今階段上がってきたな。どこ行ってた?」
 クロノが首をかしげる。

「ミオちゃんを追いかけてレーヴェ号まで行ってきた」
「ミオを? あいつ船まで行ってたのか」

「ミオちゃんはおじさんが心配だからって、でも俺もミオちゃんが心配になって後を追いかけたら……船には既に誰もいなかった」
 クライヴはなんとか状況を伝えることができ、一息つく。

「2人でこっち向かってんのか?」
 と、ケヴィン。

「でも、だとするとクライヴが先帰ってくるのはおかしくない?」
 チャドがそうツッコむと、ケヴィンも「あ、そうか」と納得する。

「それ……もしかしたらえらいこっちゃな事態かもしれへんで」
 そう言うフランツの顔はすっかり青ざめていた。

「どういうことだ?」
 と、クロノ。

「この島にはな、“幻想”の本拠地があるっちゅうのをワシらは突き止めてん」
 フランツは声のトーンを落としてそう言った。

「何!?」
 驚くクロノ、ケヴィン、チャド。

「俺も、その噂知っててさ、それで一人にするのは不安になってミオちゃんを追いかけたんだ」
「てめぇ、何でそれ知ってて何も言わなかった!?」
 ケヴィンがグッとクライヴの胸ぐらをつかむ。

「ケヴィン落ち着け、こいつはミオが“幻想”に狙われたこと、知らねぇだろ」
「狙われた? 既に?」
 クロノの介入に対し、クライヴも胸ぐらを掴まれたまま驚く反応を見せる。

「あわわわ、まさかあのジョズ島でのマキナ誘拐事件かいな?」
 と、フランツ。

「そうだ。そうか流石に商業の島での事件だったから、エーベル商会にもその情報は入ってるよな」
 クロノがそう返す。

「そういうこっちゃ。あぁ、えらいことになってしもた……ワシのせいや、どないしょ……」
「何で、会長さんのせいなの?」
 と、チャド。

「ワシ、実はアルノーはんにこの島に招待されてな、その招待を受ける形でこの島に来たんや。ワシは明日、彼に暗殺される覚悟で来たんや」
「どゆこと!?」
 と、一同。


 フランツは商会独自の魔導技術により音声を留める魔導具の開発に成功。
 そこで、アルノーが“幻想”のリーダーディザイアであるという証拠を掴む。

 それを明日テーマパークで開催予定の講演会で来賓へ提示する予定だったという。


「それで何で殺されることが分かったんだ?」
 と、ケヴィン。

「その入手した音声の中で、ワシの暗殺計画が語られとったんや」
「それ知ってて招待に応じたの?」
 と、チャド。

「そうや。ここまで明らかになってん。死んでもディザイアを裏の業界から引きずりおろしたんねん。そう覚悟を決めて来たんや。でも、お宅らに会えた。これはもしかしたら、ワシ守ってもらえるかもしれへん。死なんでもええかもしれへん。そう思ったら嬉しくていつも以上に饒舌になってしもて……お宅らを長いこと引き止めてしまいましたわ」

「なるほど……それで、んなに炸裂してたんだな……」
 クロノは苦い顔をする。


「っつーかさ! お前だろ、ミオを誘拐したの!」
 ケヴィンはそう言って再びクライヴの胸ぐらをつかむ。
「待って、なんでそうなるの?」

「ふざけんなよ! だってミオがいなくなる時点で力づくでも止めるか俺らに報告するだろ普通! なんでそれしなかった!?」

「だからそれは、ミオちゃんに伝えてくれって言われてたし、フランツ氏の話の区切りがついたらって思って……」

「るせえな! “幻想”のメンバーだって認めろよ!」
 ケヴィンはそのままクライヴの頬を殴り飛ばした。


「きゃぁぁぁぁ」
「何だ!? 喧嘩か?」
「今“幻想”って言わなかった?」


 その事態に流石さすがに周りの客も彼らに注目し始め、カジノのスタッフが止めにる。

 そしてフランツの顔に免じて今日のところはカジノから出ていくという対処で勘弁してもらえた。

 彼らがカジノから出ると、ザーッと降っていた雨が丁度止んでいくところであった。


「あーあー、ケヴィンのせいで追い出されちゃった」
 と、チャド。

「……俺は、ただ……」
 ケヴィンは怒りのやり場がなくなり、グッと拳を握り締める。
 そして足元へ視線を落とすと、見慣れたぬいぐるみが蹴飛ばされて彼の足元へと転がってきた。

「ポール!?」
『うわぁ、やっと会えた……』

 ポールは色んな足跡が付き、泥水でドロドロになっていた。

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