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第四章 氷の女王と氷の少女

72話 5年モノの浄化

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⸺⸺クッカの楽園⸺⸺

 ミュラッカ島で唯一年中雪が降らない不思議な場所。

 日本の季節で言うと春のように草花が生い茂り、まさに楽園と呼ぶべき場所。

 以前は一般開放されており、ロスカ国民だけでなくクエストに訪れたクランらも立ち寄る謂わば観光地であった。

 現在は、5年前の事件の際に実は黒魔症くろましょうを発症していた女王の妹君カタリーナが監禁されており、その影響でいつも明るかった空は暗く、草木は枯れ地面からは黒い霧がじわじわと湧き上がっていた。

 更にはまるでカタリーナを守るかのように亜種へと成長を遂げた魔物らが蔓延はびこっており、クロノの言うとおり地獄のようであった。

⸺⸺

 ミオは楽園へ足を踏み入れた瞬間に地面へ杖を突き立てる。

⸺⸺白の領域⸺⸺

 彼女の足元から白い気のフィールドが広がっていき、楽園の広範囲を覆った。

 その発動を合図に、上下の入り口からメンバーが突入する。

「おぉ~お前ら元気だったかぁ?」
 エルヴィスはそう言いながら魔物へ銃弾を撃ち込む。

「おっさんこそ、寂しくてヤケ酒してねーか? ……っ!」

 ケヴィンは調子に乗って血昇けっしょうのアウラを発動させると、まだ慣れていない連続発動の反動でその場に崩れ落ちた。

「ぎょえ!? ケヴィン君ボロボロじゃないの!」
 エルヴィスはすぐにケヴィンを守るように前に立つ。

「やべ……。さっき解除した時、直後の反動が来なかったから調子乗った……」

「あはは、ケヴィン脱落~。じゃぁ……代わりに俺がケヴィンになっからそこで見てろやぁ!」

 チャドは急に低い声でそううなると稲妻をまとい、同時に血昇のアウラを発動させ、鋭い眼光で不敵に笑い、先程のケヴィンのように前髪を掻き上げた。

「……お宅誰?」
 エルヴィスが白い目で見る。

「うお、マジで俺が気合い入れた時みたいじゃねーか……」

「ちょぉ……クロノだけじゃなくてチャドもヤバそうだな……」
 クライヴは稲妻を避けるように後ずさった。


 チャドが目の前で覚醒したためクロノはもろに稲妻の圏内に入っていたが、特に何もダメージがないことに驚いていた。

「そうか、ミオはフェリス島の時点でこれに気付いてたのかもな……」
 そう言って自身も血昇のアウラを発動させ、気合を入れる。


 ケヴィンはエルヴィスに担がれてミオの足元へと運ばれる。

 白の領域を発動し続ける彼女の周りには、ベアトリスと二人の近衛兵のバリーとジョニー、それにパウラとノアが集合しており、一人ヒュナム族のケヴィンは完全に浮いていた。

「ノアっちバリっちジョニっち! 女王陛下とうちの姫様とパウラっちとそこの巨人の護衛頼んだよ~!」
 エルヴィスはそう言って前線に復帰していった。

「パウラもまもる!」

 パウラがノアの隣に並んでボウガンを構えると、その活き活きとした表情にノアは目を丸くした。
「パウラ……!」

「ノア。パウラあとでノアにたいせつなお話ある」
「たいせつな……うん、分かった」

 そのやり取りを見てミオの肩へと戻ったポールが彼女へコソッと耳打ちする。
『ねね、大切な話ってもしかしてもしかすると、まさかそういうことなの?』

「そういうことです」
『うわぁ、きっと聖霊とミオは引き合ってるんだろうなぁ』


「なぁ、女王陛下」
 膝を抱えて大人しく座っているケヴィンがベアトリスへ話しかける。

「あぁ、何用か?」
 彼女はゆっくりとドレスをなびかせながら彼の方へ身体を向けた。

「ここの楽園もそうだし、地下空洞もそうだったけど、亜種だらけなのにクラン支部の通知は一切なかったんだ。これってどういうことだ?」

「それは……すまぬ。わらわがカタリーナを隠したいがゆえ、女王権限で楽園と空洞の魔導センサーを切ってもらっていたのじゃ……」
 ベアトリスは申し訳なさそうに言う。

「あ、そういうこと? ってことは、俺ら空洞でA以上の亜種とSの亜種倒してんだけどまさかノーカウント……?」

「まっことすまぬ。ノーカウントじゃ……」
「ぅぉぉ、マジか……いや、まぁいいんだけどさ……」
 ケヴィンは明らかに落ち込んでいた。

「その件に関しては妾から別で褒美を取らせよう。そなたらのリーダーとも今後の話のすり合わせをせねばならぬ」
「あー、だな。そういうのは船長に任せよう」

⸺⸺

 前衛ではクロノ、チャド、エルヴィス、クライヴの4人が亜種の軍団と戦闘を開始した。

「あれ、なんか亜種にしては弱いような……」
 クライヴが槍を振り回しながら呟く。

「あいつの力の影響だ」
 クロノも刀を振りながら、ミオに一瞬視線を送る。

「黒い気の発生を抑えるだけじゃないのね……結界よりもすごいかも」
「当たり前だ。結界よりも本物だからな」
「そんな表現の仕方初めて聞いたわ……」
 二人は息を合わせた連携を見せ、次々に魔物を撃破していく。


「おじさん感覚がマヒしてるのかもしれないけど、正直、なんだ亜種かって思っちゃった」

「だな! だって普通に倒せるもんなぁ!」
 エルヴィスとチャドも会話をしつつも連携して倒していく。

「今回暗黒種、いないもんねぇ」
「全員俺がぶち殺してやるぜ!」

「あれ、おじさん誰と話してるんだっけ……」
「おら、おっさん! 追撃遅れんな!」

「だからお宅誰なのよ……」

⸺⸺

「てめぇでラストだ死ねぇ!」
 チャドの放った電撃を帯びた斬撃が最後の亜種を貫くと、残るはカタリーナのみとなった。

 ミオは白の領域を解除すると、息を切らして膝をついた。
「ど、どうしようこのあとカタリーナ様を浄化しないとなのに……」

「うわ、ミオ。そうだよな、さっき上級魔法を撃って、この広範囲に白い気張ってたんだもんな……」

 ケヴィンが彼女の背中をさする。クロノも駆け付けると事態を把握して苦い顔をする。

「ミオ! まさか……ガス欠か」
「や、ヤバイかも……」

「けど、こっからの仕事はお前にしかできねぇし、さっきの領域の影響で黒い気が収まってる今がチャンスなんだよな……」

「やるだけやってみる……」
 ミオは立ち上がるとよろよろと前進する。その背中をベアトリスが祈るように見つめていた。

「ミオ……妹を頼む」


 ミオはクロノに抱っこしてもらってカタリーナの元へと移動した。
 カタリーナは鎖に繋がれたまま相変わらずボーッとしている。
 念の為ルフレヴェとクライヴも周りにつくと、ミオの根性の浄化が始まった。

⸺から浄化の光⸺⸺

 ミオの祈りに答え、白い気がカタリーナを包み込んでいく。
 しかし、やはり威力が足りないのかカタリーナの身体から黒い気が吹き出し弾かれてしまった。

「く、ダメか……」
「一旦引く?」
 苦い顔をするクロノへチャドが進言する。

「そうだな……」
「まだ、もう一回……」
 ミオはもう一度祈りのポーズをした。

⸺⸺浄化の光⸺⸺

 しかし、弾かれてしまう。
「ミオ、一旦引こう。明日もっかい湧いた亜種倒して……」
 ケヴィンがそう言いかけると、ミオの元へパウラが駆け付けた。

「パウラもいっしょ!」
「パウラ! うん、お願い力を貸して」

 ミオとパウラが向かい合ってお互いの手を取り二人で祈ると、つたのような魔力が白い魔力を包み込み、浄化をサポートした。

⸺⸺浄化の光⸺⸺

「アアアアァァァ……」
 カタリーナがそううめくと、彼女の身体から黒い気がスーッと抜けていく。そして、鎖に繋がれたまま気を失い倒れていった。

「カタリーナ!!!」
 女王が彼女を呼びながら駆け付ける。
 そして、自身の持っていた鍵で彼女の鎖の錠を外すと、抱き起こし身体を揺すった。

「カタリーナ、カタリーナ!」
「う……ん……」
 カタリーナはゆっくりと目を開ける。

「カタリーナ! 妾が分かるか? ベアトリスじゃ!」
「お姉、様……」

「カタリーナ様!!」
 ノアも駆け付ける。
「ノア……? あら、いつの間にそんなに大きくなって……」

 その時、カタリーナのお腹がぐぅ~と鳴る。
「あらやだわたくし、とってもお腹が空いてしまいました……」
 彼女はそう言って恥ずかしそうに顔を赤らめた。

「そうか、そうじゃな……すぐ城へ戻り用意させよう」


 カタリーナはバリーとジョニーに抱えられながら、城の方へと消えていった。
 そしてベアトリスがルフレヴェの皆へ順に視線を向けながら感謝の意を示した。

「無事にカタリーナを救ってくれ誠に感謝しておる。いや、感謝してもし尽くせぬ。妾はカタリーナが心配故に先に城へと戻らせてもらう。そなたらはこの地で何か用事があったのであろう。この地は今そなたらの貸し切りの状態じゃ。好きなだけいてもらって構わぬ。だが、用事が済んだらきっと城を訪ねて賜れ」

「分かった、後で行く。今後の話もあるしな」
 と、クロノが返事をした。ベアトリスは頷くと、ゆっくりと楽園から去っていった。


 楽園はいつの間にか光が差し込み、パウラが祈ると枯れていた草花も次々に生気を取り戻していった。



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