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第三章 狼の少年と赤い頭巾の少女

52話 それぞれの思惑

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 レーヴェ号がマールージュ島を出発してすぐのこと。
 気配を消して一部始終を見ていたマイアは、ユリウスの元へと帰還し、事の詳細を報告した。

「そうか…あの障壁を消し去り、暗黒の核も打ち砕いたか。やるねぇその女、ちょっと欲しくなっちゃったな」
 ユリウスは喉でクックと笑う。

「ほ、欲しい、ですか……邪魔ではないのですか?」
 マイアは戸惑いを見せる。

「俺の邪魔をするなら邪魔だけど、ペットとして側に置いてしまえば邪魔じゃない」

「はぁ……」
 マイアが困惑していると、全身黒いローブに身を包んだ男が一歩前へ出る。

「ユリウス様、俺がその女を見極めて来ましょう。ユリウス様のお側に相応しいかどうか」

「あぁ、エクト、君が動いてくれるのか。頼もしいよ、ぜひよろしく。もし利用価値があれば、連れてきちゃって」

「はっ、かしこまりました」
 エクトはすぐに一歩下がった。

「それでさ、マイア。そいつらは次どこに行くって? あぁ、会話までは聞こえてないんだっけ」
 ユリウスの問に対しマイアがサッと答える。

「北へと向かっているようです。北の島々に潜伏している“幻想”を動かしますか?」

「そうだね、彼らには失敗した分働いて貰わないと。行き先が分かったらエクトに教えたげて」
「はっ、すぐに手配致します」
 マイアはそう言うと黒い渦の中へと消えていった。

「頼むよ。俺はまだ本調子じゃなくてあんまり動けないんだから。そう言えばアトラス?」

「はい、ユリウス様」
 一際背の高いローブの男が一歩前へ出る。

「プレイオはなかなか帰って来ないけど、奴らの隠れ家はまだ見つからないって?」
「はっ、苦戦しているようです。私も動きましょうか」

「いや、君は置いておきたい。アルキオ、プレイオを手伝ってあげて」

 ユリウスが別のローブの男へと話しかけると、彼は嫌そうに悪態をつく。
「はっ!? なんで俺があんな陰気野郎の手伝いなんか……」

「アルキオ! ユリウス様に向かってなんて口の利き方を……!」
 アトラスが声を荒らげてアルキオを注意すると、ユリウスがそれを止めた。

「まぁまぁ、アトラス落ち着いて。アルキオ、俺は君に期待しているんだよ。行ってくれるね?」

「ちっ、仕方ねぇな……」
 アルキオは渋々了解すると、悪態をつきながらその場を去っていった。

「ユリウス様、アルキオが申し訳ございません。後でしっかりと指導をしておきます」
 アトラスはそう言って深々と頭を下げた。

「いいんだよアルキオはあれで。ああやって悪態をついていたって、君たち“六連星りくれんせいの魔将軍”は暗黒の力を得ている限り俺を裏切ることなんてできないんだから。ね、エクト?」

「はっ、ユリウス様に絶対の忠誠を誓っております」
 エクトは軽く頭を下げながらそう答えた。

⸺⸺

 マールージュ島を発って数日が経ったある日の深夜。
 レーヴェ号の甲板で見張り番をしていたクロノの元へ、ポールが顔を出す。

『来ちゃった』
「帰れ」

『いやぁ酷いなぁ。こうやってクロノ君が番の夜は密会するのがお決まりになってきたじゃないか』
「なってねぇ」

 クロノがそう冷たく言い放つのもお構いなしに、ポールは話を切り出す。

『マールージュ島でさ、ロジェが話してくれた世界旅行の話なんだけど。二人きりになれたからやっと聞けるよ』

「あの時からずっと温めてたのか」
 クロノは思わず吹き出す。

『そうだよ? ロジェには絶対聞かれちゃいけないと思ってさ』
 二人はここでロジェの話の一部を思い出した。

⸺⸺

 商船の周りに船が5隻くらいついてすげぇ大所帯だなって思ってた時だった。

⸺⸺急に海に巨大な渦が発生して、商船丸ごと飲み込まれてしまった⸺⸺

⸺⸺

『クロノ君は商船が事故に遭ったって時点で難色を示してた。でも、そのまま飲み込んだ。それはロジェのためだ』

「少なくとも事故に遭うまでの思い出は良い思い出として捉えていた。それなら、知らない方が幸せっていうこともある」
 クロノは悲しそうな目をして言った。

『ねぇどういうことなの? オイラそういう世界のことわり外の人的なことは分からないから』

「ロジェはククル島出身だって言ってたろ」
『うん』

「ククル島はな、4年くらい前に“黒い地脈”の暴走で島民全員が滅んだと言われている」

『黒い地脈って、黒い気が他よりも濃い地域のことだね。全員滅んだって……ロジェの話では島民全員で旅行に行ったって……』

「あぁ、噛み合ってねぇな。世間に出回っている情報では、その後ククル島は黒い気に汚染されて人の住めない地へと変わってしまったが、ある商会の努力により再び人の住める地へと戻ったと言われている」

『そ、その商会ってもしかして……』

「あぁ、ブランシャール商会だ」
『うわぁ……』

「それからブランシャール商会は二度とこのような悲劇が起きないようにと、研究商会である“ステュディオ商会”へ土地を譲渡し、環境の研究をするための研究所が建設された」

『その研究所って何の研究してるの? ヤバい研究?』
「表向きは黒い地脈での黒い気の発生を抑える研究だ」
『ほほぅ……』

「で、ロジェの話に戻ると、俺の推測では商船は事故ではなく周りを取り囲んだ“海賊”しくは“幻想”、その他裏組織に襲われ島民は誘拐されただろうな」

『売るために?』
「そうだ。しかも商船もグルの可能性が高い」

『グルだったとしたら、なんで旅行なんかに連れてってあげたの?』

「商品をあちこちの組織に宣伝するためだ。ある程度買い手がついたところで、犯行に及んだんだろう」

『マジ? すごい妄想じゃない? ホントにそんなヤバイことが行われてるの?』

「こんな話いくらでもある。買い手がいるのも問題なんだ。まぁ大半は研究に使うんだろうが……」

『わぁ……じゃぁ、ロジェはその襲われたときのごたごたで海に落ちちゃって、そのままマールージュ島に流れ着いたってことかな?』

「そうかもな」
『そりゃ、知らない方が幸せだ……』

「俺の推測が間違っていたとしても、少なくともロジェの話とククル島の話は食い違ってる。ロジェはあのままあの島に閉じこもって生きるのが一番幸せだ」

『うん……あと、ピュアピュアなミオも知らない方が幸せだね』
「そうだな、お前のこの密会は対応としては間違ってなかったってことだ」
『ほらぁ、だからゆったじゃん』

 ここで話は終わったと思われたが、クロノは一息ついて、更に話を続けた。

「……俺らの島も、そういう被害にあってるんだ」
『えっ、イリス島!?』
 ポールは思わずクロノを見上げる。彼は遠くを見つめていた。
「あぁ……」

『うわぁめっちゃ気になるけど、クロノ君大丈夫? また今度でもいいよ?』
「そうだな……今日は話し疲れた。また今度聞かせてやる」

『うん、また来るよ。教えてくれてありがとう。そんじゃ今日はおやすみ』
「あぁ……」

 ポールがてくてくと船内へと戻っていくと、クロノは大きくため息をついた。

⸺⸺

 同時刻、食堂ではエルヴィスがいつにも増して飲んだくれていた。

「はぁ……俺ぁどうすりゃいいんだ……いよいよ裏切り者か……」

 彼はぶつぶつ呟きながら、酒を一口飲む度に深くため息をついていた。




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