死に損ないの春吹荘 

ちあ

文字の大きさ
上 下
59 / 64
七章 春吹荘崩壊

記憶か、思い出か②

しおりを挟む
 シキに促されて、気がつけばボクはテープを再生していた。







 ガサガサ……と小さな音がして再生が始まった。

『……撮れて、るね。うん。
 やぁ、久しぶりでいいのかな?』

 聞き慣れた、大好きだったはずの声がして、ギュッと手を強く握る。
 シキは、ボクをいつの間にか一人にしていてくれて、近くにあったテディベアを抱きしめた。

『僕は、君の幼馴染みです。
 まぁ、なーんて言ったって手紙でバレてるだろうけどね。ははっ。

 これを見つけてくれてるのかな、宵衣は。
 それを願って、ここにこれを残します。
 このテープには、短く僕の思いを伝えようかな』

 聞きたくないと思っていたのに、気がつけば、近くに寄っていた。
 薄情者だね、ボクって。

『宵衣。君は、今幸せですか?僕のこと、忘れられていますか?
 幸せなら、それでいい。違うなら、ゆっくりでいいから、幸せになってね。
 僕のこと、忘れててくれたかな?
 僕のことなんか覚えてても、苦しいだけだろ。悲しいだけだろ。だから、忘れていーよ。ふふっ。

 宵衣はさ、いつまでも覚えてそうだな。一度見ればなんでも記憶しちゃうんだもん。 でも、忘れてね。覚えていても、僕は君を幸せにしてやれないから。覚えていたら、悲しいだけだろ?
 君は前に進まなきゃいけない。でも僕はもう、今までみたいに横で支えてやれない。僕は、もう進めないから。
 宵衣は、これから先、一人で考えて、進んでかなきゃいけない。もう、僕は君の手を引いて連れて行ってあげられないからさ。
 子供の頃みたいに自分を偽るのかもしれない。でも、そうしたら、宵衣は……″宵衣″自身は死んじゃうから。
 ちゃんと、前を向いて生きてほしい』

 無理、だよ。
 キミがいなきゃ、生きててられないんだって。
 死んでもなお、キミに助けられてるんだよ、ボクって……。
 忘れるなんて、無理だよ……。

『ねぇ、宵衣。僕ね、初めて恋したの、君なんだ。君を最初で最後に愛した。
 あの頃、歪みかけてた僕のことをね、君が救ってくれた。
 僕の生きる意味になってくれた。
 だから、宵衣。君は、幸せになってほしい。死なないでほしい。生きてほしい。

 あーあ……こういうこと言ってると、涙出てきちゃうな。ごめん。
 ねぇ、宵衣。君は、好きに生きていーんだよ。
 大丈夫、生きることにカッコをつける必要はない。みんなの理想になる必要はない。
 親なんかどーでもいいんだよ。
 雪芽たちが助けてくれるはずだからさ。
 周りなんて気にしなくていいよ。自分らしくいて。
 泣いていいよ、立ち止まっていいよ、悩んでいいよ。だから、生きて。
 これからを進む君に、どうかーーー幸あれ』

 泣き声まじりの音声はそこで止まった。
「………ぁ……ぅ……」
 ねぇ、なんでかなぁ。
 なんでかなぁ。
 キミはさ、ボクが欲しいものをぜーんぶくれるんだ。
 ボク自身を見てくれる存在。
 ボクの手を引いてくれる存在。
 ボクの隣にいてくれる存在。
 ボクを励ましてくれる存在。
 ボクを肯定してくれる存在。
 ほしかった存在は……言葉は、全部キミがくれるんだよ……。
 泣いていいよって、強がらないでいいよって、言ってほしかったよ。
 あの日くらいは、あの時くらいは……あの人たちに言って欲しかった。
 せめて、親として全うして欲しかった。
 もういいやって思ってたのに、ずっと……。
「あ……ぁぁ………うぅ、はる……」
 嫌だよ、いなくならないで。
 そう思って泣き出した。
 大泣きしていた。
 ボクは、はじめて。
 泣いたのは、久々だった。
 キミがいなくなった日、泣いたんだよ。
 でもね、ちょっと涙が出たくらいなの。
 それ以上はね、泣きたくても泣けなかった。
 怖かったから。泣いていいよって言って欲しかった。
「……ずっちぃよ……おまえ……」
 ボクのほしいもの、全部全部くれるなんて。
 ずるいよ。
 忘れないじゃん。
 泣いちゃうじゃん。
 ねぇ、もう進まなきゃいけなくなっただろ。
 そんなことを言われたら。
 キミにすがることができないじゃないか。
 本当に、ずるいね、キミって。
 でも、ボクも大好きだよ。
 …………さよなら、
「…………バイバイ、晴加はるか
 ボクもキミが初恋で良かったよ。





















 何時間か泣きじゃくった。
 外が暗くなっていた。
 部屋の扉を開けようとすると何かに突っかかって、少しの隙間からのぞけば、そこにはシーが横たわっていた。
「……ありがと、糸吉シキ
 ボクは、糸吉を連れて、部屋に帰った。






 あとで、雪芽と理人に謝って……、あいつにも連絡しないとなぁ。

 それと、テープ聞かないと。
「ふふっ、大忙しだぁ♪」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

“やさしい”お仕置き

ロアケーキ
大衆娯楽
“やさしさ”とは人それぞれです。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

【R18】もう一度セックスに溺れて

ちゅー
恋愛
-------------------------------------- 「んっ…くっ…♡前よりずっと…ふか、い…」 過分な潤滑液にヌラヌラと光る間口に亀頭が抵抗なく吸い込まれていく。久しぶりに男を受け入れる肉道は最初こそ僅かな狭さを示したものの、愛液にコーティングされ膨張した陰茎を容易く受け入れ、すぐに柔らかな圧力で応えた。 -------------------------------------- 結婚して五年目。互いにまだ若い夫婦は、愛情も、情熱も、熱欲も多分に持ち合わせているはずだった。仕事と家事に忙殺され、いつの間にかお互いが生活要員に成り果ててしまった二人の元へ”夫婦性活を豹変させる”と銘打たれた宝石が届く。

バッサリ〜由紀子の決意

S.H.L
青春
バレー部に入部した由紀子が自慢のロングヘアをバッサリ刈り上げる物語

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

海の向こうの永遠の夏

文月みつか
青春
 幼いころにささいなことから家出をした千夏は、海という少年に出会った。年は近いのに大人びた雰囲気のある海に、千夏はなぜかいろいろと話してしまう。ふたりの仲はやがて親友と呼べるほどに深まっていく。  その過程で千夏は、海に世界を閉じるという不思議な特技があることを知る。どうして海が閉じこもっているのか、どうやったら現実に連れ戻すことが出来るのか、千夏は考えをめぐらす。  前半は千夏の幼少期、後半は高校生以降の構成です。

ずっと君を想ってる~未来の君へ~

犬飼るか
青春
「三年後の夏─。気持ちが変わらなかったら会いに来て。」高校の卒業式。これが最後と、好きだと伝えようとした〈俺─喜多見和人〉に〈君─美由紀〉が言った言葉。 そして君は一通の手紙を渡した。 時間は遡り─過去へ─そして時は流れ─。三年後─。 俺は今から美由紀に会いに行く。

青春クインテット

はじめアキラ
青春
「俺は、詩織に幸せになってほしい……そしてその近道が目の前にあるというのに、一向に進展する気配がないのがじれったくてならんのだ!」 いかつくて不良チック(中身はヘタレ)な男子高校生、真織には同じクラスに双子の妹の詩織がいる。最近の真織の真織の悩みの種だ。 詩織とクラスメートの順平は、誰がどう見ても両思いなのに未だに付き合っていないのである。 十二月。彼らに幸せなクリスマスを過ごして貰うべく、彼らを無事くっつけるにはどうしたらいいかと友人達に相談する真織だったが。

処理中です...