死に損ないの春吹荘 

ちあ

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六章 おでかけ

ユウくんの名前。

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 走って、走って、走って。
 昔、ユウが話してくれたことを頑張って思い出しながら進む。
 死なないで。
 おいていかないで。
 僕を裏切らないで。
 失望させないで。
 ユウ、君は僕の理由なんだよーーー。










 バンっ!
 思いっきり扉を開ける。
 そこには蹲って、過呼吸になったユウがいた。
「ユウっ!!!」
「はぁ……はぁ……」
「ユウ!ユウ!」
「はぁ……はぁ……」
 虚な目で、息をはぁはぁ吐きながら、ユウは、床を見つめていた。
 床に座っているからか、その視線は……小さな子供と同じ高さだった。
 ……ユウ?
 僕のこと、聞こえてる?
「ユウ!ねぇ、ユウ!?」
 体を掴んでも泣いているだけでユウは反応しない。
 なんで……。
 ねぇ、ユウ……。
 見てよ。
 答えてよ。
 ねぇ、ねぇってば。
 置いてかないで。
 死なないで。
 消えないで。
 僕の中で生きていて?
 切り捨てさせないで。
 君は僕の、支えなんだーーー。
「ユウ……ユウ……」
 ユウは、
 ごめん
 ごめんなさい
 殺さないで
 まって
 苦しい
 母さん?父さん?
 嫌だよ
 海は嫌い
 などと呟くだけ。
 ねぇ、ユウ?
 僕を置いていかないでって言ったじゃん。
 俺は、一人じゃ無理だって。
 お前、察してたろ。
 なぁ、置いていくなよ。
 死ぬなよ。
 なぁ、顔をあげてよ。
「ユウ……僕のこと見て? ねぇ、ユウ」
 泣いてもユウは、反応しない。
 わかってた。
 ユウを救えるのは、紅羽だけってことも。 
 ユウの中で紅羽は特別ってことも。
 僕には、なにもできないってことも。
 でも、……ぼくをみててほしかった。
 今回は。
 前回と違うように。
 傷つけられてもいいから。
 なにをされても許すから。
 僕を見て。
 俺を見て。
 お願い。
 お願い。
「ユウ……」
 泣き出したって、取り繕えなくたっていい。
 ユウが見てくれれば。
 僕はユウにしがみついて、泣き出した。

「……そ、ら……?」
 ユウのかすれた声がした。
「なに、して……んだ……?」
 顔を上げると、ユウは目を真っ赤にして、こちらを見ている。
 僕の泣き顔に驚いたように。
 ……それよりも、君の泣き顔の方が珍しいよ。
「……遅い」
 ユウを軽く殴る。
 ユウは避けない。
 力は、入らなかった。
「ごめん」
「……呼んだんだよ。 ねぇ、ユウって。なのに、なんで起きないわけ?」
「ごめん」
「僕、心配したんだよ、これでも……」
「……わかってる」
「わかってない」
「わかってる」
「そんなことーーー!」
「お前がお面被ってねーから」
「……!」
「お前が偽ってねぇから、わかるよ。ごめん」
「……そんなに、トラウマ?」
「……結構キチィわ」
 宵衣先輩が言ってた通りか。
 『トラウマになる場所って相当だよ』
 僕にはそんなものないよ。
 君にはあるの?
 ユウにはあった。
 紅羽にはあるの?
 ……僕だけないの?
「……ばぁか」
「悪かったな」
「馬鹿、」
「だからごめんて」
「馬鹿野郎」
「……まだやるのかよ~」
 ユウは小さく笑った。
「……馬鹿、友樹」
「!」
 君は、さ、なんで、なんで僕のこと、考えられないかなぁ。なんで、クレちゃんのこと、ちゃんと見てあげられないかなぁ。
 自分のことになると途端に僕らに心配させんのやめろ。
 僕が、何度這いずり回ったか知らねーだろお前。
「泣くなって」
「泣いてない」
「いや泣いてる」
「ないてない!」
「ふっ、お前、がんこだなぁ」
「君よりマシだけど!?」
「そぉかぁ?」
「そーですよぉ! ……もぉ、ユーくん、ダメダメだなぁ♪」
「……。 悪いな」
 素直だね。
「お前の仮面、まだ取れてねーわ」
「ん?なんのことー?」
「そのまんまの意味」
 そうユウは小さく笑った。
 ……いくらユウにでも、僕はね、取らせないよ。
 この仮面が僕だから。
 取らせねーからな。
「帰るか」
「夜に自殺しようとしないでねー?」
「……お前、部屋の前で寝るとかやめろよ?」
「えっ?」
「ん?」
「なんで?」
「やる気だったのかよ……」
 そんなやりとりをして宿に帰る。


















 夜。
 ベランダに行くと、宵衣が一人、ジュース片手にボーッとしていた。
「宵衣先輩」
「やぁ♪ そろそろ頃合いだと思ってたよ」
 コップを簡易テーブルに置き、宵衣は、柵にもたれかかった。
 テーブルには、グラスが二個。
 片方には、オレンジが。片方にはグレープが入っている。
 飲み分け……?
「なんのようかなぁ?」
「……ユウのこと」
「ユーキんの?」
「どこで知った?」
「だからさっき言ったじゃん。 知り合いの情報屋経由って」
「だから、なんで……っ」
「一家心中だぜ?過去に報道されるだろ」
 確かに、そういう記事はあった。
 でも、小学四年あたりに僕が全て抹消したはずだ。
 なのになんで……。
「あ、もしかして、消したのは君かい?」
「なにを?」
「ネット上の情報全て。 保存されたやつとかもやったんでしょー」
 ウイルスで、と宵衣は話す。
 柵に同じようにもたれると、下には、まだ紅羽たちがいて、楽しんでいた。
 ユウも、なにやら文句を言いつつ笑って何かを焼いている。
 ……よかった。
「知らないよ」
「! にっこりだね?」
「なにが」
「ユーキんの顔見て、そんな安心したのー?」
 からかい半分、面白半分。
 宵衣はそう聞く。
 ソラの顔が見たことのないくらいに優しかったから。仮面を被り損ねていたから。

(本人は気がついてないだろーけどね、君の面って、脆いよ。ボクなんかとは違ってさ♪)

「安心してないよ。 あれで全てなら困らない」
「あぁ、親族?」
「なんの話?」
「親に借金しときながら、少し養っただけで倍くらい要求してるらしーね?」
 にゃは~と、宵衣は笑う。
 それはボクも知ってるよ。
 でも、なんでお前がそんなこと知ってんだよ。
「……一つゲームしない?」
「は?」
「ゲームに勝てば、ユーキんの問題。ボクが解決してあげる」
「なに言ってるの?」
「お金も、親族もどうにかしてあげる。返すようにさせるし、賠償金も少なからず必ず取れるよ。親族に近寄るなってもしてあげられる」
 どーだい、悪くないだろ?
 そう言って宵衣は、グレープのグラスに手をつけた。
 氷が静かなベランダで鳴る。
「内容は?」
「ノる?」
「聞いてから」
「いーよいーよ♪」
 宵衣は微笑む。
「内容は、どっちが先に相手の過去を暴けるか」
「!」
 宵衣はなにもさとらせない顔でそう話した。
 その顔は、笑っているとも、泣いているとも、不安げだとも、哀しげだとも、怒っているとも、取れる顔だった。
「君が勝てば、ボクは真相は語らない。でも、ユーキんを助けてあげる」
「宵衣先輩が勝てば?」
「君の真相をもらう」
 君は過去を話す損だけ。
 どっちにしろ腹の探り合いをしてるんだ。
 いいだろ?
 そう言って宵衣は笑う。
「情報屋さんに頼まれたらすぐ負けるんだけど?」
「大丈夫。今回は使わないし、ヒントもあげる」
「ヒント?」
「うん。 ボクの事情は複雑だからね」
 宵衣先輩を少し怖く感じた。
 その時、悪寒がしたのと、悪魔のような笑みを見て。自分が怯えていることに気がついた。
 それと同時に、楽しんでいることにも。
 こいつは、殺しても死なない。
 僕の中でなにがあろうと生き続ける。

「いいよ、ノった」

 その時僕は、そう答えた。
 知りたくて。
 守りたくて。
 助けたくて。
 過去がどんなに苦いのか知らずに、どんなに複雑なのか知らずに、引き受けた。
 どれだけ周りが苦労しているかも知らずに。
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