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人魚との挨拶
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「キュ、キュイ...?」
音が聞こえる。笑い声、話し声、歩く音、走る音。近づいてくる、少し焦った声で何かを喋りながら軽やかな足音が近づいてくる。その瞬間、ドアが開いた。
「あっ!目、覚めた?身体は大丈夫?」
アリシアは人魚に声をかけた。それはケガをし、気を失っていた人魚が目を覚ましたので心配してかけた言葉だったが、人魚はアリシアの言葉が理解できないのか、怪訝な顔でアリシアを睨んでいた。そもそも人魚と人間は何十年、何百年も前から食べる、食べられる関係だった。そんな関係の間柄で心配する、なんてありえないことだった。まず、なぜアリシアが人魚を海から連れ出したのか、人魚は今どこにいるのか、分からないことだらけで人魚は混乱するしかなかった。
「キュイ、キュイキュ、キュウ」
混乱している様子を見たアリシアは今の状況を説明することにした。
「あー、えっと、まずは自己紹介、ね。私の名前はアリシア・ベネット。あなたの名前は?」
アリシアは人魚に向かって口を大きく開け、「な・ま・え」と聞いた。しかし、人魚は唇の動きをみてもアリシアの言っていることが理解できない。いつまでも首を傾げ、怪訝な顔をする人魚を見て、人魚に言葉が通じないことを理解した。
「うーん、ま、言葉が通じなくてもコミュニケーションはとれるかな!」
アリシアは人魚の宝石のような目をじっと見つめた。そして「ア・リ・シ・ア」と大げさに自分を指さした。人魚は初めはぽかんとした顔をしていたが、アリシアをゆっくりと見つめた後、名前を伝えようとしているのだと理解したようだった。
「名前を聞きたかったけど、キュイ、しか言わないから分かんないなぁ。えっと、人魚、さん?あなたケガしてたから、私の家に連れて帰ったの。わかる?」
アリシアは身振り手振りで一生懸命伝えた。言葉だけでなく、ジェスチャーを使ったのが良かったのか、人魚にも通じたようだった。
「とりあえずケガは手当しておいたから、大丈夫だと思う。それで、その、人魚って滅んだって、その...」
アリシアはずっと気になっていたことを口に出した。野生の人魚は随分前に滅んだ。今生きている人魚は食べられるために生きる養殖人魚だけだと聞いている。それが当たり前のように。それなのに、今アリシアの前にいるのは紛れもなく人魚、それもおそらく野生。アリシアは自分の世界の当たり前がひっくり返ったような衝撃を隠せないでいた。もし、これでまだ野生の人魚が生きているのだとしたら、世界の知られていない場所にまだ人魚はいるのだとしたら、この世界はどうなってしまうのだろう。まだ子どものアリシアには大きすぎる事態だった。
「イ、ナイ...」
アリシアは驚いた。驚きのあまりまた尻もちをついてしまうかと思うほどに驚いた。今まで「キュイ」としか言わなかった人魚が自分の喋る言葉を喋ったように聞こえたからだ。アリシアは驚きで頭が回らず「い、ない?」とただ人魚の発した言葉を繰り返した。
「ダリア、ダケ...」
人魚は間違いなく人間の言葉を喋っていた。今までのアリシアとの会話の中で言葉を理解したようだった。あまりに早い順応速度だったが、そんなことよりも言葉が通じる様になったことに喜びを感じていた。聞きたいことがたくさんあった、話したいことがたくさんあった。それらが全部言葉で伝えることが出来る様になったことがアリシアは心の底から嬉しかった。言葉が通じず、身振りでしか伝えられないのが苦痛だったからだ。そして何より、
「今、名前、教えてくれた?」
人魚はゆっくりと頷き、「ダリア」ともう一度呟いた。
「ダリア!!!ダリアね!私はアリシア!それで、えっと...」
アリシアはさっき聞いたことをもう一度聞くことを少し躊躇った。言葉が通じるのなら尚更、自分の種族の滅んだ話をされるのはどうなのだろう。
人魚はそんなアリシアの様子を見て察したのか、ゆっくりゆっくり話しだした。
「ヤセイ、ダリア、カゾク、ダケ...。パパ、ママ、ニゲタ...。キョウ、コワイノ、キタ...。パパ、ママ、ダリア、タスケタ。ダリア、ヒトリ。」
片言にゆっくり話す言葉を噛みしめるように聞いていたアリシアは人魚の言いたいことをゆっくり頭の中で整理した。そして整理したことをゆっくり声に出した。
「えっと、つまり、野生の人魚はダリアの家族しかいなくて、ダリアのパパとママが昔養殖場から逃げた...の、かな?逃げた先でダリアが生まれて三人で暮らしてたけど、今日怖い何かが来て、パパとママがダリアを助けたから、一人になっちゃった、ってこと?」
人魚はゆっくりと頷いた。
それは余りにも悲惨な事実だった。まず養殖で生まれ育つ人魚は餌の取り方を知らない。人間が与える餌を食べるだけだからだ。だから自力で生きるための食べ物を自然の海で探し出すなんて至難の業だろう。そもそもアリシアは人魚が普段何を食べているのか知らなかった。そしてそれでも何とか生き延び、家族で暮らしていたというのに、何か怖いものが来た。これは逃げた人魚を捕えに来た人間か、もしくは肉食のサメか何かだろう。どちらにせよダリアを助けたと言っているのだから、命と引き換えに逃がした、つまりはもう生きてはいない可能性が高い。自分より年下であろう人魚が困難の中で必死に生き、そして両親が自分を助けるため命を落としたなんてことを経験しているのだと思うと、アリシアは胸がきゅっと締まったように感じた。
「とりあえず!傷が治るまではここにいて。私が面倒見るよ。」
ダリアは首を横に振ろうとした、が存外傷が深い。このまま海に帰ってもこんな傷ではろくに泳げない。それに帰ってもおかえりと出迎えてくれる家族はもういない。ダリアは昔、母親に言われた言葉を頭の奥で響かせながら無言で頷いた。
音が聞こえる。笑い声、話し声、歩く音、走る音。近づいてくる、少し焦った声で何かを喋りながら軽やかな足音が近づいてくる。その瞬間、ドアが開いた。
「あっ!目、覚めた?身体は大丈夫?」
アリシアは人魚に声をかけた。それはケガをし、気を失っていた人魚が目を覚ましたので心配してかけた言葉だったが、人魚はアリシアの言葉が理解できないのか、怪訝な顔でアリシアを睨んでいた。そもそも人魚と人間は何十年、何百年も前から食べる、食べられる関係だった。そんな関係の間柄で心配する、なんてありえないことだった。まず、なぜアリシアが人魚を海から連れ出したのか、人魚は今どこにいるのか、分からないことだらけで人魚は混乱するしかなかった。
「キュイ、キュイキュ、キュウ」
混乱している様子を見たアリシアは今の状況を説明することにした。
「あー、えっと、まずは自己紹介、ね。私の名前はアリシア・ベネット。あなたの名前は?」
アリシアは人魚に向かって口を大きく開け、「な・ま・え」と聞いた。しかし、人魚は唇の動きをみてもアリシアの言っていることが理解できない。いつまでも首を傾げ、怪訝な顔をする人魚を見て、人魚に言葉が通じないことを理解した。
「うーん、ま、言葉が通じなくてもコミュニケーションはとれるかな!」
アリシアは人魚の宝石のような目をじっと見つめた。そして「ア・リ・シ・ア」と大げさに自分を指さした。人魚は初めはぽかんとした顔をしていたが、アリシアをゆっくりと見つめた後、名前を伝えようとしているのだと理解したようだった。
「名前を聞きたかったけど、キュイ、しか言わないから分かんないなぁ。えっと、人魚、さん?あなたケガしてたから、私の家に連れて帰ったの。わかる?」
アリシアは身振り手振りで一生懸命伝えた。言葉だけでなく、ジェスチャーを使ったのが良かったのか、人魚にも通じたようだった。
「とりあえずケガは手当しておいたから、大丈夫だと思う。それで、その、人魚って滅んだって、その...」
アリシアはずっと気になっていたことを口に出した。野生の人魚は随分前に滅んだ。今生きている人魚は食べられるために生きる養殖人魚だけだと聞いている。それが当たり前のように。それなのに、今アリシアの前にいるのは紛れもなく人魚、それもおそらく野生。アリシアは自分の世界の当たり前がひっくり返ったような衝撃を隠せないでいた。もし、これでまだ野生の人魚が生きているのだとしたら、世界の知られていない場所にまだ人魚はいるのだとしたら、この世界はどうなってしまうのだろう。まだ子どものアリシアには大きすぎる事態だった。
「イ、ナイ...」
アリシアは驚いた。驚きのあまりまた尻もちをついてしまうかと思うほどに驚いた。今まで「キュイ」としか言わなかった人魚が自分の喋る言葉を喋ったように聞こえたからだ。アリシアは驚きで頭が回らず「い、ない?」とただ人魚の発した言葉を繰り返した。
「ダリア、ダケ...」
人魚は間違いなく人間の言葉を喋っていた。今までのアリシアとの会話の中で言葉を理解したようだった。あまりに早い順応速度だったが、そんなことよりも言葉が通じる様になったことに喜びを感じていた。聞きたいことがたくさんあった、話したいことがたくさんあった。それらが全部言葉で伝えることが出来る様になったことがアリシアは心の底から嬉しかった。言葉が通じず、身振りでしか伝えられないのが苦痛だったからだ。そして何より、
「今、名前、教えてくれた?」
人魚はゆっくりと頷き、「ダリア」ともう一度呟いた。
「ダリア!!!ダリアね!私はアリシア!それで、えっと...」
アリシアはさっき聞いたことをもう一度聞くことを少し躊躇った。言葉が通じるのなら尚更、自分の種族の滅んだ話をされるのはどうなのだろう。
人魚はそんなアリシアの様子を見て察したのか、ゆっくりゆっくり話しだした。
「ヤセイ、ダリア、カゾク、ダケ...。パパ、ママ、ニゲタ...。キョウ、コワイノ、キタ...。パパ、ママ、ダリア、タスケタ。ダリア、ヒトリ。」
片言にゆっくり話す言葉を噛みしめるように聞いていたアリシアは人魚の言いたいことをゆっくり頭の中で整理した。そして整理したことをゆっくり声に出した。
「えっと、つまり、野生の人魚はダリアの家族しかいなくて、ダリアのパパとママが昔養殖場から逃げた...の、かな?逃げた先でダリアが生まれて三人で暮らしてたけど、今日怖い何かが来て、パパとママがダリアを助けたから、一人になっちゃった、ってこと?」
人魚はゆっくりと頷いた。
それは余りにも悲惨な事実だった。まず養殖で生まれ育つ人魚は餌の取り方を知らない。人間が与える餌を食べるだけだからだ。だから自力で生きるための食べ物を自然の海で探し出すなんて至難の業だろう。そもそもアリシアは人魚が普段何を食べているのか知らなかった。そしてそれでも何とか生き延び、家族で暮らしていたというのに、何か怖いものが来た。これは逃げた人魚を捕えに来た人間か、もしくは肉食のサメか何かだろう。どちらにせよダリアを助けたと言っているのだから、命と引き換えに逃がした、つまりはもう生きてはいない可能性が高い。自分より年下であろう人魚が困難の中で必死に生き、そして両親が自分を助けるため命を落としたなんてことを経験しているのだと思うと、アリシアは胸がきゅっと締まったように感じた。
「とりあえず!傷が治るまではここにいて。私が面倒見るよ。」
ダリアは首を横に振ろうとした、が存外傷が深い。このまま海に帰ってもこんな傷ではろくに泳げない。それに帰ってもおかえりと出迎えてくれる家族はもういない。ダリアは昔、母親に言われた言葉を頭の奥で響かせながら無言で頷いた。
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