人魚の肉

世万江生紬

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人魚との出会い

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 その日は天気も良くて、風も気持ちよくて、散歩日和だった。ミドルスクールはホリデーに入り、時間はたくさんある。春の優しい日差しを浴びながら、ゆっくり浜辺を歩くのは心地良いと思った。ただそれだけだった。少女、アリシアはその日、滅んだはずの野生の人魚に出会った。浜辺を歩いていれば必ず見つかるような見晴らしの良い場所、人魚はそこで倒れていた。

「これ...人魚...?」

アリシアは辺りを見回し、落ちていた木の棒を拾った。そして恐る恐る倒れている人魚に近づき、震える手で肩のあたりをつんつんとつついた。しかし人魚はピクリとも動かない。

「死んでるのかな?」

アリシアはもう少し近寄ろうとしたその時、

「キュ...」

人魚が呻き声のようなものをあげながら体を軽く震わせ目を覚ますと、気だるげに腕を立て、起き上がろうとした。死んでいると思っていた人魚が起き上がろうとしているのを目の当たりにしたアリシアは驚きのあまり声も出ず、身体のバランスを崩し思わず尻もちをついた。

「キュ、キュウ...?」

人魚は「ここはどこ?」とでも言うようにあたりを見回し、アリシアに気が付いた。尻もちをついて驚きのあまり声を出せないアリシアを見て、人魚は慌てて海に戻ろうとした。人間に見つかってはいけない、という掟でもあるのだろうか、今すぐここから逃げなければ、といった様子で海に向かって尾ひれを動かした。しかし人魚の尾ひれは完全に砂に上がってしまっているのか上手く動くことが出来ず、ゆっくりよたよたとひれを動かすことしかできなかった。そんな様子を呆然と見ていたアリシアは、無意識のまま、思ったことをそのまま口に出していた。

「あなた...凄く綺麗。」

アリシアはそう呟くとゆっくり人魚に近寄った。その人魚は間近で見ると息を飲むほど美しかった。肌は透き通るように白く、なめらかな弾力がある。顔は両手で包み込んでしまえるほど小さく、それでいて目はぱっちりと大きい。まつ毛は影を落とすほど長く、唇は思わず触れたくなるほどに可愛らしい。髪はセミロングくらいだろうか、海につかっていたはずなのにふわふわと風に揺れている。一枚の布のようなもので胸元は隠しているが細い腰から腹にかけては曝け出している。そして下半身は魚のようなスカイブルーの尾ひれがついており、太陽光にあたってキラキラと光っている。年はアリシアよりずっと下だろうか、まだ子どものあどけない顔立ちをしている。アリシアにもう恐怖心は無かった。ただ目の前にある美しいものをもっとよく見たい、触れてみたい、といった思いだけで人魚に近づいた。

「キュ、キュイッッ!!」

人魚は触れられる直前悲鳴のような声を上げた。それは恐怖というより困惑に近い悲鳴だった。それを聞いたアリシアは慌てて頭を下げた。

「あっ!ご、ごめんなさい。あなたがあまりにも綺麗だったから触れてみたくなっただけなの。だから...あれ?」
そこまで口にしたとき、アリシアは人魚の尾ひれの先部分が赤くなっていることに気づいた。よく見ると打ったり擦ったりしたような跡ではなく、何かで切ったような跡だった。血は止まっているようだが傷の跡は大分痛々しい。
「ケガしてるの?とっても痛そう。」

「キュイッ!」

アリシアは心配して声をかけたが、人魚は警戒を解かなかった。あどけない顔を精一杯歪ませて睨んだ。殺気に満ちたその顔は人間という生き物を敵として認識していることを物語っていた。

「キュイ!キュ...」

人魚はアリシアを威嚇するようにしばらく叫んでいたが、やがて力尽きたように意識を失ってしまった。意識を失って倒れている姿は少し悲しげに見えた。

「どうしよう。でもケガしてるし、手当してあげないと。」

アリシアはそう呟くと、人魚を負ぶった。人魚は思っていたより小さく、まだ子どもなのだと実感した。体重も随分と軽く、小柄なアリシアでも問題なく負ぶれた。アリシアは人に見つかりませんようにと祈りながら家に向かって歩いた。
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