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探偵の手による事件の終幕
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西川の証言が本当だったとして時系列に並べると、まず京が瞳に連れられて部屋に戻る。この時鍵はかかっていなかった。その後真犯人がそのまま部屋に侵入し、絞殺。その後何らかの方法で鍵を閉め、部屋を出る。その後西川がピッキングで部屋に侵入し、既に死んでいるのを目撃してそのまま部屋を出る。それを見た江戸川がそのまま部屋に入り、ナイフで刺した後そのまま部屋を出る。その後北村がそのまま部屋に入り、既に死んでいる京を目撃し、死体を床に倒した後、部屋を出て、磁石を使って鍵を閉める。そして全員で発見、ということになる。ならこの場合真犯人に当たるのは、西川の前に部屋に入った最初の侵入者。そしてその侵入者の容疑者になり得るのは江戸川、北村、西川以外の三人。俺が最も疑わしい者に目を向けた時、そいつも俺をまた見ていた。そして俺がそいつに声をかけようとする前に、そいつは口を開いた。
「ここまで来たら、何となく気づかれてそうだから白状するけど…うん、真犯人は僕だよ。」
綾辻東はそう言って、いつもと何ら変わりのない柔らかい物腰、優しい雰囲気でふわりと笑った。俺はそんな東の雰囲気とは対照的に、探るような目で東を見つめた。それは、サークルをすぐに辞めてしまった俺にも、ずっと交流を続けてくれた友人に対する信じたくない思いだった。
「お前が…?」
「うん。実は僕ね、京にお金借りてたんだ。うちはあんまり裕福じゃなくて、何かとお金が足りなくてね。京って金遣い荒かったから気前よく貸してくれたんだよ。でもね、アイツ、最近になって急に返せって。僕だってちゃんと返すつもりではいたんだ、実際ゆっくりだけど返していってたし。でも、全額一気に貸せないなら利子つけるぞって、どんどん借金が膨らんでいって…。もう限界だったんだよ。この別荘に呼ばれた時、金持ち自慢みたいで本気で腹が立ったんだ。だから殺してやるつもりで夜部屋に行ったんだ。ドアに鍵はかけてるものだと思ったからノックして寝てるアイツを起こして部屋に入れてもらおうと思ったんだけど返事がなくて。そしたら鍵空いてて、空いてたから普通に入ったら、アイツ机に突っ伏して寝てて。チャンスって思って、持ってきたロープで首を絞めたよ。その後、現場は混乱させた方がいいと思って内側からドアに鍵かけて、窓から外に出たよ。要、窓の鍵なんか傷入ってなかった?」
俺は窓の鍵がやたら古く、傷がついていたのを思い出した。そしてハッと気づいた。あの窓はどこにでもあるようなツマミを回してかける鍵で、糸か何かを結んで外から引っ張れば鍵をかけるくらい簡単に出来る。ミステリでは使い古されすぎていて珍しくもなんともない有名なトリックだから、ミステリーサークルの人間が知らないわけが無い。
「糸か何かで、外から鍵かけたのか。」
「気づいたんだ。うん、そうだよ。チェストの中漁ったら糸入ってたからそれで。そうやって僕は密室を作った。」
俺はそこまで聞くと、黙って立ち上がった。携帯電話を持って。
「警察、呼ぶんだね?」
「…皆はこの部屋から絶対に出ないでくれ。」
俺は東の問いかけに答えることも無く、東と顔を合わせないように、自分の足元だけを見ながら広間を出ていった。
広間を出た俺は一旦ガレージへ行き、必要なものを取ると、京の部屋へ向かった。京の部屋には変わらず、京の死体がある。うつ伏せに倒れたその死体は、背中にナイフが突き立てられ、首には締められた跡、それから口元には、泡を吹いた跡があった。俺はその京の死体を一瞥すると、ガレージから取って来たものを上にかけた。ちゃんとかかったことを確認すると、俺は窓を開け、その後玄関から外へ出ると、外から窓を通して京の部屋を覗いた。京の死体がそこにあること、中で待っている五人が玄関に最も近い広間にいることを確認すると、俺は持っていたライターを、京の部屋に投げ入れた。
影山要が外へ出ている間、広間に残った五人はポソポソと自分たちの思ったことを話していた。その中で、綾辻東が「そういえば」と声を上げた。
「あの時は僕も気が動転してたんだけど、冷静になった今考えると、ちょっとおかしいよね。」
「何がおかしいんッスか?」
「私も、疑問に思うところがあります…。私は京さんをベッドに寝かせたんです。なんで机に突っ伏して寝てたんでしょうか?」
「そう、それ。あの時は首絞めやすそうでラッキーとかしか思わなかったんだけど、何でだったんだろう。」
「そういえば俺も気になることあるっス。皆さんって京センパイの部屋入った時、顔は見ました?俺、センパイを倒しちゃった時チラッとだけ見えたんですけど、口から泡を吹いてたように見えたんッスよね…。とにかくパニクってたし、気のせいかもしれないんスけど。」
「泡…?ねぇ、それが本当なら…待って、綾辻くん、貴方がアイツの首締めた時、本当にアイツは机に突っ伏して寝ていたの?」
「江戸川、お前何が言いてぇんだ。」
「西川くんは黙って。ベッドで寝てたはずのアイツは机に突っ伏して寝てた。それがもし、突っ伏して死んでいたのだとしたら?確かアイツの部屋の机の上、カップあったよね?あれに毒が入ってて、毒殺されてたりしたら?真犯人が他にいるんじゃ…!」
江戸川南がそこまで話した時、一番ドアの近くにいた桐生瞳が異変に気づいた。
「あの…何か匂いませんか?焦げ臭いような。」
「確かにするッス…え、まさか。」
「真犯人の証拠隠滅なんじゃねぇのか!?」
西川圭吾の声を皮切りに、そこにいた五人は一斉に部屋の外へ出る。そこで見たのは、桐生京の部屋から燃え広がる炎だった。五人は慌てて玄関から外へ脱出すると、辺りを見回したが、周りには五人以外に人はいなかった。
五人は静かに、目の前で燃えて行く屋敷をただ眺めていた。
******************
あの夜、京が部屋に戻り、みんなが各自部屋でくつろいだり風呂に入っている時間、俺は京にメールで呼ばれた。
「京、来たぞ。何の用だ。」
「お、いいから入れよ。」
京の部屋のドアの前に来た俺は、律儀にノックをして声をかける。胸ポケットには、念の為持ってきたフグ毒が入っている。毒をまるでお守りかのようにポケットの上から手を当てた俺は、深呼吸をしてから部屋に入った。
「何だ、椅子に座って優雅にコーヒーなんて飲みやがって。」
「いいだろ、寝て起きて飲むコーヒーは格別だぜ。眠れなくなりそうだ。」
「それで、何の用だ。」
「お前さ、瞳のこと、今どう思ってる。」
俺は今日久々に見た瞳の顔を思い出す。昔と変わらない美しい顔。綺麗な髪。優雅な所作。どれも昔と重なって、俺が昔彼女に抱いていた感情を呼び覚まさせる。そして唯一昔と違う、彼女の表情。いつだって少し控えめに、でも楽しそうに笑っていた彼女は、今は笑っていても楽しそうには見えない。そんな表情を見ていると抑えられない想いが溢れだしそうになる。
「…忘れたいと思っても、忘れられない。この答えじゃダメか。」
「いいぜ。じゃあ返すわ。」
「…は?」
「瞳のこと、返すわ。そろそろ冷めてきたしな。アイツも俺と別れたがってるっぽいし。ただ別れるのはアレだけど、元はお前の恋人だったわけだし、今もお前が瞳の事想ってるならお前に返せば解決かな、と。いやー、悪かったな昔は。寝とっちゃってさ。でも返すから。許してな。」
「お前…本気で言ってんのか?瞳は…俺と付き合ってたのに、お前に無理やりヤラれて、子どもまで出来たんだぞ!?だからお前と結婚したのに!結局子どもは流産するし、挙句冷めたから返すってお前は瞳をなんだと思ってんだよ!」
俺は、昔付き合っていた恋人の瞳を、この金持ちボンボンに奪われた。でも、コイツを選んだのも、結婚を決めたのも全部瞳の意思だ。だから俺は身を引いた。なのにコイツは瞳の気持ちなんて何も考えず返すだなんて、瞳をまるで自分自身の暇を潰すためのオモチャのように扱いやがって。許せない、絶対に許せない。
「だから悪かったって。謝るよ。でも瞳も俺と別れたがってるのはマジだぜ?アイツの部屋で離婚届見つけたし。だからさ、win-winだって。」
京はよく分からない自論を唱えながら、俺に背を向けて窓のそばまでゆっくり歩く。俺はそこに置いてある本でその後頭部を思いっきり殴りつけてやろうかと思った。本に手をかけた時、胸ポケットに入れていた毒に目がついた。俺はゆっくり本から手を離すと、胸ポケットに入っていた毒を出し、京にバレないよう、残っていたコーヒーに毒を入れた。
「…分かった。でも俺は瞳の気持ちを大事にしたい。大事にしたいから昔自分から身を引いたんだ。今回も同じだ、瞳の気持ちを聞いてからだ。」
「分かった。やっぱり要は理解あるな。探偵って人の気持ちになって考える仕事だもんな。」
「そうかもな。…ところでこのコーヒー、早く飲まないと冷めないか?もう大分湯気も立ってないように見えるけど。」
「うお、本当だ。飲む飲む。」
京はカップに残ったコーヒーを冷めないうちに飲みきるように、一気に飲み込んだ。俺はその様子をみて僅かに口角を上げる。
「じゃあ俺は部屋に戻るかな…。あ、この部屋鍵とか掛けなくていいのか?来た時も掛けてなかったけど、なんか無用心じゃないか?」
「あー、俺いつも鍵とか掛けないんだわ。この部屋の鍵もチェストの中に入れっぱなしだしな。まあ別に大丈夫だろ。」
「チェスト?チェストって…これか?」
俺はチェストの引き出しを開け、中に入っていた鍵を取り出しながら聞く。
「おお、それそれ。てか勝手に開けるなよな。」
「悪い。戻すよ。」
手に持った鍵を京に見られないようポケットに入れるか迷ったが、俺は何もせずそのままチェストに戻した。チラリと京の方を見ると、指先が震えているような、様子がおかしい様に見えた。
「おいおい大丈夫か?とりあえずこの椅子座っとけよ。机に突っ伏した方が楽か?」
「お、おう…なんか痺れるような…酒が残ってんのか…?」
「お前めちゃくちゃ飲んでたもんな。座っとけよ。じゃあ俺は部屋に戻るから。おやすみ。」
俺はそう言うと、振り返る事無く部屋を出た。そして大きく息を吐くと、念の為に考えていたミステリー事件のラストを決行することに決めた。ガレージにガソリンはある。皆が集まる広間は玄関近くで京の部屋は一階の一番奥。有難い構図だ。決行は明日の朝、皆が広間に集まった時。その時俺はここで起こった全てを炎と共に無に返す。そうして探偵による事件終幕の完成だ。
******************
京のコーヒーに毒を入れたあの夜、俺は俺自身の手で起こした事件を、起こった事実全てを無に返すことで俺の手で終結させることを決めた。さすがにその後四人が京を殺しに来ることは予想外だったけど、問題は無い。おかげで、もしかしたら毒で殺せなかったかもしれないという懸念が消えた。俺は鍵なんてかけてないのに何故か密室になっていたのに驚いたけど、それもまあ問題は無い。あの真犯人の名乗り出方なら、今は東が真犯人って事にになっているだろうけど、あの五人もさすがにおかしいと気づくだろう。そしてもう一人の真犯人の存在にも。まあでも構わない。事件は終結した。
「良かったな。ミステリーサークルのメンバーが集まった中で起こった事件を、探偵が見事解決する…お前の望んだ展開を、俺が作ってやったよ。被害者はお前だけどな。まあ容疑者全員犯人なのは意外性が凄すぎたな。…でも真犯人は、俺だ。」
「ここまで来たら、何となく気づかれてそうだから白状するけど…うん、真犯人は僕だよ。」
綾辻東はそう言って、いつもと何ら変わりのない柔らかい物腰、優しい雰囲気でふわりと笑った。俺はそんな東の雰囲気とは対照的に、探るような目で東を見つめた。それは、サークルをすぐに辞めてしまった俺にも、ずっと交流を続けてくれた友人に対する信じたくない思いだった。
「お前が…?」
「うん。実は僕ね、京にお金借りてたんだ。うちはあんまり裕福じゃなくて、何かとお金が足りなくてね。京って金遣い荒かったから気前よく貸してくれたんだよ。でもね、アイツ、最近になって急に返せって。僕だってちゃんと返すつもりではいたんだ、実際ゆっくりだけど返していってたし。でも、全額一気に貸せないなら利子つけるぞって、どんどん借金が膨らんでいって…。もう限界だったんだよ。この別荘に呼ばれた時、金持ち自慢みたいで本気で腹が立ったんだ。だから殺してやるつもりで夜部屋に行ったんだ。ドアに鍵はかけてるものだと思ったからノックして寝てるアイツを起こして部屋に入れてもらおうと思ったんだけど返事がなくて。そしたら鍵空いてて、空いてたから普通に入ったら、アイツ机に突っ伏して寝てて。チャンスって思って、持ってきたロープで首を絞めたよ。その後、現場は混乱させた方がいいと思って内側からドアに鍵かけて、窓から外に出たよ。要、窓の鍵なんか傷入ってなかった?」
俺は窓の鍵がやたら古く、傷がついていたのを思い出した。そしてハッと気づいた。あの窓はどこにでもあるようなツマミを回してかける鍵で、糸か何かを結んで外から引っ張れば鍵をかけるくらい簡単に出来る。ミステリでは使い古されすぎていて珍しくもなんともない有名なトリックだから、ミステリーサークルの人間が知らないわけが無い。
「糸か何かで、外から鍵かけたのか。」
「気づいたんだ。うん、そうだよ。チェストの中漁ったら糸入ってたからそれで。そうやって僕は密室を作った。」
俺はそこまで聞くと、黙って立ち上がった。携帯電話を持って。
「警察、呼ぶんだね?」
「…皆はこの部屋から絶対に出ないでくれ。」
俺は東の問いかけに答えることも無く、東と顔を合わせないように、自分の足元だけを見ながら広間を出ていった。
広間を出た俺は一旦ガレージへ行き、必要なものを取ると、京の部屋へ向かった。京の部屋には変わらず、京の死体がある。うつ伏せに倒れたその死体は、背中にナイフが突き立てられ、首には締められた跡、それから口元には、泡を吹いた跡があった。俺はその京の死体を一瞥すると、ガレージから取って来たものを上にかけた。ちゃんとかかったことを確認すると、俺は窓を開け、その後玄関から外へ出ると、外から窓を通して京の部屋を覗いた。京の死体がそこにあること、中で待っている五人が玄関に最も近い広間にいることを確認すると、俺は持っていたライターを、京の部屋に投げ入れた。
影山要が外へ出ている間、広間に残った五人はポソポソと自分たちの思ったことを話していた。その中で、綾辻東が「そういえば」と声を上げた。
「あの時は僕も気が動転してたんだけど、冷静になった今考えると、ちょっとおかしいよね。」
「何がおかしいんッスか?」
「私も、疑問に思うところがあります…。私は京さんをベッドに寝かせたんです。なんで机に突っ伏して寝てたんでしょうか?」
「そう、それ。あの時は首絞めやすそうでラッキーとかしか思わなかったんだけど、何でだったんだろう。」
「そういえば俺も気になることあるっス。皆さんって京センパイの部屋入った時、顔は見ました?俺、センパイを倒しちゃった時チラッとだけ見えたんですけど、口から泡を吹いてたように見えたんッスよね…。とにかくパニクってたし、気のせいかもしれないんスけど。」
「泡…?ねぇ、それが本当なら…待って、綾辻くん、貴方がアイツの首締めた時、本当にアイツは机に突っ伏して寝ていたの?」
「江戸川、お前何が言いてぇんだ。」
「西川くんは黙って。ベッドで寝てたはずのアイツは机に突っ伏して寝てた。それがもし、突っ伏して死んでいたのだとしたら?確かアイツの部屋の机の上、カップあったよね?あれに毒が入ってて、毒殺されてたりしたら?真犯人が他にいるんじゃ…!」
江戸川南がそこまで話した時、一番ドアの近くにいた桐生瞳が異変に気づいた。
「あの…何か匂いませんか?焦げ臭いような。」
「確かにするッス…え、まさか。」
「真犯人の証拠隠滅なんじゃねぇのか!?」
西川圭吾の声を皮切りに、そこにいた五人は一斉に部屋の外へ出る。そこで見たのは、桐生京の部屋から燃え広がる炎だった。五人は慌てて玄関から外へ脱出すると、辺りを見回したが、周りには五人以外に人はいなかった。
五人は静かに、目の前で燃えて行く屋敷をただ眺めていた。
******************
あの夜、京が部屋に戻り、みんなが各自部屋でくつろいだり風呂に入っている時間、俺は京にメールで呼ばれた。
「京、来たぞ。何の用だ。」
「お、いいから入れよ。」
京の部屋のドアの前に来た俺は、律儀にノックをして声をかける。胸ポケットには、念の為持ってきたフグ毒が入っている。毒をまるでお守りかのようにポケットの上から手を当てた俺は、深呼吸をしてから部屋に入った。
「何だ、椅子に座って優雅にコーヒーなんて飲みやがって。」
「いいだろ、寝て起きて飲むコーヒーは格別だぜ。眠れなくなりそうだ。」
「それで、何の用だ。」
「お前さ、瞳のこと、今どう思ってる。」
俺は今日久々に見た瞳の顔を思い出す。昔と変わらない美しい顔。綺麗な髪。優雅な所作。どれも昔と重なって、俺が昔彼女に抱いていた感情を呼び覚まさせる。そして唯一昔と違う、彼女の表情。いつだって少し控えめに、でも楽しそうに笑っていた彼女は、今は笑っていても楽しそうには見えない。そんな表情を見ていると抑えられない想いが溢れだしそうになる。
「…忘れたいと思っても、忘れられない。この答えじゃダメか。」
「いいぜ。じゃあ返すわ。」
「…は?」
「瞳のこと、返すわ。そろそろ冷めてきたしな。アイツも俺と別れたがってるっぽいし。ただ別れるのはアレだけど、元はお前の恋人だったわけだし、今もお前が瞳の事想ってるならお前に返せば解決かな、と。いやー、悪かったな昔は。寝とっちゃってさ。でも返すから。許してな。」
「お前…本気で言ってんのか?瞳は…俺と付き合ってたのに、お前に無理やりヤラれて、子どもまで出来たんだぞ!?だからお前と結婚したのに!結局子どもは流産するし、挙句冷めたから返すってお前は瞳をなんだと思ってんだよ!」
俺は、昔付き合っていた恋人の瞳を、この金持ちボンボンに奪われた。でも、コイツを選んだのも、結婚を決めたのも全部瞳の意思だ。だから俺は身を引いた。なのにコイツは瞳の気持ちなんて何も考えず返すだなんて、瞳をまるで自分自身の暇を潰すためのオモチャのように扱いやがって。許せない、絶対に許せない。
「だから悪かったって。謝るよ。でも瞳も俺と別れたがってるのはマジだぜ?アイツの部屋で離婚届見つけたし。だからさ、win-winだって。」
京はよく分からない自論を唱えながら、俺に背を向けて窓のそばまでゆっくり歩く。俺はそこに置いてある本でその後頭部を思いっきり殴りつけてやろうかと思った。本に手をかけた時、胸ポケットに入れていた毒に目がついた。俺はゆっくり本から手を離すと、胸ポケットに入っていた毒を出し、京にバレないよう、残っていたコーヒーに毒を入れた。
「…分かった。でも俺は瞳の気持ちを大事にしたい。大事にしたいから昔自分から身を引いたんだ。今回も同じだ、瞳の気持ちを聞いてからだ。」
「分かった。やっぱり要は理解あるな。探偵って人の気持ちになって考える仕事だもんな。」
「そうかもな。…ところでこのコーヒー、早く飲まないと冷めないか?もう大分湯気も立ってないように見えるけど。」
「うお、本当だ。飲む飲む。」
京はカップに残ったコーヒーを冷めないうちに飲みきるように、一気に飲み込んだ。俺はその様子をみて僅かに口角を上げる。
「じゃあ俺は部屋に戻るかな…。あ、この部屋鍵とか掛けなくていいのか?来た時も掛けてなかったけど、なんか無用心じゃないか?」
「あー、俺いつも鍵とか掛けないんだわ。この部屋の鍵もチェストの中に入れっぱなしだしな。まあ別に大丈夫だろ。」
「チェスト?チェストって…これか?」
俺はチェストの引き出しを開け、中に入っていた鍵を取り出しながら聞く。
「おお、それそれ。てか勝手に開けるなよな。」
「悪い。戻すよ。」
手に持った鍵を京に見られないようポケットに入れるか迷ったが、俺は何もせずそのままチェストに戻した。チラリと京の方を見ると、指先が震えているような、様子がおかしい様に見えた。
「おいおい大丈夫か?とりあえずこの椅子座っとけよ。机に突っ伏した方が楽か?」
「お、おう…なんか痺れるような…酒が残ってんのか…?」
「お前めちゃくちゃ飲んでたもんな。座っとけよ。じゃあ俺は部屋に戻るから。おやすみ。」
俺はそう言うと、振り返る事無く部屋を出た。そして大きく息を吐くと、念の為に考えていたミステリー事件のラストを決行することに決めた。ガレージにガソリンはある。皆が集まる広間は玄関近くで京の部屋は一階の一番奥。有難い構図だ。決行は明日の朝、皆が広間に集まった時。その時俺はここで起こった全てを炎と共に無に返す。そうして探偵による事件終幕の完成だ。
******************
京のコーヒーに毒を入れたあの夜、俺は俺自身の手で起こした事件を、起こった事実全てを無に返すことで俺の手で終結させることを決めた。さすがにその後四人が京を殺しに来ることは予想外だったけど、問題は無い。おかげで、もしかしたら毒で殺せなかったかもしれないという懸念が消えた。俺は鍵なんてかけてないのに何故か密室になっていたのに驚いたけど、それもまあ問題は無い。あの真犯人の名乗り出方なら、今は東が真犯人って事にになっているだろうけど、あの五人もさすがにおかしいと気づくだろう。そしてもう一人の真犯人の存在にも。まあでも構わない。事件は終結した。
「良かったな。ミステリーサークルのメンバーが集まった中で起こった事件を、探偵が見事解決する…お前の望んだ展開を、俺が作ってやったよ。被害者はお前だけどな。まあ容疑者全員犯人なのは意外性が凄すぎたな。…でも真犯人は、俺だ。」
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