真犯人は私です

世万江生紬

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起こった奇妙な事件

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  「キャァァァァァァァ!!!!!」

 瞳が大きな悲鳴をあげ、力が抜けたのかフラッと倒れる。

「瞳さん!?大丈夫!?」

 咄嗟に受け止めた東も、目の前に広がる光景を目の当たりにして気分が悪いのか、顔は青白く、出来るだけ京の姿を見ないようにしているようだった。

「と、とりあえず誰もこの部屋に入るな。俺が確認する。」

 俺はそう言うと、京にゆっくりと近づく。放たれる独特の匂いと、ナイフが突き刺さった場所に滲む赤い血に、俺はたじろぎながら、首筋の脈を確認しようと首元に手を近づける。そこで俺は首に何か絞められたような跡を見つけた。が、ひとまず脈を確認する。指に伝わる感触はひたすらに冷たく、ドクドクと脈打つものは何も感じられなかった。俺は自分の心臓の鼓動が高鳴るのを抑えながら、部屋の様子を注意深く確認した。この部屋にはドアの真正面に大きな窓が一つあるだけで、他に出入口は無い。そしてその窓は閉め切られ、少し古いのか傷は付いているが、鍵がかかっている。通風口はないように見えるが、よく見ればドアは床下1.2cm程度の隙間か空いており風は通っている。その他部屋にあるものは入って右端にやたら大きなベッド。正面窓の横に机と椅子。机の上には何冊かの本と、飲みかけのコーヒーの入ったカップ。入って左奥にギッシリ本やファイルの詰まった本棚とその手前にチェスト。そのチェストの引き出しを開けると、俺はそこからこの部屋の鍵を取り出した。





  「影山くん、どうだったの。」

 江戸川が俺に説明を求める。とりあえず俺は一旦京の部屋から全員を遠ざけ、元の広間に戻ってきた。瞳はお茶をゆっくりと飲み、江戸川がずっと背中をさすっていたおかげが、少し落ち着きを取り戻したようだった。東はそんな瞳を心配そうに見つめ、北村は悲鳴こそは上げないもののかなり動揺して目がキョロキョロと泳いでいる。西川はさっき見た光景に気分を悪くしたのか、ずっと下を向いて拳を握っている。

「京は…確実に死んでた。脈は無いし皮膚は冷たかった。パッと見た感じだからなんとも言えないけど、間違いなくナイフは背中に刺さってるし、首にも、何かで締めたような跡があった。」

「首が締められてるのに、ナイフでも刺されてるのか…?」

「東、俺は警察じゃないから細かい死因は分からない。警察を呼んで見てもらわないと。でもその前にとりあえず状況は確認しておきたいんだ。いいか?」

 俺はそういうと全員の顔を見た。俺は探偵、だけど現実の探偵なんて浮気調査が仕事の九割。ミステリーサークルの集まりで実際の事件が起きて、探偵がその場をまとめる、なんて、京が望んだ展開だな。

「えっと、ドアには鍵がかかってたのは瞳と江戸川が確認したよな?」

「間違いないよ。瞳さんがドアノブガチャガチャしてたのあたし見てたし。どうみても閉まっているように見せかけてる動きじゃなかったもの。」

「分かった。じゃあドアは閉まってた。となるとあの部屋のもう一つの出入口になり得るのは窓だけだけど、窓は閉まってたし鍵もかかってた。あの部屋は一階だし、雨が降っててぬかるんでたってことも無いから、窓の出入りに関する形跡はなんとも言えない。鍵を外側から何とかできるなら、窓から出入りするのは不可能ではないと思う。」

 俺は見てわかる事実だけを淡々と述べる。そこに俺自身の意思や、こうであって欲しいという願望もない。だから、おれは続けて言う。

「それから、あの部屋のチェストの中に鍵を見つけた。あの部屋の鍵。多分京が自分で持って入ったものだと思う。京はいつもそこに入れてたんじゃないか?」

「あ、うん…いつもチェストの引き出しに入れてた…。鍵をかけることも滅多になかったの…。」

「そうなると、あの部屋に自由に出入り出来たのは、瞳だけってことになる。」

「!?」

 瞳が驚いた目で俺を見る。当然だ、京の死に方はどうみても他殺。そして恐らく死んだのは京が部屋に戻った後。もし皆が寝静まった後だとしたら、同じ部屋で一緒にいない限り全員にアリバイはない。そして生憎この屋敷の部屋は一人一つ。俺の発言で皆が今まで持っていた「誰が京を殺したんだ」という疑いの目が一気に瞳に集中する。皆がゆっくりと瞳から離れる中、一人だけ瞳から離れようとしない者がいた。そいつは一瞬だけ迷った後、ギュッと唇をかみ締めてから、口を開いた。

「でも、桐生くんが部屋に戻った時、鍵はかけてなかったんでしょ?なら誰だって入れるじゃない。瞳さんだけが疑われるのは違うわ。元々鍵が空いてたならスペアを持っていようが持ってなかろうが部屋には入れるもの。」

 江戸川はそう言うと瞳を庇うようにして前に出る。瞳を守ろうとする強い言葉は確かにその通りだが、それだと納得いかない点がある。

「だとしたら、誰が部屋に鍵をかけたんだ?入れても、実際に鍵はかかってたんだ。かけるための鍵は部屋の中のチェストの中だ。入れても、密室にしてから部屋を出られるのは…瞳しか、いない。」

 俺の言葉に瞳は黙って俯く。目に涙を貯めることも無く、否定をする訳でもなく瞳はただ黙って下を向いていた。そんな重苦しい沈黙の空気の中、静寂を破ったのはまた江戸川だった。しかし、今回の江戸川の言葉は、全員に緊張を走らせるものだった。

「違う!瞳じゃない!瞳はそんなことしない!真犯人はあたし!あたしがアイツの背中にナイフを刺したの!」

「!?」

 全員が驚いて江戸川の顔を見る。江戸川は必死に俺たちに訴えかける顔をしていた。それは今日初めてあった瞳を守るためのものにしては迫真だった。

「南…?え、どういうこと?本当に南がやったの…?」

「そうだよ!あたしがやったの!あたしが刺したの!」

「いや、それもそうッスけど、瞳さんのこと瞳って…。」

「瞳は…瞳とあたしは昨日が初めましてじゃないの。瞳が結婚した時からずった友達だった。瞳はね、アイツからずっとDVを受けてた。ずっと相談に乗ってきたの。ずっと辛そうにしてる瞳をもう見てらんなかった!瞳にそんな酷いことしてる癖に、自分は別荘で飲み会!?ふざけんじゃないわよって思った。だから誘われた時、心底嬉しかったわ。アイツのことを殺せる機会を本当に楽しみにしてたの。…嘘なんかついてないからね。あのナイフ、あたしが家から持ってきたものなの。購入先とか調べたらあたしに辿り着くと思う。」

 江戸川が全てを話し終えても、皆は黙って下を向いていた。それは江戸川の言葉があまりにも鮮烈で、必死で、何も言えなくなったからであり、だれも江戸川を責められなかった。ただ一人、瞳だけは涙を流し、「ごめんなさい…ごめんね、南…。」と何度も呟いていた。江戸川は謝り続ける瞳をただ黙って優しく抱きしめていた。江戸川の話には一件矛盾のないように見えるが、だとするならばまだ謎は残っている。

「江戸川…ならどうやって部屋に鍵をかけたんだ?」

 元々瞳が疑われていたのは唯一スペアキーを持っていたから。真犯人が江戸川だったとして、瞳が共犯じゃない限り結局その謎が解けていない。二人の様子をみる限り、二人が共犯であるようにも見えない。

「それが、あたしは鍵なんてかけてないの。鍵なんてかけたら真っ先に瞳が疑われちゃうじゃない。瞳を守るためにアイツを殺したのに、瞳が1番疑われるようなことすると思う?それに、あたしは部屋の鍵がチェストの中にあることすら知らなかったんだから。それは謎よ。」

「…どういうことだ?」

 江戸川が部屋に入る時、鍵は空いていたというのが分かったとして、なぜ閉めていない鍵が閉まっていた?鍵はチェストの中に入っていたのに、どうやって鍵がかかった?俺が手を顎に当て考えていると、おずおずと手を挙げる者がいた。

「あ、あの、俺…。すんません!真犯人は俺です!俺が鍵かけたんです!」

「!?」

 今度は全員が一斉に北村の方を向く。予想外の自白に、全員が北村の次の言葉を待つ。

「俺…俺、本当は京センパイのこと嫌いでした。元々人としてあんまり好きじゃなかったんですけど、俺の父さんの会社、京センパイの会社の下請け会社なんです。だから嫌われる訳にもいかなくて…。でも数年前、アイツの無茶な指示出しのせいで父さんの会社が…!それが苦で父さん自殺までしたんですよ!?アイツのせいで父さんが死んだんです!それで俺許せなくて。この別荘、前に俺来たことあるって言ったと思うんですけど、その時アイツの部屋の鍵が、外側は鍵穴になってるけど、内側は突起になってて、磁石で動くって知ったんです。だから強めの磁石を持ってきてて、夜部屋に入りました。でもその時にはアイツの背中にナイフが刺さってて…!死んでるって気づいた時にうっかりぶつかって床に倒しちゃったんですけど、本当にそれだけなんです!磁石で鍵を閉めたのも、せっかく準備したからというか何でそんなことしたのか説明は出来ないんですけど。何と言うか、俺はそれ以外何もしてないんです!」

 黙って北村の話を聞いていた俺たちの中には、やはり北村を責める声を上げる者はいなかった。北村の過去や京に対する憎悪は俺たちの測り得る範囲を超えていて、擁護する思いすら持つものもいた。だとしても、今回起こった事件には、まだ謎の残る部分がある。

「北村が部屋に入った時、部屋の鍵は空いていて、北村がやったのは京の死体を床に倒し、部屋の鍵をかけて外に出た、それだけか?」

「はい、それだけです…。」

「北村が見た時、死体の首に跡はあったか?」

「あったと思います。違和感を感じたので。」

「その、死体を倒したってことは、元はどうなってたんだ?」

「えっと…椅子に座って、机に突っ伏してたと思います。」

「江戸川、合ってるか?」

「うん…。合ってる。あたしは突っ伏してる背中に刺した、と思う。ごめんあたし結構気が動転してて…。」

 江戸川は正確には覚えてない、と少し申し訳なさそうな顔をして俺の問いに答える。俺はなるほど、と思いつつ、もう1つ残った謎についても質問した。

「じゃあ江戸川、お前は京の首は締めたか?」

「ううん、あたしは本当にナイフで刺しただけ。首は絞めてない。でも…気が動転してたからその時は気づかなかったけど、椅子に座ってた状態で一切動いてなかったし、もしかしたらすでに首締められて殺された後だったのかも…。」

 江戸川がナイフを刺す前、すでに京は首を絞められて殺されていたとしたら、真犯人は他にいることになる。江戸川でも北村でもないと、残ったのは四人。

「あ、あと、あたし、部屋に入ろうとした時、ちょっと前に部屋から出てきたっぽい人を見た気がする。暗くて見えなかったけど、あたしより前に京の部屋に誰かいたんだってあの時はぼーっと思っただけだったけど、あたしが刺すより前に殺されてたならもしかしたら…。」

 江戸川よりも先に京を殺したやつがいるのは間違いないだろう。だったとして、それは江戸川の言う誰かという可能性が高い。俺がもう少し情報を集めようと、口を開きかけた時、俺よりも早く口を開いた者がいた。

「お、俺…!俺だ。その犯人は俺だ…。」

 西川は挙動不審に名乗りを上げた。今度は全員の目が西川に向くが、西川は全員と目を合わせることなく下を向いたまま話し始めた。

「俺も夜、アイツの部屋に入ったんだ。アイツのこと、こ、殺そうと思って…。でも俺は殺してない!部屋に入った時もうアイツは死んでたんだ!首締められて!ナイフは刺さってなかった!だから俺、慌てて部屋から出たんだ。その時誰かに見られた気がして…犯人にされるくらいなら自分から言おうと思って…。」

「西川、それ本当か?」

「本当だ!俺、実は空き巣やってて…それをアイツに知られて揺すられてたんだ!アイツ、金はもう持ってるからな~とか言って俺を奴隷のようにコキ使って、それに耐えられなくなって…。でも本当に殺してない!というか、俺が部屋に入った時部屋のドアは鍵がかかってた!俺は元々ドアには鍵がかかってるもんだと思って、ピッキングして入ったんだよ!元から鍵はかけてねぇってんなら誰かが部屋に入って首絞めて殺して、鍵をかけて外に出たんだ!」

 俺は西川の供述に耳を疑う。鍵が?もしそれが本当なら謎がまた振り出しに戻ることになる。誰が、どうやって、あの部屋を密室にしたんだ?残った容疑者は、あと三人。
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