クロックの妖精旅

世万江生紬

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花の国こその伝え方

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 花の国で出会った耳の聞こえない少女、モネの家に泊めてもらうことになったクロとロックは、背負っていた荷物を部屋に置かせてもらうと、2人のいるリビングに来ました。

「置いて来たね、じゃあさっそく。アタシはモネの母のマリー、マリ―・フロスト。父親は仕事で別の国に行ってるからしばらく帰ってこないよ、気にしないで。今は2人暮らしみたいなものよ。」

「マリー。なるほど、通りで仲が良さそう。オレは時の国の第5王子クロ。こっちは時の国の妖精ロックです。」

「時の国?え、ロックも時の国なの?じゃあ2人は一緒に時の国から旅をしてるってこと?」

「そうなりますな。」

「へぇ...妖精と一緒の旅かぁ。でもこれ妖精の相棒パートナーを見つける旅なんでしょ?何ていうか、ロックはやきもちとか焼かないの?」

「やきもっ...!焼かないよ!」

「へぇぇ?まあいいわ。つまり帰ってる途中じゃなくてこれから向かう感じなんだ。花の国でも相棒パートナー探しするの?妖精なら丁度その辺にいると思うんだよね...ライラー!」

座って話していたマリーが急に窓の外に向かって声を掛けます。しばらく待ったかと思うと、外から小さな妖精が入ってきました。

「なあに?って、旅人?え、家に呼んだの?モネが?それともマリー?」

「呼んだのはモネよ。クロ、ロック、紹介するわ。モネと唯一、会話が出来る友達よ。名前はライラ。」

「ライラ、初めまして、クロです。こっちはロック。ライラはモネと会話が出来るの?」

「よろしく。ええ、私はモネの言ってることが分かるの。雰囲気とかジェスチャーでね。マリーもそうよ、言葉では伝わらなくても、気持ちを伝える方法はいくらでもあるんだから。それなのにあの子たちは...!言葉が通じないからってモネをのけ者にするんだから...!」

ライラはギリギリと歯を鳴らし、ここにいない誰かに恨めしそうな声を吐きます。ずっと聞いていたモネは「気にしてないよ」と言うかのようにオロオロとしています。

「あの子たちって言うのはここに来る途中で会ったあの子たちのことかな?」

「んん~、そうっぽい。」

「ふふ、じゃあアタシはそろそろ夕飯の支度をするから。手伝おうなんて思わなくていいから、モネの部屋にでも行って待ってて。」

「マリーさん、ありがとうございます。」

「ありがとーございます。」

クロ、ロック、それからモネとライラは、マリ―に言われたように、モネの部屋に向かいました。モネはどうぞ、と部屋のドアを開けます。

「おお、結構広い。」

「いや、貴方王族でしょ?絶対もっと広い部屋で慣れてるでしょ。」

「んん~、オレは広すぎると落ち着かないから。」

「そんなことより!モネ、お家泊めてくれてありがとう。ほら、クロもお礼言いなよ。」

「おお、そうだった。モネ、ありがとー。あっ。」

クロはハッとすると、頭をゆっくりと下げました。クロなりの「ありがとう」です。それを見たモネは頭をぶんぶんと横に振り、顔の前で両手をパタパタさせます。気にしないでと言っているようでした。

「うん、やっぱり、無理に言葉じゃなくても気持ちは伝わる。」

「当然よ、伝えようとする気持ちがあることが一番大事なんだから。...でも。」

ライラはそこまで言うと、力なくふわっとモネの頭の上に座りました。そして、少しうつむきがちに言います。

「モネはね、やっぱり自分の”言葉”で伝えたいんですって。マリーにもいつだってありがとうの気持ちを伝えたくて、伝えようとすればマリーはそれを感じ取ってくれる。それももちろんありがたいけど、やっぱり自分の言葉で、伝えたいんですって。それからあの子たちにも、自分の言葉で会話がしてみたいって。」

ライラの言葉を聞いていたモネは何かをジェスチャーで伝えようとします。両手でわっかを作り、頭の上に持っていく。外の方向を指差し、お辞儀をする。自分の喉に手を当てる。ロックは正直何を伝えたいのかちんぷんかんぷんでしたが、クロにはぼんやりと伝わったようでした。

「今日花冠を作ってた人たちにお礼を言いたいの?」

「クロなんで分かるの!?」

モネは目を輝かせてうんうんと首を縦にぶんぶんと振ります。そして胸に右手を当ててから自分の頭を指差し、首を横に振ります。

「んん~、『私知らなかった』かなぁ?...あ、今日オレがあの子たちに話を聞きに行ったからかな?あの子たちもモネを友達だと思ってるって、モネのこと考えてたって知らなかったから、お礼が言いたいってこと、かな?」

モネはぶんぶんと嬉しそうに首を縦に振ります。どうやら合っているようです。

「貴方なんで分かるの!今のは私にだって分かんなかったわよ!」

「だってオレはその場にいたから。」

「ロックもその場にいたけど分からなかったよ...?」

ロックが目を点にして言います。そんなロックを見て、クロは「どやぁ」という顔をすると、頭に怒りマークを乗せたロックに頭をはたかれます。

「でもそっか、あの子たち、モネのこと友達だと思ってたんだ。ふぅん...。」

「ライラはホントにモネのこと思ってるんだねー。うんうん、良い友情だ。」

「ふふん。まあね。」

モネも嬉しそうにニコッと笑いました。優しい空気に包まれていたその時、キッチンの方からマリーの声が聞こえてきました。

「モネー?ちょっとお皿並べるの手伝ってー。」

「はーい私もいくー。クロとロックはここにいなよ。用意出来たら呼んであげる。」

「任せた。」

「ありがとう、待ってるよ。」

モネの代わりにライラが返事をすると、2人はキッチンに向かいました。残されたクロとロックは、こそこそと話し合います。

「ねえクロ、何とか出来ないのかな。モネの”自分の言葉”で伝えたいっていう願い、叶えてあげたいよ。」

「んん~、でも難しいなぁ。こういう時は先人の知恵だ。兄上たちが昔教えてくれたこととか...うーん。」

頭を抱えたクロがふと見渡すと、目の前の窓から、夕焼けの中で外に咲く花たちが見えました。それを見て、クロは「あっ!」と思いつきました。

「なになに?何か思いついたの?」

「んふふ~。うん。でも決行は明日にしよう。今日は早くマリーのご飯が食べたい。いい匂いがしてお腹減ってきた。」

「そっか、分かった。ロックはクロを信じてるからね。今日はここでゆっくりさせてもらおう。」

この日、クロとロックは、マリ―の作った美味しいシチューをみんなで食べました。それはとても暖かく、優しく、クロはほんの少し家族のことを思い出しました。ベッドに入り横になって眠ったクロは一筋涙を流しましたが、ロックが優しく拭ってあげました。



 次の日、朝早く起きたクロは、ロックに昨日思いついたことを話し、一緒にとある花を探していました。この国には季節や気温関係なくたくさんのありとあらゆる花が咲いていますが、目当ての花がどこに咲いているのか2人は分からないので、手当たり次第に探します。そして、

「あっ!あったよクロ!これじゃないかな!?あーでもまだ咲いてな」

「何があったの、ロック。」

「え!?」

ロックがを手に取った瞬間、後ろからライラが声を掛けました。探すのに夢中になっていたクロとロックはすぐ近くまでモネとライラが来ていることに気づきませんでした。

「2人ったら、なーんか早起きしてどっか行くなーと思ったら、ここで何探してたの。んで、何を見つけたの。」

「んん~、見つかったのならしょうがない。ロック、渡してあげて。」

「うん。」

そう言うと、ロックはモネに白い花の蕾を渡しました。突然咲いてもいない花を渡されたモネは不思議な顔でロックとクロの顔を見ます。

「これ、ダリア?なんでダリア?」

「ただのダリアじゃないんだよ。白いダリアだよ。」

「?白いからなんなの。」

「俺の兄上が昔旅した国では、5月にお母さんに赤いカーネーションを贈る日があるらしいんだ。なんで赤いカーネーションなのかって言うと、赤いカーネーションの花言葉は『母への愛』。そうやって、普段伝えない愛を、花に乗せて伝えるんだって。だからモネも、花言葉に乗せて”自分の言葉”で伝えることが出来るんじゃないかと思った。確か白いダリアの花言葉は『感謝』で合ってる、はず...だけど、咲いてないなぁ。」

「ごめんよクロ。蕾のものしか見つけられなかった。ダリアがどこに咲いてるか、最初から2人に聞けばよかったかな...。」

「そんなことない!十分!ね、モネ!」

しょぼんとした声で言うロックに、興奮したような大きな声を上げたのはライラです。その隣でモネも目を輝かせ、嬉しそうに鼻息荒くしています。

「でもそれ咲いてない...。」

「大丈夫、私が咲かせる!」

そう言うと、ライラは胸の前で両手の平を合わせ目を瞑ると、身体をキラキラと光らせました。

『咲いた 咲いた 並んだ 並んだ どんな花が咲いていても そのどれもが美しい 心に咲く花エバー・ブルーム

ライラがそう唱えたその瞬間、モネの持つダリアはみるみる内にその花を開かせました。手に持つモネはその花が咲いていく様を柔らかい笑顔で見ていました。

「おおおおお、すごい、ライラは花を咲かせる魔法が使えるのか。」

「ふふん、まあね。」

この世界の妖精は1人につき1つの効果だけ魔法が使えます。花の国なら花の魔法、時の国なら時の魔法。そうやってその国独自の風土や文化が保たれているのです。花の国に春に咲く桜が冬にも咲いていたり、暑くて湿気の多い場所で咲くハイビスカスが寒くて乾燥した所でも咲いていたりするのは、ライラのように花を咲かせる魔法を持つ妖精や花の寿命を延ばしたり綺麗に育てる魔法を持つ妖精がいるからなのです。

「さ、モネ、これあの子たちに渡しておいでよ。もう一輪探してあげるから、マリーにも後で渡そう。」

「!」

モネは大きくうなずくと、嬉しそうに走っていきました。その後ろ姿を見送っていたクロは「じゃあそろそろ」とグッと伸びをして、荷物が置いてあるモネの家に歩き出しました。

「え、そろそろって、」

「うん。オレとロックはもう別の国に行こうと思う。」

「そんな!もうちょっといればいいじゃない!」

「んん~、もうモネとも思い出作れたしな~。」

3人はモネの家に向かって進みながら話します。そんなに離れた場所にいたわけではないのですぐに家の前に着いてしまい、もう旅立ってしまうと思ったライラは2人を引き留めようと少し大きな声で2人に言いました。

「そもそも相棒パートナーを見つけるためにここに来たんでしょ!?まだ見つけてないじゃない!」

「じゃあライラがクロの相棒パートナーになる?」

「え、」

「ロック、それはダメだな~。ライラはモネの友達だから。離れ離れは寂しい。」

クロはあっさりとそう言うと、荷物を「よいしょ」と背負いました。ロックも本気で言っていたわけではありません。「冗談だよ、ごめんねライラ」とペロッと舌を出します。そして荷物を背負ったクロとロックは、キッチンにいたマリーにも挨拶します。

「マリー、昨日はありがとーございました。オレは別の国に行きます。」

「え?早かったねぇ。もうちょっとゆっくりしてけばいいのに。」

「モネに最高の思い出をプレゼント出来たので、もう満足なのです。」

「そう?元気でね。またいつでも遊びにおいでよ。」

「マリーさん、ありがとうございました!」

マリーへの挨拶を終えた2人は家を出ると門の方に向かって歩き出しました。スタスタと行ってしまう2人の様子に、ライラはますます焦って声を掛けます。

「え、ちょっと!モネに挨拶もしないつもり!?」

「んん~、さすがに失礼かな?でもオレ別れとか久々だから泣いちゃわないかな。」

「いやクロ、旅立つときに国王様や王子様たちと別れてきたばかりでしょ。」

「あ、そうだった。じゃあ泣かないかな?」

「貴方たち、なんでそんなマイペースなの...ん?あれ、モネ?」

3人が喋りながら歩いてると、モネが慌てたように走ってきました。そして追いついたその瞬間、クロにバッと2輪の花を渡しました。

「んん~?えーっと、これは...?」

「クロ、これスイートピーだよ。」

「スイートピー...って、モネはオレたちが今日この国を経つって知ってたの?」

モネはクロたちが荷物を取りに行ったのを見てこの国を立とうとしていることを察し、慌ててスイートピーを取りに行ったのでした。

「ふふ、スイートピーね、なるほど、良いと思う。モネの気持ち、私にも伝わった。」

「モネ、ありがとう。オレ、旅頑張るね。」

「ありがとうモネ。これ1本はロックのでいいんだよね?」

モネは目に涙を溜めて、大きく頷きます。そしてクロの手を両手でぎゅっと握り、ロックの頬に軽くキスすると、手をバイバイ、と振りました。涙は最後まで流しませんでした。ライラはモネのその様子を見て、2人を引き留めることをやめたようでした。笑顔で見送るためモネの肩に座ると笑顔で手をぶんぶんと振りました。

「ばいばい、モネ、ライラ。」

「バイバーイ!」





 こうしてクロとロックは花の国を後にしました。大きな門をくぐって、国境道シノリアロードに出ると、寂しさがこみあげてきたのか、クロは何も喋らず黙っています。

「クロ。モネはこれからきっとあの子たちとも仲良くなるよ。さみしい思いなんてする暇もなく楽しく過ごすだろうね。ライラもマリーも、モネのそんな姿見たら毎日笑顔だよ。だから、」

「...てない。」

「え?」

「昼寝!してない!」

「はあ?」

「一面の花畑で、いい匂いに囲まれながらぼーっと昼寝しようと期待に胸躍らせて門くぐったのに、昼寝するの忘れてた。無念だ...。」

「...ははっ!そっか、クロはなんて言うか、そうだよね。うん、よしクロ、次もゆったりした雰囲気の国に行こう。そこで思う存分お昼寝しようよ。」

「じゃあ次は...あ、ここ、翼の国フレイホーネ。イラト兄上が行ったことあるって言ってた。国民が空を飛ぶんだって。ここにしようかな、ゆっくり空飛びながらお昼寝とか気持ちよさそう。」

クロは自分の顔の倍以上ある、この世界の地図を広げながら言います。そして翼の国を指さすと、ロックにニコッと笑いかけました。

「うん、きっと気持ちいいよ。どの国でもロックはクロに付いて行くから。じゃあ行こう!クロ!」

「うん。行こうロック。」


 スイートピーの花言葉は『門出』それから『優しい思い出』。2人の旅は始まったばかりですが、応援してくれる人がいることを、荷物にさしたスイートピーは知っています。これからも、わくわくでいっぱいな2人の旅は続いていきます。
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