薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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君がくれたマフラーは

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 カランカラン

 「いらっしゃいませ。」

「いらっしゃいませ~。」

 ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様はお年を召された老夫婦。少し気難しそうなおじいさんと、穏やかそうなおばあさんです。

「こんにちは。寒いですねぇ。」

「そうですね。あ、こちらにどうぞ。」

「ありがとうねぇ。」

おばあさんがにこやかに挨拶する隣で、おじいさんはムスっとした顔で座ります。そのあまりにも不愛想な対応に、いちごも少しむっとします。とはいえお客様相手に失礼な態度は出しません。丁寧に対応します。

「ご注文はどうされますか?こちらの紅茶なんてとってもオススメですよ。」

「あら、じゃあそれ頂こうかしら。幸三さんはどうします?」

「ワシもそれでいい。」

「じゃあ紅茶をお2つ下さいな。」

「かしこまりました。」

いちごは注文を通すと、ふと老夫婦がマフラーを巻いたままでいることに気づきました。

「あの、お客様。マフラー外されないんですか?」

「そんなもんワシの勝手じゃろう。」

「ちょっと、幸三さん。ありがとうね、店員さん。この人不愛想なの。」

「...確かに、自分ちょっと傷ついたかもです。」

「あら、はっきり言うのね。ウフフ。」

いちごは幸三と呼ばれるおじいさんの態度についに鬱憤が溜まり、不愛想にはっきり言ってしまいました。しかし幸三は特に気にすることもなくムスっとしています。おばあさんは怒った様子もなく、笑いました。

「いちご君、お客様に失礼な態度は良くないですよ。すみませんお客様。」

「あら店主さん。構いませんよ。主人の愛想がよくないのは事実ですし、店員さんが傷ついたことを無視するのも良くないわ。でもね、店員さん。私...山中友恵と言いますが。私は主人と結婚して50年になるの。主人がどんな人か、初めて会う貴方は分からないと思うのですけど、私はとってもいい人だって知ってるの。だからあんまり誤解しないであげてくれると嬉しいわ。」

「...すみません。」

薔薇紳士の言葉に友恵は優しく諭します。その言葉は決していちごを責めるものではなく、いちごの気持ちを尊重したうえでお願いするものでした。巴の柔らかい物腰に、いちごもつい良くない態度をしてしまったことに謝ります。

「あら、謝る必要は無いのよ。...そうだ店員さん、お手洗いはどちらかしら。」

「あ、こちらです。」

「ありがとう。」

友恵が席を立ち、薔薇紳士が紅茶を淹れるために戻ったのでいちごは幸三と2人になりました。少し気まずいと思いつつ、何気なく幸三が巻いているマフラーに目をやると、それはかなり年季の入ってボロボロの状態でした。思わずマフラーを凝視していると、幸三は訝しげにいちごを見ます。

「あ...すみません。その、マフラーがとても...その、趣があったもので。あはは...。」

先ほど怒られたばかりのいちごはかなり言葉を選んで言います。雰囲気が悪くならないように笑ってみましたが、どこか上手くいかず、引きつった作り笑いになってしまいました。そんないちごを見て幸三はふいっと目を逸らしました。と思うとゆっくり口を開きました。

「...趣があって当然だ。これはアイツが20年も前に編んだものだからな。ボロボロだろ。ワシ自身いつ捨てようかずっと考えて、結局捨てられずにおるわい。」

幸三の言葉は自虐のように聞こえますが、その言葉の節々に深い愛を感じます。いちごはその言葉にハッと先ほどの友恵の言葉を思い出しました。

「そちらのマフラー、まるで毛糸のように優しいですね。奥様の愛を感じます。そんなマフラーだからこそ、幸三様も愛を持って使っておられるのでしょう。」

「...ふん、暖かいから付けとるだけだわ。それより店主よ、紅茶を持ってきたなら早く置いてくれ。」

「失礼しました。ではこちら、ごゆっくりどうぞ。」

薔薇紳士が席を離れると同時に、友恵がお手洗いから戻ってきました。

「あら、紅茶出来たのね。いい匂いだわ。」

「あ、あの。」

友恵が席に着くと、いちごはおずおずと話しかけました。

「あら店員さん、どうかしました?」

「先ほどはすみませんでした。私にも誤解、解けました。解けたので、心から謝れます。すみませんでした。」

いちごは老夫婦に向かって頭を下げました。気持ちのこもった誠意の謝罪です。

「うふふ、幸三さん、私が離れてる間に何をしたのかしら。」

「ふん...ちょっと独り言言ってただけだ。」

「?思いっきりお話してくれたじゃないですか。そのマフ」

「...!し、知らん!」


 この日、優しいおばあちゃんと、愛情深い照れやなおじいさんは、店員と3人で昔話を笑顔で話していたそうな。
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