薔薇紳士の興じ事

世万江生紬

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君のことを知れば知るほど

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 カランカラン

「いらっしゃいませ。」

ここは悩みを抱えるお客様が来店される喫茶店。本日のお客様は大学生でしょうか、若く、少しお洒落をした男性です。

「こちらのお席へどうぞー。」

「ありがとうございます。」

この店のアルバイト、野咲いちごが男性をカウンター席へ案内します。

「お兄さん、ここのお店紅茶が美味しいんですよ、ぜひどうぞ。」

「あ、じゃあ紅茶を下さい。」

「かしこまりました。」

いちごの言葉に、男性は紅茶を頼むと、ほっと息をつきました。

「お兄さん、どしたの、ため息?何か悩み?」

「え?あー、いやいや、全然そんなんじゃないんだけど、あー…聞いてくれる?」

「いいよー、お兄さん名前は?」

「俺は田畑昇。ピカピカの大学1年生。でね、最近初めて彼女が出来たんだ!可愛くていい子なんだよー。入学してから一緒にいる時間が多くなって仲良くなって…自然と付き合うように、的な?」

「惚気?」

「あは、そうかも。でもねー、彼女と一緒にいるうちに、彼女の知らない一面を知るようになってさ。実はちょっとサボり癖があったりお年寄りに優しかったり?良いも悪いも色々あるんだけど彼女のことを知れば知るほど、俺は彼女のことあんま知らなかったんだなーってふと思って。それだけだよ。」

昇は一気にそう話すと顔をくしゃっとさせて笑いました。その顔は決して苦しく辛いというものではなく、何処か少し寂しい、そんな笑顔でした。

「田畑様、紅茶です。」

「あぁ、ありがとうございます。」

昇は薔薇紳士にお礼を言うと、紅茶を1口飲みました。

「ねね、お兄さん、さっきの話だけど、自分には別に何も悪い所…というか悩むところなんて無いように感じたんですけど…。」

「え、あぁ、うん、だから悩みって程じゃないって先に言ったじゃないか。ただちょっとなんて言うか、寂しい?って感じただけだよ。」

「ふーん…。」

いちごと話しながら、昇は「美味しいですね」と紅茶を飲みます。

「田畑様、私からも先程のお話に一言、よろしいでしょうか?」

「え?店主さんも?悩みって程じゃないんだし別に…。」

「田畑様、確かに知らない1面を知っていくのは嬉しいような、少し寂しいようなものではあります。しかし、その方のことを知れば知るほど、あなたはその方に詳しくなっていく、ということなのですよ。」

薔薇紳士の言葉に昇は目をぱちくりとさせます。そしてフッと笑い、

「言い方変えただけじゃないですか。でも…言い方変えただけなのになんかすごいスッキリしました。ありがとうございます。」

と薔薇紳士を見つめました。

「そうだよー、彼女のこと詳しくなって良かったね、お兄さん。てか彼女だろうが人は全てを表に見せてる訳じゃないんだから知らない所なんていっぱいあると思うよ?」

「君結構ズバッと言うんだね?まあでもそうだね。肝に銘じとく。」

そうして昇は紅茶をゆっくりと飲み終えると、帰っていきました。



 誰でも近しい人の知らない一面を知るというのは嬉しいような、少し怖いような、複雑なものです。その人の良い面ならまだしも悪い面なら尚更。でも、それは言い換えればその人に詳しくなったと言うこと。それは結構嬉しいものだったり、しませんか?
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