自己満足

世万江生紬

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元推しがバイトの後輩になりました

元推しがバイトの後輩になりました

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 「本日から新しくバイトで入りました、小湊葵です。よろしくお願いします。」

そう言って目の前で挨拶をする一人の青年、彼は私の、元推し俳優でした。

 
 小湊葵。彼は子役時代から舞台俳優として活躍。十八歳を過ぎたころからは2.5次元俳優として主に活躍していた。あんまり有名ってわけじゃなかったけど、一度だけ、私の推しであるモブに近いキャラを演じてくれた時から私はずっと彼を推していた。メインをやることは少なかったけど出番が少なくとも彼が出る舞台なら見に行った。彼の笑顔や舞台裏での人間性、それからお芝居にかける情熱なんかが、当時やりたいことも見つからずただ日々をつまらなく過ごしていた私の生活を変えてくれたんだ。
でもある日彼の不祥事が発覚。なんと既婚者と関係を持ち所謂不倫していた、というもの。事務所はマッサージをお願いしただけと事実を否定し、謝罪したけれどネットは炎上。事務所からは解雇され、いつしか彼を見る日は無くなった。

 そんな彼が今!このどこにでもあるカラオケ店という場所で!バイトの後輩として!目の前にいる!そんな事実を私はすぐに受け入れることが

「じゃあ小早川さん、新人教育お願いします。」

「はい、分かりました。」

出来てしまうんですよね!一応これでも社会人ですから!どんなにありえないようなことが起こったって接客業やってますもん、冷静に対応してしまうんですよね!

「あー、小早川さん、よろしくお願いします。」

「うん、小湊くん、よろしくお願いします。」

私はこの日から、教育係として元推しと一番近い距離で一緒にバイトをすることになったのでした。


 それから一か月、最初こそは推しがぁぁ!って思っていたものの、社会人としての責任と理性で冷静に仕事をこなしていけば何とか状況には慣れていた。小湊くんもすっかり仕事を覚え、私が教えることは特になくなっていた。ところで小湊くんが元舞台俳優で私の元推しだということは一切話していなかった。だって!本人に「元舞台俳優ですよね?」なんて聞いちゃったらどうしても不祥事の話出ちゃうし!元推しでしたなんて言っちゃったらさすがにこれから冷静に一緒に仕事出来ると思えない!

「小早川さーん、お客さん来てますー。受付するんでレジお願いしまーす。」

「あ、はーい。」

小湊くんもずいぶんと私に懐いてくれて、他愛もない話ならたくさんして仲良くなった。さすがに二人でご飯行きませんかと言われたときは、推しと一緒にご飯なんて!と断らせてもらったけど、いい関係を築けていると思う。というか小湊君は普通にいい人って感じだ。元舞台俳優としてのルックスとこの人の好さなら持てるんだろうな~なんてぼんやり考えていたりする。



「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」

ある日、会計のお客さんのレジを終えたので厨房に戻ろうかな、なんて思ってると、受付で少し大きな声が聞こえた。なんだ?と思って受付を見ると、マダムに小湊君が言い寄られているようだった。イケメンは大変だね~なんて思って受付変わってあげようと前に出た瞬間、マダムの声が私の動きを止めた。

「あなた小湊葵でしょ!あの舞台俳優の!なんだっけ?何かやらかして干されたのよね~。こんなところで会えるなんて!嬉しいわ~!ねぇ、連絡先とか聞いちゃダメかしら?」

私はスーッと頭から血が引くのを感じた。けど体はちゃんとマニュアルが叩きこまれてて、失礼なくマダムに連絡先をお断りし、受付を済ませていた。受付を済ませた後、小湊くんはひどく静かだった。まあ当然かもしれない、あのマダムに元俳優ということがばれればこれからそう言ったお客さんが増えるかもしれない。さっきもマダムはまだ優しい方だったけど、世の中善意だけじゃない。加えて小湊君が俳優をやめた経緯が経緯だ、何か問題に発展してもおかしくはない。それに、私の挙動不審な態度で、私も元俳優ということを知っていたことがバレたんだと思う。そうなれば気落ちもするよね。

「あ~小湊くん?気にしなくていいよ~全然迷惑とかにもなってないし。だから...」

「小早川さん。」

「はい?」

「シフト上がったら、時間くれませんか?」


 シフト上がり、小湊くんに呼び出されたのは人気のない公園だった。私は昼間の事件についてのことなんだろうなーと思いつつ、推しに呼び出されるという子の展開に内心わくわくしてしまっていた。

「お待たせー。」

「いえ、来てくれてありがとうございます。」

「それで、話って何かな。」

小湊くんは少し話しづらそうにした後、ゆっくり話し出した。

「その、小早川さんは、俺が元舞台俳優ってこと知ってました、よね?」

「あーうん、知ってた。やめたのも知ってたからあんまり言わない方がいいかもと思って。」

知ってるどころか推しでしたけどね!

「不倫してたってやつですよねー。してないんですけどね、あの相手の人、本当にただの出張マッサージの人ですし、指に指輪つけてたから既婚者だって知ってるし、手なんか出してないのに。ネットで一部の人とは言えあれだけ騒がれちゃ、もう俳優続けられなくて。はあぁぁあ。お店にも知ってる人来ちゃいましたし。これはもう新しいバイト先決めなきゃです。」

私は彼の言葉にちょっと真顔になった。でも少なからず落ち込んでいいたようだから、優しく言葉をかけた。

「私は俳優とか誰かに見られる職に就いたことないから分かんないけど、大変だったんだね。うん、無理せず新しいとこ探せばいいと思うよ。辛いとこにわざわざいることないよ。」

「小早川さん、優しいですよね。」

ふぁっ!推しに優しいと言われてしまった!別に当たり障りのないことを言ったつもりだったんだけど、彼にとっては嬉しかったのかな。

「だから俺はあなたを好きになりました。」

「...はい?」

「この職場をやめるなら、小早川さんとも会えなくなっちゃいますから、その前に言わなきゃと思って。なんならこれからも会える口実作らないとって。だから、俺と付き合ってもらえませんか?」

ふぁあああぁぁぁぁぁぁ!?えっ!推しに告白!私今告白されてます!?すごい展開!本当にこんなことあるんだ二次元の中だけじゃないんだ!?

「俺もう普通の社会人ですし、確かに不祥事は起こしましたけどあれは悪意はなくて、というかわざとじゃないというか、もうしないんで!なので!」

小湊くんはなんとか必死で伝えようとしてくる。不祥事の事を私が知っているものだからもうしないってことを伝えてきてるんだろうな。でも、

「ごめん。」

私は断るよ。昔は推していたけど、今は推しじゃない、元推し。昔だったら二つ返事でOKしたんだろうけどな。

「え...なんでですか。やっぱり昔やらかしたからですか...?」

「そう、だね。一つ聞くけど、不倫した人に押されるのは不倫をした過去の罪だけだと思う?」

「え、他になにが...。」

「この人は不倫をする人っていうレッテルが貼られるんだよ。それは消えない。一度も不倫をしてない人と、一度不倫をしてしまった人、この二人なら絶対に、一度も不倫をしてない人の方が不倫しないと私はどうしても思っちゃうんだ。」

動揺しているのか困惑しているのか、狼狽えている彼を刺激しないように私はゆっくりと話した。

「いや!俺本当に不倫なんてしてないんです、誤解なんですよ!」

「じゃあ小湊くん、テスト中にスマホを出している人がカンニングにならないと思う?例えいじってなかったとしても、出してるだけでカンニングになるんだ。真相は関係ないよ、疑われる行為をすることが問題なんだ。ただでさえ俳優なんて見られる職業なんだから、小湊くんはもっと気を付けるべきだった。ただのマッサージといったけど、部屋に入れたんだよね?既婚者だと知ってたんだよね?じゃあ部屋に入れる前に断るべきだった、出張マッサージなんて呼ぶべきじゃなかった。ネットでいろいろ言う人も言う人だけど、気を付けなかった小湊が全部招いたことなんだよ。」

小湊くんは何も言わない、黙って私の言葉に耳を傾けてる。だから私も優しい口調を崩さず、話を続ける。

「それに当時、小湊くん謝ってたよね。ちゃんとすみませんって。ちゃんと謝れるのはシンプルにすごいと覆う。今は悪いことしても謝らない人ととかいるから。でもさ、私は逆に、悪いことをしたって気持ちはあるんだって思っちゃった。悪いことをしたって自覚があるのなら、そもそもしなければよかったじゃないって。悪いことと分かっててやったの?って。」

「...俺は、どうすればよかったんですかね。」

「相手が私だからだよ。私はそう思ってるってだけ。だから、ちゃんと小湊くんのことを好きになってくれる、不祥事とか関係なく、今の小湊くんを好きになってくれる人を探せばいいと思うよ。昔の事なんて悔やんだって変えられないんだから、今を大事にして。ね?」

今の彼は本当にいい人だと思う。私はどうしても過去を見てしまうから、過去の推しを見てしまうというだけ。というか、バイト仲間に小湊くんを元俳優と知らなくて好きだって子もいるし。イケメンはモテるから大丈夫だよ、ほんと。

「あのさ、舞台俳優だった時の小湊葵は私の推しだったよ。」

「え?」

この後バイト辞めるんだろうし、最後にカミングアウトしても良いでしょ。小湊くんがいい思い出にしたいように、私だっていい思い出にしたい。

「小湊葵の笑い方とか、舞台裏での人間性とか、舞台にかける思いとかそう言うのが私の生活を変えてくれたんだ。言っちゃえば生きる希望、的な?だから不祥事出た時はすごく裏切られた気持ちになっちゃったんだよ。本人が吹っ切れても、心で否定してても、その気持ちが届いてないと、想う側の人間は救われないんだ。...それは覚えててほしいな。」

「...分かりました。」

その日、結局小湊くんとはすっきりとした顔、最後には笑顔で別れた。



 「これからもよろしくお願いしますね、小早川さん。」

翌日、私の目の前には元推しが笑顔で立っていた。
 
「なんで!やめるんじゃないの!?」

「いや~、そう思ってたんですけど、店長に事情説明して、やめたくはないですって言ったら、やめなくていいよって言われたので!これからも続けることにしました!」

「いやいや!私昨日結構恥ずかしいこと言っちゃたよ!?」

「それを言うなら俺も小早川さんのこと好きだって言っちゃいましたし。まあなんで、これからもアタックしていこうと思います。今の俺を信じてもらえるように。」

「嘘でしょ!?」


 私の生活を変えてくれた、生きる希望をくれた推しは、不祥事を起こして消えてしまった。私の中からも、もう推すことはできないと追い出した。そんな元推しが、今は私に恋する後輩!そんなラブコメ展開望んでません!

 そんなわけで、今日からも、元推しがバイトの後輩になりました!
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