自己満足

世万江生紬

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僕が大嫌いなヒーロー

僕が大嫌いなヒーロー

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 この街にはヒーローがいる。それは比喩なんかじゃなくて、本物の、悪をやっつけるヒーロー。
この街のヒーローは、なりたくてなるものではなく、才能や素質がある人間だけ神に選ばれたように、ある日首に取れないチョーカーのようなものが巻き付く。その丁度喉仏あたりにあるスイッチのようなものを押すと、一瞬でヒーローに変身する。ヒーローは人々の悲鳴が上がると変身し、空を飛んで移動し、力強く弱いものを助ける。具体的には事故が起こる直前に車を止めたり、警察が出動する危険な案件が起きた時、その身を呈して助けに入ったり多種多様。でもそんな人々を助けるヒーローがこの街の人間の憧れで、みんな自分もヒーローになりたいと望む。

 僕の兄はそのみんなの憧れのヒーローで、僕はそんな兄が、大嫌いだ。


「悪い、乙矢。ちょっと俺行ってくる。」

兄はそう言って、ゲームを一時停止にしたまま変身して窓から出ていった。いつものこと。
僕の兄はヒーローで、そして誰もがヒーローに相応しいと思える人間だ。困っている人がいたら颯爽と助け、誰もを助けることができるようにと自分自身も鍛える。ヒーローに選ばれる前から兄はそんな人間だった。そしてそれ自体は僕も自慢の兄だと誇らしく思ってた。でも兄がヒーローに選ばれたことで僕の生活は一変した。ヒーローに選ばれた人間は否が応でも周りに周知される。そして兄を知る人間なら僕が弟だと知っている。当然、兄はヒーローなのにお前は、って話になる。そして兄も兄で、困っている人を助けるためにと僕のことは二の次。そんな毎日に心底嫌気が刺していた。

「はぁ…。ゲーム、片付けよ。」

兄のことは大好きだった。でも、ヒーローの兄は、大嫌いだ。



「甲矢、今日もヒーロー活動お疲れ様。今日は甲矢の晩御飯好きな物にしたから、いっぱい食べてね。」

「ありがと母さん。でも俺は平気だよ。変身したら体は丈夫だし疲れにくいし負担にはなってないんだ。困ってる人が1人でも助けられるなら俺は嬉しい。」

「はー、甲矢はどんな育ち方してこんないい息子に育ったのかしら。乙矢と育て方は何一つ違わないはずなんだけどねぇ。」

「いい兄さんだから弟はひねくれちゃったんだよ。」

「そうかもねー。ま、でも母さんは乙矢もいい子だと思ってるよ?今もほら、汚れた机さりげなく拭いてくれたしね。」

母さんは優しい。ヒーローである兄は言わずもがないい人間で、凡人である僕は兄に劣る。その事実を一切否定せず、それでも僕の良いところを見つけてくれる。だから僕は兄のことは嫌っても世間は社会に反発したりはしない。

「そういえば乙矢、明日から期末だっけ?俺分からないところとかあったら教えるよ?」

「ん…じゃあ分からないところあったら聞く。」

「分かった。待ってるね。」

兄は優しい笑顔を向ける。僕はその笑顔がいたたまれなく感じて、不審に感じられないようにそっと目を逸らした。


休日、兄はいつものようにパトロールに行った。どこかの顔のあんぱんを分け与えるヒーローのように、兄は休日何も無い日はパトロールに出かける。『事件が起こった時に助けるのがヒーローじゃない、事件を未然に防ぐことがヒーローだ。』兄の口癖だった。

「兄さんいないし、テレビでも観ようかな…。」

兄が出かけた休日は僕も特にやることも無く、ダラダラとテレビを見たりする。今日もいつものように録っているアニメでも観ようかとテレビを点けた時、悲鳴が聞こえた。ベランダで洗濯物を干していたはずの母さんの声。ベランダで悲鳴なんて今まで聞いた事ないし、滑って転んだとか、有名人が通ったとか、そんな軽い悲鳴じゃなかった。何か本気で恐怖を感じた悲鳴。僕はバクバクと音のする心臓を押さえながら階段を駆け上がった。そしてベランダで母さんを押さえつける黒い服の男たちの存在を目視したと思ったその瞬間、首に強い衝撃を感じて、僕は意識を失った。



「よぉ~お。起きたか。」

瞼をゆっくりと開けると、目の前に人相の悪い男がいた。

「ここは…?」

辺りを見回すと、強面の男が二、三人。全員黒い服を着て僕を囲んでいた。

「ここはぁ、使われてない廃倉庫。だから大声とか出してもだ~れも助けに来たりしないんだぁ。あ、でもお兄ちゃんはもうすぐ来てくれるよ~?ヒーローだもんねぇ~。」

目の前の男は気持ちの悪い喋り方で僕に話しかけてきた。この男の話の内容と目から分かる情報だけを整理すると、今の状況としては、人が来ない場所に縛られて監禁されている。そして、僕の胸元には爆発物のようなものが巻き付けられている。

「…母さんはどこですか?」

僕は震える声を精一杯振り絞って男に聞いた。男は僕の質問にニヤリと笑って答えた。

「お母さんはねぇ、ちょっと離れた所にいるよ~。ほら、見えるかなぁ?10メートル先くらいだけど、あっちにいるよぉ。」

男の言う通り、母さんは少し離れた場所に僕と同じように縛られて、胸元に爆発物が巻き付けられていた。
なんでこの男たちは僕と母さんをこんな場所に連れてきたのか、連れてきて何をしたいのか、兄さんがもうすぐ来るっていうのはどういうことなのか、僕は何も分からなかった。というか、考えられなかった。恐怖で、頭なんて回らなかった。男に質問出来たのも母さんのことだけでそれ以上はもう口も開けなかった。

 どれくらい経っただろうか。随分長かった気がするし、そんな気がするだけで全然時間は経っていないのかもしれない。入口のドアがゆっくりと開いた。

「乙矢…母さんっ!!!!!」

兄だった。ヒーローに変身した兄が、重たいドアをゆっくりと開けて入ってきた。

「お前…!!何のつもりだ!!乙矢と母さんに何を」

「まあ待てヒーロー。それ以上動くとこの2人に付けた爆弾、爆発させるぜ?」

兄はピタっと足を止めた。変身後の姿は全身ヒーロースーツにヘルメットを被ったような状態だからどんな表情をしているのかは分からない。でも、緊張、恐怖、怒り、そんな感情は伝わってきた。

「本当にいいヒーローだなぁ。…虫唾が走る。じゃ、役者は揃ったしルールを説明するな。」

男はそう言うと、まるで舞台の上を優雅に歩く役者のように歩き出した。

「まず、お前の弟と母親の胸に爆弾を括りつけた。そんで、起爆装置はそれぞれ弟が俺の右手、母親が俺の左手にある。このボタンを押せば一瞬でドカン!だ。」

男は僕と母さんの顔を舐めるようにジロジロ見ると、楽しそうに笑った。僕と母さんは黙って恐怖に声を上げることを耐えることしか出来ない。

「んで、こっからがこのゲームのルール。おいヒーロー、どっちか選べ。」

「は…何を…。」

「助けたい方、弟か母親、どっちか選べ。どっちか選んだら、片方は助けてやる。この爆弾、至近距離ならさすがにお陀仏するけど、弟くんとお母さんがこれだけ離れてれば片方の爆発に巻き込まれることはないんだよ~。」

兄は驚愕で震えていたと思う。兄は助けられる命の選択を任せられたんじゃない、殺す命の選択を任せられたんだ。当然その意味を理解した僕と母さんも恐怖と驚愕で顔を歪める。

「時間制限がないと決められないだろうから、5分間な。5分以内に決められなければどっちも爆破させる。あ~それから今この様子、動画撮ってっから。俺ぁ優しいから生配信とかはしないであげてるんだぜ~感謝しろぉ。」

兄は絶望からか膝に力が入らないんだろう、ゆっくりと崩れ落ちた。でも顔は男の方に向け、怒りの感情をまっすぐにぶつける。そんな兄の様子を見て男は楽しそうに笑う。僕と母さんの間をゆっくり歩き、時には方や顔に触れながら、ニヤニヤと笑う。

「ほら、弟くん、お母さん、なにか喋ってあげなよ~。何も言わなけりゃお兄ちゃんも選べないよ~?」

男は僕達にも声をかけた。母さんは男の言葉にハッとしたと思うと「母さんはいいから!乙矢を助けて!おねがい!」と泣いて叫んだ。息子を思う母の優しさや愛なんだと思うけど、兄はそれにうん分かったと答えられる状況じゃない。男が僕にもなにか喋れと強要してきた時、僕はふと、大嫌いな兄への嫌がらせを思いついた。

「兄さん…、僕、兄さんのことが大嫌いだよ。」

「え…乙矢…?」

僕の言葉に兄は面食らったように呟く。僕は兄の言葉を無視して続ける。

「ヒーローだからって、誰彼構わず人助け。周りは憧れてすごいって褒め称える。そんな兄を持った弟の気持ち、兄さんに分かる?毎日毎日比べられて自己肯定感は低くなるっていうのに、兄さんは変わらず優しくする。僕の重荷になるなんて考えずにさ。」

兄さんの体はちょっと震えてた。でも顔は見えないからどんな感情なのか分からない。母さんは何言ってるの?って、絶望したみたいな顔で見てる。男は弟が兄に日頃の恨みを吐いているのが面白いのかニヤニヤ笑って僕の方に手を置く。僕はその男の方をチラリと見て、

「だから僕は兄さんなんて嫌いだ!」

と言った瞬間、男を思いっきり突き飛ばした。椅子に縛られていたから、椅子ごと力の限り体当たりした。こんな僕でも全体重をかけて体当たりすれば男はバランスを崩して倒れる。そして男が倒れた瞬間、僕は自分の体で、

男が右手に持っていたボタンのスイッチを押した。

ただでさえ威力の弱い爆弾をうつ伏せになって覆いかぶさったから周りはほとんど巻き込まれることはないと思う。だから死んでも僕1人。
母さんか僕、どちらか1人選ばなければいけない状況で兄さんは選ぶことは出来なかった。加えて、弟が自分を庇って犠牲になった。常日頃から自分がやってきた行為を自分自身に返された気持ちはどうだろう。自分の身を犠牲にして誰かを助ける行為が、そしてそれが残された人をどんな気持ちにさせるか、痛いほど分かっただろう。

 これが僕の、大嫌いなヒーローへの本気の嫌がらせ。僕から兄に、最後に贈る言葉は

 「ヒーローになんて、なって欲しくなかった。」
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