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馬鹿みたいでも本当だから

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 「よぉーっす、来たぞ天馬、何の用だ。」

 ここは暁学園大学校舎一階のコペルニクスサークル部室。面倒くさそうな顔で、さもイヤイヤという雰囲気を醸し出して扉を開けたのは先輩の元婚約者、神楽木零です。

「うわぁ、前まで呼んでも絶対に来なかったのに!今日は来てくれたんだね!」

「来ねぇとまた双子拉致るだろお前!双子もなぜかお前に懐いてるし!あいつらをお前の傍若無人に巻き込むわけにはいかねぇ。」

「拉致るって失礼だなー、部室に招待してるだけだよ。双子ちゃんがいいって言ってるんだからいいじゃないか。」

ソファに座ってくつろいでいた先輩の向かいのソファに零がドカッと座りつつ二人が話しています。以前先輩は零と話をしたかったものの普通に呼んでも会ってくれないから、と零と一緒に暮らす従弟の双子を部室に招いて人質まがいのことをしていました。前例からみても零の意見が正しいのですが、はたから見るとケンカップルにしか見えませんね。

「あいつらさ、アイドルオーディションに受かったんだと。俺も受かってから知らされたんだけど。だからレッスンとかなんやらで今忙しいんだよ。俺も一応応援してるから、あいつらの邪魔すんなよ。」

「アイドル!?あの双子ちゃんたちが!?まあ顔は綺麗だったしね...ちなみにアイドルやるきっかけは?オーディションってことはスカウトじゃないんだろ?あの二人のことをよく知ってるわけじゃないけど、こないだ会った感じからして、零ちゃんに認めてもらえるような男になるため、とか言いそうだね。」

「...聞くな。」

「嘘!マジなのかい!?あっはははははは!傑作だね!零ちゃーん、あの双子ちゃんの気持ち、しっかり答えないといけないな~。」

零の従弟の双子、陽人と月人はどうやら零のことが本気なようで。ただのモンペのような感じだと思っていましたが、認めてもらうためにアイドルになるとは。愛ってすごい原動力になるんですね。

「うるせぇな!それよりお前今日なんで俺のこと呼んだんだよ、どうでもいい用事なら帰る。」

「コスプレのオファーだけど。」

「帰る!!!」

先輩といる時の零はひたすら可哀想ですね。私は飛び火しないように部屋の奥で気配を全力で消していると、扉をノックする音が聞こえました。

「零ー?いるんスか?」

入ってきたのは先輩の悪友、夜野卯月先輩ともう一人。

「ウサギちゃんじゃ...え、待って!隣にいるイケメン、例の彼氏くん!?」

「うるせぇっスよ。そうっス。弓月千弦、大学二年。木霊とは同級生っスけど、あったことないっスか?」

「あ、はいそうですね、顔合わせたことくらいは...。」

夜野先輩の隣にいた儚げな美少年は、先輩の彼氏の弓月千弦ゆづきちづる。私も同じ学年なので喋ったことはないものの顔を合わせたことくらいはありますが、まさか夜野先輩の彼氏だとは思いませんでした。というか、その前に弓月にはとある噂あってちょっと近寄りがたかったというのがあるんですが...。

「二年の弓月千弦って...ボク聞いたことあるよ?なんかオジサン相手に縁交してるとか噂あったよね?本当かどうかは知らないけど。」

「嘘に決まってんだろ、噂なんて面白ければ面白いほど広がるもんだ。真実かどうかは関係なく、な。」

先輩の言葉に間髪入れず否定したのは零でした。そういう根も葉もない噂が心の底から嫌いといった顔つきで先輩を見ます。

「ははっ、言いたいやつには言わせときゃいいんスよ。おかげで千弦に言い寄る女が減ってアタシ的には逆にラッキーっスよ。」

「ウサギちゃん強いな...というか零ちゃんは弓月くんと知り合いなのかい?」

「あ?ああ、同じ学年だし。それなりに仲いいぞ?てか俺千弦と夜野先輩の出会いの場にいたし。何ならキューピットだし。」

「はあ!?ウサギちゃんと弓月くんのキューピット!?零ちゃんが!?」

私は話が長くなりそうだったので四人分の紅茶を淹れます。というか、ここまで弓月が一言も喋っていないことが気になります。弓月の話題もあったのに。そもそも夜野先輩と弓月はここに何しに来たんでしょうか。零を探しに来ていたようですが。

「てか夜野先輩と千弦は何しに来たんだよ、俺に用じゃねぇの?」

「あ、そうっス。忘れるところだった。さっきの授業の教室にペンケース忘れてたっスよね?千弦がそれに気づいて持っていくって言うからアタシはついてきただけっス。」

「そう、零、これはい。」

ここに来て初めて弓月の声を聞きました。弓月は必要最低限のことしか喋らない無口、という感じで、余計なことは一切喋りません。

「お、さんきゅ...」

「ペンケースなんてどうでもいいんだよ!それよりウサギちゃんたちのなれそめが気になりすぎるから話せ!」

零の言葉を遮って先輩が大声を上げます。そして横暴な言動に零が心底面倒くさそうな顔をします。私はご愁傷様、という気持ちを込めて淹れたばかりの紅茶を手渡しました。

「横暴っスねぇ...アタシは別に言ってもいいっスけど、千弦、言ってもいいんスか?嫌なら嫌でいいんスよ、こんな横暴なやつの言葉なんか聞かなくても。」

弓月は何も言わずこくんと頷きます。夜野先輩から昔聞いた話では弓月は夜野先輩にゾッコンで、先輩の嫌がることは絶対にしないし先輩の言うことは何でも聞くと聞きました。話を盛っていると思っていましたがこのよう様子を見るからに本当っぽいですね。

「んー、千弦がいいならいいっスけど。別にドラマチックでもなんでもないっスよ?千弦が変態オジサンに拉致られそうになってるのをアタシが助けて、通りかかった零が警察呼んでくれたんスよ。そんだけっス。」

「思ってたより大分ヤバいね!?!?」

なれそめというか事件ですね。というかその事件からなぜお付き合いに至ったのかが謎過ぎます。

「その後警察行った時、千弦も参っててアタシのそばから離れなくて。気を利かせて零がアタシたちを二人きりにしてくれたことで千弦はアタシに惚れて、アタシは千弦を守ってやんなきゃって。で、今に至るっスね。」

「普通に犯罪被害者がパニック寸前だったから落ち着かせるために取った行動だったのに、まさかその後爆速で付き合うことになるとは思わなかったぞ、マジで。」

「なんか...ボク生まれて初めて興味本位で聞かなきゃよかったって心の底から思ったよ。」

先輩が反省してるところとか、初めて見た気がします。というか私は別に聞きたいとか思ったわけではないのに、同じ部屋にいたせいで聞きたくなかったことを聞いてしまった気がします。

「というか、ここまでヘヴィーな話なら、話されることに抵抗したらどうなんだい弓月くんよ。人に知られるの結構嫌な部類の話じゃないかい?変態さんに拉致られそうになる、なんて。」

「...別に、昔からだし。」

「昔から!?昔から変な人に危ない目に合わされてきたのかい!?」

「お前こそデリカシーどこ置いてきたんスか、人に話すの嫌な話っスよ。聞くなっス。」

先輩のデリカシーのかけた発言に、夜野先輩が冷静に言います。オジサンと縁交してるとかいう噂は、正確には昔から変態に狙われていたからなんでしょう。確かに弓月は儚げな雰囲気の美少年ですし狙われてしまう気持ちも分からなくは無いですが...。

「うーん、確かにデリカシーの欠けた発言だったね。ごめんよ、弓月くん。」

「いや別に、気にしてないし...。」

「少しは気にしなよ、君の問題なんだよ?」

「いやだって、気に、しないし…。」

「はぁ…あのさ、君のその気にしないって態度、あんまりよくないような気がする。ボクには気にしてないんじゃなくて、慣れとか諦めに見えるよ。」

先輩は急に真面目な顔になると、一冊の漫画を取り出しました。しかしそれを弓月に渡すわけでもなく、胸の前に掲げました。

「これ『虚構推理』。この中のセリフを借りて言わせてもらう。感情くらい正直に生きたっていいじゃないか。辛い経験も、今に始まったことじゃなく昔からなら気にしないのかい?数積めば苦しくなくなるのかい?そんなわけないだろ。辛いものは何度経験しても辛い。今回興味本位で聞き出したのはボクだけど、気にしないからと誰かに話すのも構わないわけないだろ。広まってる君の噂だって、本当にいいのかい?たかが噂だけど信じる人はいる。誰かに誤解されることだってあるんだ。嫌なら嫌って言っていいんだ。辛いなら辛いと感じればいいんだ。君のその容姿や起こった過去は変えられないけど、感情くらい正直に生きたっていいんだ。馬鹿みたいかもしれないけど、君の本当の気持ちはちゃんと持つべきだとボクは思う。それに、」

先輩はそこまで言うとふっと夜野先輩の方を見ました。そしてすぐに弓月に目線を戻し、

「ウサギちゃんは君の感情ごと受け止めてくれる。違うかい?」

そう言うと冷めた紅茶をこくりと飲みました。



 次の日、いつものように部室に行くと零と夜野先輩が来ていました。

「昨日天馬に言われてから千弦のやつ別人みたいなんっスけど!?」

扉を開けると夜野先輩が先輩の胸倉をつかみながら顔を真っ赤にし、目にうっすら涙を浮かべて叫んでいました。

「木霊!いいところに!お前も止めろよ!夜野先輩抑えてないと天馬のこと本気で殴り掛かる!というかさっき間に合わずに一発殴ってた!」

零が夜野先輩の腕を抑えながら私に救援を求めます。私は軽くため息をついて、気持ちばかり夜野先輩の腕をつかみつつ話を聞きます。

「夜野先輩、弓月に何かあったんですか?」

「何かあったも何も!アイツアタシと付き合ってからもずっと口数少なかったのに!急に好きだの一緒にいたいだの馬鹿みたいに口に出してくるようになったんっスよ!」

「木霊ちゃーん、ひどいと思わないかい?関係が進展してむしろ感謝されたいくらいなのに。」

「誰が感謝なんかするかっスよ!!!」

照れ隠し、なんでしょうか。だとしたら随分とバイオレンスな照れ隠しですね。

「てかなんで俺まで巻き込まれるんだよ、俺は廊下歩いてただけなんですけど!?」

どうやら零は廊下を歩いていたところ、部室に向かう夜野先輩につかまり、なぜか連れてこられたらしいです。本当に無関係なのに可哀想です。

「馬鹿みたいでも本当の気持ちなんだろうさ。感情に正直に生きる。嫌なことは嫌って言えって意味だったんだけど、まさかウサギちゃんに対する恋愛感情の方が正直になるとは思わなかったよ。でもさ、ウサギちゃんは受け止めてあげるべきなんじゃないの?前向きな1歩だと思うけど。」

「た、確かにそうかも知れないッスけど…!!!」

「にしても弓月くん最高に面白いね。そうだ、呼び方も変えようかな。千弦だからツルって呼ぼう。ははは、ツルとウサギ、ラブラブでいいね。」

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

「先輩、あおらないでください!」


 この後、弓月のあまりのストレートな愛情表現に夜野先輩の照れの方が勝ったらしく、ぶん殴って「言うなとは言わないから押さえろ」という約束を交わしたそうです。
それから、弓月は夜野先輩の情報を聞くためにたびたび部室を訪れ、先輩とはどんどん仲良くなっていきました。

 感情、と一言で言っても、それが指すものは様々です。嬉しい、悲しい、楽しい、苦しい、辛い、愛おしい。それを表に全部出す必要はありません。誰だって全部を表に出しているわけじゃない。けど、もういいからと諦めて何も感じなくなってしまうより、馬鹿みたいでもいいから自分自身には見せて、自分自身だけには正直に、生きていく方がほんのちょっと生きやすいと私は思うのです。
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