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しおりを挟む男の事が何となく分かった。
初めは少し戸惑いを隠せなかった所もあったが、今では落ち着いていると思う。男は相変わらず何が言いたいのかわからないような表情ではあったが。雰囲気で感じ取ってるが、正しいかどうかは分からない。しかし、男の熱い目は僕でさえも感じ取れた。
「他に何かあるか」
男が質問があるなら今のうちにしろと言わんばかりに僕を凝視している。じゃああと一つだけ、と僕はいう。
「なんでこんな事を僕に話したの?」
僕が聞くと顔を上げた男はくくっと笑った。凄く幼いような笑顔で僕の鼓動は迅る。
「分からないか?」
「分かってたら聞いたりしない」
僕が言うと、ため息をついた男は再び僕を抱きしめた。僕は目を見開いて驚いたが声はあげなかった。
程よい圧迫感で心地がよかった。
何度かこの行為をしているが、男は何が言いたいのか。
考えてはいるが、答えは出ない。
「伝わらないか」
「は?」
「え?」
何が伝わらないのか。分からない僕は再び間抜けな声をあげ、男もまたその反応に驚いた様子で声をあげた。
「伝わらないって何が?」
すると、男は頭を抱えるようにして唸った。
僕は不思議に思いながらも、目の前の男の頭に触れ、思ったよりもふわふわしていて驚きながらも、戯れる。
男はその様子を見てふっと微笑んでくれたが、すぐに僕の手を掴んでやめさせた。
次の日。初めてお留守番をすることになった。なんとも僕の事を探している人がいるらしく、街に出るよりはD区でおとなしくしている方がいいと男に言われたからだった。
僕を探す人がいることに驚きはしたが、どうせその人の所へ行ったところで人身売買の商品としての役割を果たすしかないだろう。僕は反対はしなかったが、家にいる間する事がないので暇だといえば、ジグソーパズルを持ってきてくれたので問題は無くなった。
外に出ない事、もし知らない人が来ても家に入れない事を何度か言いつけて男は出かけていった。
親というものはああいうものをいうのか。
僕は男を玄関で見送って、言われたようにしっかりと鍵を閉め、部屋に戻った。机にはサンドイッチがある。男が作ってくれたものだ。
昼に食べようと思ったので、先程男に渡されたジグソーパズルをやろうと試みる。
500ピースなので難しいかもしれないと男に言われたが、暇よりはマシだとやることにしたのだ。
だいぶ時間が経ったが、パズルは一つも合わなかった。
「んー??」
どうしよう、全くわからない。
手当たり次第にピースとピースをくっつけようとするが形が合わない。
はやくも挫折気味だ。
「これが森の絵になるなんて」
完成図は教えてもらったが、全体的に緑なので、色分けもあまり意味がなく、仕方なく隅っこだけを集めてくっつけようとする作業をしている。だが、未だ進展なし。
「やり方聞けばよかった」
早く戻ってきてほしいと思いながら僕はサンドイッチにかぶりついた。
変化が訪れた。僕はサンドイッチを食べ終わってうとうとする時間。
僕は諦めてパズルピースを元あった箱に収めた。
ついに挫折してしまった。
ふぅと息を吐き、僕は窓からかかる日差しに当たる。あまりの心地よさに眠気が一気にやってきた。
このまま寝てしまおうかと思ったが、突然ドアを叩く音がして僕はビクッと肩を震わせた。
「えっ」
客人なんて来るはずがないと思っていたので驚いた。しかし、ドアを開けてはならないと言付けされているのでそちらを優先する。
──ドンドンっ!!!!バンッ!!!!
だんだんと激しい音になっていき、僕は冷や汗が背中に伝うのを感じた。
貧相区のボロ屋のドアを思いっきり叩く。つまり。
ドアを蹴破るという強行突破法を使う可能性があるのを僕は今思い知った。
──バタン!!!!
隠れないと!
混乱するなか、本能で僕はベッドに潜り込む。
そして息を潜める。
「やっぱここを根城にしていたか」
今までの中で一度も聞いたこともないドス黒いような印象を与える声だった。
「ほんとにいるんすか。シーアンの所の」
どうやら二人いるらしい。部屋にも入ってないのにすごい大声で喋っているせいでよく聞こえた。
シーアンって、シーアン・ユンホのことかな。
合っているなら僕の元雇い主だ。あまり良い印象ではない。むしろ嫌いな部類の人間。
「あぁ、回ってきた情報が確かならな」
男の笑い声が耳に張り付いたようで気持ちが悪くなった。
ついにギィとここの部屋が開かれた。
「いないっすね」
「いや、いる。探すぞ」
「じゃあオレあっちの部屋行くっす」
この部屋には怖い方の男が残ったらしい。
僕は手で口を覆って、声が出ないようにする。
しかし、簡素な部屋づくりである故、隠れる場所といえばクローゼットかここ、ベッドの下くらいで、すぐに見つかってしまった。
「ほらな」
男は僕の腕を掴み上げてニタァと笑った。
「いたぞ、ジェーン」
男はもう一人の男を呼び戻した。僕はこの図体の大きな男を振り払うことはできないと察して大人しくする。
「まじすか」
ドアからニョキっと顔を出した、ジェーンと呼ばれた男は、僕を掴む男とは反対にひ弱なイメージだった。
「パウさん、そんな乱雑にしちゃっていいんすか」
なるほど、この大きい奴はパウと言うのか。
どうでもいいような事だとは思ったが何より情報が無い今はどんなに小さな事でも見逃すまいとする。
ジェーンはこちらにきて、僕を凝視して固まった。僕は気持ちの悪さに身震いしたが、ジェーンはやめず、パウが止めるまで僕を見続けた。
「そこらへんにしとけ」
「はいー」
「帰るぞ」
パウはそう言って米俵のように僕を担ぎ上げた。
連れて行かれるのはまずいのでは…
僕はようやく身の危険を感じて暴れるが、男がポツリと
「痛い目にあいたく無いだろ」
と言ったので直ぐにやめた。痛いのは嫌いだ。
だが、この状況は非常によろしく無い。
打開策を見出すような頭脳も無い。何か武器になるようなものもこの状況では得られるわけがない。
ユサユサと揺られながら僕はぼーっとしていた。
しかし。
「なんだお前」
僕を担いでいる男が止まった。生憎と僕の顔は男の背中側にあるため、男が言った“お前”を視認する事ができない。だが、予想は大体つく。
「それはそっちのセリフなんだが」
その瞬間僕は大きく揺れた。男から離れ、地面に落とされる──ことはなく、僕は見慣れた男、セシルの腕の中にいた。
「すまない、遅くなった」
「...妥協点」
そう答えた僕を男はフッと一瞬だけ微笑み返し、男たちを見据える。その顔は無表情で、恐ろしかった。
僕を担いでいた方は肩に手をあて、痛みに顔を歪ませている。体つきが良くない男はその光景に唖然としているようで動かない。
僕の前に出て背中を見せた男はその二人の男に一瞬で近づき、持っていたナイフで手際よく首筋の弱いところを狙って切りつけた。二人はあっけなく倒れ、そこから血が流れ、次第に水たまりのように広がって言った。
これが幼少期から週一で狩りをする男の技術だった。振り返ってこちらを見た男に返り血なんてついておらず、綺麗な顔をしていた。
ん?綺麗な顔?
「セシル?」
男は僕の言葉に呼応するように首を傾げて微笑んだ。
「ん?」
いつものようで、なにかが違う。しばらく考えて、原因がわかった。いつも剃ることもなく処理されていなかった髭が綺麗さっぱり無くなっていた。
髭が無くなるだけでこうも美青年になるのか。不思議でならなくで、ほぅと息を吐いた。
「顔に何かついてるか」
男は不思議そうに言った。むしろあったものが無くなって呆然としてるだけだが、そんなことを説明するのもなんだか馬鹿らしくなってやめて、僕は首を横に振った。
そのあと、男は慣れた手つきで二つの人間だったものを川に捨てに行ったのだった。
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