殺人鬼と僕。

横トルネード

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D区からC区の往復は、いくら小さな国とは言え結構時間がかかる。
何回かジェシカのいる店に自力で歩いて行っているため、大分体力がついたのではないかと思う。何回か休憩しないといけないけれど。

家に帰って、男は僕と繋いでた方とは逆の手に持っていた袋を下ろす。

「それは何?」

と、僕が聞くと、男は袋の中身を僕に差し出した。
長方形の木箱で、開けてもいいかと聞くように男を見上げると頷いた。カパッといい音を出しながら開けると、包丁だった。

調理用だろう。もしくは…。

そこまで考えて僕は思考を止めた。
箱を元どおりにして、袋に戻す。



ここに帰る前にレストランという店で夕食をとったので今日はお風呂に入って寝るだけなのだが。

僕は風呂場で男と睨めっこをする。


「俺も入りたいんだよ」

呆れたように男が言う。

「だったら僕は後で入る」

僕が言い返すと男はため息をつく。

「ちょっと前まで裸でも全然気にしてなかったくせに」

ぐぬぬ、と僕は唸ってしまう。確かに気にしてなかった。
けど今は…。


「絶対だめ」


めんどくさいと言わんばかりに男は僕を見つめた。
僕はそれを睨み返す。これは譲れない。

一緒にお風呂だなんて!!

「ノラ」

男が呼ぶ。僕はビクッと肩を震わせると、男が微笑む。

「なんだ恥ずかしいのか」

「恥ずかしくない!」

「じゃあ一緒に入れるよな」

「当たり前だ!」

あ、と思ったが時は既に遅かった。まんまと口車に乗せられた。男がくくっと笑って、自分の服を脱ぎ始める。

「有言実行だよな?」

この男許すまじ。




苦行を終えたあと、僕はぐったりとソファにもたれかかった。男はというと、キッチンに行くと言っていた。
来るなと言われてはいないから行ってもいいんだろうけど、先程の男の発言が気に入らないので絶対に行かないと決心した。
そして僕はソファで寝る事にした。


今夜はふと目が覚めた。ソファで寝たはずが、今はベッドにいたので多分あの男がベッドに運んでくれたのだろう。

「セシル?」

いつもならがっちりホールドして同衾しているはずの男がいない。そもそもの男の気配を感じないのがおかしい。

まさかと思った。
僕が寝ている夜中はいうならば男の狩りの時間ではないのかと。

バレないように僕が起きる前に帰ってきているのではないかと。

ゾワっと血の気が引いていくのが分かり、寒くなって布団を被った。
トットッと早まる鼓動を抑えつけようとするが叶わない。

それよりも思考がぐるぐるとして、混乱した。

彼が、あの男が殺人鬼だという可能性がぐんと上がったからだ。

じゃあ僕は何?
何のために連れてこられたの?

こんな気持ちになるくらいなら、あのまま死んでおけばよかった!!

あの雨の夜に、放っておいてくれれば。

僕は視界が歪むのは夜のせいだと半ば強引に決めつけて、布団の中で体を丸くさせた。




日が昇ってしまったが、男は戻ってこなかった。


きっと捨てられたんだ。


僕は起き上がって、窓から眩しい日差しが差しているのを見た。


ガチャリ。


僕はビクッと体を震わせた。男が入ってくる。

男が僕の顔を見てびっくりしたように目をまん丸くさせた。



ぬるま湯に浸した布を軽く絞って僕に差し出す。僕は受け取って顔を拭く。言うまでもなく、僕の顔はぐちゃぐちゃになっていた。
あの後、男がすぐさま部屋から出て、しばらくして湯をためたボウルと布を持ってきたのだった。

「怖い夢でも見たのか」

男は僕の頭を撫でながら言う。子供扱いされているようで不服ではあるが、放っておく。

「なんでいないの」

僕は男を睨んだ。
男は目を細めて口角を少し上げた。

「寂しかったのか」

そして、揶揄いを含んだ声で言う。
僕は睨みながら「そう」と返事をすると、男は豆鉄砲を食らったように驚いた。

「何」

僕がむすっとして言うと、男は元の表情になって僕の背中に腕を回した。僕も男の胴体をホールドする。

しばらくそのままでいると、夜通し泣いたせいで疲れきった僕はだんだん眠くなり、睡魔に逆らえず瞼を閉じた。



「起きろ、ノラ」

僕はうっすらと目を開ける。男の顔が目の前にあって驚いてバッと顔を逸らした。

「起きた」

僕がそういうと男は僕から距離をとるように離れてくれる。僕は起き上がって窓の方を見た。すっかり夜が更けっていて真っ暗だった。

こんなにぐっすりと寝ていたなんて。
起こしてくれたって良かったのに。


僕は男を見つめる。
男は首を傾げて僕を見つめ返した。

「話がある」

男は熱のこもった瞳で僕を見つめていた。僕は頷くしかなかった。

話とは、男の生い立ちだった。

男は元B区の人間だったが、幼い頃の病気のせいで家に絶縁され、D区に来た。ジェシカのおかげで仕事を得、金銭的には困っていない事を告げた。

「仕事っていうのは?」

僕はその話を聞いた後、気になっていた事を聞いた。あのお給金袋の中身を見てしまったのだ。並々ならぬお仕事に違いない。

「殺しだよ」

男はなんともなしに言ってのけた。僕はあっけらかんとする。男はくくっと笑った。

「知っていると思ったが?」

僕の表情がそんなにおかしいのか、ずっと笑っている。

「予想はしてたけど」

どうしてか、当たって欲しくなかったと思っている僕がいる。この気持ちはなんだと顔を歪ませるが、男はなおも笑う。

「噂は聞いたことなかったか。連続殺人事件の」

「あるけど、噂話は嫌いだから」

ある事ない事を騒ぐ人たちも嫌だった。人が無残に殺されているまるで他人事だという風に話の肴にする。これはユンホ家の人たちにも当てはまる。

あの人たちを思い出して、なんとも言えない感情が出てくるのを自覚する。ドロドロとして気持ちが悪い。僕はその感情を捨てるために、何も考えないようにした。


「病気って?」

もう一つ気になった事を問う。男は僕から視線を外し、しばらく考え込むような素振りを見せる。
僕は眉をひそめて、「言いたく無いなら言わなくていい」と言ったが、男はいや、というふうに手をあげる。

「定期的に人を殺さないといけない」

なんとも現実感の無い内容に僕は眉を寄せたままだった。

「殺さなかったら?」

「手当たり次第殺す」

男曰く、気がついたら血の池の真ん中に立っていたということが前に一度だけあったらしい。それで絶縁されたという。むしろ死刑にならなかったのが不思議でならない。


僕は男の方を見たが、男の顔は伏せていて見れなかった。
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