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しおりを挟むノラ。
男に付けてもらった名前だが自分が思っていたより気に入っている。
帰り道は歩くと男に主張して、その権利を勝ち取り、男と並んで帰った。
「それで用は何だったの?」
僕が聞くと、男は背後ポケットに入れた封筒を取り出して僕に渡す。僕が男を見上げると開けろと言わんばかりに顎を動かす。
僕は封筒を開けると、お金が入っていた。
一番高価のある紙幣で、厚みが1センチ程。
男がこんなにお金持ちだとは知らなかった。
男に封筒を返そうとすると、男は揶揄うように言った。
「奪って去らないのか」
なんて失礼な、と思ったが言わない。
たしかに生存意力があれば怪しい男から離れるだろうが、最早まぁいつ死んでもいいやと思っている僕はどこにも行く気もない。男の住んでる家がそこら辺に住むより豪華だと言うのも理由に挙げられるが。
「そんな奴に見える?」
僕が聞くと男は首を横に振って封筒を受け取った。
男がソファに座るよう言ったので座ると、男は隣に座った。触れるか触れないかの距離。
男は膝に肘をついてうなだれたように座っている。
僕は不思議に思いながら男を見つめる。
すると男は僕の方を向いて口を開く。
「セシルと呼んでくれないか」
懇願するような目で訴えているので、僕は思わず頷いた。
「セシル?」
僕が言うと男は顔を綻ばせた。その表情にドキッとして、鼓動が早まった。
「なんだ、ノラ」
男はその表情のまま僕の名前を呼ぶ。
こんなに嬉しい事があろうかと思った。
自然と僕は笑顔になっていた。
男と僕はソファの上で寄り添うように座って過ごした。
僕は鼻歌を歌い、男は黙って雑誌をめくる。
雑誌が気になった僕はソファの上に立って男の肩から覗くように雑誌を見た。
だが、僕は文字は読めないし書けないので何が書いてあるか分からない。
男は気を利かせて僕にも見えるようにしてくれるがあまり意味はない。
「なんて書いてあるの?」
「簡単に言うと“王を崇めろ”」
と言う事は政治についてなのかと僕は考えた。
全くの専門外なので、ふーんと返した。
事件の事とか書いてあるのかと思った。
実際にはその雑誌には最近の事件の事も書いてあるのだが、ノラには読めないので男の言う事を信じるほか無かった。
そうして穏和な日々を過ごした。
男は度々僕を連れてジェシカが経営するBarに行った。
男は店の奥に行っている間、僕はジェシカと談笑したのだった。
店には最初にこの店に来た時と同様に、客は僕以外居なかった。
「数日ぶりだけど、あれからジョンに変なことされてない?」
嫌なことされたら言ってね、叩きのめすからとジェシカは綺麗かつ真っ黒な笑顔で言った。僕は慌てて首を横に振った。
「そう、残念」
何が残念なのか聞きたかったが、やめておく事にした。
するとジェシカは今までのおちゃらけた表情から真剣な顔になった。
「ねぇノラちゃん。ノラちゃんってずっとE区にいたの?」
僕はまた首を横に振った。
「少し前までB区に…」
僕が言うと、ジェシカは驚いたような顔になってそして悲しそうな表情になった。
E区の人間がB区に居た、ということは人身売買されたことを意味しているのと相違ない。
ジェシカの事だ、きっとその事に悲しくなってそのような顔になったのだろうと僕は思った。
だが、実際は違う。
ジェシカは数日前受けた人探しの依頼の事を考えていたのだった。その時来た男はこう言った。
『元E区でユンホ家に買われた子だが、逃げたんだ。ユンホ一家が皆殺しにされた日だ。金髪に翠目の少女だ』
ジェシカはノラの事だろうと思った。
その予想は的中していたのだった。
ジェシカはまた、ジョンにこの事を言おうかと思い倦ねていた。
「ジェシカさん?」
ジェシカの様子を見て僕は心配して彼女の名前を呼んだ。
前に来た時にジェシカと呼んでくれるまで帰さないと言われ、そこから呼ぶようになった。
ジェシカは僕の方をみて悲しそうな笑みを浮かべた。
僕は首を傾げたが、ジェシカは何でもないと言うばかりだった。
「帰るぞ」
男が店の奥から出て言う。
相変わらずタイミングよく来るなと思いつつ、僕はカウンターの席から降りる。成長途中(だと願っている)なので僕にとってはカウンターの椅子は少し高いのだ。
「ねぇちょっと」
ジェシカが男を止めた。
男は眉を顰めてなんだと言う顔をする。
ジェシカが男に耳打ちをする。男は表情を変えることなくジェシカが離れるまで黙っていた。
そんな様子に面白くないと感じた僕はジェシカがいれてくれたジュースを飲み干す。
「分かった」
男がジェシカにそう言って僕の手を引いて「また来る」と言って店を後にした。
──誰かがノラちゃんを捜してる。
先程のジェシカの言葉を、セシルは考えていた。
一体何故ノラを?
ノラはユンホ家に買われただけであって元はD区かE区に属していたはずだ。
上の人間は見向きもしないだろう。
セシルはどこか引っかかったような気がしてならなかったが、一旦この事については考えないようにした。
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