熱血科学者の子が環境問題に挑戦

ハリマオ65

文字の大きさ
上 下
5 / 37

4話:公社の民営化と薄井幸一誕生

しおりを挟む

 凛が指差していた写真。
 それは、保育園の運動会の写真だった。

 母さんは高校を卒業して、すぐに父さんと結婚した。俺は、母さんが10代のうちに生んだ子だ。

 若かったから、きっと子育てには苦労も多かったと思う。だけど、子供の俺から見た母さんは、優しくて、なんでも受け止めてくれる女神のような存在だった。

 保育園で母さんのお迎えをまって、一緒に買い物して。お菓子をひとつ買ってもらって家に帰る。お風呂にも一緒に入って、夜は一緒に寝てくれる。

 そんな毎日が永遠に続いて。
 当然、ずっと俺を見守ってくれると思ってた。

 母さんは俺が風邪をひいたら、ずっとそばにいてくれたし、俺が辛い時には、さっき凛がしてくれたように抱きしめてくれた。

 「凛。それは保育園の運動会の写真だよ。俺、競争で転んでビリになっちゃってさ。母さんに絆創膏貼ってもらったんだ」

 「へぇ。お母さん優しそうな人だねぇ。お母さんのこと好きだった?」

 「あぁ。好きだったよ」

 大好きだった母さん。子供の頃の俺はちゃんと気持ちを伝えられてたのかな?

 あの時はビリだったけれど。たしか、母さんは俺の頭を撫でてくれて、折り紙で作ったメダルをくれたんだっけ。

 不思議だな。

 母さんのこと、ずっと全然思い出せなかったのに。凛といると、思い出せる。

 凛は続ける。

 「じゃあ、柱の傷は?」

 「それは、俺の背が伸びると、母さんが印をつけてくれたんだ」

 そう。毎年、母さんが印をつけてくれた柱。その印は、俺が小1のときの傷で止まっている。
 
 母さんは俺が小1の時に亡くなった。
 病気だった。

 子供の俺は、母さんはすぐに退院して帰ってくると思ってた。だけれど、母さんが家に帰ってくることはなかった。

 ある暑い日。
 セミがみんみんと鳴いていたっけ。

 母さんは俺の手を握って、俺を見つめて言った。

 「蓮、あなたは優しい子。一緒に居れて、わたしは幸せだよ。だから、君には君……」

 その言葉の続きは思い出せない。こんな大切なことを忘れてしまうなんて……。

 母さんは俺の頭を撫でてくれた。

 「これ誕生日のプレゼント。少し早いけれど、早く蓮くんが喜ぶ顔を見たいから、渡しておくね」

 そして、キーホルダーを渡してくれた。

 あれが最後の会話だった。
 子供ながらに思ったんだ。

 俺……、僕がもっと良い子にしていたら、お母さんは病気にならなかったのかなって。お母さんが死んじゃったのは僕のせいなのかなって。

 そして、つらい気持ちが、わーっと押し寄せてきて、あんなに優しかったお母さんのこと思い出せなくなった。思い出せない僕は、きっと薄情で悪い子なのかなって。
 
 俺は、気づいたら涙がポロポロと出て、子供の時に戻ったみたいな気持ちになって。凛のスカートを汚してた。

 「りん、ごめ……」

 すると、凛は両手で俺を包み込むように、ぎゅーって力いっぱいに抱きしめてくれる。
 
 そして、頭を撫でながら、その粒の整った綺麗な声で囁いた。それは凛が知るはずのない言葉だった。

 「れん。君は優しい人。わたしは君といると、いつも幸せな気持ちになるんだ。今日、もしわたしが死んでしまっても、その幸せな気持ちは変わらない。君は何も悪くない。だから、君には君自身を好きでいてほしいな」

 ……凛。

 見上げると凛と目が合った。
 下から見上げた凛は、さらにまつ毛が長く見える。少し目を細めて、あの日の母さんのような顔で俺を見つめている。

 きっと、あの日の母さんも同じことを言ったのだろう。


 今日もあの日と同じだ。
 すごく暑くて、セミがみんみん鳴いている。

 涙が堰を切ったように溢れ出て止まらない。悔しかった気持ちも、悲しかった気持ちも、自分を嫌いだった気持ちも。

 全部、その涙に溶け出して、身体の外に流れ出ていくようだった。

 凛は、母さんがしてくれたように、俺が落ち着くまでずっと一緒にいてくれた。なんだか自分の中につっかえていたものが、少しだけ取れた気がした。

 その日を境に、母さんとの記憶が、少しずつ思い出せるようになった。



 凛とまた目が合った。
 真っ直ぐに俺の顔を見つめるその瞳は、涙で潤んでいる。

 俺は凛の濡れた頬を拭う。

 「なんでお前が泣いてるんだよ」

 「だって……」

 凛は続ける。

 「ねぇ。れんくん。わたしにできることとか、なにか欲しいものとかない?」


 ……もう十分もらってるんだけどな。

 でも、やはり健全な男子高校生なら、アレしかないだろう。いまなら無茶なお願いもいけるかも知れない。

 俺は情に流されて、このチャンスを逃したりはしない。

 「……パンツ」

 凛はすっとんきょうな声をあげた。

 「は?」

 「だから、凛が脱いだパンツ欲しい」

 「……」

 凛は、「はぁ……」とため息をつく。

 俺は殴られるのかと思い、身構えた。
 しかし、凛は予想に反して穏やかな声でいった。

 「仕方ないなぁ。れんくんが、わたしのもっと大切な人になったら。いつかあげてもいいよ」

 「ボク。いま、ほしいの」

 どうやら調子に乗りすぎてしまったらしい。
 凛は、がるるーと俺を睨む。

 「ばかっ。変態!! しね……とまでは言わないけれど、もう知らない!!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

処理中です...