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12話:箕島巌男が教育研修課へ
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すると副島行雄さんが恵美子を呼んで、お前は2人の子供の育児と巌男君の看病で手一杯だからソニーを退社して彼らに尽くしてやりなさいと言い、お金の事は、私が何とかするから、そうしなさいと優しく言った。それを聞いて、不安いっぱいだった恵美子が泣きながら、わかりました。
そうさせていただきますと言った。そして、6月12日、箕島恵美子がソニーに辞表を提出し、受理され1984年6月付で退社した。その後、週に2回、子供が幼稚園に行っている間に近くの温泉施設に箕島巌男を車にのせて行き、温泉に入るようになった。
1984年7月12日に路子さんのお母さんの箕島悦子さんから恵美子に電話が入り路子が難産の末、7月14日に男の子、島田健二を産んだが、今後、子供を産めない身体になり退院が遅れると連絡が入った。その知らせを聞いて恵美子は、その日のうちに路子さんの病室に、お見舞いに行った。
喜んでくれたが、難産だったせいか、やつれがひどく、かなり年を取った感じがして、開口一番「路子さんが、無事で良かったと、手を握って、ボロボロと泣き出した」それを見て、箕島悦子さんも路子さんも、もらい泣きしてしまった。美恵子は、それ以上何も、話すことができなかった。
また協力できることがあったら何でも言ってねと言って病室を後にした。その後、小学校が夏休みとなった、この時期には巌男の血色も良く受け答えもはっきりして調子良さそうだった。やがて涼しい風が吹く9月となった。9月10日の通院の時に担当医に会社への復帰はどうですかと聞くと金銭的に問題なければ自宅療養に励んだ方が良いと言われた。
もし、また強いストレスにさらされると9ヶ月の治療が無駄となりますよと冷静だが、きっぱりと言った。それを聞いて、その後、清水総務部長がお見舞いに来て担当医と箕島巌男の3人で話をして清水総務部長が営業の外勤の仕事から内勤で営業部員の教育研修の仕事をしてもらいたいと思っていますがどうでしょうかと聞いた。
もちろん、ストレスの少ない仕事に越したことはないと言った。10月から出勤で大丈夫でしょうかと聞くと、やってみて、月に1回の経過観察で見ていきましょうかと箕島巌男に聞くと、そうしていただければありがたいと言った。そうして1984年10月1日からソニー営業部の教育研修課に配属された。
その後、11月の休みの日、長男の賢一と長女の旗江をドライブに連れて行くようになり箱根の温泉へ連れて行き、4人で家族風呂に入り至福の時をゆっくり過ごした。やがて、12月となり長男の賢一と長女の旗江にとっては初の盛大なクリスマス・パーティーをして、義理の姉の箕島路子さんも駆けつけてくれた。
その晩は、路子さんと箕島巌男さんと3人で遅くまで付き合い始めた頃からの思い出を懐かしく振り返った。また、年が明け1985年、今年も初詣でに行き、会社の仕事が始まった。自宅では恵美子さんの母・絹子さんが子供達を大事に育ててくれた。
この頃には父の副島行雄は自分の敷地に多くのアパートを建てて会社の給料より不動産さんの収入の方が遥かに大きくなり、既に4千万円を超える現金と土地と建物の評価額を合計2億円以上の資産を持ち中原街道沿いに1つのビルを持つ程になっていた。そう言う事で株投資をしている恵美子に1千万円貸すから大儲けしてみろと言った。
昨年から少しずつ毎月、恵美子の口座に入金してくれ、今年の3月に恵美子の銀行口座が1千万になった。 そこで1千万円をN証券の口座に入れる事を決めた。1985年1月に早速、父から借りた1千万円をN証券の投資講座に振り込み残金が1186万円となった
その後1985年10月1日にトヨタ株を1070円で買いの指示を受け1万株を1070万円で買い、残金が116万円となった。
そうさせていただきますと言った。そして、6月12日、箕島恵美子がソニーに辞表を提出し、受理され1984年6月付で退社した。その後、週に2回、子供が幼稚園に行っている間に近くの温泉施設に箕島巌男を車にのせて行き、温泉に入るようになった。
1984年7月12日に路子さんのお母さんの箕島悦子さんから恵美子に電話が入り路子が難産の末、7月14日に男の子、島田健二を産んだが、今後、子供を産めない身体になり退院が遅れると連絡が入った。その知らせを聞いて恵美子は、その日のうちに路子さんの病室に、お見舞いに行った。
喜んでくれたが、難産だったせいか、やつれがひどく、かなり年を取った感じがして、開口一番「路子さんが、無事で良かったと、手を握って、ボロボロと泣き出した」それを見て、箕島悦子さんも路子さんも、もらい泣きしてしまった。美恵子は、それ以上何も、話すことができなかった。
また協力できることがあったら何でも言ってねと言って病室を後にした。その後、小学校が夏休みとなった、この時期には巌男の血色も良く受け答えもはっきりして調子良さそうだった。やがて涼しい風が吹く9月となった。9月10日の通院の時に担当医に会社への復帰はどうですかと聞くと金銭的に問題なければ自宅療養に励んだ方が良いと言われた。
もし、また強いストレスにさらされると9ヶ月の治療が無駄となりますよと冷静だが、きっぱりと言った。それを聞いて、その後、清水総務部長がお見舞いに来て担当医と箕島巌男の3人で話をして清水総務部長が営業の外勤の仕事から内勤で営業部員の教育研修の仕事をしてもらいたいと思っていますがどうでしょうかと聞いた。
もちろん、ストレスの少ない仕事に越したことはないと言った。10月から出勤で大丈夫でしょうかと聞くと、やってみて、月に1回の経過観察で見ていきましょうかと箕島巌男に聞くと、そうしていただければありがたいと言った。そうして1984年10月1日からソニー営業部の教育研修課に配属された。
その後、11月の休みの日、長男の賢一と長女の旗江をドライブに連れて行くようになり箱根の温泉へ連れて行き、4人で家族風呂に入り至福の時をゆっくり過ごした。やがて、12月となり長男の賢一と長女の旗江にとっては初の盛大なクリスマス・パーティーをして、義理の姉の箕島路子さんも駆けつけてくれた。
その晩は、路子さんと箕島巌男さんと3人で遅くまで付き合い始めた頃からの思い出を懐かしく振り返った。また、年が明け1985年、今年も初詣でに行き、会社の仕事が始まった。自宅では恵美子さんの母・絹子さんが子供達を大事に育ててくれた。
この頃には父の副島行雄は自分の敷地に多くのアパートを建てて会社の給料より不動産さんの収入の方が遥かに大きくなり、既に4千万円を超える現金と土地と建物の評価額を合計2億円以上の資産を持ち中原街道沿いに1つのビルを持つ程になっていた。そう言う事で株投資をしている恵美子に1千万円貸すから大儲けしてみろと言った。
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その後1985年10月1日にトヨタ株を1070円で買いの指示を受け1万株を1070万円で買い、残金が116万円となった。
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