プラの葬列

山田

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楊 飛龍

#3

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「歯ぁ食い縛れぇぇぇッ!!!」

  楊の体を擦り抜けるように屈み、追跡と制圧の手管を鉈で防ぎながら対角線に当たるコーナーへと渾身の力を込めて駆け抜ける。

「ほう……」

  そのまま膝を曲げて左足を踏み込んだ俺は、セカンドロープ、トップロープ……と登り詰め、爛々と目を見開いた悪魔へと目掛けて空中で大きく身を翻す。重力と反動、そして遠心力を伴った鉈の鈍色と俺の灰色の髪が照明の光を乱反射し、弾丸のような動きで彼に襲い掛かる。

「なかなか考えましたね」

  スルリと体を引いた楊が吐くように零した言葉を切り裂く俺の軌道が、長い彼の髪先を捕らえて引き離す。

「髪を切ったのは何年振りだろう。本当に君は良い刺激を与えてくれる」

  髪が切られたところで彼は痛くも痒くもないらしく、一世一代の大振りで無防備になった俺の背中に回り込んだ悪魔は、「よく頑張りました」と手刀を翳して嗤う。

  コツン……ッと小気味の良い音で急所を突かれた俺は思わず鉈から手を離すと、持ち主を見失った凶器は駒のようにクルクルと回転しながらリングへと投げ出される。数秒遅れで鉈の横に雪崩れた俺は、重たい体を仰向けにしてあともう一歩の思考をフル回転させた。

「勝負があったようだ……カウントするよ?」

  1、2、3、4、5……と楽しそうに声を上げる楊を鼻で笑う俺は、両手を天井に向け、まだ消えていない闘志の色を瞳に浮かべる。

「バーカ……カウントするには早ぇだろ……まだ両手はリングに付いちゃいない……」
「屁理屈も大概にしろ」

  俺の理屈が気に入らなかったのか、一瞬にして無表情になった悪魔は伸び上がる俺の腹に踵落としをお見舞いした。

「確かに君の言い分はもっともかも知れない……だが、私は往生際の悪い男が嫌いなんだ」

  ハラリと馬に跨るように俺の上へ飛び乗った彼は悪魔よりも悪魔らしい形相を浮かべ、腕力に重力を乗せた荒々しい鉄槌を何度も繰り出す。なされるがままで抵抗しない俺を嘲笑って身を乗り出した楊は、益々勢いを増して高らかに声を上げる。

「ほら!君の負けなんだ!最初の威勢はどこに消えたんだい?!」

  交互に振り下ろされる打撃を一身に受けた俺は、横たわる鉈が映し出すアリーシャと同じ菫色の瞳に勝利を確信し、静かに口の端を吊り上げた。

「いや……俺の勝ち、さ」
「ふざけるな!……ここに及んで引かれ者の小唄とは、実に見苦しい」

  楊が感情に任せて一際大きく右腕を振り上げるその瞬間、俺はやっと悪魔が見せた『隙』に乗じて勢いよく上体を起こす。

「なッ…………?!」

  1ミリの油断に不意をつかれた彼が驚くのも構わず、俺は右手にしっかりと鉈の持ち手を掴み、振り上げられたまま止まった拳を掴んだ左手が彼の腕を固定する。状況を飲み込んだ悪魔は振り下ろされた鉈が夕日のように傾いた頃に抵抗してみせるも、待ち望んだ瞬間に今度は俺が高笑いした。

「お前と俺では、根っから考え方が違うらしい……お前はコレを『ゲーム』と呼んだが、俺はれっきとした『殺し合い』だと思ってる」

  捕らわれて逃げ場を失った楊の右腕に、シルバーよりも薄汚い灰色の鉈が喰らいつく。俺の血だけが跳ねていた彼の旗袍チーパオが新たに鮮やかな赤と染まり、2度、3度……と刃物が傷口を抉ると、細く角張った悪魔の手が体と引き裂かれて血飛沫で弧を描く。痛みに歯を食い縛りながら顔を顰める楊の剥製となった前腕をコーナーまで滑らせた俺は、彼の首を掴んでヨロヨロとリングに立ち上がる。

「早く拾わねぇと10秒経っちまうぞ?ほら……1、2、3、4」

  カウントを始めても抵抗する様子のない楊を警戒しながら、男2人の血で赤く汚れた凄惨なリングを嘲笑う。

「流石にこれは痛い……ははっ、まさか此処でひっくり返されるとは……君は……これを狙っていたのかい……?」

  弱々しい口調の彼は凶悪な瞳をピタリと閉じて尋ねると、徐に血濡れた右腕と左手を挙げる。5、6、7、8……と心の中でカウントを続ける俺は「だから忠告しただろう……『自意識過剰は良くない』ってな」と、止めどなく流れる鮮血を目で追いながら糸目を見据えた。

「9、10……10秒経過でタイムオーバーだ。ルールで縛られたセーフティーゾーンのあるゲームと、殺すことさえ厭わない殺し合いは全くの別物ってこった……さぁ、約束は果たしてもらうぞ」

  カンカンカンカン……ッ!!

  煩く鳴り響くゴングの音に達成感と満足感を得た俺は思わず頰が緩み、汗なのか血なのかもよく分からない液体が額を伝う。厳しい戦いを生き延びた相棒を肩に担いだ俺は、片腕を失ってもなお上品な微笑みを湛える楊の目の前に、紳士の嗜みとして白いハンカチを投げ捨てた。
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