プラの葬列

山田

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楊 飛龍

#2

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「ルールは簡単、このリングに左右どちらかの手が10秒以上付いた方が負け、時間は無制限で決着が着くまで続行する……もしも君が勝ったら、私の身も財も立場も、全て好きに使うと良い」

  負ける事を予想していない口振りの楊は、余裕な表情で細い瞳をこれでもかと絞って笑う。俺は手に馴染んできた鉈を手先で回すと、彼の顔を見る事なく「へぇ」と声を零す。

「随分と羽振りが良いが、ココの世界じゃ一度口に出した事を撤回すると名が廃る……負けて泣いても知らねぇぞ?」
「撤回なんかしないさ。私はいつでも本気だからね」

  空気が凍りつくような感覚が、足音を立てて迫り来る。この独特の空気感に当てられた俺は、アリーシャが居なくなったイブの夜に言葉を交わした父を思い起こす。

「但し……君が負けた場合は、全てが擦り切れるまで私の言いなりになってもらう──グレイファミリーの次席アンダーボス、アラン・グレイ君?」

 ファミリーと俺の名前をなぞった悪魔は、赤よりも赫い瞳を開くと右半身を一歩前に出して受け手のような右手を差し出して合図する。

  カン……ッ!

  俺をここまで案内した無個性80点の男が、楊の言葉に呼応して高らかにゴングを鳴らす。

「さぁ、若人よ──の始まりだ」

  彼の声に目を細めた俺は鉈を握る手に力を込めながら、リングを蹴って楊の左側に回り込み一気に距離を詰め、袈裟斬りに刃を振るう。体重を乗せて加速したお陰で完全に間合いに入ってはいたものの、楊は半歩身を引いただけでいとも容易く刃を躱す。

──じゃあこれならどうだ?

  一撃で相手に深手を負わせるなんていうのは至難の技だ。本命の斬撃を携えて更に踏み込みながら返す刀で切り上げた俺は、避けるどころか鉈を握る右腕に目にも留まらぬ速さで膝蹴りのカウンターを合わせる彼に目を見張る。

──そこらの相手とは格が違う……ッ

  完全に勢いを殺された俺が揺らいだ隙を突くように笑った楊は、そのままスラリと踏み込んで強烈な左フックを放つ。

「んなぁ……ッ?!」

  ジャックから情報提供された時からハイレベルとは予想はしていたものの、蝶が戯れるように斬撃を避けては反撃を繰り返す悪魔は、今まで締め上げてきたどんな相手よりも賢明で強かだった。

  肉弾戦の相手には短刀、それも致命傷レベルの深さまで達する事を見越して選んだ俺の相棒を勢い任せに振るうと、何もない空を切る音だけが耳に響く。
  
「ほほう……この鈎突きでまだそれだけ動けるとは」

  楽しそうに軽口を叩く悪魔は高みの見物よろしく顎を上げて俺を値踏みするような視線を向ける。その毒っぽい目付きが今にも細い舌を出し入れして獲物を狙う冷淡な蛇に重なった俺は、「余計なお世話だ……ッ」と牙を剥いた。

「箱入り坊ちゃん、というわけではなさそうだね……太刀筋といいパワーといい、なかなか退屈しなさそうだ──では此方も、そろそろ本格的に反撃するとしよう」

  本格的どころか、準備体操の時点で呼吸の荒い俺へ間合いを詰めた彼の的確な手刀が刃物のように脇腹を突く。その衝撃で力無く宙を漂う俺の左手を掴んだ楊は、ダンスのリードを取るように引き寄せてテンポの良いステップを踏みながら、俺の鳩尾に素早い一撃をのめり込ませる。

「グハァ……ッ!」

  動きとしてはとても地味で、チマチマとじれったい攻撃から繰り出された打撃は、およそ人の拳とは思えないほど重く俺の内臓を抉りる。口の中を跋扈する鉄臭さが絶望の味を徐々に広げ、考えを巡らせる間にも止まることのない彼の拳が次々と突き刺さり、苦痛に思わず顔が歪む。

「これも耐えられましたねぇ!いやはや、本当に惜しい人材……私は君が本当に欲しくなってきたよ」

  動きが酷く悪い俺に追い討ちをかけてチェーンソーの刃みたいに腕をグルグルと回した悪魔は、ボクシングのジャブよりタチの悪い中国拳法独特の連打を繰り出す。

──動きが早すぎる。

  一連の動作全てに無駄がなく、細かな身のこなしに隙が見当たらない。蹌踉めきながらも身を翻して赫い眼窩を睨んだ俺は、押されるように後退りしてリング端のロープに力なくもたれ掛かった。

  攻めと守りは表裏一体。

  攻める振りが大きければ大きいほど、反動と重心が籠って攻撃力は格段に上がる。しかし、振りが大きくなれば必ず『隙』というものが姿を現わす。この劣勢を乗り切る為には、俺自身が相手の隙を誘い出す必要がある──。

  相手の手腕と俺の残りの体力を考えても、チャンスは1回、成功率にしても0.1%未満。

「寝言は寝て言え……お前に飼われるぐらいなら、細切れの家畜の餌にでもなった方がマシだ」

  口の中で蠢く液体をリングに吐き出した俺は、その体液が何色かなんて見る事もなくただ立ち続ける。

  聖夜に泣くことしかできなかたあの頃の自分ではなく、栄えある銀狼の力受け継ぐ者として鉈の持ち手がググ……ッと鳴くほど握りしめた俺は、守りたい天使の顔を思い浮かべた。
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